110 オ・フェリス国の王都へ向けて
わたし達が王都へ出発する日の夜。
領主館の客間から眺めるクレーデルの街灯りは、煌々として煌めいていた。
出発の時間が近づき、領主館の裏手にある訓練場へ行く。
そこには、リムハム辺境伯夫妻の他、ここ数日で仲良くなった騎士の皆さんや、ガイム達が見送りに集まってくれていた。
「彼らのことは、俺達に任せてくれ。あなた達がこの地に帰って来る頃には、すっかり鍛え上げておいてやる」
騎士団長がそう言った。頼もしい。
ガイム達と騎士団はすでに信頼関係を築き始めていて、すでに魔物討伐作戦も共同で行って成功している。
「ありがとう、騎士団長」
ガイム達を受け入れてくれて、感謝しかない。
獣人を受け入れているオ・フェリス国と言えど、魔物は敵。駆逐の対象でしかなかった。それが一緒に生活し、共同の目的を持って戦うことができるなんて、夢を見ているみたい。
「ガイム、あなたを群れのリーダーに任命します。しっかり皆の面倒を見てね」
「マイロード。ありがとうございます」
「ネス。あなたは副リーダーに任命します。その立場におごることなく、精進しなさい」
「我が主よ、承知した」
ここ数日で、2人は自分の未熟さに気づいた。それと同時に、どこまで強くなれるか、希望を抱くようになった。この領主館に帰って来る頃には、どれほど強くなっているか、期待に胸が膨らむ。
2人に向けて、別れの握手をするために両手を差し出した。
ところが。2人とも膝をついて頭を垂れた。なぜ?
「「御身に触れるなど、我には過ぎたことにございます」」
息がぴったりだった。
差し出したこの手をどうしたらいいの。
仕方ないので、騎士団長と握手した。
騎士団長は苦笑していた。
なぜなら、背中にガイムとネスの殺気を感じていたから。
そんな殺気を出すくらいなら、握手すればいいのに。
出発の時間になり、レイヴがレットドラゴン化すると、その見事な姿に歓声が上がった。赤い鱗が松明の炎に照らされて、宝石のように輝いていた。まるで上質のルビーだ。黒い瞳は、黒曜石のようだ。鱗に手を置くと、わずかにひんやりした感触の下に、命のぬくもりを感じる。頬を当てると、レイヴがくすぐったそうに身をよじった。
「セシルから触れてくれて、嬉しい」
照れくさそうな声が聞こえた。
「もう行くぞ。皆も、レイヴに乗るんだ」
とうさまが皆に声をかけ、ジャンプでレイヴの背中に乗った。
「そうだね」
返事をして、わたしもジャンプでレイヴの背中に乗った。
鱗の小さい箇所があり、前に鱗を剥がしたことを思い出す。ここの鱗で、わたしは剣と部分鎧を作ってもらったんだね。愛おしくなって、小さな鱗を撫でた。
「そんな鱗に掴まるのは危ないですよ。私がお支えいたしましょう」
顔を上げると、シルヴァが隣にいた。さりげなく、肩に腕を回された。
反対の隣には、とうさまがいる。シルヴァを睨みつけている。
後ろには、エステルとクロード達3人。いつものやり取りに、苦笑している。
レイヴが翼を広げると、翼が巻き起こした風で砂埃が舞った。
「いくぞ!」
掛け声とともに、レイヴはふわりと空に飛び上がった。鳥のように羽ばたかなくても、空に浮かんでいる。魔法の力かな?
ひゅうううぅぅ~~~んっ!!
まるで、レイヴの周囲に空気の膜があるかようだった。すごいスピードで飛んでいるのに、風は髪や服をはためかせる程度だし、息苦しくもない。
「これが………飛行魔法?」
「いえ、飛行魔法と重力操作、空間操作を併用しております」
なるほど。複数の魔法を同時に使っていたのか。
「お望みとあらば、私がお教えいたしますよ」
「ありがとう!飛行魔法は使ってみたいから、お願いしようかな。あっ、待って。空間操作って、マジックバックを作るのに使えるんじゃない?う~ん。覚えるならどっちが先かな?どっちも高度そうだから迷うよ」
ひとり頭を悩ませるわたしの肩を抱こうと、シルヴァが腕を伸ばしてきた。その腕を、とうさまがすかさず叩き落とす。そしてまたシルヴァが腕を伸ばす。とうさまが叩き落とす。わたしの背後で、不毛な争いを繰り広げられていた。
「なにやってんだか………」
「あの3人って、三角関係なのか?」
「え?セシルはまだ11歳だって聞いたよ。違うんじゃない」
「たしか。レイヴの奴も、セシルが好きなんだろ?」
「ええ!?どうなってんだ。あのパーティー………」
なにか………クロード達が言っているようだけど、小声でうまく聞き取れなかった。
しばらくして、オ・フェリス国の王都たる芸術の都オーシルドが見えて来た。街灯りが雪に反射して、王都全体が煌めていている。こうして空から眺めるのは初めてだけど、本当に美しい街だと思った。
冬の間、雪と氷に包まれるオ・フェリス国の王都は、高い壁に囲まれている。まだ冬は始まったばかりだというのに、壁の上には雪が積もっていた。




