4話:フライドチキン
――討伐対象とは、予定よりも一日早く遭遇した。
当然と言えば当然だ。
天災級のリーリエの圧に曝露され、反骨精神を貫ける獣など、数えられる程度であろう。それは魔の大陸を除けば、の話だが。
魔の大陸は想像を絶する戦力を有する魔物が跋扈すると聞く。優秀な冒険者が揃いやすいこの国も、魔の大陸に足を運ぶ者はほとんどいない。
いずれにせよ、リーリエを含む三人の少女は、魔の大陸に挑戦する資格は充分にあろう。
今もパーティーを先行するのは『砂原の黒蠍』団であるが、この行軍の功績は、間違いなく三人の少女たちによるものだ。
(だけど……なんかアイツら、おかしくねぇか?)
そう。問題は、行軍の先頭に立つのが、『砂原の黒蠍』団だということ。
通常のパーティーなら特段不思議ではないが、グラダスたちは戦闘以外の雑用を、全てファルラスに押し付けていた。その中には当然、道案内も含まれている。
しかし今回の彼らは、まるでこの場所を通ったことがあるかのように、一度も迷うことなく目的地へ辿り着いたのだ。
「――」
問題なのは、三人の少女がこれに全く無警戒であることだ。
最前列を歩くリーリエは、軽薄な男二人の会話を適当に流し。エリカは男が苦手なのか、中列で此方の荷物の陰に隠れて気配を消し。マルティアは完全に集中力を欠いているようで、木の幹で眠る芋虫を口に放り込んでいる。
「――!?」
……ぇ、今、芋虫喰った!?
エルフ族は大食家であり偏食家と聞いたことがあるが、噂は本当だったとは。
「――着いたわね」
後ろに視線を送っていたせいで、急に隊列が止まり驚くファルラス。あともう少し踏み込んでいたら、リーリエの背中に体当たりするところだった。
「へー。ぱねーな。結構雰囲気あるっていうか?」
グラダスの感想へ、残念ながら同意せざるを得ない。
先ほどまでは鬱屈とした森を歩いており、獣道を踏むように移動するしか手段がなかった。しかしこの空き地のみ、木が一本も生えていないのだ。
まるで森を切り取ったかのように、円形の空き地が広がっている。
中央には枯れ木が円形に積み重なっており、何者かの巣であることが、容易に想像がついた。
問題は、その大きさだ。直径三メルはあろう。この大きさから想像するに、巣の主は五メルほどの巨躯を放つ計算になる。
「……バカに落ち着いているのね? 恐らく、巣の主はかなり強いわよ。 数人程度で太刀打ちできる相手じゃないと思うけど?」
「そりゃあ、君たちと一緒にいるからな! 力貰ってる的な?」
「そ。だと良いけどね」
相変わらず無表情で、口のみが動くリーリエ。彼女はグラダスのサムズアップを事務的に流すと――空を、見た。
同時、円形の空き地を照らしていた陽の光が、気分を害したように消える。空き地が不気味に暗くなると、次には強烈な衝撃が、横殴りにファルラスらを襲う。
風だ。
旋風が突如として舞い上がり、森全体を震撼させる。
「キヤアアアアアアアッ!!!!」
刹那、甲高い鳥類の声が、耳朶を震撼させた。痛烈な風の衝撃が相乗的に上昇し、近くの木にへばりつく。
情けない話だが、男全員は吹き飛ばされないよう、体を強張らせるよりほかなかった。
「おい! あぶねぇぞ!」
三人の少女を除いて。
強烈な体幹の持ち主なのだろうか。三人はまるで微風を受けているかのように、髪を靡かせるのみだ。
「はわわ。でっかいフライドチキンだっぺさ」
「生き物を調理後名前で呼ぶの、やめてもらっても良いっすかねぇ!? こんな仰々しい登場をしてくれたのに、可哀想すぎます!」
「関係ないわ。――生殺与奪の権限は、私たちが握っているもの」
季節外れのポンチョを靡かせるリーリエは、口角を獣の如く引き裂いた。
同時――魔獣が姿を現した。
やはり巨躯だ。体長は五メルを越え、骨格は完全に鳥類のそれだ。
しかし嘴は嫌に長く、酷く湾曲した爪は、掠るだけ致命傷を受けることが鷹揚に伺える。
「お、おい! こんなのクエストに当てはまらねぇ! 撤退だ!」
リーリエたちへ叫ぶ。
今回の依頼内容は、怪鳥バルザックの卵の奪取あるいは破壊。即ち、いかに親鳥に見つからぬよう、立ち回らなければならなかった。
しかし、卵は全て孵っており、巣に残るは親鳥のみ。状況としては最悪そのものだ。
「問題ないわ。こういう結果になることは分かってたもの」
「な、何を言っている!? 不可能だ! たった三人で何が――」
言い終える手前、自分で発言した違和感に気が付く。
「……アイツら、何処へ行った!?」
グラダスたちの姿が見えない。
怪鳥に臆し、逃げ出したか。
「逃げ出してはないでしょうね。罠のような気がしたけど……まさか、本当に変な事、企んでるんじゃないでしょうね?」
「何を言って……?」
「怪鳥バルザックの産卵時期は今じゃないんですよ。 ギルドも、依頼書を剝がすのを忘れてたんっすね」
「仕様がないっぺ。一日に数百の依頼書を捌いてれば、ミスの一つもするっぺ」
「そのミスを受けたのが私たちであるということが、不幸中の幸いね」
僅かにため息を吐いたリーリエは、スカートから双手のナイフを取り出した。
酷く歪な形のナイフだ。逆手持ちで構えるも、ナイフ自体が湾曲しているため、刃先が前腕に接触しそうになっている。
「剣技――≪神速≫」
刹那、空気が弾ける音がした。
リーリエの姿が一瞬で消え、元いた彼女の足元が爆散。中空に円形の衝撃波が見えたような気がした直後、巨大な肉塊がドサッと地面に落ちる。
先まで強大な旋風を巻き上げていた怪鳥は、リーリエの鋭利な颶風によって、一瞬として肉塊へと変換された。
頭は空地へ、体は森へと不時着する。戦闘は呆気なく、文字通り一瞬での決着となった。
本来、怪鳥バルザックは正規の訓練を受けた戦士が、数十人で討伐するタイプの依頼だ。それほどの戦力をもち、なおかつ空を飛ぶ優位性を確立している魔獣を、一瞬で、快勝した少女リーリエ。
「……やっぱり、俺の勘は間違っていないかったのか?」
ファルラスは乾いた喉に無理矢理唾を通し、震えた声で呟く。
これほど隔絶した戦力を誇りながら、リーリエという少女は≪勇者≫パーティーの一味でしかないことが、更なる恐怖を幇助する。
(恐らくマネージャーらしき立場であろう)リーリエ。それより高い位置に君臨する、マルティアとエリカ。二人の実力は、リーリエよりも上かもしれない。
「ば、ばけ――」
化け物。そう呟きそうになって、慌てて口を閉じる。
この世界でファルラスが不幸でいられるのは、間違いなく彼女たちのお陰だ。彼女たちが『魔の大陸』からの化け物を追い払っているからこそ、この国は平和が保たれている。
そんな人たちに対し、化け物とは。確かにそうだが、それを口に出すのは、無礼が過ぎる。
「あ、ありがとう。助かった……」
「いえ、気にすることないわ。私たち、戦闘に関しては、極めて自信があるのよ」
「戦闘だけっすけどね。ってか、私たちの役目、何もなかったじゃないですか!」
胸を張るリーリエへ、エリカが地団太を踏む。
「――いえ。これからよ」
「――?」
獣の耳をしきりに動かすリーリエへ、一同が小首を傾げた。
同時、ファルラスの危機感知能力が、人生最大の雄叫びを上げた。
――何かが潜んでいる。
何者か、何人か、そもそも人間か。全く分からない。
しかし、少なくともファルラスは人生を諦観してしまうほどの戦力差が、森の中に潜んでいる。
「――そろそろ出てきたらどうかしら? もう準備は終わったでしょ?」
「――へぇ。気が付いてたんだ。流石リーちゃんだな」
木の陰から顔を覗かせたのは、『砂原の黒蠍』団だ。
いつもの卑下た顔に、さらなる醜悪な表情を上書きし、三人の少女を見つめてくる。彼らの双眸から、何の目的があるのかなど、一目瞭然であった。
「お? それだけって顔だな。まぁ待ってろって。まだいるからさ!」
グラダスが指を弾くと、ぞろぞろとフードで顔を被せた山賊が顔を出した。
その数――三十を優に超す。
「――っひ!」
「心配する必要はないわ。想定内よ」
絶望的な戦力差に尻もちをつきファルラスを、庇いだてるように間に入るリーリエ。
そして一言。ため息を混ぜて、
「愚かね。あまりにも、愚かだわ」
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