141 成長痛に襲われる
「それはだめだ」
ルーの言葉に、とうさまが一早く反応した。なにを想像したのか、青い顔をしている。
もしルーの言うようにわたしの血が特別だとしたら、オリヴィエは簡単にはわたしを殺さないはず。長く楽しむために生かしておくはずだよ。そして………わたしが死なない程度に拷も………ごほんごほん。とか、色々してくるはず。同じ血筋の人間を白状させて、そっちも襲おうとするかもしれない。伯父にあたるレ・スタット国のチャールズ王なんて、殺されても惜しくないような人物だけれど。あれでも王だもの。ヴァンパイアに殺されたとわかれば、レ・スタット国をあげてヴァンパイアに戦争を仕掛けるかもしれない。それはまずい。
とにかく、オリヴィエなんかに攫われるなんてとんでもない。
「今後、セシルには必ずシルヴァとエステルが付き添ってくれ。決してひとりにはしないように」
「「かしこまりました」」
シルヴァとエステルが声を揃えて答えた。
「僕達も、セシルの傍にいるよ。しっかりオリヴィエから守ろう」
「「どうぞお任せください」」
ロランとサシャが、声を揃えて言った。そしてルーの背後に立ったまま、優雅にお辞儀をした。
「俺はクロード達と合流して、マダム・イボンヌの娼館を見張る。隣のマダム・エリザベッタの娼館には顔が聞くんだ。そこの一室を使わせてもらおう。俺達と連絡をとりたいときは、フィーを飛ばさずマダム・エリザベッタの娼館に使いをよこしてくれ。逆に、俺達から連絡を取るときはレギーを使いにやる。わかったな」
「承知しました」
「おまかせください」
シルヴァは当然とばかりに頷き、エステルは責任感に燃えている様子で頷いた。
「それでは、俺は行く。くれぐれも気を付けてくれ」
そう言って、とうさまは出掛けて行った。
残されたわたし達は、まず、皆で一緒に過ごせるよう一階を片付けることにした。オリヴィエが来ても皆で対応にあたれるよう、皆一緒にいられるようにするの。
居間の暖炉の前に広くスペースをとって、夜は毛布を敷いて眠れるようにした。そして大きなテーブルを片付け、皆が休めるよう椅子やソファを配置した。食事はダイニングでとるから、居間に大きなテーブルは必要ない。代わりに、サイドテーブルをソファの横に置いた。
「このくらいでいいでしょう。セシル様はそろそろお休みください」
シルヴァに言われ掛け時計を見ると、時刻は9時になっていた。
少し早いけれど、寝ることにした。ソファのひとつに横になり、毛布を顎の下まで引き上げる。暖炉では赤々と火が燃えているから、毛布一枚でも十分暖かい。
薪がパチパチと爆ぜる音が心地よく、少しして、わたしは眠りに落ちていった。
「………っ!!?」
突然の全身を襲う耐えがたい痛みに目が覚めた。
なにが起きているの!?
「………っぁあ!!」
痛みのせいで、声にならない。
落ち着いて。こんなの、我慢できないほどの痛みじゃない。ゆっくり深呼吸して………そう。ただ、痛みに驚いただけ。すーはーすーはー。
「セシル、どうした?」
ルーがわたしの異変に気づいて、そばに来てくれた。床に膝をついて、わたしの様子をよく見ようと顔を近づけてくる。
「きゅう………いた………」
全身を襲う痛みが邪魔で、うまくしゃべれない。
呪いかなにか?どうして急に痛み出したの?
全身の関節が、引き延ばされるような痛みを感じる。
片足だけとか、部分的な痛みなら、そこに集中することで痛みを我慢できるけれど。痛みが全身から感じるとなれば、集中するのも難しい。
ぺたぺた
ふむふむ
ルーがわたしの体を、服の上からあちこち触って調べている。
「あぁ。これは………あれだな」
えっ?なに?なんなの?
「いいか。落ち着いてよく聞くんだ。これは………」
これは?………いいから、早く言って!!
「………成長痛だ」
………はっ?
成長痛って、成長期に腰や膝が痛むっていうあれのこと?こんなに全身が痛い成長痛なんてあるの?
「僕がみたところ、セシルは年齢のわりに小柄だ。言ってはなんだが、栄養不足で発育不全を起こしているのかと思ったほどだ」
ガーン!そんなにひどい!?
「それが、なにに影響を受けたのかわからないが、ここにきて正しい体になろうとしているようだ。いや、あるべき姿と言おうか」
どういう意味だろう?痛みに耐えているせいで、頭がうまく働かない。
「とにかく、君が感じている痛みは攻撃でも呪いでもないし、ましてや病気でもない。治療のしようがないということだ。
その言葉に安堵する自分と、がっかりする自分がいた。
「とにかく、君は正常だ。僕が朝までついているから、この成長痛を耐えるんだ」
ううっ。泣きたい。いまオリヴィエが襲ってきたら、わたしは完全なお荷物と化してしまう。確実に皆の足手まといだし、オリヴィエに捕まっても抵抗ひとつできない。




