107 新たなる進化
「その『虹の旅人』が壊滅したのは、喜ばしいことだわ。民衆にとってもね。ア・ッカネン国にとっては損害でしょうけど、表立ってはなにも言ってこないわ。問題は、『虹の旅人』を壊滅させたのが、少女と魔物の集団ということ。人々は、そのことに恐怖を抱くでしょうね。今回は悪者が退治されたけれど、いつ、自分達に向かってくるかわからない、とね」
「そんなこと!」
「わかってるわ。セシルが、罪もない人々………罪ある人々にも、むやみに力を振るわないことは。でも、世間は思うのよ。コントロールできない強い力が恐ろしい、と。だから、私達エウレカ教会を使いなさい。私達には、一国でさえ簡単に手出しできない力があるわ。セシルが教会所属と名乗るなら、国王でさえ簡単に手出しできないのよ」
「でも、それじゃあ教会に迷惑が………!」
「迷惑なんてどんでもない。エウレカ教会も、セシルという大きな力を手に入れるのよ?これは五分五分の取引だわ」
「………」
「答えはすぐにとは言わないわ。でも考えてみて?これは、あなただけじゃなく、あなたの仲間にも有利に働くはずよ」
「………」
いくら考えても答えは出ない。こんなことになるとは思っていなかった。わたしはただ、クロードを助けたかった。それだけだ。
でも、なぜだろう?
どうして、クロードにこだわったんだろう?
「あなたには、レナの分も幸せになってほしいのよ」
そう言って、ツヴァイ御子はわたしを抱き締めてくれた。
「さあ!今夜は教会に泊まって、明日の朝早く発ちなさい。騒ぎが大きくなる前に」
修道士の世話を受けながら、わたし達は教会で一晩過ごした。朝早く起こしに来たのは、警備係の聖騎士だった。
聖騎士達の警護の元、わたし達はノヴァク自治区を出た。
『虹の旅人』のテントを逃げ出した団員達の行方が気になったけれど、それはツヴァイ御子が知らせてくれるだろうと思った。
レギーやロイはどうなっただろう?
「我が主、お待ちしておりました」
わたしの物思いは、不意に終わりを告げた。
街の外には見かけなかった獣達の一団が、王都近くの森から現れた。
『マイロード。どうぞご命令を』
街の外では目立ちすぎると判断したネスが、待機場所を森に変更したらしいのだ。
「あはは」
笑うしかない。
わたしは一夜にして、獣達の一団を手に入れた。
「えっと………俺達もいるんだけど………いいかな?」
「えっ!」
ネスとオークの後ろから、レギーとロイが現れた。
「おまえ達、無事だったのか!」
クロードが二人に歩み寄り、がしっと肩を抱いた。
「クロード。すっかり身綺麗になって。そうしてると、王家の末席って話も嘘じゃない気がしてくるぜ」
「ほんとだ」
「やめてくれ。俺はそんなんじゃない。騙されていたんだ」
なぜだろう。クロードは王家の末席………その話が事実ではないかと、クロードを見ていると思えてくる。
「くふふっ」
シルヴァが意地悪く笑った。
「どうかしたの?」
「いえ、なんでもありません。いまは、まだ」
「??」
おかしなシルヴァ。なにか企んでいるようだけど、いまは聞いても教えてくれないんだろうな。
『マイロード。ご命令を』
そうだった。呆けている場合じゃない。考えなきゃいけないことは山積みなんだから。
まずは、オークの名前を聞かなきゃね。いつまでも、オークと呼んでいるわけにもいかない。
オークの名前は、ガイムだった。なかなかかっこいい。
『では、ガイム。あなたにも、わたしの魔力を与えます。獣達の一団を率いるリーダーとなりなさい』
『なんたる光栄。御意』
なんだろう。ネスより、ガイムの方が堅苦しいね。
膝をつき、頭を下げたガイムの肩に触れ、わたしの魔力を注ぎ込んだ。すると、ネスの時のように、ガイムも一回り小さくなった。けれど、元が大きかったので、一回り小さくなったところで、大して変わらない気がする。全身を覆っていた体毛が薄くなり、筋骨逞しいいかつい顔の男が現れた。
うん。ガイムだったら、パンチひとつでプロンプトを倒せていただろうね。
それくらい、なんとも言えない迫力がガイムにはあった。
「マイロードに忠誠を」
そう言って、深々と頭を下げるガイム。
ふむ。進化すると、人語を話せるようになるんだね。
さてと。これからどうしよう?ここまで人間に近く、人語と話せるなら、人間に混じって暮らすこともできるんじゃない?獣人も受け入れているオ・フェリス国なら………ネスやガイム達のことも、面倒みてくれないかな?
問題は、これから冬になろうという季節にある。徒歩でオ・フェリス国の王都へ向かうのは時間がかかり過ぎるし危険だ。かといって、大所帯になりすぎてレイヴには運べない。ん?何回かに分けたら運べるかな?
「我が主よ。ご命令をくだされば、我らはどんなことでも従います。お命じください」
唸っていると、ネスが話しかけてきた。
「ありがとうネス。でも、それじゃダメだよ。今は身体強化の魔法がかかっていないから、ホーンラビットみたいに弱い魔物は人間に狩られてしまうでしょう?全体のことを考えなくちゃ」
「ですが、我らのこの命はすでに我が主の物。死など恐れません」
「命は、誰の物でもない。個人の物だよ。他人の命を軽々しく扱ってはだめ。もちろん、自分の命もね。せっかく助かったんだから、生きて人生を楽しんで」
「………かしこまりました」
ネスは、まだ納得がいっていない様子だったけれど、渋々頷いた。




