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146 オリヴィエの訪問2

 まぁ、わたしは純粋な人間じゃなく、悪魔イヴェントラの血を引いているけれど、イヴェントラがいたのは何百年も昔だもの。悪魔の血だって薄まっているはず。つまり、わたしは純粋な人間に限りなく近い。

「ところで、紳士様はこの家になんの御用ですか?誰か知り合いでもいらっしゃるのですか?誰を呼んで来ましょうか?」

 わたし以外に知り合いがいないことを承知の上で尋ねた。

「いえ、私はお嬢さんに用事があって来たんですよ」

 オリヴィエはにっこり微笑むと、わたしと目を合わせて来た。金色の瞳が怪しく光る。魔法が発動した!

 すぐに体から力が抜け、表情もなくなった。ように見せた。

「フフフッ。それでいいのです。私に身を任せない」

「………はい」

 オリヴィエがわたしを抱き寄せ、扉をそっと閉めた。


「さぁ、行きますよ。私について来なさい」

 そう言って歩き出したオリヴィエ。

「………はい」

 わたしは、オリヴィエのすぐ後ろを歩いた。

 防寒着を着ていないせいで寒いけれど、それは我慢するしかない。

 そう思っていたら、オリヴィエが振り向いて懐からマントを取り出し、そのマントをわたしの肩にかけてくれた。

 これは………認識阻害の魔法がかかっている。わたしを知っている人に見つからないように、あらかじめ用意していた物だと思う。

「これでよし。行きますよ」

 オリヴィエは満足そうに微笑んだ。

「………はい」

 返事をして、再びオリヴィエのあとについて歩き出した。


 そうしてやって来たのは、マダム・イボンヌの娼館。煌びやかな内装に目がくらみそう。多くの男達に夢を見せるために、こんな内装にしているのかな?それとも、ただ単に財力を知らしめるためにやっているのかな?

 オリヴィエが娼館に帰って来たことに気づいた女性達が、歓声を上げて出迎えてくれた。誰も、わたしのことなど目に入らないような感じだ。もしかして、この華やかなドレスを身にまとった女性達も操られているのかな?

「あら、オリヴィエ様。そちらの少女はどなたですの?」

 あ、逃亡生活をしているのに、偽名を使わず過ごしているんだ。

「まぁ、綺麗な子ですね。もしかして、私達の仲間にするおつもりで連れていらしたんですか?この子なら、すぐにでもお客が付きますよ」

 えっ、わたしに娼婦になれっていうの!?いくらなんでも、そんなこと耐えられない。

「この子は、私の身の回りの世話をさせるために連れて来たんだ。いくら美しくても、こんな愛想のない子は、君達のような蝶や花にはなれないさ」

 そう言うと、オリヴィエはわたしの顎に手を添えて、皆にわたしの無表情の顔を見せた。


「そうですね………こんなに表情の乏しい子では、お客差を喜ばせることはできないでしょうね」

「そんなことはありませんよ。自分好みに育てられる楽しみがあるじゃありませんか。この子なら、多少のしつけには耐えられそうですもの。きっといい娼婦になれますわ」

 娼婦達は好き勝手なことを言っては盛り上がっている。

「なにを言っているんだ。娼婦にはしないと言っただろう!」

 ところがオリヴィエに怒鳴られて、皆大人しくなってしまった。

「私はしばらく部屋で休む。邪魔をしないようマダム・イボンヌにも伝えてくれ」

「「「はい。オリヴィエ様」」」

 娼婦達に見送られ、オリヴィエは大階段を登って上の階へ進んだ。


 この娼館は5階建てだけれど、オリヴィエの部屋は3階にあった。あまり上だと上り下りが大変だし、このくらいがちょうどいいのかもしれない。

 応接室と2つの寝室、そして小さいキッチンがある広い造りで、ゆったりと過ごせるよう大きめの家具が配置されていた。

「さて。そろそろ味見をさせてもらいましょうか。美しく成長した分、血も熟成されているといいのですが………」

 オリヴィエは唇をぺろりと舐めて、わたしの血の味を思い出したのか恍惚とした表情になった。 

 いまわたしの血を吸うつもり!?

 どうしよう。とうさま達は、オリヴィエを見張っているはず。この部屋にいるのも気づいているはずだよね。 

 シルヴァ達もあとをつけてきているはずなのに、まだ動きがない。

 わたしが仕掛けるのを待っているのかな?


 それなら………。仕掛けるなら、オリヴィエがわたしの血を吸う瞬間が狙い目だ。

「ところでお嬢さん、あなたのお名前はなんというのですか?」

「………セシルです」

「そうですか。私はオリヴィエです」

 そう言いながら、オリヴィエはわたしを手招きして傍へ引き寄せた。

「ではセシル、左の袖をまくって腕を出しなさい」

 手首でも切るのだろうか?不思議に思いながらオリヴィエに従い、腕を彼の前に差し出した。

「殺す場合は首筋の太い血管に噛みつくのですが、セシルにはまだまだ楽しませてもらうつもりです。だからこうして、何度も噛める腕にするんですよ」

 わたしに説明しているというより、自分に言い聞かせるようにオリヴィエは言った。

 まるで、長く楽しむためには殺してはいけないと言っているようだ。

 オリヴィエは両手でわたしの腕を掴むと、そっと口を開けて牙をわたしの腕の内側に当てた。そして、牙を突き立てようとしたとき………。


 どっかーん!!!!


 なにか巨大な物が、壁一面を突き破って室内に飛び込んできた。

 驚いたオリヴィエがわたしから離れる瞬間、その綺麗な指から指輪を抜き取ってポケットにしまった。

「何者だ!?」

 もうもうと粉塵が舞い上がる中、オリヴィエが粉塵に向かって叫んだ。

 腕を伸ばしてわたしを掴まえ、ナイフをわたしの首に当てている。わたしを盾にするつもりかな。  




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