2話:≪勇者≫様は、靡かない
アルフィレア王国、首都アルフィレア。
アストラ大陸南方に国を構える、人族四大大国の一つだ。
四大大国と冠を称す首都なのだから、当然、首都の規模は他の国の比ではない。長軸八百メーラーの土地に、五万の国民が詰め込まれている。
その国の特色は。
冒険者の集う街、だ。
大小含め三種のギルドが威容を誇る首都は、必然的に優秀な冒険者が集まりやすい。
世界で最も名うてのギルド――『聖女の祈り』が存在している理由も大きい。
いずれにせよ。優秀な冒険者が集うギルドであるが故――
「そこの貴方。私のパーティーに加えてあげてもいいわ。明日発つから、さっさと準備しなさい」
「断る、ボケ」
≪勇者≫とは言え、そのことを認知されないリーリエの勧誘など、誰も乗る訳がなかった。
まぁ、無名の冒険家が上からパーティーに入れてやると言い寄って来て、首を縦に振る熟練者は、よほど酔狂な性格の持ち主でない限り厳しいであろう。
冒険者は、一つ一つが命のやり取り。当然、パーティーを組むのは、信頼できる仲間同士に限定される。
「おかしいわ……信頼という面では、私の戦力は保証されているのに……私、世界で数人しかいない≪勇者≫なのよ?」
青息吐息のリーリエ。ギルドの中央でケモ耳を項垂れると、後ろから「リーリエ!」との呼び声。
「団長と呼びなさい。エリカ」
「ぁ、さーせん。リーリエ団長、なんだっけ……えっと、ハーレムの主人公? は、見つかりましたか?」
「……い、今から探すところよ。ええ、今からね」
「もう一時間位ここにいるんっすけど……腹減ったし」
「まぁ、そうね……ここでいい?」
「ん、腹に入れば何でもいいですよ」
こうして、マルティアのいるテーブルを囲み、武骨な肉を頬張る三人。浮かない顔をするリーリエへ、マルティアはため息を一つ。
「そんな浮かない顔されると、食欲がなくなるっぺ」
「食欲がない人は、骨付きチキンを両手で四本も食べないわよ」
「デブって言いたいっぺ!? 女の子にそれは酷いっぺ。喧嘩っぺ!」
「何も言ってないわよ、田舎娘」
「ならいいっぺ。……そもそも、このレベルのギルドじゃ、パーティーメンバーを探す方が大変っぺさ。メンバー募集なら、小さな町に行かないと厳しいっぺ」
「合同パーティーにして、高難度の依頼に取り組むってのはどーっすか? 人は多くなるけど、お眼鏡に叶う奴がいるかもしれないっす」
「駄目ね」
二人の提案を一蹴したリーリエは、フォークの先を彼女らに向ける。
「いい? ハーレムの主人公は、誰でもいいわけではないのよ。適性がいるの。化け物みたいなパーティーで、獅子奮迅の活躍をしている奴とラブラブになったって、疎まれるだけよ。みんなに応援されるような、ハーレムを目指さないと」
「マルティア、分かったっすか?」
「全然分からないっぺ。つまり、どういうこと?」
「最低でも、パーティーの荷物係りとか、役に立たないスキルで追放された人とかが良いわね」
「そんな人、余計にこんな場所にはいないっぺ。そもそも――」
マルティアはため息を吐きつつ、
「一度パーティーを抜けたら、一年間は同ギルドのパーティーに入れないっぺ」
「な、なんですって……ッ!?」
「冒険者登録のマニュアル、読んでないんっすか?」
「読めないのよ、字は」
「……強力なパーティーメンバーが金で引き抜かれて、死者が出ることを防止したシステムっぺさ。恐らく、どのギルドも同じだから、こんな場所で探しても、なんの意味のないっぺよ?」
「困ったわ……」
項垂れるリーリエ。エリカは肉を頬張りながら、
「実際問題、マジで合同パーティーを組むしかないんじゃないですか? 本来の目的とは違うっすけど、上手くいけば、いい出会いがあるかもしれないし」
「合同、ね。でも――」
エリカの提案に頷きつつ、首だけを後ろへ向けるリーリエ。
本来のギルドなら、まるで居酒屋の様に騒がしいはず。無論、この場も騒がしいが、その内容は並みのギルドとは異なっている。
皆が皆、依頼書の内容の摺り合わせや、事前調査の共有を行っているのだ。
その顔は真剣で、さながら行軍前の戦士の面持ち。
流石は優秀な冒険者集団だ。そんな彼らを――
「弱すぎる。お話にならないわ」
と、一蹴。
「正直な話、組むメリットがない。人が多ければ多いほど、守らなければならない対象が増えるだけ。難易度も難易度だし、イレギュラーがあったら、確実に彼らの命を守れる保証はないわ」
「あら、意外と考えてるっぺ」
「当然でしょう? 私たちがやっているのは、お遊びじゃない……まぁ、ハーレム云々はおいておいて……いずれにせよ、百%成功するような依頼でない限り、受けることは出来ない。その点で、合同パーティーの話は――」
「――ねぇ、そこのお嬢さん方ぁ? ちょっといいかなぁ?」
論舌するリーリエの後ろ、いやに神経を触発するような声が飛ぶ。
目だけ声の主に向けた彼女は、今日何度目かのため息で応じた。
「絶対になし、ね」
「なぁなぁ? 冒険者探してんだって? 見つかったかよ?」
軽薄な声の主は、その声調を裏切らず、見た目も軽薄なものであった。
短い金髪に筋骨隆々な体付き。しかし、それは戦いのための筋肉というより、魅せる筋肉だ。余計な重量を搭載しているせいで、さぞ、戦闘には不向きであろう。
目の前の男以外にも、二人男が後ろにおり、時折女性から黄色い声がかかる。
――正直、苦手なタイプだ。
「鋭意努力しているところよ。悪いけど、冷やかしに付き合えるほど暇ではないわ」
「えー、それはなくねぇ? ちょっとくらい、話してこーぜ。この昼食代、俺が持つからさぁ」
「……後悔するわよ?」
と、リーリエ。しかし男はへらへらと諂うように笑う。
「後悔とかマジパなくね? こんな美少女と飯食えるとか、マジ最高だし」
そういうと、リーリエの返答を受け付ける暇もなく、隣へ座り込んだ。
すると、他の男たちも男性、女性、男性と女性を挟むように座ろうとする。
それを感知したエリカとマルティアが、リーリエの脇に、ぴったりと体を近づけた――のではなく、リーリエを盾にして、男たちの陰に隠れる。
「……私を押し付けるの、やめてもらっていいかしら?」
「助けて、団長。怖いです」
「はわわ。団長、ここは田舎娘には厳しい局面だっぺ」
「だ、団長!? そ、そうね。団長として、ここは私に任せておきなさい!」
結局、リーリエを真ん中に、女性の列、男性の列で席を囲む座組になった。
男たちは初めにリーリエを攻略した方が手っ取り早いと踏んだのか、リーリエを主軸に会話を始める。
(マジでつまらないわね。話に内容がないとはまさにこのことだわ。よくもまぁ、ペラペラと)
適当に頷くリーリエ。
そうこうしていると、お腹いっぱいになったのか、マルティアがエリカの肩に寄り掛かり、小さく寝息を立ててしまった。
「食費が浮いて助かったわ。この子、結構食べるから……ふふ。お財布、大丈夫?」
「だ、大丈夫だ……き、気にすんなって!」
「――で。まさか、無償で食事代を驕るつもりはないのでしょう? いいわ。話くらい、聞いてあげる」
「あ、そう? いいね、話が速くて助かるぜ。ウェーイ」
「……」
何故か拳を合わせようとしてくる。無論、リーリエは応じない。
「いやさぁ、ぶっちゃけ、俺らの顔知っているでしょ? 『砂原の黒蠍』。まぁ、俺らって結構強ぇじゃん? 君たちも、俺たちのことを見た時から、そう思ってたでしょ?」
「……まぁ確かに、ここの水準に比べれば高い方なのは認めるわ。パーティーの方も中々バランスの取れた編成じゃない? ……荷物が少ないのは、あまり褒められた事ではないと思うけど」
近接戦闘が得意な戦士。中距離を主軸とする魔術師。遠距離を主軸とする弓兵。
オーソドックスな形であるが、三人で陣形を組むのなら、もっとも安全性の高い編成であろう。軽薄な男たちだが、ある程度の素養はあるようだ。
(だけど……外見ばかりに気を取られて、防具や武器を疎かにしているタイプね。……早々に死ぬ典型的なタイプだわ)
荷物が少ないということは、イレギュラーに対応できないということだ。
クエストにどれほどの危険が潜んでいるのか。その全容を理解できていない典型的な例であろう。
その疑問を裏付けるように、男はリーリエの褒めた部分のみを受け取ったようで、
「だしょー? 流石だわ。えっと……」
「リーリエよ」
「そ、リーちゃん。俺の名前、グラダスね」
握手をしようとするも、無論応じない。
――あの目、やはり苦手だ。
女性を心ではなく、肉としてとらえる目付き。
特に自分がそうみられたことはないが、マルティアやエリカにそのような目を向けられるのは、良い気持ちはしない。否、不快だ。
「まぁ、荷物に関しては他に任せてるから、心配しないでよ。それでさ、リーちゃんのパーティーー、冒険者を募集しているってことは、人数足りてないんでしょ? でっかいクエストでも受けるつもりなんでしょ?」
「今の所そのつもりはないわ。リスクを負うのは好きじゃないの」
「ぇ、これ、腹の探り合いってやつ? マジウケる」
「……ごちそうさま。他を当たってちょうだい」
「ジョーダンじゃん、リーちゃん。怒るなって!」
エリカにマルティアを担がせ退散しようとするも、グラダスと名乗った男は、此方の手首をひっ捕らえた。
「いやさ。俺らとしても、そろそろ合同パーティーーってやつに慣れて起きたんだよねぇ? それでなんかいい感じの奴探してたら、君たちが目に留まった訳。なぁ、良いだろ? 一緒に冒険しようぜ」
「寒気がするわ。貴方達と一緒に外へ出たら、常に武器を構えてないといけないもの」
「うは! 流石リーちゃん、ジョーダンキツイよぉ!」
今度こそ、リーリエは男の手を跳ね除けて、その場から離れる。
「……良かったです。リーリエ、昨日は結構追いつめられてたから、あんな奴にも尻尾を振ったらどうしようって思ってたっすよ」
「ふ、甘く見ないで頂戴。私は≪勇者≫よ? あんな軽薄で雑魚な男と組むほど、安い女じゃないわ」
安心したのか、エリカは小さく微笑んだ。
とはいえ、彼女たちには嫌な思いをさせてしまった。今日のハーレム探しは、ここでお開きにしようと決意。
(先が思いやられるわね……)
なんて、本日何度かのため息を吐いていると、背中から怒号が飛んできた。
「オラ! テメェが遅れたせいで、あの子たちが逃げちまったじゃねぇか! 準備不足な奴らって思われたのは、テメェのせいだぞ!」
「す、すみません!」
先の軽薄な男どもの声だろう。目だけを向けると――思わず、目を疑った。
眉目秀麗な男たちに囲まれ、袋叩きにあう少年。右胸のワッペンから同じパーティーメンバーと判断するが、少年の服装は、男たちとは全く異なるものであった。
襤褸とはいないまでも、至る所が擦り切れた服。洗う余裕すらないのか、泥が乾いて繊維にこびりついている。
痛めつけられるのも日常茶飯事なのか、擦過傷や打撲痕も見て取れた。そんな少年は、自分よりも大きな荷物を持たされ、既に満身創痍の状態であった。
「気が変わったわ。良いでしょう。合同パーティー――結成ね」
「うわぁ……」
その姿が、リーリエのお眼鏡に叶ったなど、言うまでもない。
したり顔で軽薄な男共と握手を交わすリーリエへ、エリカの引く声が、ギルドに悲しく響いた。
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