128 ヴァンパイアの疑い2
「シルヴァは飛行魔法が使えるの。昨日、空を飛んだところをミシェルに見られたから、勘違いして変な噂を流したのかも」
「あぁ、すごい早さで王宮に飛んで行ったっていうあれ、あなただったの?」
「はい。急いでおりましたので」
それ、たぶん嘘でしょ?本気で急いだら、一瞬で行き来できたと思う。それぐらいの余裕を感じたよ。
「噂は、どの程度広がっておりますか?」
「う~ん、そうね。商人とハンターの間じゃ、かなり広まってるわね」
ミシェルの実家ルグラン商会は、王都でも指折りの大店なの。その力を使えば、噂を広めるくらいわけないと思う。
でも、そんな噂を流してミシェルになんの得があるのかな?
「あっ。そういえば、昨日とうさまがミシェルの所へ訂正しに行ったの。とうさまの説明で納得してもらえなかったのかな」
「それはどうかしら。ニキが少女ひとりくらい説得できないとは思えないわ」
うん。わたしもそう思う。
「それで、ニキはいまどこにいるの?」
「とうさまは、王宮から使いが来て、出掛けてるよ」
「ふぅ~ん。厄介なことに巻き込まれてなきゃいいけど」
神妙な顔で考え込むティスリ。
かららん
そのとき、ドアベルが鳴ってクロード達が入って来た。
「あっ、セシル様。こちらにいたんですね」
「クロード達は訓練?」
「はい、そうです」
とうさまに、毎日、訓練するよう言われてるもんね。
「セシル様はどうしてギルドに?」
「仕事があればと思ったんだけど………」
「どうしたんですか?」
「あのね。シルヴァが吸血鬼だっていう噂が流れているらしいの」
はあぁぁ~~っ?
盛大にため息をつくクロード達。
「ヴァンパイアって、あれですよね?夜行性で、光を嫌い、血を吸う不死者、でしたっけ」
「日中は出歩けないはずじゃ?」
「黒いマントが必須アイテムですよね!」
「ばかっ!それは、小説や舞台の上での話だろ」
でも、ヴァンパイアのイメージってそれだ。夜な夜な街に繰り出して、人の生き血を吸う人型の魔物。あ、わたしのイメージも小説の影響が強いな。
「とりあえず、日中あちこちを出歩いたらどうです?ヴァンパイアのイメージと違うので、噂は本当じゃないとわかってもらえるはずですよ」
「笑顔を振りまいて、牙がないところも見せたらどうかな」
「いや、誰彼かまわず笑顔を振りまいたら、不審者と間違われるかもしれないよ」
それもそうだ。
それに、やり過ぎもよくない。
「人族のヴァンパイアに対する見方は、偏見の塊ですね」
それまで黙っていたシルヴァが、ぽつりと呟いた。
「それは仕方ないよ。実際に会ったことある人がいないからね」
言ってから、ふと気づいた。
「シルヴァはヴァンパイアを知っているの?」
「ええ。魔大陸の東がヴァンパイアの領域です。見た目は人族と変わらず、純血をヴァンパイア、人族と混じった者をヴァンピーノと呼びます。ある者はヴァンパイアを怪力無双、変幻自在、神出鬼没と称しています。たしかに血は必要としますが、力あるヴァンパイアほど少量の血で事足りますし、なにより不死というわけではありません。特徴は、やはり牙ですね。血の匂いに敏感で、同族は嗅ぎ分けることができます」
「へぇ~、あなた詳しいのね。どんな本で勉強したの?」
「いえ、私は………」
「シルヴァはすごいでしょ!?」
シルヴァがなにか不穏なことを言いかけたので、慌てて誤魔化した。
「シルヴァは物知りなんだよ。ねっ?」
「ええ、まぁ………じつは、大昔に魔大陸へ渡った者がおりまして。その者が書いた書物を読んだのです。じつに興味深かったですね」
察しのいいシルヴァが、すぐに話を合わせてくれた。よかった。
「私も読んでみたいわ。なんていうタイトルの本かしら?」
「トルグニー放浪記です」
シルヴァは迷いなく答えた。本当にそんな本が存在するかのように。
もしかしたら、わたしが知らないだけで、そんな本があったのかもしれない。
「ふぅ~ん。クレーデルの図書館だったらあるかしら?」
クレーデルは学術の都だ。珍しい本もある。「トルグニー放浪記」も見つかるかもしれない。
トルグニーは魔大陸を旅したのかな?だから魔大陸や、そこで暮らすヴァンパイアについて書いているんだよね?わたしもその本を読んでみたい!
まぁ、あればの話だけれど。はははっ。
「これからどうしよう。シルヴァ、エステル、どこか行きたいところでもある?」
「そうですね。………私はこのままでかまいませんが。噂がセシル様のお邪魔になるとしたら、このまま街の中を出歩いて、わたしがヴァンパイアではないことを見せてはいかがでしょうか?」
「いいの?そんなことしたら、人に注目されるよ。うっとおしくない?」
「かまいません」
シルヴァの返事は迷いがない。
「シルヴァもこう言ってるんだし、任せたら?」
「そうだね、ティスリ」
シルヴァがやる気になっているのに、それを止めるのはよくないよね。
誤字報告ありがとうございます。




