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微睡みのクロッカス  作者: 星愛。@ゆむゆむ
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-そこに居た、確かな命-

「…お前は、もってあと一年だろう」

主治医から突然言い渡されたのは、桜の咲きかけた春だった。

余命宣告を受けた二十二歳のハル。幼馴染みの茉莉花は何があっても、ハルとともに在りたいと願うが…

先のない俺と茉莉花が、ずっと一緒に居て良いわけがない…。

離れようとするハルと、離れたくない茉莉花。二人の想いは、やがて形を変えていく…。

第一章 運命のカウントダウン


「…お前は、もってあと一年だろう」


幼馴染みである俺の主治医、黒瀬佳月(くろせ かづき)にそう宣告されたのは…桜の咲きかけた、春だった。


「…あ、いたいた。ハルー!」

いつもと変わらないとびきりの笑顔で、彼女は俺に会いに来る

「リハビリはもう終わったの?今日は顔色良さそうで良かったよ〜」

そう言って、ベッドサイドの椅子に腰掛けて息をつく。

「…うん、まあまあかな」

「そっかー」

俺の曖昧な返事もいつものことだと、茉莉花は特に気にしない


…酒々井茉莉花(しすい まりか)、二十二歳。

幼稚園から一緒の幼馴染みで、家族ぐるみで仲良くしている

今年の春から保育士として働き始め…春らしい、少し明るめの茶髪がよく似合っていた


「ねえねえ、聞いた?せり姉、もうすぐ結婚するかもーって話が出てるんだって!」

「へぇ…せり姉、結婚するんだ?」

「びっくりだよねぇ。…まあでも、せり姉の所はお金持ちだし…なーんの問題もないと思うけどね〜」


せり姉、というのは近所に住む幼馴染み、御法川芹香(みのりかわ せりか)、二十四歳。

二つ上とは思えないほど大人びており…茉莉花も俺も、よく面倒を見てもらった過去がある

せり姉の父親はとある企業の社長であり、つまりは社長令嬢であるせり姉。

大人しく、控えめな性格の彼女も遂に結婚…

もうそんな歳なのだと、窓の外に目を向ける


「…焦らなくて、いいと思うよ」

「…っ、?!」

茉莉花は瞼を閉じ、ゆったりと口角を上げる

「…ハルはハルなんだから。せり姉は、せり姉だよ」

「…わかってるよ」

少し拗ねたような彼を見て、堪らずふふ、と笑みをこぼす茉莉花


そんな茉莉花と居られるのも…あと、一年だなんて。


先程、主治医の佳月に言われた言葉が…頭から離れない。


だって最近は、本当に調子が良かったんだ

以前まではリハビリや歩くことだけでもしんどくて…息切れがなかなか治らなかったのに、今では殆ど息切れもしない

適応し始めたといえばそうかもしれないが…俺の中では、確実に治ってきているんだと、疑わなかった。


流川晴臣(るかわ はるおみ)、二十二歳。

茉莉花やみんなからはハル、と呼ばれる

幼い頃から体が弱く…何度も入退院を繰り返していた


もう何度目か分からない今回の入院で…俺は、あと一年だと余命宣告を受けた。


時間を遡ること、数時間前…

『…お前ここのところ、頻回に外出してたらしいな』

救急車で運ばれて、入院してから一週間。佳月が俺のカルテをパソコンで見ながらそう言った

『…別に』

『あのな、お前はまだ無理していい体になってないんだ。他のヤロー共と同じことしたら、お前の心臓がもたない』

『……』

ハルより七つ上の佳月はため息をついて、ハルに向き直る

『…慢性心不全。お前の疾患、忘れたわけじゃないよな?』


…慢性心不全。


心臓の機能が低下して、十分な量の血液が全身に送り出せない状態の心不全が慢性化したものが…俺に起こっていた。


『…茉莉花には、まだ言ってないのか』

『言えるか。…余計な心配されても困る』

ふい、とそっぽを向くハルと…深くため息をつく佳月

『…まあ、あれだ。後悔のないように…頑張ろう』

くしゃくしゃと、パーマのかかったハルの黒髪を撫でる佳月は…やりきれない顔で、いっぱいだった



「……ル…ハルってば!」

「…!」

ふと、ぱっちり目を見開くと…すぐ目の前に、茉莉花の顔があった

「…っ、…近い!!」

離れろ、と茉莉花を押しのけるハル

「…ハルが何度呼んでも返事しないからじゃない、もうっ」

むすっと膨れた茉莉花は、渋々ハルから身を引く

「…それで?今日、かづ兄の診察があったんでしょ?」

「……」

「…ハル?」

茉莉花の言葉に、ハルの表情は一瞬で曇る

「…っ、ほら!最近はあんまり調子悪そうじゃなかったじゃない?だから、良くなってるのかなって……」

「…んだ」

「……え?」

「もう、いいんだ」

「……」

「……」


もういい、なんて。本当は微塵もそんな事思ってない。

治る方法があるのなら、今すぐにでも試したいし一刻も早く退院したい

茉莉花とだって、もっと思い出を作りたい


…でも、


先のない俺と、これからも生き続けるわけにはいかない

茉莉花には幸せになって欲しいし、俺のせいで泣いて欲しくない


「…ごめん、今日はあんまり調子が良くないんだ。

悪いけど、また日を改めて…」

ハルがそう言いかけると…言い終わる前に、視界がふっと塞がれた


「…嘘。ハルがそうやってわたしから目を逸らすのは…嘘ついてる時だよ」


茉莉花はぎゅううとハルを正面から抱きしめ…深く目を閉じる

「…よくなかったんだよね、今回の結果。

わたしにまで、嘘つかなくていいんだよ」

「まり…」

「…わたし、何があってもずーっと…ハルの側に居るんだから」


茉莉花のその言葉が…自分の心に、ぐさりと突き刺さったようだった



「…それじゃあ。あったかくして、ゆっくりしてるんだよ」

それから数時間後、春風の吹く夕暮れに…茉莉花は病院を去った


「…ずっと側に、ね」

ずっとなんてない俺に…茉莉花の側に居ていい資格なんてあるのだろうか


「失礼しまーす」

ふと、そんな時間かと看護師の持ってきた夕食を前にして目を向ける

「今日も茉莉花ちゃん来てたわね。本当、仲が良さそうで羨ましいわ」

「…別に、そんなんじゃないです」

ふふ、と楽しそうな看護師が部屋を出ると…ハルは洗面所へと向かい、半分以上もの食事を流してしまう


「…っ、…いってぇ……」

がしゃん!と食器が音を立てて床に落ちる

まるで心臓を鷲掴みされたかのように、動機が止まらない

「…っ……!!」

そのまま床に崩れ落ち…蹲るように荒い息を繰り返す


…何が治っただ。

自分の行いが、全部自分に返ってきてるだけじゃないか。


自分だけ、腫れ物のように親からも扱われ…家から出られない生活に嫌気がさして、夜中に外へ飛び出して、悪い仲間とつるんでいた頃…


俺の心臓は悲鳴をあげて、俺は救急車に運ばれた。


それが一週間前で…病院で療養している間は、本当に何もなかったんだ



…頻回に起こる息切れや症状を必死で隠して、みんなと関わっていたから。



「…っ……はあっ…!!…っく…はぁ……っ…!」


視界がぐらつき…吐きそうなほど、見る見るうちに意識が遠のく

「…ハルくん?大きい音がしたけどどうし…きゃ!!」

ハルが食器を落とした音に駆けつけた看護師は、洗面台前に蹲るハルを見つける

「お、応援お願いします!…ハルくん、しっかり!!」

すぐに数名の看護師や佳月も訪れて…次に気が付いた時には、ベッドの上で…酸素マスクを付けられていた


「…ハル。お前…なんで言わなかった」

佳月は珍しく、とても怒っていた

「…おかしいと思ってたんだ。検査の結果はそんなに良くなった訳でもないのに…お前は何も症状を訴え無いし、リハビリも難なくこなしてた」

「…うるさい」

酸素マスクで若干喋りにくさはあるものの…ハルも不機嫌そうな顔で、佳月を睨みつける

「…食事もろくにとってなかったんだってな。何でそんな真似したんだ」

「…食べたら、苦しくなるから」

本当は、食事をとるだけでもしんどい日があった。

せめて水だけはと、口にした日もあったが…体があまり、受け付けてくれなかった


「…明日からは点滴加療だな。無理に食べなくていい」

「…ありがと」

「ばーか。…俺がどんだけ心配してると思ってんだよ、このガキ」

普段から、ハルにだけは口の悪い佳月も…心配の色を、隠しきれていなかった


「…今日はもうゆっくりしていろ。明日からの様子みて、また考える」

個室に移されたハルは、モニターの無機質な音が静かに響く中で…深い眠りについた

こんにちは、星愛。です。

暫く小説を書いたりということをしていなかったので、リハビリがてら、書き始めたのが今回の作品です。

投稿頻度はまちまちだと思うので、暇つぶしにでも読んで頂けたら幸いです。

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