三つ目の願い
『「美麗様、ご機嫌麗しゅう。わたくし、貴女の執事を勤めます、伊織と申します。宜しくお願いします。」
「まあ、うふふ、宜しくね。」』
怜の三つ目の願いは、映画を一緒に見ることだった。
私たちは二人とも、映画を映画館でみたことがなかった。私はお父さんから許可が降りなかったし、怜は家柄上、禁止されていた。
だから、ここにいるのがバレたら、相当ヤバい。
外出禁止待ったなしよ。
私たちが選んだ映画は、『執事達の願い』。
結婚するお嬢様と、その執事のお話。
私たちの境遇にちょっと似ているから、という理由で選んだ。
隣に座る怜は、事前に調べた映画館のマナーに従って、大人しく見ている。
別に声聞こえないから、あなたは喋ってもいいんじゃないかしら、と思わなくもないけれど。
『「いけません、お嬢様…。こんなことをしては。」
「いいじゃない、別に。誰にもバレやしないわ…。」
「しかし…。」
「最後の日なのよ?これぐらいさせて。」』
あら、バレちゃいけない事してるわ。まるで、今の私たちね、怜。
怜をふっと見ると、ちょっと顔がこわばっている。お父さんに怒られてるところを想像しないで。こっちまで不安になるじゃない。
『「伊織…私、幸せになるわね。」
「…はい。行ってらっしゃいませ。…お幸せに。
…お嬢様!少し、お待ち下さいませ。」
「…どうしたの?」』
伊織が、背後から薔薇の花束を出す。それを、美麗に差し出す。
『「お嬢様。こんなこと、許される筈もない。分かっています。けれど、伝えなければ、わたくしの胸は、今にも張り裂けそうで…。」
「伊織?」
「…愛しています。お嬢様。親愛ではありません。愛惜でございます。
行ってほしくございません、お嬢様…。どうか、わたくしの側にいて…。」』
その時、肘掛けに置く私の手に、何か温かいものが被さり、それは私の手を包み込み、ぎゅっと握った。
見ると、怜の手だった。怜の方をちらっと見ると、画面に釘付けになりながらボロッボロ泣いている。
「スンッスンッ」
めっちゃ泣いてる。
やがて、私の右手が持ち上げられ、怜の両手に包みこまれた。
「…お嬢様。グスッ、わたくしも貴女をッスっ、あ゛な゛た゛を゛ォ」
怜はこっちを向いて嗚咽しながら喋っている。そうこうしているうちに怜は、映画の一番大事な所を見逃してしまった。もう行っちゃったわよ?美麗お嬢様…。
映画館を出て、車を運転してくれている怜に、「良かったわね、映画…。」と話しかけた。
「ええ。大満足にございます。こんなに素晴らしいのなら、もっと生前に行っておけば良かったですよ。」
軽く笑いながら怜が言う。
「お嬢様、ありがとうございました。わたくしの願いは、叶えられました。」
結局、お父さんには映画館に行ったのがバレてしまった。
そして私はこっぴどく叱られた後、なんとか頼み込んで、一週間の外出禁止を三日にしてもらった。
「というか、あなたは私に触れられるのね。」
「ええ、そのようでございます。」
「不思議ねぇ」
「不思議ですねぇ」
「「あはははは」」