160 ザカリー2
「うっ………クロードか………?」
クロードにザカリーと呼ばれた男がうっすらと目を開いた。
「良かった………!これで任務が果たせる………」
「任務とはなんだ。どうしておまえがここにいる」
ザカリーの声は歓喜に震えているのに、クロードの声は冷たかった。
「クロード、早く回復魔法をかけないと。この人は死んでしまうよ」
わたしは焦っていた。ザカリーの目は焦点が合っていなくて、出血が多すぎる。なにもしなければ、間もなく死んでしまうだろう。
「………その人は………誰だ………?ネンナじゃ………ないな?ごほっ」
ザカリーは咳き込んで、血を吐いた。
もう待てない!
クロードが止めようとするのを無視して、回復魔法をかけた。
そのとたん、青白かったザカリーの顔色がよくなり、呼吸が落ち着いた。だけど、出血が多すぎる。回復魔法では血を取り戻すことはできないから、危険な状態に変わりはない。
「はぁ………楽になった。誰かわからないが、ありがとう」
返事をしようとして、クロードに身振りで止められた。
「………ザカリー、おまえは王直属の部隊だろう。なぜ、国を出てこんなところにいる」
この口ぶりだと、ザカリーはオ・フェリス国にいるはずのない人物ってわけだね。
「おまえを探していたんだ。「虹の旅人」が捕らえられたと聞いて慌てたぞ。よく無事でいてくれた」
「………俺になんのようだ」
「そう警戒するな。陛下が城の警備を強化するようご命令になり、外に出た連中も呼び戻しているんだ。その名簿の中におまえの名前があった。それだけだ」
「怪しいな」
うん、そうだね。本当にそれだけで、こんな無茶をするかな?
「ザカリー、おまえをこのまま捨ておいてもいいんだぞ。そうなれば、魔物の餌になるだけだ。死にたくなければ、本当のことを言え」
「はははっ。そんな脅しが通じるとは思ってないだろう?俺達は、死など恐れない。そうなるよう、訓練してきたからな」
ザカリーは渇いた笑い声を上げた。その表情は冷めていて、死を受け入れているように見える。
「俺はただの伝令係だ。命令を伝えるためにここにいる。運悪く、ここで魔物に遭遇したが、奴にも深手を負わせてやった。今頃は死体になってるだろうぜ」
これまでの話しぶりからすると、ザカリーはクロードと同じア・ッカネン国の諜報部員に違いない。なにか任務を負ってここまでやってきたけれど、魔物に襲われ重症を負ってしまったらしい。
ア・ッカネン国の諜報部員に重症を負わせることができる魔物がこの辺りにいるとしたら問題だよ。
「レギー、この近くに倒れてる魔物がいないか調べてくれる?」
「わかりました」
レギーは返事をすると、ザカリーの周囲を調べ、魔物が逃げて行った方向へ走って行った。
「もう一度聞くぞ。なんのために、俺を連れ戻そうとする。俺が拒否したらどうするつもりだったんだ」
「なぜそんなことを聞く?クロードらしくないな。命令があれば従う。そうやって生きて来たじゃないか。おまえが断るはずがない」
絶対の自信があるかのように、ザカリーは言い切った。
そう。前のクロードだったら………わたしに出会う前だったら、命令に従っていたかもしれない。でも、いまは違う。
いまのクロードはわたしに忠誠を誓っている。わたしのためにならないことはしない。
「………俺が国王のスペアだからか………?」
クロードがぽつりと言った。
「………!!どうしてそれを………!?」
ザカリーは表情を変え、ガバッと体を起こしたものの、痛みに顔をしかめて仰向けにどさりと倒れた。
「カルタスから聞いたと言ったらどうする」
「………おまえが裏切ったのか」
「虹の旅人」が壊滅したのが、クロードのせいだと思ったようだ。ザカリーはクロードを睨みつけた。
「俺は裏切っていない。カルタスが自滅しただけだ。あいつは、そういう男だった」
「………そうだな。あいつは、そういう男だった」
ザカリーは思い直したようで、少し体の力を抜いた。
「クロード、この人を領主館で保護しよう。もう少し話を聞きたいでしょう?」
「領主館?このあたりの領主というと………リムハム辺境伯か?あなたは、リムハム辺境伯の娘さんか??」
「違うよ」
わたしは苦笑して首を横に振った。
そのとき、レギーが戻って来た。
「魔物が5匹、倒れていました。剣による傷があり、ザカリーに倒されたようです。特に不審な点はありません」
レギーもザカリーを知っているみたいだね。ここでレギーの名前を出してもよさそうだね。
「レギー、ご苦労様。ザカリーを連れて行くから、馬に乗せてくれる?」
「それなら、アイメに乗せてくれ。俺が連れて行く」
クロードがレギーに声をかけて、ふたりでザカリーをアイメに乗せた。
ザカリーの逃亡防止に、念のため目隠しと轡をして、手をロープで縛り上げた。
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