132 シャルル・ギュスターヴ2
前に、シルヴァが魔大陸について教えてくれたことがある。
魔大陸は東西南北に別れていて、それぞれの魔王が支配している。西はパーシヴァル。東がレオナール・ギュスターヴ。南はアウグスタ。そして北がベアテだ。
そして、昨日教えてくれたように、ヴァンパイアは魔大陸の東に住んでいる。つまり、魔王レオナール・ギュスターヴとその息子シャルル・ギュスターヴはヴァンパイアということだ。
「ロラン、サシャはどうした?」
「まもなく来ます」
そのとき、エステルともうひとり、女性がこちらに走って来た。
空で旋回していたフィーも、役目を終えてシルヴァの肩にふわりと降り立った。シルヴァがわたしを抱き締めていたから、わたしの肩には止まれなかったの。
息を切らしてやって来た女性は、シルヴァとわたしの横をすり抜けてシャルルの後ろに回った。よほど急いできたらしい。ぜーぜーと荒い息をしている。
エステルはわたしの前に立ち塞がり、シャルル達からわたしを守ろうとしてくれた。
「エステル、大丈夫だから下がって。シルヴァも離して」
シャルルが魔王の息子だとして、これまで大きな騒ぎを起こさずにきたのだから、今になって騒ぎを起こすとも思えない。
意を決して、シャルルと向かい合った。
「ほう………これは、肝が座ったお嬢さんだ」
自分と同じくらいの見た目の少年に、「お嬢さん」なんて言われるのはくすぐったかった。
でも、相手はヴァンパイア。見た目で年齢を判断してはいけない。
「お嬢さん、お名前は?」
「セシルです」
「セシル、先ほどは無体を働こうとしてすまなかった。体が弱っていて、無意識に血を求めてしまったのだ。どうか許してほしい」
なるほど。さっき抱きついてきたのは、血を吸おうとしていたのか。まぁ、ヴァンパイアだもんね。
「シャルル様………」
「待ってくれ。あなたは僕の部下ではない。様は必要ない。それに、ここではルーと呼んでほしい」
偽名ということかな?周囲に正体がバレたら困るもんね。
「わかりました。ルー、わたしもあなたに怪我をさせたので、おあいこです。謝らないでください」
「しかし、これは僕の誇りの問題なんだ。どうか、謝罪を受け取ってほしい」
悪い人じゃ、なさそうだね。
「わかりました。謝罪を受け取ります。………ぎゃあ!」
返事をしたと思ったら、突然、ルーが目の前に現れて、頬を摺り寄せて来た。
驚いたのは、わたしだけじゃない。ロランもサシャと呼ばれた女の子も、口をあんぐりと開けている。
「でっ………ルー!それは母子の間だけのやり方で、よそでは通用しません!おやめください!」
一早く立ち直ったロランが、ルーをわたしから引き離してくれた。
「そうなのか?お母さまとは、いつもこうやっているのだが………」
しょんぼりと落ち込むルー。
うん。あるよね。家族だけのルールが、よそでは通じないこと。
でも、ああいうのは心臓に悪いので、本当にやめてほしい。
「すまない、セシル」
「いえ、もう大丈夫です」
それにしても、素早い動きだったな。目で追えなかったもん。
「それではルー。一緒に来てもらいましょうか。色々と伺いたいことがあります」
「悪いが、僕は疲れている。夜まで待ってもらえないだろうか」
「それなら、家でお休みください」
ん?家って………わたし達の家のこと?
「お、そうか。それなら行こう。ロラン、サシャ、ついて来い」
「「はっ!」」
そういうわけで、皆で家に帰ることになった。
家へ帰る道すがら聞いたところによると、ルー達は宿屋で寝泊りしているらしい。本来なら日中は寝ている時間の方が長いが、人探しのため無理に起きているので眠いそうだ。だから、安心して休める場所を提供してもらえて嬉しいと言われた。
さっきは、ルーがロランとサシャとはぐれてしまい、ひとりになったところを物盗りに見つかり、日よけの石を奪われそうになったところを逃げてきたところだったそうだ。疲労と出血から、つい血を求めてしまいすまなかったと、再び謝られた。
そして探しているのは、国を逃亡したひとりのヴァンパイアとのこと。
どうやら、そのヴァンパイアが事件を起こしているらしい。
ちなみに、ロランとサシャはヴァンピーノだそうだ。だから日光も平気で、血も必要ない。故郷でも、ルーの警護役として付いているらしい。
それに。ヴァンピーノは、小説や舞台でヴァンパイアハンターとして描かれる。だから、ロランとサシャなら見つかっても問題はないし、ルーの存在を誤魔化すことができると考えられたらしい。
家に帰ると、まだクロード達は帰っていなかった。
空いている部屋………と言っても、誰かがすぐ泊まれるよう準備ができている部屋に、ルー達を案内した。
「ほお。分厚いカーテンに、小さなベッド………この薄暗い部屋は、寝心地が良さそうだ」
あんまり褒められている気がしないけれど、ルーは満足そうだった。
そして居間に降り、シルヴァにルーについて聞くことにした。
どうやら、2人は面識があるようだからね。




