140 マジックバッグ作り2
「セシル様がご無事で本当によかった。これからは、決してセシル様をおひとりにはしませんからね」
そうエステルが言って、わたしの両手をぎゅっと握った。
心配してくれる気持ちはありがたいけれど、オリヴィエをやっつけた後は平和になるのだし、ひとりで出掛けたいときだってあるよ。そう思ったけれど、いまそれを言っても仕方ないので、心の中に留めておいた。
フィーに手紙をつけてとうさまのところへ飛ばしたあと、マジックバッグを作ることにした。やり方は複雑だから、シルヴァに手伝ってもらうことにした。
「それでは、バッグを出していただけますか?………ふむ。よい品ですね。では、これをマジックバッグに致しましょう」
「初めてだし、今回は僕も手伝おう。よく見て覚えるといい」
シルヴァとルーが手際よく準備を進めていく様子を、じっと眺めて覚えようと頑張った。ルーが丁寧に教えてくれるので、わたしでもできそうな気がしてくる。だけど、緻密な魔法陣は覚えるのが難しく、わたしひとりじゃとても再現できそうにない。
シルヴァとルーはわたしに合わせてゆっくり作業してくれるけれど、それでも迷いがない分早い。とても一度で覚えることはできそうにない。
途中、とうさま達が帰ってきたけれど、わたし達が作業している様子をちらりと見ただけで、声をかけてくることはなかった。
とうさま達は、そばでわたしの様子を眺めながら、エステルに話を聞いている。たぶん、わたしがオリヴィエに出会ったときの話を聞いているんだと思う。
「さぁ、セシル様。仕上げを致しますよ。魔力を流してください」
魔法陣の中心にはバッグが置かれている。その上に手をかざし、魔法陣に必要な量の魔力を流していく。魔法陣が魔力に呼応して光り始める。次第に強い光へと変化し、眩しくなった。必要な魔力を流し終えたとき、ルーが呪文を唱えた。すると、光が収縮していきバッグへと集まった。
「よし、これでいい。初めてにしては、いい出来だ。容量はそうだな………荷馬車3台分といったところか」
「えっ!そんなに?」
荷馬車1台分でも相当な量なのに、それが3台分もあれば、旅の間も、狩りでも便利に使える。
「時間停止の魔法もしっかり働いているから、食料貯蔵庫としても役に立つだろう。よくやったね」
やったぁー!嬉しい。欲しかった物を、やっと手に入れたよ。
「セシルは魔力も多いし、慣れてくれば、もっと容量の多いマジックバッグを作れるようになるだろう」
「ありがとう。ルーのおかげで素晴らしいマジックバッグが作れたよ」
これで、とうさまがいないときでも狩りに出掛けられる。
狩りや討伐自体は簡単にできるけれど、倒した獲物を持ち帰るにはマジックバッグが必要だったんだよね。
とうさまがいるときの便利さに慣れてしまっているわたしには、自力で獲物や討伐の証明部位を運ぶなんて考えられない。
「………作業は終わったようだな。さて。そろそろ話を聞かせてもらおうか、セシル」
とうさまがそう言って、わたしの手をとった。オリヴィエにマーキングされた方の手だ。
わたしは、オリヴィエに会ったときの状況を詳しく説明した。そして、指に巻かれたハンカチを見せた。
すると、とうさまの表情が変わった。
「これは………マダム・イボンヌの印だ」
ハンカチに刺繍された蝶を指さし、とうさまがそう言った。
「マダム・イボンヌは高級娼館の主だ。懇意にしている客に、自分の印が入った物を渡すんだ。オリヴィエはそうとは知らず持ち歩いて、たまたま術を使用するのに使ったんだろう」
「と、いうことは?」
「オリヴィエの宿がわかった。クロードに探りを入れるよう指示しよう」
「ちょっと待って。わたしもオリヴィエにマーキングをしているから、どこにいるか探れるよ。マダム・イボンヌのところにいるか、調べてみるね」
そう言ったわたしを、ルーが止めた。
「それは待ったほうがいい。オリヴィエなら、魔法を使用したことに気づくだろう。それがマーキングの魔法となれば、この街から逃げ出すかもしれない」
「しかしルー様。オリヴィエ様は、セシルの血を舐めたのですよ。オリヴィエ様好みの上等な血だと気づいたはずです。そうなれば、セシルをそう簡単に諦めるとは思えません」
ロランの話に、ルーは「そうだな」と納得した。
東の魔王レオナール・ギュスターヴ専属のタンクさえ殺したオリヴィエが、気に入った血の持ち主をそう簡単に諦めるとは思えないよね。まぁ、わたしを気に入った、というのが前提の話だけれど。
「ヴァンパイアなら、セシルの血に惹きつけられるはずだ。僕も、そのハンカチに付いた血の匂いだけで頭がくらくらするような陶酔を感じる」
え。このわずかな血でさえ、匂いを感じるの?ヴァンパイアって、どれだけ敏感なの。
「セシルの血の匂いは、我々ヴァンパイアにとっての媚薬だ。どうしようもなく惹きつけられる」
媚薬って………惚れ薬のこと?わたしの血に、そんな効果があるの?そういえば、わたしの血を舐めたとき、オリヴィエは恍惚とした表情をしていた。あれは、そういうわけだったのか。
「さらに血の味を知ったオリヴィエが、セシルを簡単に諦めるはずがない。もし逃げるなら、おそらくセシルも一緒に連れて行くだろう」




