174 ごろつき共
「そこまでだ!ここが誰のシマだと思ってやがる。場所代を払ってもらおうか!」
あれ?わたし達について来たから、てっきりわたし達にからむと思っていたのに………そうきたか。
商売に対して難癖をつけられたので、商団の代表者としてハディットが前に出た。
「ここは、誰でも自由に商売ができる場所だと記憶していましたが、違ったのでしょうか」
「はんっ。若造が、生意気な口を聞くじゃねえか。てめえ、名前は?」
「ハディット・ヘルメイラ。へルメイラ商会の長男です」
へぇ。そういう名前だったんだ。
男達は、ハディットの名前を聞いてうろたえた。大店だから、有名なのかな?
そうだ!なにかあれば、ゴドの名前を使うように言われてたんだっけ。
わたしも前に進み出て、男達をまじまじと見た。ごろつきばかりだった。
「場所代については、ゴドに相談してからでいいですか?」
「なに?ゴドだと?………まさか、ハンターのゴドさんのことか!?」
「そう。Bランクハンターのゴド。知り合いなんです」
ごろつき達は、顔を見合わせて相談し始めた。
そのとき、大柄なひとりの男が現れた。筋骨たくましく、山のように大きい男、ゴドだ。今日は酒の匂いはしない。
「よおセシル。こんなところでなにしてるんだ?」
「わたしは、ヘルメイラ商会の護衛なの」
さっき知ったばかりの名前を、さっそく使わせてもらう。
「へぇー。さすがへルメイラ商会。賑わってんな」
ゴドは集まっていたお客さん達を見回しながら言った。感心しているように見える。
「で、おまえらはなんの用だって?」
「ひええっ!」
「な、なんでもないです」
「ゴドさんのお知り合いとは知らず、失礼をしました!」
そう言って、ごろつき達は転げるように逃げて行った。
「なんだったんだ、あいつら?」
レイヴが不思議そうな顔で、逃げていく男達の背中を見つめている。
「そりゃあ、天下のへルメイラ商会に盾つこうなんて考える奴は、この町で暮らしていけねえよ。それに、俺の顔もそれなりに役立つんでな」
天下のへルメイラ商会?ハディットの実家って、そんなに力があるの?
「ゴドさんとおっしゃいましたね。助かりました。これは、心ばかりのお礼です。気持ちですので、受け取ってください」
そのとき、ハディットが1本のワインをゴドに差し出した。
「いや、俺はワインは飲まねえ………って、オ・フェリス国産のワインだと!?よくそんな珍しいもんを扱ってるな!さすがへルメイラ商会だぜ」
ゴドはにかっと笑うと、差し出されたワインを受け取った。
ひとまず騒ぎは収まり、お客の波が一段落するのを待って出発することになった。
「しっかし、おまえらがヘルメイラ商会の護衛とはな。腕が立つわけだぜ。全員、只者じゃねえって顔してるぜ」
店じまいをしているわたし達を見回して、ゴドが言った。用心棒代わりにいてやる、と言って、あれからずっと店にいてくれたの。
「うん。皆、人生色々なんだよ」
「なんだそりゃ」
「それより、へルメイラ商会って有名なの?」
「なんだ。そんなことも知らなくて護衛やってんのか?へルメイラ商会といやあ、伯爵家の女相続人だったエレナ・ヘルメイラが爵位を捨てて、商人だった夫と興した商会なんだ。地位より愛を取ったってわけだな。で、伯爵家は甥が継いだんだが、まるで経営能力がない上に浪費家で、10年で伯爵家の財産を食いつぶしたあげく、家は取り潰し。で、いまはへルメイラ商会だけが残ったってわけだ。堅実で正直な経営で民衆にも慕われている。そんなへルメイラ商会に手を出す馬鹿は、なかなかいねえよ」
そっか。爵位を継いでも商売はできると思うけれど、なにか事情があったのかな。たとえば、親が商人との結婚を許さなかったとか。
「さて。そろそろ行きましょうか」
ハディットが朗らかにそう言って、荷馬車に乗り込んだ。
わたしはゴドと握手してから荷馬車に乗り込んだ。
さあ、目指す王都はもうすぐだ。
王都への旅路は、街道を通ったおかげで順調に進んだ。
ア・ッカネン国の王都は南に位置している分、陸路を進むより、カー・ヴァイン国から海路で進んだ方が旅程が短く済む。ただし、海路では船賃がかかるし、商売もできない。スパイスのように、小さくて価値のあるものでもないと、儲からないのだ。
ア・ッカネン国が交易で黒字を出せるのは、輸出品の多くが魔石だから。でも、それもいつまで続くかわからない。魔石は限りある資源だから。すべて掘りつくしてしまえば、ア・ッカネン国はその力を失う。
人工的に魔石を作り出すことはできないのかな?それができれば、ア・ッカネン国は長期に渡って魔石の輸出国として力を誇ることができるのに。
そういえば。アーカート王は、どうしてクロードを呼び戻そうとしているんだろう?いままで諜報部員としてこき使ってきたのに、どうして必要としているんだろう?これまで、ア・ッカネン国で聞いた王の評判は、あまりよくなかった。ブラッディ・キング、血に飢えた獣、暴君、様々な呼び名があった。誰もが国王を恐れ、その名を口に出すことさえためらった。だから、大した情報はなかった。王都へ行けば、もう少し情報を集められるかな。




