1 はじまりの島
わたしは、セシル。10歳の女の子。オ・フェリス国で10歳まで過ごし、ハンター登録をしてとうさまと旅に出た。でも、とうさまは、本当の父親じゃない。血の繋がりはないの。それでも、わたしを育ててくれる優しい人。大好き。わたしは10歳のわりに小柄で、よく年下に間違われる。銀色の髪に、アイスブルーの瞳。肌は抜けるように白い。そしてどういうわけか、わたしは日焼けをしない。
だから、こんな島国にいても、肌は白いまま。
ここは、ア・ムリス国。小さな島が点在する島国で、人々は肌が浅黒い。黒髪、黒い瞳が普通で、わたしはどこにいても浮いてしまう。もちろん、よそから移住してくる人や、旅人もいるけれど、皆あたりまえに日焼けをする。わたしは異端児。
そして、わたしが今住んでいるのはア・ムリス国の南端にある、ちいさな島メリス。ガーラム便の最終地。漁業で生計を立てている人がほとんどで、残りの人は本島へ出稼ぎに行ったり、ガーラムの世話をして暮らしている。
ガーラム便というのは、2頭のガーラム(クジラの仲間で、とても賢い。ただし長い牙があり、襲われて死ぬ者もいる)が引く水上タクシー。島々の行き来には欠かせない交通手段で、各島に最低1船はある。船の形は、ほとんどが甲板が広くなっていて、丸い形をしている。遅くても数時間で国中の端から端まで行き来ができるから、船のなかに泊まるための設備はない。
穏やかな海に、穏やかな人々。大陸では、楽園とも称されるア・ムリス国。けれど友好的なのは観光客を受け入れている本島で、こんな端っこのメリス島はむしろ排他的。地元の住民で固まって、なかなかよそから来る人間を受け入れようとはしない。
もちろんわたしのことも。
さっきも言ったよね。わたしは異端児だって。
日中、ほとんどの時間を海で過ごすわたしが日焼けしない姿を見て、なにか魔法を使っているんじゃないかとか、呪われているんじゃないかと言う人がいる。というか、島の住民全員が思っているんじゃないかな。
この世界には、もちろん魔法がある。
だけど、ア・ムリス国では魔法は神の御業と言われ、人間が使うものじゃない。と考えられている。使える人も少ないし、できても薪に火をつけるとか、コップに水を入れる程度。それ以上は、本島の神官や巫女にしか使えない。というか、威力に強い魔法を使える子供が見つかると、海洋神ルガタに仕えるために神殿に連れて行かれ、そこで一生を過ごす。
まあ、たまにはハンターになろうと大陸へ渡る人間もいるけれど、それは数年に1人程度。とっても珍しいことなの。
つまり、わたしは異端児で、珍獣扱いで、このア・ムリス国では浮いた存在。しかも旅人。いつか国を出ていく人間。イコール………いじめてもいい存在として認識されている。
今、目の前には3人の子供が立っている。島長の息子ジグに、その取り巻きイリータとロンド。3人とも男の子で、わたしより背が高い。特に漁師の息子のイリータとロンドは、普段から家の手伝いをしているせいか逞しい。
「………わざわざこんなところへ呼び出したりして。わたしになんの用?」
「へっへっへ。喜べ!お前が、ジグ様のお役に立てるんだ」
本当に12歳かな?イリータが下品な笑い方をして、わたしに手を伸ばしてきた。
その手を振り払い、1歩後ろへ後ずさった。
ガーラム便の桟橋は、この島ではそれほど大きくない。せいぜい、大人3人がすれちがえる程度の幅しかない。その桟橋に、船が1隻繋がれている。反対側の浅瀬には、2頭のガーラムがゆったりと泳いでいる。
わたし達はその桟橋に立ち、ガーラムがいる側にわたしは追い詰められていた。
普段は温厚に見えるガーラムは、じつはとても臆病で警戒心が強い。そして強い。もし急に驚かされたら、反射的に攻撃して人間だってかみ殺してしまう。そんなことをする馬鹿が、数年に1人くらいいる。酔っ払いが度胸試しをするんだ。
でも、わたしは酔っ払いじゃないし、馬鹿でもない。ガーラムを刺激しちゃいけないことくらい知っている。
「言っている意味がわからないよ」
ムッとした様子で、イリータに言った。
「おまえが着てる服、高いんだってな?脱げよ。町で売って来てやる」
ジグが尊大な態度で告げた。
わたしが着ているのは、温暖な気候のア・ムリス国に合わせて半袖のシャツにショートパンツ、サンダルだ。デザインはア・ムリス国のものとは違うけれど、別に高級品というわけじゃない。ジグ達はわたしの服が欲しいわけじゃなくて、わたしを恥ずかしめてからかおうとしているだけだ。
「嫌よ。そんなことできるわけないじゃない」
男の子はズボンだけで泳ぐこともあるけれど、女の子は海で泳ぐときも服を着ている。いくら南国とはいえ、女の子が裸を見せるのは家族か夫、そして女友達くらいのもの。それくらいジグ達も当然わかっている。わかった上で、脱げと言っている。
「できないなら、ガーラムと泳いでみろよ!」
3人はにやにやと嫌な笑いを浮かべている。