102 ショーの始まり
ネンナの笑顔は、美しいけれど、心がざわついた。
「だって、いい男は貴重だもの。たっぷりと楽しませてもらわなくちゃ。ねえ?まぁ、躾のあとでも、まだ反抗的な態度を取るようなら、あたしも考えなくちゃいけないけどね。うふふっ」
ネンナが言う躾とは、拷問のことだとわたしにもわかった。
なんて酷い!仲間が躾という名の拷問を受けているというのに、それを悲しむどころか楽しむなんて信じられない!
「うふふ。あなた、まだ子供ね。これくらいの話で顔を青くするなんて………可愛いわぁ」
わたしに触れようと伸ばしたネンナの手を、とうさまが叩き落とした。
「あら、ここにもいい男!娘を守る父親ってところかしら?」
ネンナは可愛らしい声で笑うと、宙返りをしてわたし達から離れた。
「今夜の舞台を観に来てね!待ってるわよ!バーイ!」
ネンナは笑いながら去って行った。
残されたとうさまは、にこりともせずに言った。
「………計画変更だな」
そして、なにを仕掛けられたかわからないからと、わたし達全員に清浄魔法をかけた。
「だめだな。解術の魔法は使えないのか?そうじゃないと………おっと、やめてくれ。俺はレギーだ。クロードから聞いてないか?」
怪しげなピエロが、剣の柄に手を添えたとうさまに向けて両手を上げた。降参のポーズだ。
「レギー?」
「いいか。時間がないんだ。よく聞けよ。ネンナは誘惑の魔法を使う。触れた相手を魅了して、言いなりにさせることができるんだ。ボスのカルタスは言霊を使う。プロンプトは怪力だ。それから………」
カーン カーン カーン
鐘の音が鳴り響いた。
「ちっ。時間切れだ。とにかく、解術しろよ!いいな!」
レギーは言い捨てて、駆け足で去って行った。
テントの周囲にいた人々が、鐘の音を聞いて、動き出した。一部は大きなテントへ入って行き、残りは帰路につくらしい。
「とりあえず、あの者の言う通り解術の魔法をかけておきましょうか」
そう言って、シルヴァが全員に解術の魔法をかけてくれた。
「さすがシルヴァ。解術の魔法が使えたんだね」
「このくらい、ニキもできたでしょうが、私が代表して魔法をかけさせていただきました」
うん。たぶん、とうさまも解術の魔法が使える。暗部として活躍するには、必要な魔法だから。
「それにしても。誘惑の魔法を仕込まれたことに気づかないとは、ニキもまだまだですね」
「………」
シルヴァの挑発に、とうさまは無言だった。自分の力のなさを嘆いているふうでも、恥じているふうでもなく、ただ、いつもの無表情だった。
「………連中には、俺達が来ていることが知られている。もう攪乱作戦は通じない。正面突破しか道はないだろう」
「相手は、たった17人だ。そいつらをぶっ倒せばいいんだろ?任せとけ」
えっ?『虹の旅人』は全部で18人だから、クロードを抜いて17人に違いはないけれど。さっきのレギーは味方じゃないのかな?
そっか。さっきはまともに見えたけれど、ネンナの誘惑の魔法で操られている可能性もあるのか。誰が敵で、誰が味方かわからないのは難しいな。
相談の結果、観客の前では、『虹の旅人』も無謀なことはできないだろう、ということで、堂々と正面から乗り込むことになった。
チケットを買うことができ、受付を通って中に入る。前口上が終わり、いよいよショーが始まるところだった。
セクシーな薄い衣装を身に着けたネンナが、金属の鎖を片手に現れた。鎖の先には、クロードが繋がれていた。
「クロード!」
思わず、観客席から叫んでいた。
太った司会者が、にやりと笑った。
「おお!どうやら、クロードのファンがいるらしいですな」
その声を聞いて、背中を撫でまわされたかのように鳥肌が立った。気持ち悪かった。
観客はその気味悪さに気づかないのか、司会者の言葉にどっと笑った。
「クロードは、我が一座きっての男前ですが、ついさきほどまで体調不良で休んでおったんです。どうです?お嬢さん。ショーがうまくいくように、近くで励ましてやってはくれませんか?」
クロードはピエロの化粧と衣装を身に着けていて、躾の跡が見えない。………見えないようにやったのかな?覇気がなく、どこかぐったりとしている。ただ、目だけがギラギラとして「来るな」と物語っていた。
罠だ。ということはわたしにもわかった。でも、ここで引くわくにはいかない。
「行きます」
立ち上がったわたしを、ひとりのピエロが迎えに来てくれた。レギーだった。
「なに考えてんだ!」
小声で怒られた。
舞台に上がる時に、ネンナが手を貸してくれた。これで、誘惑の魔法の仕込みはできたわけだ。
ネンナの後ろに跪いていたクロードの傍へ行き、そっと回復魔法をかけた。
「どうして来た。いますぐ逃げろ!」
レギーと同じく、小声でわたしを叱るクロード。
「大丈夫。わたし達に任せて」
同じく小声で返し、クロードの手をぎゅっと握った。
その瞬間、仕込んでおいた魔法陣が発動し、クロードの足元から煙が立ち上った。
「待て!なにをした!?」
慌てる司会者ことカルタス。
煙が収まった時、舞台には一匹の見事なフェンリルがいた。
じつは、エステルとクロードを入れ替える魔法陣をシルヴァに仕込んでもらっていたの。エステルは人の姿で観客席にいたけれど、舞台に移動したと同時にフェンリル化して人目を引いた。




