六つ目の願い
朝、朝食を食べながら考えた。
今日は怜が来て15日目。あと半分でこの不思議な日々が終わってしまう。
あと15日後、私は別れに耐えられるのかしら。
今までは、頼れる執事だった怜。あの時は頼っていたものが急になくなったような感覚だったから、ただ倒れていれば、いつか復活出来るような気がどこかにあった。
でも、今の私の怜に対する感情はそれだけじゃないような気がする。何かがもやもやしてるわ。
自分の心なのに、それぐらいしか分からない。不思議だわ。
そんな事を考えていると、怜がとことこ部屋に入って来た。
「お嬢様!わたくしの六つ目の願いは、遊園地に行くことでございます!というわけで、遊園地に行きましょう!」
「唐突ね。チケットはあるの?」
「もちろん!」
「あるのね。」
「ございません。」
「……」
「わ、わたくし霊体なので、お嬢様お一人分のチケットで構いませんから。」
「分かったわ。行きましょう。」
怜の顔がパアッと輝く。
「ありがとうございます、お嬢様。」
朝食を食べ終わった私は、ちゃんと使用人に遊園地に行くと伝えてから出た。
たまにはちゃんとしないとね。お父さんに怒られちゃう。
怜に車を運転してもらって、近くの遊園地に来た。この遊園地は、おばけ屋敷の怖さで有名だ。
入った者は必ず失神するという謳い文句の通りの怖さで、リタイア用出口がこの国最多の数を誇っている。
私はホラー系には強い。スプラッタとかは気持ち悪くて見れないけれど、心霊現象とか、霊はあまり怖く感じない。むしろ好きな方。
だから、今日はこのおばけ屋敷に入るためにここを選んだ。
パンフレットを見ながら歩く怜が私に尋ねた。
「最初はどこに行きましょうか、お嬢様。」
「そうね。おばけ屋敷に行きましょう。」
私が目をキラキラさせながら言うと、怜の顔色が少し変わった。
「えー、とお嬢様。ここのおばけ屋敷はその…」
「めちゃくちゃ怖いって有名ね。だから行きたいの。」
「ええ、そうですよね。ええ…。
あのお嬢様。楽しみは最後に取っておくものでございます。おばけ屋敷は最後に楽しみませんか?」
「なんで?別に最初だって変わんないわ。
私は、好きな食べ物は最初に食べるタイプよ。」
「さようでございますか。…なるほど。」
「なんでそんな事を言うの?怖いの?」
「いえそんな、お嬢様をお守りする立場のわたくしがまさかそんな訳ない…じゃないですか。」
「そうよね。じゃあ行きましょう。」
「う…。はい…。」
私はおばけ屋敷に向かって歩き出す。
後ろで重い足取りでついていく怜。
おばけ屋敷に着いた。そこには、怖いもの見たさで集まる人でまあまあな列を作っていた。
その時、怜が何か閃いた顔をして言った。
「結構並んでいますね。待ち時間が勿体のうございます。
先に他のところに行きましょう。」
私の袖をクイクイ引っ張る怜。私はもう一度、同じ質問を繰り返してみた。
「怜。怖いの?」
怜はビクッと体を震わせ、そしてゆっくり頷いた。
「はい…。わたくし実は、昔っから心霊モノがとても苦手で…。スプラッタは平気なのですが。」
私と真逆じゃない。
「でも怜。あなた今霊なのよ。自分が霊なのは大丈夫なの?」
「ええ。自分が霊なのは、大丈夫です。なる前は怖い気持ちもありましたが、これしかお嬢様に会う方法がなかったもので。」
「じゃあ、その時克服出来たんじゃないかしら。一回試して見るつもりで、入ってみたら?
ダメだったら、非常口から出ていいから。」
「宜しいんですか、お嬢様?」
怜が顔をあげて尋ねる。私は頷いた。
「では…頑張ります。」
怜が承諾し、列に並び始めた私たち。
中から他のお客の叫び声に、私は顔を輝かせ、怜は顔を青くしていた。
遂に私たちの番になり、背中にしがみつく怜を連れて中へ入っていった。
このおばけ屋敷は、『冥界の約束』みたいに行って帰って来るルートになっていて、反対側のリボンを取って帰ってくればゴールとなる。
そのため、通常のおばけ屋敷より細長いし、その分ルートが長い。
だがこの形式のおかげで脱出用出口をとても作れるし、行き帰りで出てくるおばけも変わってくるようなので、ホラー好きにはたまらないおばけ屋敷だ。
「どう?怜。まだ大丈夫?」
「ええ。入っただけなら。まだ雰囲気には勝てまぎゃぁぁぁああああ!」
いきなりおばけが上から出てきた。
首吊り自殺をしている人を模した人形だった。
「へえー、なかなかびっくりするわねえ」
「心臓に悪いですよこんなの!殺す気ですか?!」
怜が人形に向かって叫んでいる。人形は次来る客のために、引き上げられている最中だった。
「人形だけなのかしら」
「いえ、このおばけ屋敷に限ってそんなはずはないでしょう…。ぎぃやぁぁぁ!」
その時、無数の蛇の大群が足元をシュルシュルシュルと通り抜けた。これには私も背筋がぞくぞくってなった。
「えっこれ怖…」
これは怖い。舐めてたわ。でも、まだ好奇心が勝ってる。
私はどんどん次に進んだ。
道中、たくさんのおばけに会った。
死角から出てくるフランケンジャクソン。チェーンソーが急に動き出した時は身の危険を感じた。
急に聞こえる女の人の笑い声。何かにつまづき下を見ると、女の死体の蝋人形が。こっちみて笑ってたわ。
いきなり降ってくる蜘蛛のカーテン。
触ると足がざわざわ動き出した時は、涙が出そうになった。
怜はそれらが出てくる度に叫ぶ。私も叫ぶ。
怜にしがみつこうと思ったら、私だけ触れない。怜はしがみつけるのに。
こんなに怜にずるいと思ったことはないわ。
やがて反対側に付き、リボンがあるはずのところに行った。
置いてあった机の上を見ると、リボンが一つもなかった。
「あれ、ない。私たち、クリア出来ないのかしら。」
「ええ、そんな…。あんなに怖い思いしてきたのに…。」
私たちが肩を落としていると、長い黒髪の少女が私たちにリボンを差し出した。
「おちこまないで。これ、あげる。」
その手には、赤いリボンと青いリボンが両手に1つずつ握られていた。
私たちはそれを受け取った。
「わたくしにも頂けるんですか?」
こくりと頷く少女。その後、私たちがお礼を言っても、何も言わずにその奥に消えてしまった。
「良かったわね。これでクリア出来るわ。」
「ええ。帰りましょう。」
私たちはまた来た道を戻った。
帰りのあの怖さは、二度と忘れることの出来ないものだった。
行きと同じように、人が降ってくる。でも今度は人形じゃなく、生身の人だった。
落ちたそれを見てたらいきなり「う゛か゛ぁ゛ぁ゛あ゛」とか言いながら追いかけるもんだから、軽く泣いたわ。
ちょっと途中諦めかけて非常口のドアに手をかけたら、ドアノブに血糊がたっぷり塗られていた。
「「脱出させる気ないじゃない(ですか)!」」って二人でドアに向かってさっきより泣きながら叫んでたわ。
そんな怖すぎる仕掛けをくぐり抜け、ようやく私たちは出口(入り口のすぐ隣)から出た。
係員の人は皆ビックリして、あの商店街の福引きとかであるガラガラのやつで当たりが出た時に鳴らすやつをチリチリチリチリ~!!と鳴らしながら叫んだ。
「おめでとうございます!あなたが最年少でクリアしたお客様です!!」
どこから出たのか、クラッカーをパァン!と鳴らされ、順番待ちのお客も拍手で祝ってくれた。
「さすがです、お嬢様!最年少ですって!さすがお嬢様でございます!」
お客と一緒になって後ろで拍手を送る怜に、私は振り向いて笑いながら言った。
「あなたがいたからよ。怖いのによく頑張ったわね、怜。お疲れ様。」
私たちは笑い合い、互いの健闘を称え合って互いに拍手を送った。
その後は、適当にジェットコースターやコーヒーカップなどして遊んだ。
でも私たちはおばけ屋敷で結構な体力を消費してしまっていたので、、元気いっぱいには楽しめなかった。
やっぱりおばけ屋敷、最後にすればよかったわね。
夕方。
帰りの車を運転してくれてる怜に、映画の時みたいに話しかける。
「とても楽しかったわね、怜。」
「ええ、とっても。おばけ屋敷は怖かったですが…。」
「あれは異常よね。もう当分、あまりホラー系は見たくないわ。」
「さようでございますね。」
私たちの笑い声が、車内に響く。
「ありがとうございました、お嬢様。お陰でわたくしの願いは叶えられました。」
「そういえば、なぜあの少女は怜にリボンを渡せたのかしら。普通の人には見えないはずなのに。」
「確かに、言われてみれば。声も聞こえていたみたいでしたしね。普通の人には声も聞こえないはずなのに。」
「「……」」
「ねえ。あの時少女は、奥に消えていったわね。でも、私たちがいたとこって、反対側じゃなかった…?」
「あそこが一番奥。なのに…。」
その日の夜、屋敷中に私たちの悲鳴が響いた。
正確に言えば、響いたのは私だけの悲鳴だったが。