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半透明な執事  作者: 真奈吉
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一つ目の願い

「危ない、お嬢様!」


 キキーッ!!


 急ブレーキの音が、耳をつんざく。目の前には、私を庇ってトラックに突っ込まれる怜の姿があった。


 その顔は苦痛に歪み、目は怖いぐらいに見開かれたそのまま、ずっと閉じられなかった。


「お嬢様のためなら、命だって捧げます。例えこの身がどうなろうと、わたくしはお嬢様をお守りすると誓います。」


 怜の言葉が、呆然と突っ立っている私の脳裏に浮かぶ。危なっかしい私が、怪我しそうになったり、本当に怪我しちゃった時に、いつも繰り返し言ってた言葉。


 怜は死んだ。私のためにいなくなった。一緒に屋敷に帰るはずだったのに、私独りで帰宅した。

 帰り道、私は呆然として歩いていた、瞬きもせず、その様子はまるで死人だった。死人が歩いているように、自分の手足からは何の感覚も感じなかった。


 屋敷の門の前にたどり着き、そこにいた出迎えの使用人に、事情をぽつぽつと説明する。

 目は空虚を見つめ、手足をだらんとさせていた。


 事態に気づいた他の使用人は慌てふためき、警察に連絡するやら、悲しみが漸く襲ってきて泣きじゃくる私を慰めるやら、お父さんに連絡するやらでバタバタしている。


 そこから3日ほどは、私は何もする気が起きなかった。ただただ時間を浪費する日々。


 小さいときから私に尽くしてくれた怜。


 ワガママ言って困らせたこともあった。怜のお気に入りの紅茶カップを割ったときは、本気で怒られて泣いてしまった。


 それでも、いつも優しかった怜。


 学校から帰宅したらいつも、温かい紅茶を淹れて、クッキーを焼いてくれたり。


 寝付きも寝起きも悪い私に、付きっきりで改善しようと試行錯誤してくれたり。


 私が疲れてたりした時は、労いの言葉とともに、私が大好きなクマのぬいぐるみをくれたり。

(お陰で、ベッドの上は今やクマの王国みたいになっているけれど。)


 もう、怜はいないから、これからは独りで…。

 私はそこまで考え、ゆっくりと首を振る。


 無理。考えられないわ、怜がいない生活なんて。


 考えたくもない…。


 ああ、怜!今どこにいるの、戻っていらっしゃい!あなたはこのエルフィール家の一人娘、クロナ・エルフィールの専属執事でしょう?!


 あなたの主人が今まさに困ってるのよ?あなたがいなくてどうするの…。


 私が悲しみのどん底に沈み、目から光を消してへたり込んでいるとき。窓からコンコンと、音がした。

 はじめは風か何かの仕業だと思った。懐かしい声が聞こえるまでは。


「お嬢様、クロナお嬢様、開けてください」


 声が聞こえた事に驚き、その方を見た。窓の外には、死んだはずの怜の姿があった。…え?!


「お嬢様、怜でございます。遅くなり申し訳ありません、さあ、開けてください」


 私はとりあえず、窓を開けた。怜が入ってくる。


「ど、どうしたの怜?!と、とりあえず…無傷でよかったわね…。」

「ええ!閻魔大王さまに許しを得るまで3日かかりましたが、なんとか戻ってこられました!」


 私は屈託なく笑う怜の顔き喜びと驚き、そして安堵がうまれ、涙が次から次へとあふれでた。


 3日間の脱け殻期間を経て、感情が動いたのは、今が久しぶりだった。


 それを見た怜が、優しく微笑む。


「ああ、ご心配をおかけ致しました。もう大丈夫です、貴女の怜はここですよ。」

「…ッ!怜……!!」

 私は感動のあまり、その名を叫ぶと共に、怜に抱きつこうとした。しかし、私の腕は、虚しく宙を泳いだだけだった。


「え…?」

 驚いた。私の腕は、そこにいるはずの怜に触れず、勢い余って怜の体に貫通したからだ。

 しかも私も、怜も、全く痛そうでも辛そうでもない。


 怜は、私の腕が宙に泳いでいるのをかなしそうな目で見つめ、長く深いため息をついた。


「…お嬢様、申し訳ございません。わたくしはもう、お嬢様に触れて頂く事は叶わないのです。

 何故ならわたくしは、霊になってしまったから。わたくし怜、霊になってしまいました。」

 …え?

「…ちょっと何言ってるか分からない」


「わたくしは残念ながら、もう生きてお嬢様をお守りすることは出来ません。

 ですが、未練がましく、閻魔大王さまにお願いを致しました。『どうかもう一度…!もう一度だけ、お嬢様の側にいさせて貰えませんか』と。しぶしぶではございましたが閻魔大王様は、1ヶ月、期間を設けて下さいました。その期間中に、未練を全てなくして来いとの条件付きで。

 私の未練はただひとつ。お嬢様にもう一度会うことでした。ですからもう叶ってはいるのです、が…。

 折角1ヶ月もあるのです。あちら側へ行く前に、少しくらい、ワガママ言ってもいいんじゃないかと!」


 私は呆然として聞いていた。目の前に広がる不思議な事になかなか追い付けないでいるのに、追加で入ってくる情報量の多さに、目がまわりそうだった。


「というわけで、これから1ヶ月の間、わたくし怜の願いを叶えて頂きたいのです!宜しいでしょうか、お嬢様!」


「…怜の願い?」

 ようやく、なんとか全ての整理がつき、頭が追いついたところで、新たに出た疑問を口に出す。


「ええ。わたくしは、お嬢様としたいことがあるのです。それをするまでは、死にきれません。

 わたくしの願いは、全部で10個ございます。お嬢様には一つ一つ、叶えていってほしいのです。」


 なるほど。願いを叶えればいいのね。不安は残るけど、まぁ、分かったわ。

「それでその願い、1つ目は何?」

「今ちょうど、叶っております。」

「え?」


 予想外の返事に、一体どこから出たんだろうと思う変な声を出してしまった。

 怜が私に数歩、ゆっくり近づく。

「…貴女とまた、こうやってお話することでございます。」


 怜が微笑む。そして、とっても優しい声色で言った。

「ただいま戻りました。お嬢様…。」

 怜の目に映る私は、目を潤ませていた。

「…おかえりなさい、怜。」

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