103 囚われた者達
おおおおぉぉぉ~~~!!!!
その見事な姿に、観客席から一斉に歓声が上がった。
「これは、フェンリルという氷の精霊です。クロードの代わりに現れてくれました。どうです?見事な毛並みでしょう?」
精一杯の愛想を振りまく。
「どこで捕まえたんだ?」
「欲しいわ!買えるかしら?」
「この一座は素晴らしいな!」
貴族達が、どうにかエステルを手に入れる方法はないかと質問してきたり、褒め称えたりしてきた。平民はぽかんと口を開けて、初めて見る美しい生き物に呆然としている。
その間、クロードはとうさま達と合流し、解術の魔法をかけてもらっていた。そしてピエロの恰好では目立ってしまうので、素早く化粧を落とし着替えさせられている。
もちろん、クロードの周囲にも観客はいるけれど、いまはエステルに釘付けになっていて、隣でなにが行われているかなど気にしていない。
気にしているのは、舞台上の司会者カルタスとネンナだ。
クロードを奪われたことに気づいて、ネンナが歯ぎしりして悔しがっている。
カルタスは、クロードよりわたしのほうが価値があると思ったのか、一早く復活した。
「さあさあ、皆様!我らは『虹の旅人』。旅の一座ですよ?大事なフェンリルをお見せすることはできますが、お譲りすることはできません。その代わり、今宵は心ゆくまで眺めていってくださいませ」
カルタスがネンナに目配せすると、ネンナは恐る恐るエステルに触れた。エステルに誘惑の魔法をかけるためだ。
「さあ、大人しくしててね。いま、あなたに素敵なプレゼントをあげるわ」
ネンナはそう言って、クロードに繋がれていた太い鎖を持ち上げた。
エステルはぴくんと体を強張らせた。
相手を言いなりにする。という誘惑の魔法を発動させたのだろうか?
ところで。通常、こういう魔法は術者より上位の者には効かない。術に反抗されて、破られてしまうのだ。
どう見ても、ネンナよりエステルの方が上位の存在だ。ネンナがエステルを従えることができるのか見物だ。
そっとエステルから離れ、舞台袖から舞台裏を覗く。そこには、出番を待つ魔物や獣が待機していた。ということは、ここには彼がいるはず………。
「誰だ!?」
狼の檻の影から、ひとりの青年が現れた。ひょろりと細く、頼りなげだけれど、不審者に果敢に向かってくる姿勢は褒められたものがある。
「あなたがロイね?」
「えっ?」
不審者が少女と知ってか、自分の名前を知っていたことについてか、青年は驚いていた。
じつは、クロードからロイについても聞いていたのだ。
できれば、このロイも助けたいと思っている。
「檻を全部開けて」
「は?」
「あなたがやらなきゃ、わたしがやるわ。まずは………回復魔法!」
檻の中の魔物や動物達は、皆傷つき弱っている。回復させなきゃ、ここから逃げることもできない。
一匹づつやっていたらキリがないので、一度に全部の檻に向けて回復魔法を放った。
「すごい!こんな広範囲の回復魔法は初めて見るよ。君は………何者なんだ?」
「わたしは魔物使いよ。………続いて、身体強化!」
ついでに、さっきシルヴァから教わった解術の魔法を、自分も含めてかけていく。これで、ネンナに操られることはない。
オークの檻の前に行き、檻の間から手を伸ばしてオークに触れた。
「危ないぞ!」
ロイの忠告を無視した。
普段、森で出会えば躊躇なく狩るオークだけど、こんな風に檻に囚われているのは許せない。自然の中で生きるべきだ、と思う。
『ここから出て、森に帰りなさい』
『………人間の娘よ。どういうつもりだ。我ら囚われた者に、なにを期待している』
檻に入った者たちが、わたしとオークの会話に注目している。
『自由になりなさい。そのための力は与えました』
『我らはここで命尽きる定め。なにを期待している』
『生きなさい』
『………!』
オークは、一筋の涙を流した。
ざわざわざわ
『承知した』
オークの言葉に、ざわめきはさらに大きくなった。
『それでは、自らの力で檻から出て来なさい』
わたしは檻から離れ、オークを手招きした。
オークが檻に手を触れると、柵がいとも簡単に曲がり出口を作った。その出口からゆっくり出てくる様子を、ロイは震えながら見つめていた。
オークは檻から出てくると、わたしの前に膝をついた。
『マイロード、ご命令を』
『ここにいる魔物、獣を全員、檻から出しなさい。そうしたら、人間達と対決します』
うおおぉぉおおお!!
獣達が咆哮を上げた。
そして、次々と檻から出てくる。非力なはずのホーンラビットでさえ自力で檻から出て来た。
なにごとかと様子を見に来たピエロが数人いたけれど、獣達が自力で檻から出てくる様子を目の当たりにして逃げて行った。
きゃああぁぁーーー!!
舞台からは、悲鳴が聞こえて来た。予定通り、エステルが暴れているのだろう。舞台を囲んでいる分厚いカーテンの下から、冷気が舞台裏に流れ込んでくる。
その冷気を感じて、獣達が一瞬たじろいだ。
『大丈夫。あれは味方です』
にっこり微笑むと、獣達は咆哮を上げて舞台へ飛び出して行った。
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