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微睡みのクロッカス  作者: 星愛。@ゆむゆむ
2/2

夜明けは遠い

翌日。

遠くからでもわかる、パタパタとこちらへ向かって走ってくる…聞き慣れた足音がした

「…っ、ハル!!」

どん!と音がするほど勢いよく開けられた病室のドアの方へ、ため息をつきながらゆっくりと視線を移すハル

「…ここが何処だか分かってんのか。煩い」

「分かってるよ!!…っ、…ハル、なんで…」

いまだ酸素マスクが手放せないハルは、ベッドを起こして本を読んでいたらしい

「…まあ、色々」

「…」

容態が悪化したハルを見て、青ざめたままの茉莉花

「…ねえ、ハル。

貴方のことを聞いても…かづ兄、何も教えてくれないの」

先程、たまたますれ違った佳月に言われた言葉を思い出す


『…ハルは昔から、何も言わない。言おうとしない。

俺やお前に心配をかけまいと…一人で全部、抱え込んじまうやつだよ、あいつは』

寂しそうな顔で…頼ってもらえないのだと、小さく笑う佳月

『…俺に聞くより、直接ハルに聞いてこい』

"まあか"なら、あいつも心を開くだろ

佳月はそう言い残し、茉莉花から去って行った


「…ハル?これは一体…どういう事?」

酸素マスクをつけてなお、小さな息切れが静かな部屋に、茉莉花の耳に届いてしまう

「…今日は少し、調子が悪いだけ」

「嘘、つかないでよ」

「嘘なんかついて…」



「〜…っ、ハルのばか!!」



「…!!」

茉莉花は突然、堰を切ったように叫んだ

「…お願い。わたしには…嘘つかないでよぉ…」

「…」

怒ったかと思えば、今度は大粒の涙をぽろぽろ零し出す茉莉花

「…忙しい奴」

「…っく…ひ、っく……」

「…」

ハルは暫くそんな茉莉花を見つめていたが…少し経って、大きなため息をつく

「…俺が悪かった。茉莉花に、ちゃんと話してなかった」

「じゃあ、やっぱり…」

「…」

「…ハル……?」

「……」

茉莉花はしゃくり上げながらも、ハルを見つめる


「…なんて、な」

「え…」

「何もねーよ。…ただほんとに、一時的に調子が悪くなっただけ」

「……」

「…疑ってんな。そんなに俺が信用出来ないわけ?」

「…出来ない」

「!」

あまりにも即答でそう答えた茉莉花が、可笑しくて。

少し拗ねたような茉莉花を前に…息苦しさも忘れて、ハルは勢いよく笑い飛ばした

「あっははは!おっまえ…ほんっと、素直だな」

「…!」

普段、滅多に笑わないハルの弾けたような笑顔は…茉莉花を驚かせるのに、十分過ぎるものだった

「…今日はいつまでここに居られる?

数日中には退院する。だから…またどっか行こう」

「…ほんと?」

「おう。…そうだ、茉莉花が行きたいって言ってたあのカフェはどうだ?パンケーキが美味しいって、看護師さんも言ってたぞ」

少しおどけたようなハルを見て…茉莉花は花が咲いたように、目をキラキラと輝かせる

「…うん。行く!」

「おし。…じゃあもう、泣くんじゃねーぞ」

ハルはそう言って、病衣の袖で茉莉花の目元を拭う


「…絶対、お前を一人にはしないから」

そう言って優しく茉莉花を抱きしめるハルの中には…新たな決意が芽生えていた。



*。.


「…芹香の結婚式ぃ?」

ギィ、と椅子を鳴らして背中を仰け反る佳月

『そうなの。…かづ兄も、来てくれるでしょう?』

「えぇ…俺忙しいから…」

『…来てくれるわよ、ね?』

「……ハイ。」

何故だろう…顔は見えてないはずなのに、妙な威圧を佳月は感じた

『嬉しい!…茉莉花ちゃんや、ハルくん達も呼ばなくちゃ』

「…それで?相手は」

佳月はため息混じりに頭をくしゃくしゃと掻きながら、欠伸をする

『うん、お父さんの古くからの友人の息子さんらしくて。…かなり気さくな方で、正直…わたしとは、正反対って感じ』

「ふうん…意外だな」

『まあ…お父さんの会社のこともあるから。許嫁の話は小さい頃から言われていたことだし…覚悟はしてた』

佳月は手元のマグカップを持ち上げ、コーヒーの水面を揺らす

「…お前は?それで良いの」

『…わたしには、拒否権なんて無いから。

お姉ちゃんが行方を眩ませてから…わたしには、厳重な檻がされていたようなものだったから』

「…そうだな」


芹香の家は、父親が大手企業の社長である。そのため、幼い頃から周りとは少し違う…別格の雰囲気が芹香にもあったことを、佳月も思い出す


そして…

数年前。芹香の姉がそれに嫌気をさし実家を出て、男と駆け落ちをして行方を眩ませた


『でもね…相手の方、とっても優しいの。

わたしには勿体無いくらい…まるで、太陽みたいな人なの』

「…そうか。お前が良いなら、いいんじゃねーの」

佳月は目の前に開く患者のカルテを見ながら、半分聞いてないような返事を返す


『…かづ兄は、そろそろ結婚とかしないの?』

「…っ、げほっ!!」

電話越しに、唐突に爆弾を投げられて咽せ返る佳月

「ばっ…白衣にコーヒー吹いちまったじゃねーか!」

『あら、ごめんなさい?』

あーあー…と悪態をつきながら、佳月はティッシュで白衣を擦る

『…ふふっ。かづ兄も、動揺するのね』

「あのなぁ…年上で遊ぶんじゃありません」

電話越しでも分かる、芹香の悪戯っ子のような笑顔

それがなんだか悔しくて。でも、嬉しくて…

「…しょうがない。行ってやるよ、お前の結婚式」

『ふふ。ありがとう、かづ兄』


満足そうな彼女の声を最後に、佳月は電話を切った。

「……はぁ、」

まるで夢のようだと、椅子の背にもたれてまた仰け反る

…が、白衣についたコーヒーのシミが現実だと主張する

「あの泣き虫芹香が結婚、ねぇ…」


大人しくて、いつも自分の後ろをついて回るような泣き虫芹香が?


「…俺も歳だなぁ」

三十手前にして、なんと大人げないことか。

「自分の気持ちに素直になれるなら…どれだけ救われるだろうな」

独り言のようにそう呟き、佳月はデスクの上にある、小さな写真立てを手に取る


「…」


写真は成人式の日の、晴れやかな着物に身を包んだ茉莉花

その横には当直明けで、目の下にうっすら隈をつくった佳月が並んで笑っていた

「…どうしたいんだろうなぁ、俺」

佳月は写真をデスクに伏せて…深く目を閉じた


*。.


「ハル!…今日は調子どう?」

「…また来たのか」

「またって!」

ひどい!と憤慨しながらも、けろっと笑顔になってベッドサイドの椅子に腰掛ける茉莉花

「…それで?今日は何しに来たの」

ハルは読んでいた本をぱたん、と閉じて茉莉花に視線を移す


…あれから数日。

状態も落ち着いたハルは酸素マスクを使わなくても良い日が増え、息苦しさも殆ど感じない

入院前と同じくらいまで、回復して来ている状況だった

「明後日退院、だっけ?」

「そう。…って言っても、当分は通院が必要だって佳月に言われた」

「まあまあ。お家に帰れるだけでも、幸せじゃない」

「…そうだな」


茉莉花とそんな他愛もない話をしていた時…ナースステーションの方で、何やら慌ただしい声がし始めた

「…?なんだろ、何かあったのかな」

「病院だからな。…何かあっても、おかしくない」

ハルの病室前の廊下でも、バタバタと色んな足音が交差する

「…」

ハルが暫くその様子に耳を傾けていると、突然。無機質な機械音がけたたましいアラームを鳴らした

その直後、看護師や医師の声がさらに大きくなる

「酸素持ってきて!カートと…挿管準備も!」

「レート下がってます!でもまだご家族の方と連絡が…」

「主治医はまだ来ないの?!もう一回連絡して!!」


…そんな声が、近くの病室から嫌でも聞こえてきた

「…ねえ、ハル……」

「…落ち着け。茉莉花が不安になる事じゃない」

ハルは、心配そうな茉莉花を強く腕に抱き…涙目の茉莉花は、小さく体を震わせていたことに気付いた

「…ハル…生きてるよね……」

「…勝手に殺すな」

目に涙を浮かべながらも、茉莉花はハルの少し早い心音を耳にして、口を開く

「…た…わた、し……ハルが、居なくなったら…」

「あのなぁ…そう簡単に死ぬわけー…」



"死"



「ーーーー!!」


ドクン、と。大きく心臓が跳ね上がる気がした。

漠然としたそれを…ハルは、初めて意識したのだ


「……ハル?」

ハルの首筋に、冷たい汗が一筋流れ…強く、強くハルは胸を押さえる

「…俺……生きてる、よな」

「…うん、生きてるよ。だってずっと、わたしの耳に…聞こえてるもん。ハルの音が」

茉莉花はハルの手に自分の手を重ねる

「…大丈夫。きっと、大丈夫」

「まり…」

ハルがゆっくりと、茉莉花に手を伸ばしかけたその時…

がらり、と扉が開いた


「…おう、調子はどうだ」

「…普通」

「!かづ兄…」

茉莉花がパッと離れて振り返ると…やる気のなさそうにこちらへ手をヒラヒラと振る、佳月がいた

「…なんだか向こうが騒がしいけど…何かあったの?」

茉莉花がおずおずと切り出すと…佳月はなんでも無いように、口を開く

「…急変したらしい。まあ、病院じゃ珍しくも無い」

「急変…」

「誰にだって、最期がある。人間なんだ、死が無くちゃ生を感じちゃいないだろうよ」

そう呟き、佳月は息をつく

「…大丈夫。ハルはこんなにもピンピンしてる。まあか、お前が泣くようなことにはしないから」

「かづ兄…」

「…で?今日は何の用事」

早くしろ、と言わんばかりにハルは佳月を見上げる


「…悪い。お前の退院…延期が決まったんだ」

「えっ」

ハルが目を見開くと、佳月はポケットから数枚の写真を取り出す

「昨日の検査結果なんだが…」

そう言って、佳月が話を進めようとした…瞬間、


「…え、ハル…?」

ハルは茉莉花の背を押して、俯いてしまう

「…話が終わったら呼ぶから。少し席を外してくれ」

「…っ、…で、でも!」

「頼む」

「…!!」

茉莉花はまた目に涙が浮かぶのをぐっと堪え…足早に、病室から出て行った


「…まだ、言ってないのか」

「言えるか。それにこれ以上、俺がいると…あいつのメンタルが、もたない」

いまだ顔を上げないハルは…どんな表情をしていただろう

そんな様子に佳月は大きくため息をつくと、再び口を開く

「…このあいだの話、受けるのか」

「…そのつもり」

「今のお前には、リスクが高い。…それにこの間と比べて、身体の状況も変わってだな…」

「煩い。…もう、嫌なんだよ……!」


分かってる。

分かっているんだ。


茉莉花は…先のない俺とだって、これからも生き続けたいと言ってくれた

でも、俺は……


「…茉莉花を泣かせるような真似、お前ならしないって俺は信じてる」

「…っ、」

いつになく真剣な瞳で、佳月は続ける

「誰がどう見ても、まあかはお前が好きなんだ。大事なんだ。

だからもう少し…どうか、自分を大事にしてほしい」

「…」

黙り込むハルを前に、佳月は口をへの字に曲げて頭をくしゃくしゃと撫でる

「ハルの容態が、もう少し落ち着いたら…その話も、視野に入れていこうな」


いつもは聞き流すハルも…この日だけは、静かに小さく頷いた

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