7話:≪勇者≫様は見つけてしまう
「異常繁殖したゴブリンの群れの討伐っぺ」
依頼書を音読したマルティア。リテラシー皆無のリーリエに代わり読み解き、件の彼女は僅かに顔をしかめたまま。
クレハ――と名乗った少年は、リーリエの顔つきを窺いつつ、縮こまって首を縦に振る。
「はい、そうなんです。ボクの住んでいる村……ラクラル村と言うんですが、近くの森でゴブリンの異常発生が確認されまして……正直、被害は農作物に収まっていないんです」
「それって……」
小さな拳を握り、恨むように体を震わすクレハ。
エリカがその先を問おうとするも、ゴブリンという醜悪な性質上、村民がどのような被害を受けたか――想像に難くない。
「話の内容は分かったわ。でも、分からないことがるのだけれど」
「はい、分かっています。何故、正式な依頼を踏まないか、ですよね?」
「ええ。本来、依頼というものはギルドが仲介して行うもの。それこそ、依頼の説明から案内までね。トラブルを避けるためにも、冒険者が依頼主の顔を知らないってのが往々にあると思うけど?」
「確かに、冒険者は野蛮な人が多いっすからねぇ。金銭トラブルでもあれば、結構面倒なことになると思いますよ」
「逆も然りっぺ。冒険者は権力者が相手だと、太刀打ちできないっぺ。前回の手柄横取りがいい証左っぺ。そういう意味でも、ギルドを介さない利益が一つもないっぺさ」
冒険者と依頼主の仲介を行うギルド。
一つの国に多数のギルドが並ぶ故、ギルドは熾烈なフォローサービス競争に発展している。
その一環として、依頼主がギルドを介して依頼を送ると、依頼の説明、案内に加え、報酬の受け渡しなどは全てギルドが仲介するのだ。
これにより金銭的なトラブルを避け、無益な争いを生まないようにしている。
無論、デメリットもある。
目立つのは依頼料の値上げ。達成報酬の値下げ。
故に、寒村や貧乏人がギルドを介さず、直接依頼することも間々ある。だが、
「そいつらを食い物にする集団もいるくらいっぺ。正直、ギルドを介さない依頼は、止めた方がいいっぺよ? やり方分からないなら、教えてあげよっか?」
「い、いえ! 勇者パーティ様のお手を煩わせるわけには参りません……それに、これは公式で依頼をすることが出来ないのです」
「――?」
小首を傾げる三人。クレハは「えっと……」と前置きをして、
「ゴブリンによる被害が発生した際、村長が領主様へ依頼書の提出を申請したのです。でも、何故か通らなくて……それに、次の日騎士様が着て、『ゴブリンは撲滅した』と宣言して、帰ってしまわれまして……」
「ぁぁ。騎士の面子がある分、アンタらの貴族が依頼の申請を拒んだって訳っすね」
「最低っぺ。これだから、貴族社会は嫌いっぺ」
「それは同感ね。でも……いえ、些末なことね」
リーリエの脳裏に嫌な予感が引っ掛かるも、現状は特に気にする必要はないと割り切る。
無論、小首を傾げる二人へ、懇切丁寧に説明するという気にはなれない。――この依頼、怪しい臭いがするからだ。
「背景は分かったわ。では、次は金銭的な話をしましょう。前金と達成報酬、貴方の村はどこまで渡せるのかしら?」
「その……前金が十万シスル、達成報酬が二十五万シスルで……」
「……ん? クレハ君だっけ? 君の村、何処にあるって言ってたっすか?」
「その……ラクラル村です」
「ふむふむ……って、前金の時点で交通費すらないじゃないっすか! 依頼として破綻してるっす!」
「っひぃ! ごめんなさいごめんなさい!!」
この世界のレートは、ざっくり十シスル=一円だ。
寒村からの依頼では達成報酬が少ないことなど往々にしてある。しかし、ここまで酷いのは、冒険者を最も長く経験するリーリエですら初めて。
このレベルの話になると、そもそも、ギルドを仲介したところで受注者がいなかったであろう。
「悪いけど、他を当たって頂戴。こっちもお金がなくて苦労してるのよ。悪いわね」
「そんなぁ……」
泰然と言葉を発し、席を離れようとするリーリエ。
背中から悲痛な声が聞こえるが、耳を傾けるほど、自分は善人でないと割り切っている。
仮に、自分が騎士団や戦士団に属しているのなら、国の栄誉のため、弱者に力を貸すことも吝かではない。しかし、今のリーリエは冒険者なのだ。
自分の身は自分で守る。力を貸すのは、適正な報奨金を支払える依頼主のみ。
勿論、クレハの境遇には一定の同情を示す。
クレハが地図上で示したラクラル村は、この国の北方――郊外にあり、馬を乗り継いでも二週間は掛かるであろう。十歳にも満たない少年が、一人でこの国に訪れ、強者の手を借りようとする覚悟は熾烈なものであろう。
しかし、リーリエにも譲れないものがある。
それを直接言葉で表すのは恥ずかしい。婉曲に言ってしまえば、討伐依頼は常に危険と隣り合わせだ。
敵が格下のゴブリンであろうと、イレギュラーが何処に潜んでいるかは、『魔の大陸』から帰還した今でも、全くと言っていいほど分からない。
「……ん? 待って、貴方……」
刹那、リーリエの脳裏に電撃が走った。
いや、すぐに気が付くべきだったのだ。彼の姿、彼の年齢、彼の服装――全ての答えが、初めから提示されている。
「リーリエ。受けてあげてもいいんじゃないっすか? 私たちの給料、もう少し滞納してもいいんで」
「私たち!? ……うぐ。でも、今回ばかりは仕方ないっぺ」
さらに状況が状況だ。彼の覚悟を見て取ったのか、二人は半ば訴えるような双眸を送る。
だが、リーリエの心情を突き動かしたのは、二人の表情ではなかった。
――この子、主人公適性が凄まじすぎるわッ!
襤褸のせいで顔が良く見えなかったが、よくよく目を凝らすと、彼の主人公に対する適性の高さを感じ取れる。
大きな瞳に、薄桃色の唇。肩は少女のようにか弱く、両手は股の手前でもじもじとしている。目上の女性に緊張しているのか、視線が交わる度、即座に顔を伏せてしまう愛くるしさまで備えていた。
「……分かったわ。今回の依頼、受ける方向で話し合いましょう」
「「ぁ、絶対に別の理由だな……」」
呆気からんとする蝙蝠っぷりを発揮するリーリエ。腐れ縁の二人は、リーリエの目的が金でないことに、即座に気が付いた。
「ぁ、ありがとうございますッ! 勇者パーティのマネージャー様ッ!!」
「ぐはッ!」
そこへクレハの不意のボディーブロー。リーリエはたまらず椅子から滑落する。
「わ、私の名前、リーリエ・アズ・ルシウスというの。リーリエよ、リーリエ。分かるでしょ?」
「り、リーリエさんですね! よろしくお願いいたします」
「ぁ、はい……」
元気よく挨拶したクレハは、次に視線を二人へ向ける。
彼の無垢な視線に気が付いた二人。マルティアが手を挙げて、
「私の名前は――」
「勿論知ってます! マルティア様に、エリカ様ですよね! お金が全然渡せなくて、申し訳ありません。 でも! ボクが沢山働いて、いつか絶対に返しますから!」
「それは殊勝でよろしいことだけど……なんで、私たちの名前まで知ってて、勇者様の名前は知らないんっすか?」
「……えっと、恥ずかしいことに、勇者様はみんな≪勇者≫様って呼んでで、ちゃんとした名前が分からないんですよね」
そんな罠があったとは――。
今まで英雄の証だと思っていた勇者の称号こそが、自身の名声を妨げいたのかもしれない。震えて声も出ないリーリエである。
「……ま、まぁ、今はそんな評価でも問題ないっぺさ! クレハ君がリーリエのお嫁さんになれば、万事解決っぺ」
「貴方たちもよ。私をリア充にしないで頂戴」
「状況的には、リア充よりもたちが悪いっぺ」
「――?」
不安げに見つめるクレハ。
汚れた前髪から覗く瞳は存外綺麗で、リーリエの中で爆睡する母性を僅かに触発。それを無視するように、リーリエは髪を払って、
「貴方、私のギルドに入りなさい。貴方を、ハーレムの主人公に任命してあげるわ」
「はーれむ?」
「いいっすねぇ。その単語をしらないだけ、超純真無垢っすよ」
「リーリエのお眼鏡に叶ったらしいっぺ。私たち、応援するっぺ!」
「いや、だから、貴方達も参戦するのよ? じゃないと、ただのリア充マネージャーになってしまうわ」
「そんなことはどーでもいいから、とんでもなく遠回りしていることに、気が付いて欲しいっぺ」
「あの……勇者様のパーティに入れば、ボクたちの村を救ってくれるのですか?」
クレハの質問へ、リーリエは得意げに首肯。
刹那、マルティアとエリカは彼の言わんとしたことに気付いたようで、「ぁ……」と息を漏らす。
「――ボク、未成年なんで、パーティには入れないです」
こんばんは。如何でしたでしょうか?
土曜日更新のつもりでしたが、普通に日曜日になってしまいました。毎日投稿の難しさを実感です……。
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それでは!