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ボン  作者: ボン
1/3

おいらはボン

昔々に書いたお話を上げてみました。

イムラックの街のとある酒場で、1人の踊り子が舞台で舞っていた。

この街でも一番の人気の踊り子、リオンだ。

軽やかな音楽に合わせ、まるで飛んでいるかのように舞う。

人々はその舞を楽しみながら、食事や酒を楽しむ。


タン!


音楽が鳴り終わり、リオンも動きを止める。

拍手が鳴り響く。歓声と共に。


「いいぞお、ねーちゃん!」


発せられたその声の元に目を向けると、どう見ても7歳くらいのお子様にしか見えない男の子が、酒でも飲むかのようにジョッキのジュースと思われる物を飲んでいた。

時刻は既に夜半過ぎ。子供のいる時間ではない。

周りにいる客達も、何故そんな子供がこんな所に1人でいるのかと訝しげな顔をしている。

リオンが舞台から下りてきて、客達のテーブルを回って挨拶をする。


「相変わらずリオンの踊りは絶品だな!」

「今日も綺麗だよ!」

「ありがとう」


掛けられる言葉に応え、差し出されるプレゼントなどを抱え、それぞれに挨拶をしていく。


「そんな君だからこそ、僕に相応しい。結婚してくれ、リオン」

「あんたまた来たの?」

「もちろん、僕は諦めないよ」


キリッとした顔の青年が、リオンの手を取って格好良くプロポーズするも、


「つまみ出して」


屈強そうな男達がやって来て引き摺られて行った。


「リオン! 僕の愛を受け止めてくれるまで何度でも来るからなー!」


熱狂的なファンの中にはこういうのも数人いる。

受け取った物を置く為に、1度カウンターに寄った。


「ところで、気になったんだけど、あの坊やは何?」


カウンターでリオンの飲み物を準備していたマスターに問いかけた。


「あの子かい?」


マスターも困惑した顔で答える。


「おかしな子だよ。いきなりやって来て「鬼丸」を出してくれなんて言うんだ」

「鬼丸って、一番強いお酒じゃない…」


こんな時間にいることもさながら、何故そんな強い酒を頼むのか。というか、何故子供がそんな酒の名前を知っているのだ? 親が飲んでいたのだろうか? だとしたらその親はどこに?


「子供なんだからってジュースを出してやったんだが…」


美味そうに喉を鳴らしてジュースを飲む子供。何故かほんのり顔が赤くなっているのだが。


「酔っているように見えるのは気のせい?」


そして、そのジュースはもう3本目。軽い食事をしながらジュースをがぶ飲み。何だかおかしい。


「とにかく、お子様のいる時間じゃないわね」

「頼むよ、リオン」


リオンがその子供の側へと向かった。


「こんばんは、坊や」

「うぃ~? 踊りのねーちゃん?」


いかにも酔っ払いのような言葉使い。そして眠そうな目に赤い顔。どう見ても酔っているようにしか見えないのが不思議だ。


「もうお子様は帰る時間よ。こんな所にいたらママが心配するわよ?」

「てやんでい! おいらもう19だぞ!」


ドン!


と少し強く持っていたジョッキをテーブルに置く。

やっぱりなんだか発言がおかしいが、とにかく親が心配しているだろうから早く返さねばと優しく語りかける。


「パパかママは? 僕1人なの?」


すると、坊やが瞳に涙を溜め始めた。

グスリと鼻を啜る。


「本当は、おいら、ママに捨てられたんだ…。だから…」


グスリグスリと泣き出す。


「坊や…」


どう声をかければいいのか分からなくなり、戸惑ってしまうリオン。


「わーん!」


鳴きながら坊やが飛びついてきた。


「坊や…」

(寂しかったのね…)


胸元にしがみついてきた子供の頭を撫でる。が。


「ん?」


何故か、胸を揉まれている気がする…。

リオンは踊り子としても女性としても魅力的な身体をしている自覚はある。しかし、何故子供が胸を揉む?


「ぼ…、坊や?」

「ママ…」


その呟きに、はっとなるリオン。


(ママと勘違いしているのね…)


気の済むまで触らせてあげようと思った。しかし、なんだかその手つき、ちょっと怪しいのだが…。いやしかし、子供だ。子供なのだからそんなわけがない。


バターン!


扉が荒々しく開けられ、如何にも人相の悪い3人組が入ってきた。

身体もでかいが態度もでかい。空いていた席にどかりと座り、テーブルの上に足を投げ出す。


「酒だ! 酒持ってこい! おい、踊りはどうした!」


確かにここは踊りも楽しめる酒場ではあるが、踊り子だっていつも踊っているわけではない。休憩や客達の歓談の時間などもあるのだ。

だがしかし、そんな事などお構いなしという風に、男達は騒ぎ出す。


「ごめんね、坊や」

「あ~ん?」


胸を揉みしだく坊やを置いて、リオンが舞台に急いだ。


「リオンさん、踊るんですか?」

「一応お客様だからね」

「しかし…」

「いいから、演奏頼むわ」


音楽隊の者達がリオンを引き留めるが、リオンは舞台に立った。

疲れてはいたが、ここで面倒を起こしたくもない。踊ることで穏便に済ませることが出来るならばと、リオンは再び踊り始めた。

酒が運ばれ、軽やかにリオンが舞う。

他の客達もリオンの踊りが見られるのは嬉しいが、やはり心配ではあった。

その人相の悪い3人組は、この辺りでも有名なギャングの一味だったからである。


「いい女だ…」


中でも体格が横にでかい男が呟いた。

音楽が終わり、リオンも動きを止める。


「おい! こっちに来て酌をしろ!」


リオンに向かって男が叫んだ。


「リオンさん…」

「いいのよ」


確かに、客との歓談でお酌をすることもあるが、リオンは踊り子であってコンパニオンではない。普通なら1人の客だけの為に動くことはない。しかしリオンは、男達のテーブルに寄っていった。


「どうぞ、お注ぎしますわ」


営業スマイルを崩さず、丁寧に酌をしようとするが、その一番横にでかい男が、リオンの腰を抱えた。


「きゃ!」


有無を言わさず膝に乗せられてしまう。


「へへへ…」


近い男の顔に胸くその悪さを感じるも、出来るだけ笑顔を保つ。

しかし、男は無遠慮に胸を鷲掴みにしてきた。


「あ…!」

「いいのか?」


さすがに異を唱えようとしたリオンに、男が囁いた。


「暴れられたら困るんだろう?」


リオンがギクリとなる。

今店で暴れられるのは困る。そして、こいつらに逆らって、目を付けられでもしたら…。


「お前で我慢してやるっつってんだ。有り難いと思え」


両胸を鷲掴みにされ、荒々しく揉みしだかれる。気持ち悪さと恐怖に、色々こみ上げて来て吐きそうになる。

音楽隊と用心棒の者達が立ち上がりかけるのを目に捕らえ、リオンが首を振った。

今ここで逆らえば、この店がどうなるか分からない。

皆動けず、されるがままのリオンから、目を背ける。悔しそうに拳を握り締めて。


「そうそう、大人しくしてるのがお利口だぜ」


男が首筋に舌を這わせる。その悍ましさに、手に持っていた酒瓶を取り落としそうになる。

胸を揉みしだいていた片手が身体の線をなぞるように下へと移動し、太腿に手を這わせ始める。内股に侵入してくるその手に、恥ずかしさと恐怖で身を縮こませた。


ガコ!


変な鈍い音と共に、男の頭がガクリとなった。


「だ、誰だぁ?!」


リオンにはよく分からなかったが、どうやら誰かがこの横にでかい男の頭に何かを当てたらしかった。その投げた奴を男達が探すと、その目の前にいたのは…。


「そろ女にてえらすな(手を出すな)~い。ウィック」


あの坊やだった。


「ガキか。お子様は引っ込んでろ!」


それこそ泣く子も黙りそうな剣幕でそう怒鳴りつけるが、


「お子様?」


その坊やはビビるどころか、何故か怒ったような顔になる。


「おいらを、お子様って言ったな~…」


とゆらりと椅子の上に立ち上がると、


「許せん!」


そう叫んで両手を天高く掲げた。するとその掌が光り、その光が集まって火の玉が現われた。

呆気にとられて見ていた男の顔に、その火の玉を投げつける。


ボ!


見事に髭に引火して、男の顔が燃え上がった。


「うぎゃあ! あちい!」


リオンを突き飛ばし、顔の火を消そうと必死になる男。


「頭!」


あとの2人もどうにかその火を消そうと、手に持っていた酒などをぶっかける。

しかし何故か、火は消えるどころが、消化しようと頑張っていた2人にも飛び火する。


「ちょ、ちょっと坊や、あの火…」


リオンが坊やに近づき、驚きと延焼の心配で坊やに語りかける。


「ら~いじょうぶ。他には移んらいよ」


赤い顔してふらふらしながら言われても、説得力がないんだが。

火はそれ以上広まる気配は見せないものの、収まる気配も見せない。


「ぎゃああああ!」


男達は必死になって店から飛び出して行った。

大通りの真ん中にある噴水にでも飛び込むのかもしれない。


「わっきゃっきゃっきゃっきゃっきゃ」


その様子を呆然と見守る中、楽しそうに笑い転げる坊や。


「う~い」

「坊や?!」


ふらりと倒れた坊やを、リオンが慌てて抱えた。すると、腕の中で気持ちよさそうにスヤスヤと眠っていた。


(なんなんだろこの子…。変な子…)


酔っ払って眠ってしまったようにしか見えないその子を見つめながら、とにかく無事に事を済ませてくれたことに、リオンは心の中で感謝の言葉を唱えたのだった。

















小鳥がチュンチュンと窓辺で鳴いている。

優しげに陽の光が部屋の中に降り注ぐ。


「むにゃ?」


眼を覚ますと見覚えのない部屋に見覚えのないベッド。


「あり? おいらいつ布団に入ったんだっけ?」


身体を起こし、昨夜の行動を振り返るも、何故か途中から記憶が抜けている。

その時、部屋に誰かが入って来た。


「あら坊や、起きた?」


部屋に入ってきた美人に、坊やの顔が輝いた。


「おおお、お姉さん、誰?」


少しうろたえながら坊やが尋ねる。


「自己紹介がまだだったわね。私はリオン。昨夜は凄かったわ、坊や」


顔を拭く用のタオルを手渡しながら、リオンが言った。


(昨夜は凄かった?!)


昨夜の記憶が抜けている坊やは、その言葉を違う意味で捉えた。どんな意味だ。


「え? え? もしや…」

(念願の、初ピーを…?)

「凄いわね~。あんな男達3人あっという間に。あれは魔法?」

「へ?」


ちょっと自分の考えとは違う事を言われ、目をパチクリさせる。

男達? 魔法?


「あら、覚えてないの?」


リオンも目をパチクリ。


「…な~んだ」


何故かがっかりする坊や。


「変ね。マスターはジュースしかあげてないって言ってたのに」


ジュースに酔うことなんてあったかしらとリオンが首を傾げる。


「ああ、これ入れてたから」


と、何やら坊やがポケットから取り出した。


「何? それ」

「酒玉。これを入れるとどんな飲み物もお酒に早変わり! おいらが作ったのさ!」


と小瓶に入っている小さな木の実のような物を自慢げに翳す。


「へ~」


感心しながらリオンがその小瓶を手に取り、薄ピンクのその小粒をしげしげと眺め、


「没収ね」


取り上げた。


「わー! ドロボ―!」


慌てて取り返そうとするも、リオンは決して返そうとはしない。


「子供にお酒は早すぎます」


当然の意見である。


「だから~、おいらは19歳なんだって~」

「9歳にしては小さいわね」

「じゅうきゅう、ね。10足りんよ」


変なことを言う子だなとリオンが首を傾げる。坊やは苦笑い。


「ま、最初っから信じてはくれるなんて思ってないけど」


とベッドから出ようとするが、


「あ、坊や、外には出ない方がいいわよ」

「ホワット?」

「昨晩の奴等が坊やを探してるみたいなの」


よく分からないが、その昨夜の男達というのが自分のことを探して何かしようとしているのだということは分かった。


「だ~いじょうぶ! おいらは強~い」

「いけません」


リオンにベッドに押し込まれる。


「あいつらが大人しくなったら、逃がしてあげるから、待ってなさい」


ベッドの中で渋い顔をする坊やであった。


「そういえば、坊やの名前は?」

「おいら? おいらはボンっての」


そういや名乗ってなかったと、にっこり答えるボン。


「それじゃ、大人しく寝てるのよ」

「ほ~い」

「また来るからね」


そう言って、リオンは部屋から出て行った。

遠ざかる足音を耳にして、ボンが動き出す。


「ほ~い、なんて、大人しく寝てられるかって。大事な用があるのに」


そう呟くと、側の窓を開け、そこから飛び出して行った。

ちなみに、この部屋は3階にあるのだが…。

















しばらくして、再びリオンがやって来た。


「坊や、ヒイの木の実なんて食べる?」


木の実の入った籠を持って部屋の扉を開けて入るが、そのベッドはもぬけの殻。


「坊や?」


開いた窓が風に揺られて音を上げた。














「マスター!」


駆け下りて来たリオンが叫ぶ。


「あの子が外に出ちゃったのよ! 探してくるわ!」

「あ、ああ…、気をつけて…」

「見つけたらすぐに戻るから!」


そのまま勢いよく外に飛び出して行った。


「大丈夫かな? 奴等、リオンの事も狙ってるんじゃ…?」


確証はないが、リオンも奴等に気に入られていたようだ。

マスターはリオンの身を心配しつつ、何もないことを祈るのだった。

















「坊やー! 坊やー!」


大声を上げてあの坊やを探すリオン。


「坊やったら、どこに行ったのかしら」


街中を走り回る。

とある角を曲がった所で、腕を掴まれた。

口を塞がれ、路地に引き摺り込まれる。


「今迎えに行く所だったんだ。手間が省けたぜ」


男の声に身が竦む。


「頭がお待ちだぜ」


そう言って男は、リオンを引き摺って行った。
















「む~」


ボンがなにやら難しい顔をしながら、道、ではなく屋根伝いを歩いていた。

何故そんな所を歩いているのだ。


「一番はあの踊りのねーちゃんかな~…」


などと訳の分からないことを呟きながら、それでも器用に屋根を伝って行く。


「う~む。この街は望み薄だなぁ」


と考えながらも、足元はまったく淀みがない。


「ほい、ほい、ほほほのほいっ」


途中からのんびり歩みをぴょんぴょん軽快な歩みに変え、リオンの用意してくれた部屋へと向かう。


「ん?」


部屋の見える屋根にやって来て、ボンは気付いた。その建物を見張っている男達を。


「なんら? あの柄の悪い連中」


なので、こっそり近くに降り立ってみる。

もとよりちびいので、視界に入りにくいのもあり、やすやすと男達の足元へ。


「おせーなあのガキ」

「そんなにイライラしなくても」


1人の男はイライラと建物を見つめ、もう1人の少し太めのおじさんはそれを宥めている。


「誰を待ってるの?」

「あのクソ生意気なガキだよ」


何故か素直に答える男。


「それっておいらのこと?」


言われて男が振り向いた。


「いつの間に?!」

「今来たとこよ」


突然の出現に驚きながらも、男は1つ咳払いをして気持ちを整える。


「まあいい。よく聞け」

「なるべく耳に息を吹きかけないようにお願い…」

「おい」


器用に男の肩によじ登ってきたボンを、男が払い落とそうとするも、ひらりと避けて地面に降り立つ。

イラッとなる男。しかし、ここは抑えて。


「あの踊り子を人質に取ってるんだ! 大人しくしろ!」

「ええ?!」

「返して欲しくば俺達と来い」


ボンは男を見つめた。

男はそれを睨み返した。


「こんなガキに人質取って恥ずかしくない?」

「頭に言え!!」


ちょっと赤くなったと言うことは、多少自覚があるのだろうか…。


「もう夕刻か…」


ちらりとボンが空を見上げた。


「今夜は確か、新月だったなぁ…」



















山道をアジトへと歩く男2人。少し太めのおじさんの肩にボンが乗っている。


「あんがと、おっちゃん」


楽ちん楽ちんとボンが鼻歌を歌う。


「いやあ、子供にこの道はきついからなぁ」


なんだかギャングに似つかわしくないおじさんである。

もう1人の男の方は、イライラしながら道を進んでいた。


「あそこだ」


少し大きめの洞窟が口を開けて待ち構えていた。

少し行くと扉のような物があり、そこを潜って奥へと通される。中々に広い洞窟で、元々あった物なのか、掘り進めた物なのか、途中にも色々小部屋があって、そこそこの人数の男達が慌ただしく動いていた。

一番奥の広い部屋の真ん中で、昨夜の横にでかい男がふんぞり返っていた。と言ってもボンは覚えていない。


「やっと来たか。ガキ」


その髭は昨夜よりも短く、頭や眉毛なども短くなったりちりちりになっていたりした。

しかし、ボンは覚えていない。


「リオンねーちゃんはどこだ?」


気になるリオンの行方を問い質すと、


「あの女?」


横にでかい男が顔を振って合図をすると、横の小部屋から男が出て来て、ぐったりとなったリオンを床に放った。

髪は乱れ、着衣は無事なものの、所々が破け、血が滲んでいる所もあった。顔にも腕にも身体にも痣があり、酷い目に合っていたことは一目瞭然だった。


「大人しく俺の女になっていれば、痛い目を見ずに済んだのになぁ」


横にでかい男がニヤリと下卑た笑みを浮かべる。


「ゴメンね…、坊や…」


リオンの微かな呟きが、ボンの耳に届いた。


「許さねぇ…」


怒りに震えながら、ボンが呟いた。


「オレは、女を傷つける奴は、いっとう許さねえんだ…」


横にでかい男を睨み付ける。


「ガキが。1人で何ができる。それ以上女を傷つけたくなきゃ、手向かうんじゃねえぞ」


数人の男達がボンを囲んだ。

魔法使いと言えど、術の発動には間が必要。その前に距離を縮めてしまえば怖くない。そして、相手は小さな子供だ。

男達はニヤニヤと笑いながら、どう料理してやろうかと近づいて来る。


「今日が新月だったのが、お前らの不運だ」


男達が飛びかかろうとした瞬間、ボンの身体が光った。


「「「なんだ?!」」」


眩しさに目を開けていられず、飛びかかることも出来ずに男達が蹈鞴を踏む。

光が収まると、そこには、あの少年の姿はなく、1人の青年が立っていた。

くきくきと首を動かし、ブンブンと腕を回す。何やら身体を軽く動かし様子を見ていた青年が、


「さて、久しぶりに元の姿に戻れたし、ついでに、暴れさせてもらうとするか」


にっかりと笑った。

青年が素早く動き、


「ぐあ!」


男が1人倒れた。

気付いた男達が青年に襲いかかるが、


「風よぉ!」


見事に吹き飛ばされる。

残った男達も青年がなぎ倒していく。


「何やってる! 囲め!」


頭の言葉に男達が青年を囲むが、


「ごくろーさん」


青年が腕を振ると、突如男達が立っていた地面が破裂し、男達が吹っ飛んだ。


「あ…」


前に出られず、後ろでオタオタしていたあの太めのおじさんを青年が発見して、


「やり直すなら見逃してやる。あんたはこの仕事には向いてないよ」


そう言った。

おじさんは慌てて逃げていった。


「な…」


あっという間に1人になったお頭。

呆然となって固まっている。

そんなお頭をギロリと睨み付ける青年。

慌ててお頭がリオンに近寄り、


「こ、この女を…」

「それ以上少しでも傷つけてみろ。死ぬより酷い目に合わせてやる」


お頭は何も言えなくなってしまった。

青年の拳が光る。

逃げるに逃げられなくなったお頭は、それでも必死に逃げようと辺りを見渡すが、もちろんだが逃げ場などない。

青年の拳が、綺麗にお頭の顔にめり込んだ。

吹っ飛んだお頭は壁にめり込んだ。すると不思議な事に、その体が信じられない程に急激に細くなった。まさに骨と皮だけの骸骨のようになってしまったのだった。


何が起きたか分からず、呆然となるリオン。


「大丈夫か?」


身体を助け起こされて、青年の顔を見る。


「え…、あ…、ぼ、坊や…?」


あの少年が消えた後に立っていた青年。そうとしか考えられないのだが。


「だから、おいらは19歳だって言ったろ?」


青年、ボンがにっかりと笑った。


「傷、治してやるから、じっとしてて」


そう言って、青くなった手を取り、その場所に口づけをする。


「え?!」


手から腕へ、腕から肩へ。


「く、口なの?!」


何故口?!


「そ。これが一番手っ取り早い」


ボンの説明によると、生命力を吹き込む口からの効果が一番良いのだとか。こじつけに聞こえるのはリオンの気のせいだろうか。


「で、でも、ちょっと、ね…」


さすがに胸元は…、と手をかざすも、


「ほらほら、恥ずかしがってないで」

「その舌舐めずりは何?」


やはり下心しか感じないのだが、魔法に関してはさっぱりなリオンは、ボンに任せるしかなかった。

足先、腿、腹、胸元…。


「って、どこまで触っとるか!」


どご!


余計な所まで口づけしやがったボンに天誅。


「も、もうしませんから、あと一カ所だけ」

「本当に最後ね?!」


怖い顔で睨み付ける。

少しおずおずしながらも、リオンの顔に手を伸ばす。


(え? え? え…)


ボンの顔が近づいて来て…。

頬に軽く触れた。

思ったより柔らかい、とリオンは思ってしまった。いや、何を考えているんだ。


「顔に傷が残ったら大変だもんな」


と言われて思い出す。


(そっか、殴られたんだっけ)


ここに連れて来られて、頭の女になれば許してやるなどと言われ、断固拒否したら殴られた。その後も鞭で、顔も、腹も、手足も。


「坊や…、じゃなくて、ボン」

「ん?」

「その、なんていうか…、助けてくれて、ありがとう。助けるつもりが、反対に助けられちゃったわね」


と頬をポリポリ。


「オレも、守れなくてゴメン。オレがもうちょっとしっかりしてれば、下手に傷つけさせなかったのに」


と頭をカリカリ。


「ま、敵は取ったけどね。も、あいつ2度と女の相手は出来ねーし、まともに暮らすことも出来ねーだろ。呪いをふんだんにぶっかけて殴ってやったからね」

「そうなの」


呪いって…。ちょっと怖くなるリオンだった。


「そういえば、ぼ…ボンのその姿も、呪いなの?」


大きくなったり小さくなったり。どうやったら大人の姿から子供の姿になれるのか。

何故かギクリとなるボン。


「え? ああ! うん! そうなの!」


なんだか不自然な返事。


「し、新月の晩だけ一時的に解けるってか、そんなもの?」

「ふ~ん」


不自然だ。


「そうなんだ! それで、おいらはこの呪いを解く為に旅をしてるんだよ!」


と、突然リオンの肩に手を置き、


「君なら解いてくれるはずだ!」

「はい?」


何を言われているのかわけ分からんのリオン。


「呪いを解く方法は唯1つ! 真実の愛を手に入れること!」


どこかのおとぎ話でも聞いたようなお話ですね。


「恵まれないおいらに愛の手を!」

「ちょ、ちょっと?! 何を…、きゃあ!!」


押し倒し、チューの顔で迫るボン。


「何をするかーーーーーー!!」


リオンの鉄拳がボンの顔面にヒット。ボンが吹っ飛んだ。


「し、真実の愛って、何…?」


地面と仲良く口づけを交しながら呟いたその問いは、誰も答えてはくれなかった。

















洞窟の外に出て、街まで歩く途中で夜が明けてきた。


「夜が明けた」


朝の光を浴びながら、リオンが身体を伸ばす。


「ちょっ、も~明けたか」


軽く舌打ちしながら光に包まれたボンが、再び少年の姿に戻った。


「む~まぁだしばらくこの姿かぁ~」


と身体を伸ばす。


「こっちの方が可愛くていいよ」


リオンがくすりと笑った。


「ま、この姿の方が、おっぱい揉んでも怪しまれないしね」


でへ、と笑うボン。

その言葉にピクリとなったリオン。再び手をグーにして、


ゴゴゴゴゴン!


「な、何を~~~~」


揉まれた分だけ天誅。


「エロガキ」


一応、本来の年齢はリオンの1つ上なんだけどね。



















無事に戻って来たリオン達に、マスター達も大喜び。

ボンのおかげで助かったという話しを聞いて、ボンはもてなしを受けたのだった。

もちろんだが、実は青年なんていう話しなど信じて貰えないので、そこそこの実力のある魔術士だったという話しで落ち着いた。


そしてまた一夜が明けて。


「おはよ~」

「おはようボン」


店の掃除をしていたリオンの元へ、ボンがやって来た。


「ボンはこれからどうするの?」


街でも観光でもするのかと問いかければ、


「うん、今日にでも街を出ようかと思って」

「え?」


リオンが固まった。


「お別れの挨拶に来たんだ。リオンにはお世話になったから。おいらも早く真実の愛とやらを探して元の姿に戻りたいからね」

「そう…、そうよね…。そう、よね」

「リオンに会えて良かったよ。真実の愛とやらは手に入らなかったけど」

「ボン…」


ボンの顔を見ると、元の姿になった時の青年の姿が思い出される。

危ない所を助けて貰ったという効果もついてはいたのかもしれないが、格好良かった。

唇で触れられた時はドキドキしていた。

そんなことを思い出し、ちょっと赤くなる。


「あ、あたしも…会えて良かった…」

「いや~、おっぱいの感触も一番だったし」


リオンのグーが飛んだ。


「エロガキ」


頭に生えたコブを撫でつつ、ボンが手を振る。


「そいだば、お元気で」

「あんたは心配しなくても元気よね」


言葉が冷たくなっている。


「そうそう、最後にもう一つ」

「何?!」


ギロリと睨んだリオンに少しタジタジとなりつつ、ボンが親指を立てて言った。


「リオンの踊りは最高だよ!」


リオンが固まった。


「じゃ!」


そしてボンは出て行った。

リオンは少しの間ぼんやりとボンが出て行った戸口を見ていた。


「あたしの、踊りが、最高…?」


リオンの胸の内に、熱い何かが湧いてきた。


















有言実行のボンは、さっさと荷造りを終えると街を出て行った。


「いい女だったな~。あんな女にまた会いたいな~。ま~望み薄~」


とぶつぶつ呟きながらてこてこ歩いて行く。

しばらくすると、後ろからタッタカ走る音が近づいて来た。

何をそんなに急いでいるのやらと気にもとめていなかったのだが、


「ボン!!」

「きゃわわわわ!」


いきなり後ろから大声で声を掛けられ驚いた。


「び、びっくりしたぁ。り、リオン? どったの?」


振り向いたらば、リオンがいた。


「あたしも連れてって!」


にっこり、そう言った。


「え? 舞台は? 踊りは?」


とても踊りが好きそうに見えたのだが、何故自分を追ってきたのかと問いかけると、リオンはキラキラした顔で語り出す。


「あたしね、世界一の踊り子になるのが夢なの!」

「はい?」

「だからそのうち旅に出ようとは思ってたのよ!」

「はあ」

「だから、あたしも連れてって!」

「はん?」

「女の一人旅は危ないでしょ? 腕の立つ人と行きたくても、あの街にはそんな良い人はいないし。で、ボンなら腕は立つし、丁度良いかなって! ね?! 一緒にいいでしょ?!」


リオンの押しの強さに、ちょっとタジタジになるボン。


「おいらは別に構わんけどさ、本当においらと一緒でいいの?」

「嫌なら来ないわよ」


確かにそうだけど。


「普通の男と行くより面白そうだしね」

「選定の基準からして間違ってると思うよそれ」


美人と行けるなら嬉しいことはないが、自分の本性を分かって一緒に行きたいなどと…。

まあリオンがいいならいいか、と連れ立って行くことになったのだった。

もちろんだが、平坦な道程になるわけがない。


3部作の予定です。短いですが、お付き合いください。

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