五つ目の願い
ある日の朝。起きると怜は、いつもの燕尾服でなく、浴衣を着ていた。
「おはようございます、お嬢様!今日はなんと、夏祭りがあるそうでございます!
わたくしの五つ目の願いは、お嬢様と一緒に夏祭りを楽しむことでございます。
というわけで、一緒に夏祭りに行きましょう、お嬢様!」
「いいけれど、私、浴衣持ってないわよ?」
「存じ上げております。別にいつもの服装で構いませんよ?お嬢様の浴衣姿を見て成仏したいなぁなんて、これっぽっちも思ってないこともないですから!」
つまり、着て欲しいってことね?
「どうする?今から買いにいく?」
「えっよろしいんですか?!わあ、とっても嬉しゅうございます!」
怜は今にも踊りだしそうな程喜んでいる。
そんなに喜んでもらえるとは、思ってなかった。
「じゃあ、行くわよ、怜。」
「はい!お供致します!」
私たちは着物屋さんで、浴衣を選びだした。
「お嬢様には、こちらの色がお似合いかと思います」
「ええ?こっちの方が可愛くない?」
「いえ、お嬢様のような美人さんには、こちらの方が…」
「あら、私は可愛くないってことかしら?」
「いえいえそんな!お嬢様はどちらも兼ね備えた、パーフェクトウーマンでございます!」
「っふふ、冗談よ。ありがとう」
そんなこんなでどんどん絞り込み、遂には二択まで来た。
「ここまで来たら、後はお嬢様の好みでお選び下さい。どちらになさいますか、お嬢様?」
「うーん、そうねえ。」
夜空の黒に天の川が描かれた、シックな感じの浴衣。
明るいピンクが基調で、花が至るところに描かれた、可愛い感じの浴衣。
私は正直なところ、可愛い方が好き。
でも。
「怜は、どっちを着て欲しい?」
突然振られた怜が戸惑う。
そして、しばらく考えたあと、ゆっくり黒の方を示した。
「わたくしは、こちらを着て欲しゅうございます。」
「そう。じゃあ、これにするわ。」
「よろしいのですか?お嬢様の好きな方ではなくて?」
「やっぱり分かってたのね。
でも、いいの。今日は怜の願いが叶う日なのよ?怜の好きにさせてあげたいわ。
…それに、出来るだけ怜の好きなタイプに、合わせたいし…。」
「?…すみませんお嬢様、最後の部分だけ聞き取れませんでした。もう一度お願い致します。」
「…なんでもない!ほらもう行くわよ!」
「あっお待ち下さい!危のうございます、先に行かないで下さい!」
私はお会計を済ませ、追い付いた怜と一緒に店を出た。
夕方。
私たちはお得意の脱出に成功し、夏祭り会場へと向かった。
「お嬢様!今日の夏祭り、過去最高に屋台が多いらしいですよ!あっ花火もあります!わあ~楽しみでございます!」
怜がいち早く手に入れたリーフレットを見ながら、わくわくを募らせている。
その無邪気で子供みたいな様子はとても可愛らしく、生前の頼れる兄のような存在だった頃は想像もつかないような姿だった。
会場に着いてからは、怜のわくわくはヒートアップしていった。
わあわあ言いながら目に付いたもの全部に走っていって、自分が幽霊で物が買えないことに気づいてしょんぼり戻ってくる。
このセットを大体15回位やっていた。
「お嬢様、リンゴ飴食べたくありません?」
「お嬢様、チョコバナナにあんなに種類が!」
「お面が売ってますよお嬢様!100種類も!キツネが可愛いですね~!」
「見て下さいお嬢様!タピオカが光っています!」
怜の無邪気で遠回しな買って攻撃に全部応じているうちに、だんだん人が多くなってきた。
「怜、はぐれないようにしてね」
「安心して下さいお嬢様、わたくし幽体ですので、人に当たっても透けます。全く問題ありません。
とりあえず、お嬢様に何かあっては困ります。人が少ないところに移動致しましょう。」
「そうね。じゃあ怜、上に浮遊して人が少ないところ見てきて。」
「申し訳ございませんお嬢様。わたくし、浮遊できないタイプの幽霊でして。」
「あれ?最初来たとき、窓まで浮いてこなかったっけ?」
「あれは、梯子を使ってよじ登りました。もう撤去致しましたので、ご心配なさらず。」
「梯子使ってたの?!」
私たちは歩き歩き、川辺の方まで来た。
夏祭り会場からちょっと離れたその川辺は、花火がキレイに見えるスポットとして地元では穴場として知られていた。
「さあ、お嬢様。こちらにお座り下さい。」
怜が、堤防沿いのコンクリートの上に、大きめのハンカチを敷く。
「質素なもので、申し訳ありませんが。」
「そんな。別にいいのよ。」
私たちは並んで腰を下ろし、空を見上げた。
空にはこの浴衣の柄のように、綺麗な星空が広がっていた。
「…綺麗ですね。まるで、お嬢様のようです。」
怜が夜空を見上げながら言った。
そして怜は、「あっそうだ。お嬢様、ちょっとこれを持ってて頂けますか。」と言い、
ずっと大事そうに手に持っていたさっきのキツネのお面を私に持たせ、内ポケットをまさぐり始めた。
そして。
「じゃーん!今から手品をします!」
怜は、内ポケットから、筒と丸いステッキを取り出し、チャララララ~なんてセルフBGMを付けながら、筒に丸いステッキを差し、キュポッと引き抜いた。
するとそこから、可愛い花のコサージュがわさッ!と広がって出てきた。
私は可愛さの余り、思わず声を出す。
「わあっ!可愛い!」
その様子を見た怜がにっこり笑う。
「喜んで頂けましたか?」
そして、怜はその花を手に取ると、私の髪に付けた。
「よくお似合いです。やはりお嬢様は、可愛いものも似合いますね。」
怜が私を見つめる。その瞳は熱を帯びているようにも見えた。
「ありがとうございました、お嬢様。お陰で、わたくしの願いは叶えられました。」
その時。
ドォォ…ン!
大きい花火が、夜空に咲いた。
私たちはドォォ…ン、ドォォ…ン!と、次々に打ち上げられる花火に魅入っていた。
「綺麗ね…。」
「綺麗ですね…。」
私たちは最後まで花火を見ていた。でも私は、髪に付いている花に気を取られていた。
隣で花火を見ている怜。私は無駄だと分かりつつも、怜の手の上にそっと手を置いた。
下のコンクリートの感触がする。私たちの手が合わさっていることに、怜は全く気づいていなかった。
次の日。
『「続いてのニュースです。
昨夜に行われた◯◯町××市の夏祭りにて、キツネのお面が宙にふわふわ浮いている様子を目撃したという情報が入りました。これは夏の幽霊の悪戯か、はたまたUMAの類いか、専門家は今も調査を続けており─」』
「わたくし、つい油断してしまいました。」
「ダメじゃない。気を付けないと。」
「さようでございますね。」