150 兄弟の和解
「なっ、なんだおまえは!これはおまえには関係ない!引っ込んでいろ!!」
ルーがヒステリックに叫んだ。
「関係あるね。こいつらは俺の仲間だし、セシルは俺の妻になる女だ。傷つける奴は許さない」
それで、冬眠していたのに助けに現れてくれたんだね。冬眠していてもわかるなんて、ずいぶん神経を研ぎ澄ませていたんだね。それじゃ、休みにならないんじゃない?もう~。
「おまえが犯した罪の責任をダーヴィドってやつに押し付けて、さらには殺そうとした挙句、生きていたからおまえにチャンスがあるだと?自分勝手もいいところだ」
「う、うるさい!これは、僕とダーヴィドの問題だ。おまえは大人しくしてろよ!」
「なんだと!?………って、なんだ?」
すっかり興奮しているレイヴの服の裾を引っ張って、注意をわたしに向けた。
「さっきは助けてくれてありがとう。でも、いまはダーヴィドの話を聞こう。ね?」
「お、おう」
なぜかレイヴは顔を赤くして俯いた。
「シャルル………おまえは血の病気だ。そうでなければ、そこまで血を求めるはずがない」
ダーヴィドが残念そうに呟いた。
「国に帰れば、研究対象として厳しい管理下に置かれるだろう。だが、それでも治療できるとは限らない。それでも、やらないよりはいいだろう。シャルル、私と一緒に国に帰ろう」
「ダーヴィドが一緒なら大丈夫だ!ダーヴィドは優秀な研究者だもの。僕を助けてくれるだろう?」
「あぁ」
本当にそれでいいのかな?いままで発見されていなかった病気なんでしょう?それを治療するには、長い時間がかかるんじゃないのかな。すでに、血に飢えた化け物になりつつあるのに、研究所に閉じ込められて耐えられるとは思えない。自滅するんじゃないかな。
それでも、散々ひどい目に遭ったというのに、ダーヴィドはルーを見捨てることはできないらしい。しゃがんで、ルーを抱き締めている。
「一緒に耐えよう」
ダーヴィドの背中は、泣いているように見えた。
そうだね。大事に思っていた弟が、殺人鬼だったのだもの。悲しくて、切なくて、やり場のない怒りとがないまぜになった複雑な想いを抱えているだろうと思う。だからと言って、国に帰る以外に他に方法もない。きっと、ダーヴィドにルーは殺せないだろうと思うから。
散々泣いたあと、泣き腫らした顔をしてダーヴィドが立ち上がった。
「お嬢さん、あなたにはずいぶん迷惑をかけました。大変申し訳ない」
「いえ、わたしもあなたにはやり返したので、お互い様です。指輪を奪ってすみませんでした」
「はははっ。あれにはビックリしましたよ。日よけの石を落してしまって、本当に死ぬかと思いました」
ダーヴィドが炎に包まれたことを思い出し、あと1秒でも遅れていればダーヴィドは死んでいたかもしれない、ということに思い至って申し訳なくなった。
「本当に、助かって良かった」
わたしが言うと、ダーヴィドも「本当に」と言って笑った。
この状況で笑えるなんて、ダーヴィドは強い人………ううん、強いヴァンパイアなんだね。
「ところで。申し訳ないんだが、服を譲ってもらえないだろうか?この恰好では、外を出歩けないのでね」
「わかった。俺の服のよければ、差し上げよう」
とうさまが部屋と自分の服を提供して、ダーヴィドは着替えることになった。ルーはダーヴィドが視界から消えると不安になるらしく、ロランとサシャを置いてダーヴィドについて行った。
「ロランとサシャは、ルーの状態に気づいていたの?」
「薄々は感づいていました。けれど、子供の頃からお仕えしているルー様が徐々におかしくなっているのに、見て見ぬふりをしました。恐ろしかったのです」
「私達には、とても優しい方なんです。だから、知りたくなかった。ルー様が苦しんでいらっしゃることも、被害者のことも」
ふたりは、これからもルーに仕えると言った。その中で、少しでも被害者に罪滅ぼしがしたいと。
いまは病気になっているのはルーひとりだけど、これから同じような病気の者が現れるかもしれない。そのとき、ルーの研究記録が役に立つだろうと思う。
死んだ人は生き返らない。多くの人の命を奪ったルーは、これから飢えという苦しみと向き合うことで、その殺した人達と向き合うことになるのかもしれない。ようやく。
着替えを終えたダーヴィドは、とうさまとルーと一緒に戻って来た。
「これからすぐに旅立とうと思う。魔大陸は遠いからね」
「それなんだけど………」
「なんだい?」
ダーヴィドが穏やかな表情で聞いてきた。
「レイヴ、お願い。ダーヴィド達を魔大陸まで送ってくれない?」
断られることを承知で頼んだ。
レイヴは、わたしが危険に晒されているという気配で冬眠から覚めて、助けに来てくれた。これまでの展開に混乱しているだろうし、ダーヴィドやルーに腹を立てているだろうと思う。
「………わかった。こいつらを早くセシルから遠ざけたいからな。やってやる」
「ありがとう!」
レイヴの手を握って、ブンブン振った。




