164 休憩タイム
「これは、移動用の魔法陣です。発煙筒で仲間に合図を送り、自らはどこかへ移動するようです」
「どこかって………移動先はわからないの?」
「はい」
「公爵級悪魔も大したことないな」
突然、レイヴが喧嘩腰でシルヴァに向かって言った。
今朝のことを、まだ引きずっているのかな。
「………!」
「シルヴァ、この魔法陣は使い切りかな?それとも、何度も使える?」
シルヴァがなにか言う前に、ふたりの間に割り込んだ。
一瞬、表情を険しくしたシルヴァだったけれど、すぐに普段のにこやかな表情に戻った。
「さすがセシル様。よくお気づきになりましたね。これは一方通行の魔法陣で、使用できるのは一度だけです」
「じゃあ、触らないでこのままにしておいたほうがいいね。ザカリーが仕掛けたのかもしれないから、帰って確かめよう」
というわけで、わたし達はクレーデル領主館まで帰って来た。
まずはとうさまに報告して、それからザカリーに直接会って発煙筒と魔法陣のことを聞こうと思っていたのに。
「だめだ。おまえがザカリーに会う必要はない」
とうさまはそう言って、わたしがザカリーに会うことを許してくれなかった。
もしかして、激しい尋も………じゃなかった。取り調べが行われているんじゃない?だからとうさまは、わたしにそれを見せないようにしている………とか?
って、考えすぎだよね。
それに、とうさまがザカリーから情報を聞き出してくれるなら、べつにわたしが会わなくてもいい。ザカリーに思い入れはないし、どうしても直接話を聞きたいわけじゃないもの。
「あとで、話を聞かせてね」
「わかっている。レイヴ、その鳥の巣まで案内してくれ。直接、見て確認したい」
「えっ!俺が??」
とうさまに道案内を頼まれたレイヴが、あからさまに嫌な顔をした。
「………不満か」
そう言うとうさまが不満そう。
「じゃあ、セシル………」
「わかったよ!案内するよ!」
とうさまがわたしに話かけたとたん、レイヴが投げやりに了解した。
「シルヴァはいまの話をクロードに伝えてくれ」
「承知いたしました」
シルヴァもわたしから離れることになり、レイヴは少し落ち着いたようだ。ぶつぶつ文句を言いながら、とうさまと去って行った。
フィーはお腹が空いたらしく、ご飯をもらいに厨房へ向かった。
わたしはエステルとふたりになったので、お風呂に行くことにした。このクレーデル領主館は、立派な浴室があるの。大きなバスタブで、ふたり一緒に入れるんだよ?すごいでしょう!
「私まで一緒に入ってしまっていいんでしょうか………」
エステルが申し訳なさそうに呟いた。
「これだけ広いバスタブなんだし、一緒に入っても問題ないよ」
「そういう問題では………」
まぁ、普通は主人とメイドが一緒にお風呂に入らないよね。
「それより、エステルって肌綺麗だね。白くてスベスベ~」
「それはセシル様ですよ!もち肌で、触ると手に吸い付くようです。なにかお手入れはされて………」
「なにもしてないよ」
「そうですよね。不思議ですね。日焼けもされませんし、保護魔法でもかかっているのでしょうか?」
「えっ。そうなのかな?」
もし保護魔法がかかっているとしたら、魔法をかけたのはとうさましかいない。………でも、そこまでするかなぁ?
「ところで。シルヴァ様もセシル様に告白をされていたんですね」
「うん、そうなの。びっくりしたでしょ?」
「いいえ。むしろシルヴァ様らしいです」
「ええっ!なんで?だって、シルヴァはこっちの世界に現れたとき、イヴェントラに興味があるっていう話をしていたんだよ?そんな簡単に気が変わるなんて、なんだかシルヴァらしくないというか………」
そうだよ。わたしが悪魔イヴェントラの血を引く子孫だから、興味を持って現れたんだよ。それを、突然、告白するとか………気が変わったってこと?
「興味がある、と、好いた、では意味が違います。それに、シルヴァ様を見ていれば、セシル様をお慕いしていることくらいわかりますよ。セシル様は鈍すぎます」
「で、でも………告白の返事は、わたしが15歳になるまで待つって言ってくれたんだよ。だから………」
「だから?自分の欲望に忠実な悪魔が、自分の欲望を抑えてセシル様のお傍にいることがどれほど忍耐力を試される行為か、お考えになったことはありますか?」
「それは………ない、です………」
わたしはいつも自分のことや、目の前のことで精一杯で、シルヴァのことを考えてこなかった。シルヴァがどんな想いでわたしの傍にいてくれるのか………。それに、レイヴも。ふたりとも愛情表現をしてくれているのに、わたしはそれに答えてこなかった。ふたりには申し訳ないことをしたな。
でも!わたしはまだ11歳なんだよ?正直、恋愛なんてよくわからない。恋をするってどういうこと?愛するってどういうこと?………なにも、わからないよ。
「エステルは恋をしたことあるの?」
「ありません」
「ええーっ!」
あまりにはっきり言い切るので、顎が外れるかと思った。




