8話:≪勇者≫様は考える
「……ショタが、潰されたわ」
窓際はリーリエの定位置だ。狭い縁に腰を掛け、お祭り騒ぎをする人々を見下ろしつつ、ため息を一つ。
「でも、結局依頼は受けるんっすね。……リーリエらしくていいけど」
「何度も言っているけど、団長と呼びなさい。私がさっきからマネージャー扱いされるのは、貴方達が団長と強調して呼称しないのも原因の一つなのよ?」
「だって、団長っぽいこと一度もしてくれてないっぺさ」
苦言を呈するマルティアだが、彼女の表情に特段嫌な雰囲気は出ていない。むしろ彼女は、リーリエの僅かな表情の変化に気が付いたようで、
「あのショタっ子を逃した以上に落ち込んでいるような気がするけど……あの依頼に何か気になる点でもあるっぺ?」
「臭い、かしらね」
小首を傾げる二人。リーリエは彼女たちに視線を合わせず、
「経験的なものよ。あの依頼、何か嫌な臭いがする。恐らくだけど、下手に手を出したら返り討ちにあう可能性が高いわ」
「それは、私たちが、っすか?」
「――」
エリカの問いに返答はしない。むしろそれが答えになっているが、口で言うと言わないとでは、緊張感が違う。
本来なら危険要素は一から十まで共有するのだが、時折、敢えて危険要素を濁すことで緊張感を高めた方が彼女たちの安全を確保できる可能性が高まるケースがあるのだ。
その代表例が今回の依頼。
恐らく、クレハと名乗った少年が持ってきた依頼に、何か裏があるのは確実だ。そもそも、人が少なく税も満足に払えないであろう寒村へ、王直属の『聖騎士』が急行して魔獣の平定に骨身を惜しまず働いた事実が理解できない。百歩譲ってそうであったとしても、仕事を中途半端にして帰路につくなど、王の名声を地に落とすような行為だ。
一人一人が英雄級の戦力を持つとされる『聖騎士』。彼らすら干渉を躊躇うほどに巨大な敵か。あるいはリーリエの邪推か。
後者なら構わないが、いずれにせよ、闇の大きさどころか有無すら不明瞭である以上、此方の口から二人へ多くを語ることは出来ない。
冒険者における下準備は、敵の過小評価が最も命取りになってしまうのだから。
「……でも、嫌な御国っぺ。リーリエの言っていることが正しければ、あの男の子は嘘をついていることになるっぺさ」
「いえ、彼は何も知らないはずよ。裏で操っている者がいるわ」
「その心は?」
「金よ。ほら、報奨金が少なすぎるでしょ? いくら勇者と言えど、私たちは聖人ではないわ。今回は別の目的があるから依頼を受注したのだけれど、本来なら見殺しにするところだったわ」
「まぁ、慈善事業でやってるわけじゃねぇっすから、そこに関しては同意します。けど、ラクラル村といえば、マジ寒村って話でしたよ? 正直、裏で何か操るような、大掛かりなことは出来ないと思うっす」
「いえ、ラクラル村はただの被害者でしょう。ゴブリンの異常繁殖は、恐らく人為的に引き起こされたものでしょうね。初めは繁殖を制御できてたんでしょうけど、ある時点を境に、制御できなくなって森に入ってしまったのでしょうね」
人間より遥かに安価で、繁殖能力の高いゴブリンは、戦争に利用されることが往々にしてある。しかし、いくら安価と言えど、それは人間を天秤にかけた時の都合。
兵士として利用できるまでの人件費や食費諸々を考慮すると、やはり気軽に戦争に投入できるものではないし、知能の低さから調教にも時間がかかる。
故に、各国はゴブリンの大量生産や知性向上を目標に、熾烈な開発競争をしているのが現状だ。元来、ゴブリンは臆病な性格で寒村であろうと、姿を見せることは滅多にない。
ゴブリンの大量発生という稀な事態を文面通りの捉えなければ、やはり人間の手が加わった可能性が高いという結論に至ってしまう。
「いずれにせよ、事実を確かめる必要があるわ。ちょっと席を外すわね」
「誰かと会う約束でも?」
「ええ。ちょっと、昔馴染みの子に」
*** **** ***
屋根と屋根を軽やかに飛び、リーリエは夜の街を駆け抜ける。
下半身から伝わってくる喧騒は、リーリエが……否、リーリエたちが守りたかった光景だ。これを見る度頬が綻び、少しは仲間も報われると安堵する。
だが同時に、時間の流れは残酷だと感じてしまう。
「街の雰囲気も、五年で随分と変わるものね。……ってか、なんで私のことを覚えてないのよ。本当に変わってしまったわ、この街は」
なんて呟きながら、リーリエは一際高い石の塔を目指した。
正門から入りたいところだが、既に時間は夜中。門番に≪勇者≫であることを伝えれば、塔へ入ることは出来るだろうが、この街のリーリエに対する認知度の低さのせいか、自信がない。
窓から侵入しようと決意し、自慢の身軽さを駆使し、塔を駆け上がる。実際は積み上げられた外壁の石の凹凸を蹴り上げて進んでいるので、飛び跳ねるという表現が適切なのかもしれない。
五階まで飛び上がると、空いている窓から音を立てずに侵入。僅かに辺りを見渡して、嗅神経に意識を集中させる。
――獣人特有の異能。『感覚鋭敏化』
オーソドックスな人族のステータスに比べ、獣人族の五感と運動能力は極めて高い。だが、聴覚には自信があれど嗅覚にはあまり自信がない。
リーリエは香水や食べ物の臭い、無機物の臭い――バックグラウンドを慎重に排除。目標の臭いが何処にあるかを見極める。
ふと、鼻腔に嗅ぎ慣れた臭いが流れ込んできた。
丁度五階だ。一番最奥の部屋であろう。リーリエは再び誰もいないことを確認し、扉をノックする。
「ふむ……その音は?」
扉の向こうから、僅かに低い女性の声が聞こえる。彼女の気配が扉まで近づき、リーリエとを隔たるのが扉一枚になった頃、もう一度、女の声が聞こえた。
「――守るべきは?」
「薄い本」
「流すべきは?」
「用済みティッシュ」
「我らを生んだ母親こそ」
「果てるまでの敵」
「リーリエ! 久しぶりではないか!」
勢いよく扉が開くと同時、真紅の髪を靡かせる女が雪崩れ込むように此方へ抱きついてきた。
腰を越える長い髪は、学生時代、同じような髪型にしようと決めたときのまま。しかし前髪が半目を隠しており、少しだけ大人びた印象を持つ。
すらっとした体はさらに成長しており、リーリエより五センチほど差がついていいた。そして、胸も。
「ひ、久しぶりね、クラリス。感動の再開に水を差すようで悪いけど、もう少し静かにしてもらえるかしら? 許可証、もらってないの」
「ぁ、ああ、済まない! 少し高ぶってしまった……」
「構わないわ。外見は少し変わったようだけど、内面は変わっていないようで……ぇ、というか、どんだけ成長しているの? 学生時代は私の方が身長も胸も大きかったわよ?」
「む? ……確かに、今のリーリエは私の記憶と比べて、小さくなったし萎んだな」
「胸って萎むの!?」
とんでもない事実を耳にして思わず発狂。しかし自分が招かれざる客であったことに気が付き、口を紡ぐ。
対してクラリスの興奮は未だ冷めていないようで、頬が少し赤い。学生時代から感情が豊かであったが、それが今も変わっていないことに、思わず頬が綻んでしまう。
「いや、何と言うか……久しぶり過ぎて、話す内容が浮かばないな。うん、でも、無事でよかった」
「そうね。色々話したいことがあるのだけれど……まぁ、夢が叶って良かったわね。聖騎士様」
「止めてくれ。『魔将軍』に打ち勝ち、勇者を受勲された君には劣るよ」
「私と比較する必要はないわ。私、天才なの。勇者を拝命したのも、時代の流れと言えるわ。必然よ」
「……ふふ。そういうところは、何も変わっていないようだな」
部屋の中へ入れてくれたクラリスは、如才なくリーリエの前でワインを注ぐ。
それを横目に視線を逸らすと、クラリスの机には大量の書類が山を作っていた。
「……まさか、貴方とアポを取る必要があったなんてね。急にきてごめんなさいね。迷惑だった?」
「まさか! リーリエが来てくれるのなら、いつでも歓迎……と、言いたいところだが、済まない。一週間後のイベントに向けて、少々仕事が多くてね」
「そう。日を改めたいところだけど、残念ながら悠長に待っている時間がないの。少しだけ付き合ってちょうだい」
「む? リーリエの話から察するに、昔話をしにきたわけではないのだな? 立場上、話せることは多くないが……答えられる範囲で、協力させてくれ」
リーリエはワインで唇を濡らし、
「ラクラル村。聞いたことはあるかしら?」
「――? ふむ……すまないが、国外の村なら完全に門外漢だ。私とて、世界中すべての村の名を暗記している訳ではないよ」
「いえ、貴方が守護するアルフィレア王国内の話よ。アルフィレア王国の辺境に存在するラクラル村……依頼者の話では、そういうことになっているわ」
「む、不勉強ですまない……ちょっと待ってくれ」
クラリスは奥の本棚から重厚な装丁の本を取り出し、机の上で広げる。
本には地形が刻まれており、その広大な土地から、すぐにアルフィレア王国の地図であることが分かった。
「……いや、おかしいな。ラクラル村という村は、少なくとも記録上存在していない」
「現段階ではなくてもいいわ。過去、存在しているかどうかも調べてくれる?」
「そちらも同様だ。ラクラル……うん、名前が近い村はいくつかあるが、少なくとも寒村と呼称されるほど、人が少ないことはない。納税だって、毎年きちんと収めている」
「そう……村自体、存在していない可能性が極めて低い、か」
嫌な予想が当たりため息を吐く。
――一つ、二人には話していない疑問点があった。報酬の支払い方である。
寒村の性質上、非常に貧乏であるのは確実。報酬の支払いに関しては金でなく、野菜や肉などの物品で支払われることが多い。
さらにこの国の北方は土地が痩せていて人が少ない分、自給自足の生活を余儀なくされているであろう。金の流通自体、ないと (必要ないと)考えるのが普通だ。
しかしクレハは最初から金で報酬を支払うことを約束した。即ち、国から村へ、金が支払われている可能性があるという事。
だが、これは極々稀なケースである。村から国への金の流れはあれど、その逆はほとんどない。
例を挙げるとするならば、被災や危険地帯――他は軍の実験地域。
「そもそも、依頼自体眉唾ものではないか? リーリエの話を聞く限り、ギルドが仲介していないように聞こえるが……」
「ええ、実際に仲介していないわ。けど、今はそれになりふり構っている状況ではないの」
「む……! なるほど、極秘任務というわけだな。私に出来ることがあったら何でも言ってくれ。世界の均衡が保たれるためなら、なんでもしよう」
「――。そ、そうよ。私、頑張っているもの」
本当の目的などとても言い出せず、目を逸らして虚勢を張る。小首を傾げるクラリスから逃げるように、咳払いをして、
「じゃあ、もう一つ質問していいかしら?」
「ぁぁ、なんでも聞いてくれ」
「依頼主が教えてくれた、ラクラル村の位置はここよ。この辺りに、聖騎士が訪れた記録はあるかしら?」
「これはまた、随分と辺境な場所にあるな。近くに人の住む場所がほとんどない分、聖騎士の往来は少ないと思うぞ? 一応、調べてはみるが……」
書類にざっと目を通したクラリスは、首を縦に振る。
「うん、やっぱり0だ」
「変な話ね。貴方達聖騎士の役割の一つに、山脈を越えたきた魔獣の駆除も入っているはずでしょう? こんな危険な地域にも関わらず、誰も見回りにいっていないわけ?」
「ぁぁ、故に、飽くまで記録上は、の話だ。君は我々の役割を魔獣の平定と言ったが、実際は異なる。『国の平穏を守る』ことだ。その対象が魔獣以外に向く場合も、当然ある」
当然だ。否、それが本職であろう。
国民には民の平和を保障する神聖な騎士――『聖騎士』と崇められているが、実際は反逆因子の排除や、軍事力の拡大に注力する。そうでないと国が守れない。
軍が守るのは国民ではなく国。国が守るのは国民でなく王なのだから。
今まで人を守り続けてきた≪勇者≫とは似ているようで、対極に立つ存在なのかもしれない。
「記録というものは、公開しても問題ない情報しか存在しない。これは私の推論だが……君が差すラクラル村には、何かあるのであろう。正直、干渉しない方が得策だと思うがね」
「いえ、一度乗りかかった舟だもの。途中で降りることは出来ないわ」
とりあえず、最低限の情報は集まった。
本当は詳細な情報を集めたいところだが、ただでさえ彼女の仕事の邪魔しをしている。今日はこの辺りが落ちの付け所だろう。
「ありがとう、お陰で確証が持てたわ。――ええ、本当につまらない結末が見えてしまったけれど」
「リーリエ!」
背中に掛けられた声に、振り返る。
「あの場所は、奴のテリトリーだ。同じ聖騎士といえど、奴には手を出せん。――お前も、それは知っているであろう?」
「言ったでしょう? 私は天才よ。何の問題もないわ」
「そっか。今度、美味しいお店に行こう。おススメの店があるんだ」
「そう。楽しみにしているわね」
そう告げて、リーリエは窓から飛び降りる。長い黒髪が、真夜中の空に滲んで消えた。
*** **** ***
「……ふぅ。到着か」
日にちが変わる頃、一台の馬車がアルフィレア王国の門を潜る。馬は速く休ませろと嘶き、それをあやすように首を撫でた。
しかし、馬は嘶きを止めない。不思議に思っているとすぐにその正体に気が付いた。
遠路を渡る行商の男は、あの荷物係りのように、危機感知の力が優れている。経験から積み上げられた能力が、自身の本能に警鐘を鳴らした。
「……誰だ?」
「――初めまして。リーリエと言います」
宵闇から滲むように、黒の少女が現れる。忽然と現れた彼女の歩みはゆっくりであったが、いつでも命を刈り取れるという自信が滲み出ていた。
「一つ、質問をしたいのだけれど……いいわよね?」
お久しぶりです!如何でしたでしょうか?
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