オーケン石。(前編)
無駄に顔の広い郵便屋に子獅子の健康診断を頼んだ流れで、止事無い方々専門のボディーガードの道を示された。将来の一つとして考えてみる。
うちの神社の霊獣は勇猛果敢な獅子であり、例え子獅子であっても、それなりの戦闘力を有している。何より、当人たちが一刻も速く立派な大人になって、邪鬼怨霊を退治しようと日々切磋琢磨しているのだから、天下無双と胸を張れるほどに強くはなくとも弱いはずがない。
恐らく立派にやれるだろうと考えて、いやいやと首を横に振る。
「小さいのが良いからって、巳壱だって何時かは大きくなるんだろ。
それに護衛の知識もない。
そっちにはそっちの専門がいるだろう。」
「そうな。警護系にいくなら、ここの獅子だと索敵能力が不足しているかもな。
それに近衛兵は一定以上の礼儀作法やらなんやら、身に着けないといけないし。
知識は学べばつくものだから努力家のこいつらなら出来なくはないだろうけど、元が田舎育ちの世間知らずだし、苦労するだろうな。」
専門外が半分、謙遜が半分で難色を示したら、あっさり首肯された。
それはそれで腹立たしい。
「少なくとも俺は嫌だ。出来る出来ない以上にやりたくない。
仕事がハードなだけじゃなく、制服に糸くず一本付いているだけで怒鳴られるんだぞ。
とてもじゃないが、やってられん。」
挙げ句、此方に薦めておいて、嫌そうに舌打ちする。
話の切っ掛けとなった巳壱も耳を頭にくっつけてミャアと鳴いた。
『ミイチだって、怒られるの嫌だよ。』
幼い子獅子からすれば当然の反応であろうが、加賀見は不満そうに眉を動かした。
「何を弱気な。そこを歯を食いしばって努力するから精鋭は精鋭と成り得るんだ。
やる前から逃げてどうする。」
『むー……』
「逃げる逃げない以前に、なんだかよく分からんものを押し付けない。」
気合が足りないと怒るのを横から叱る。
それを目指したいと巳壱が言い出したのならばまだしも、突然、何処かから持ってきた職業を押し付け、就任は難しいと否定し、努力が足らないと責めるのはおかしかろう。
っていうか、何が言いたいのかはっきりしない。
その時の気分で話したいことを話すのは郵便屋の悪い癖だ。
「取り敢えず、世の中は広いから視野は大きく持って、他人の意見に惑わされたり、最初から駄目だって決めつけず、まず必死に頑張ってみろという話でした。」
「そうやって纏められれば分かるんだが、話が飛びすぎてしっくりこんな。」
「弟子にも『師匠、1から10のうち、3と6だけ拾って20を足しつつ、順番ばらばらで話すのは止めてください』と言われます。」
「あーな。
流石、お前の弟子。上手いことを言う。」
加賀見は常に説明下手な訳ではなく、その気になれば教師のように物事を順序立て丁寧に話せるのだが、その気がないときは本当に適当である。
いい加減な言動はどうやら他所でも変わらないようで、お弟子さんは良く弟子をやっていられるものだと思う。
それでも叱られて反省したのか、補足のようなものを口にする。
「近衛兵は兎に角、もっと神社の外を見せたほうがいいと思うな。
他所の霊獣や妖精、妖怪にどんな奴がいるのか、どんな生活をし、どんな技を使うのか。
世の中にはどんな戦術があるのかを知っておいて損はない。
相手の攻撃を予想できるし、自分の動きに反映できることもあるだろ。」
通常の討伐は勿論、他所との交流にも役に立つはずだとの言葉に、巳壱が大きく頷く。
『ミイチ、それはそうだと思うよ。
ヒサ兄と遊ぶとき、知らない術一杯使われて、びっくりするもん。』
「そうだな。折角だから、今度色々教えてもらおう。」
先日交わした神社同士の協定で、手伝いが来てくれることになった。定期的にやってくる余所の神狼との交流は、幼い子獅子にも考えさせるものがあるらしい。
もっと勉強しなくちゃと尻尾を振り回す巳壱の頭を撫でながら考える。
確かに座学も大事だが、問題はどうやって教えるか。あまり難しいと子獅子はすぐに飽きてしまう。
後で大人の獅子たちと相談しておこう。
取り急ぎ、診てもらった巳壱の体調はすこぶる良好で、成長が多少遅くとも元気なら、それこそ小柄という利点を活かすことも出来るだろう。
遊びに戻って構わないと開放すれば、子獅子は身体をブルリと振るわせて兄弟たちの元へ戻っていった。
「そう言えば、流れで診察まで頼んでしまったが、これは安易に関わってはならない魔物としてどうなんだ?」
あっという間に小さくなっていく子獅子の背中を見送りながら、加賀見の立場などを思い出し、聞いてみる。
単なる相談を通り越したのではと、今更な心配には欠伸で返された。
「自分から言い出したことだし、診るだけだからセーフ。
その気がないのを強いて診ろとか、診ても分かんないのを調べてこいとか、治療などの対処を求めるのはアウト。
当事者の意向とは別に、俺が勝手に直したり、元から持ってる薬を渡すのはグレーかね。」
簡単な助言や情報提供は良いが、物理的に人の運命を大きく変えるようなことは駄目らしい。
情報は時に金塊よりも価値があり、内容によっては大きな変化を生み出すのに、どう違うのだろうか。
されど情報は情報であって、行動が伴わなければ何の意味もないと返される。
結局、教えてくれるので尋ねてしまうし、聞かなくても余計なことを喋られるが、強いて一線を越えないよう注意だけはするといつもの結論に落ち着く。
しかし、単なる友達にする感覚で心配事を相談できないのは、確かにつまらないし面倒だと言えば、そうだろうと他人事のように深く同意された。
「面倒ごとと言えば、こないだ、姫さんとシズがバッティングしたって?」
「そうだ、お前、知流姫様に何をやらせようとしてるんだ。」
「当人が説明した通りのことを。」
話題を変えるつもりか単に思い出したのか、先の来客へ矛先を変えたのに、此方も言いたいことを思い出す。
当社と協力関係にある2つの神社、三峰の神狼たちと不二の神姫の訪問が思いもよらず重なったのは、加賀見も意図していなかったようなので仕方ない。
だが他所の神社、しかもこの辺で最も大きい不二神社の姫君に、うちの獅子のブラッシングを押し付けようとするなと叱れば、そんなもの、引き篭もりを外に出す口実に過ぎず、文句があるなら代案を出せと開き直られた。
要は三峰の狼たちがしていた心配と同じ理由らしい。
「あの姉ちゃん、妹と比べられ過ぎて視野が狭くなってるからな。
大事なのは顔の美醜より中身だって言っても聞きゃしねえ。いや、その中身が気が強くて肝が据わってる分、怖いんだけども。
何方にしろ霊獣とか獣人は顔の良し悪しより性格重視だから、気にせず遊びに行けって言ってるんだが、また裏でウジウジ始めたんで、来たら両手で歓迎してやってな。」
土地に根付いた神霊なので、神域を出ないだけなら特に問題にもならないが、自分の神社、下手すれば自室から一切外へ出ないのは流石に身体に悪いと、瘴気まみれな自分を棚上げで文句を言う。
「ただ、山に属する同士として仲が良くとも、三峰は挙って顔が良いから、どうしてもコンプレックスを刺激されるらしいんだよな。
そこで比較的近場で人型にならず、愛嬌のある咲零を紹介しました。」
「即ち、うちの獅子はイケメンではないと。」
「その辺は個体差。
まあ、顔じゃないから。大事なのは顔だけじゃないから。」
「完全には否定しないのな。」
「可愛いは正義だから。」
獅子達への評価は引っ掛かるも、眉目秀麗で知られる三峰の狼ほど麗しいと、もう別次元の話として個人的には気にならないのだが、容姿にトラウマを抱えている姫君としては、そう簡単に割り切れるものでもないのだろう。
美人もブスも気になるのは3日で、大体知流姫はそこまで言うほど悪くもないと、興味なさそうに加賀見は欠伸をした。随分気に入っているようだなと言えば、あそこの飯は旨いし、姫さんはからかうと面白いからなと笑う。
何にしろ、同じ神域を護るものとして神社同士で良好な関係を保つことは悪いはずもない。そう纏められてしまえば反論の余地も、元々不満もなく、そうだなと返す。
前回は突然の訪問であったが、今後は予め文を寄越してくれるはずだし、茶菓子の一つぐらい用意できるだろう。
さて、何を準備するべきか。
この辺の銘菓と言えば、小倉餡とくるみなどが入ったパイ菓子だろうが、同じものばかりでは飽きてしまう。
あそこの菓子ならジャム入りのが旨いし、今時珍しいバタークリームのロールケーキが絶品だが種類が少ない。それよりシュークリームが有名な洋菓子店がある、若しくはうずらの卵のあの店はどうだと暫く揉め、甘いものなら女子だ、まずは村役場の若いお姉さんに聞けで話が纏まりかけたところで、そう言えば姫さん岩系の神霊だからお菓子食えないんじゃね?で終わった。気がついて良かったのか、もっと早く気が付くべきだったのか。
結論、精霊には霊水出しときゃ間違いないとして、何も準備せずとも良いことになった。
本当にこれで良いのであろうか。
「役員と言えば、姫さんが来ることは一応役場にも言ったのか?」
「言った。ヒサ君が此方に手伝いに来ることと併せて言った。」
仮に茶菓子について役員さんへ相談しても、加賀見に聞いた以上のものは出てこない気がするな等と、考えているうちに話題は別の方向へ流れていった。
不二神社は国全体でみても上位に入る大きな神社。
そこの姫君が遊びに来るとなれば、村としても把握していなければならず、三峰からも今後、長期で手伝いが来る予定になっている。
他の事情と併せ、その日のうちに役場へ報告し、次の日には緊急の打ち合わせも行った。
その会議内容を思い出し、自然と溜息が零れてしまう。
加賀見が不思議そうに瞬きした。
「何だ、何かあったか?」
「いや、あの日は偉い怒られたなあと思って。」
怒られたと言うと語弊があるのだが、村長を始めとした役員から詰問を受けた。ちょっと獅子たちが派手に動き過ぎたのだ。
お互いの安全のために、村の人とうちの霊獣は一定の距離を保つことになっている。大人の獅子であれば、定めた条件を満たす前提で村の中を移動することもあるが、子獅子はその中に含まれないし、自分以外の人間と一緒にいれば、万一の事件性を考えて役場に報告が入る。
あの日は陸奥が単独で知流姫を送りがてら散歩に行き、二前と護矢が一緒とは言え、子獅子たちが集団で村の中を駆けた。
予定外の訪問客であったため、予め報告などもしておらず、何も知らない役場は緊急体制に入る寸前であった。駅前まで客を送った後、すぐに連絡したのだが、対応が遅いと若干の注意を受けた。
ただ、これだけなら、状況説明だけで済んだであろう。
しかし、遊びに来た三峰のヒサ君の希望で行った、紅白に分かれての模擬戦にまず質問が集中した。
「普段、広場での練習でも神術まで使わないだろ?
けど、あの日は火球も結界もガンガン使ったからな。」
うちの獅子たちは炎を用いた攻撃が得意だが、飛び散る火花など周囲への安全性を顧みて、練習では滅多に使用しない。そこへヒサ君が広範囲で強力な結界を持ち込み、何の心配もなく全力を出せる環境を用意した。
久しぶりにフルパワーで暴れられるとなって、大人の獅子たちは張り切り、子獅子も戦力として数えられたことに発奮し、長兄の二前が我を忘れるほど試合に熱中した。
結果、見物人が大量に集まり、結構な騒ぎに発展してしまったのだ。
事情を聞いた加賀見がふんふんと頷く。
「確かに打ち合わせ中とは言え、神職が同席しなかったのは不味かったかもな。
でも、安全性は確保してたんだろ。」
「ああ、安全性は確保してた。それがある意味、いけなかった。」
討伐を目的とする霊獣の訓練が激しいのは仕方のないことであり、寧ろ、今までが地味で大人し過ぎたほど。結界内で暴れた程度で非難するのはおかしくないかとの意見は、今回は当てはまらない。
何故なら責められたのは術の使用や、獅子たちの爪牙が光る激戦に対してではないからだ。
「本気の紅白戦なんて面白いことやるなら、何で予め教えてくれなかった。
危険だから近寄るなって言うならまだしも、見学可能だったんだろって……」
「ああ……この辺、娯楽がないからなあ……」
「失礼なこと言うな。あるわ。
大きな公園とか、ショッピングモールもなくはないわ。」
村長を中心とした男性役員から、何故連絡してくれなかったのか、知ってたら絶対観に行った、前もって分かっていればイベントとして取り扱うこともできたのにと泣きつかれ、この際、直前でも良いので、やるなら必ず連絡することを約束させられた。
その場合は仕事ほったらかしてでも観に来る気配がひしひしとした。うちの村は平和である。
「あと、試合の中心にヒサ君がいただろ。
それにシズとかと駅前で騒いだしな。」
「ああ、来るな。それは問い合わせが来るな。」
主に女性役員と目撃者からの質問が殺到したもう一つの案件については、皆まで言わずとも状況を理解された。
三峰の狼達の美貌はここいら一帯どころか国全体でみても一、二を争うと言われる。傾国の美女ならぬ美男子が、しかも二名もウロウロしていれば、当然注目を集め、噂にもなる。
訪問の理由など事情を説明すれば、話には聞いていたがあれがと会議室は騒然となり、弟の方が今後ちょくちょく顔を出すよと言ったときは、歓迎を通り越して熱狂された。
隣に興奮している人がいると逆に落ち着いてしまうもので、冷静になった村長が神社への参拝制限を公的に考えておくと言い出したほどの盛り上がりであった。
「他にも人口が増えたから今度、村から町に変わるって話もあったらしいんだが、もう、そんなのそっちのけだったわ。」
「公共施設が整ってないのに、人だけ増えてもどうかと思うがなあ。
小学校もないけど、中学校が少なすぎるだろ。後、図書館なんか本がボロボロだし。」
受け皿もないのに水だけ集めても零れるだけと郵便屋は鼻先で笑い、大きく伸びをした。
「さて、長居しても何だし、そろそろ次に行くわ。」
「ああ、引き止めちまって、悪いな。」
「いや、じいさんも偶には世間話でもしないとボケるだろ。」
「お前の心遣いは、いつもありがたいのに腹立たしい。」
雑談を交わしながら掘りごたつから足を引き抜いたところで、境内で遊んでいたはずのきいちゃんの叫び声が聞こえた。
何事かと思えば、当人が必死の形相で駆けてくる。
「おとうたーん! たいへんだよ!」
「おう、どうした?」
まだ2歳程度のきいちゃんが走るといってもスピードは遅く、転ぶ心配が大きい。いざとなったら何とかフォローせねばとオロオロ駆け回る子獅子たちを引き連れ、縁側に辿り着いた小さい人は、片手に持った袋を振り回し、顔を真っ赤にして縁側から降りてきた父親にしがみついた。
「おとうたん、たいへんだよ! みみたが、おびょうきだよ!」
「瑞宮が?」
『じいちゃん、大変だよ! ミミ兄がおかしいよ!』
『ミミ兄、きっと具合が悪いんだよ。』
併せて天祥を筆頭とした幼い子獅子たちが、耳を頭にひっつけ、ガウガウ吠える。
何処か調子でも悪かったのか。そう言いたげに加賀見は此方を振り返ったが、生憎心当たりがない。少なくとも今朝はいつもと同じように早起きし、境内を走り回っていたのだが。
さて、病気だという子獅子は何処へ行ったと探す必要もなく、小さい人達の後を追って瑞宮も社務所にやってきた。その後に弟の陸晶、逸信、子守役の兄獅子、陸奥が続く。
具合が悪いと言うよりは怒っているような瑞宮を心配そうに眺め、陸奥がグルグルと低い声で鳴きながら近寄ってくる。
「どうしたんだ、陸奥?」
古参の大柄な獅子は聞いても答えず、只、耳を頭にくっつけて首を傾げた。代わりにきいちゃんが同じ言葉を繰り返す。
「じいじ、みみたがおびょうきなんだよ。かわいそうなんだよ。」
「そうなのか? どうした瑞宮、具合でも悪いのか?」
一生懸命、瑞宮を心配するきいちゃんを宥めつつ、子獅子に直接聞いてみれば、瑞宮は不貞腐れた様子も隠さず、シッと短く鳴いた。
『ボク、カリカリおやつを要らないって言っただけだよ。』
「どうした、瑞宮!? 何処だ? 何処が痛いんだ?
それとも、気持ちが悪いのか!?」
聞いた途端に加賀見がパニックを起こしたように叫ぶ。
多分、8割型演技なので止めて欲しい。自分も十分驚いているので、余計に焦らせないで欲しい。




