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近衛師団の子獅子さん。

 大地から溢れる霊気には流れがあって、強い力は良くも悪くも周囲に影響を与える。場の浄化や動植物の繁栄など、良い影響を与えれば神域、穢れや病を招き寄せ、邪鬼や怨霊を産むようなところは魔境と呼ばれる。

 神域の中心には御神体があり、大概、霊力を糧とする霊獣が住み着いている。彼らと協力して神域を護るために、人は神社を建て、神職を派遣する。

 御神体の管理や霊獣の補佐として、自分が所属するのは咲零神社。純白若しくは空色の獅子達と、ここ一帯を守っている。



 間もなく年も変わろうと言う昨今、子獅子たちの成長は目覚ましいものがある。飛んだり跳ねたり、取っ組み合ったり、実に騒がしい。提携先である三峰神社から定期的に神狼が顔を出すことになったため、一緒に境内を走り回り、今まで興味を示さなかった場所にも探検に出て、隙間に詰まったりしている。

 獲物に見立ててボールを投げてやるにも半端な投げ方では満足されず、どうしても一匹ずつの順番になるので物足りなさそうだ。

 そこで打開策として、紐付きのボールを幾つも高く張ったロープに吊るし、パンチングスペースを作った。長兄の二前が小さい頃、暇さえあればやっていたなと懐かしく思いながら設置したこの設備は、ボールを強く叩けば叩いただけ、スピードを乗せて帰ってくるので油断が出来ず、狙った方向に打ち返す訓練としても使える。何より、一匹だけでも遊べると中々好評である。

 只、残念なのは景観が悪いことだ。

 就任早々酷い目に合わせてしまった新人な宅配便屋さんが、凄く不思議そうな顔をして、風に揺れるボールを眺めていた。境内の中に幾つも吊るされたボールはとても奇妙に思えたらしい。


 使用中であれば、用途はすぐにしれたのであろうが、子獅子たちには安全と管理上、他所の人に出来るだけ姿を見せないように伝えている。

 勿論、自分が側に居ないときに限るし、留守番をしてくれる村の役員さんや郵便屋の魔物、龍族の貴賓など例外もいるが、この宅配便屋さんはもう一人の担当さんと違い、まだ付き合いが短いこともあって、警戒対象とされている。

 いつもの方が来たときは、自分がいるのを確認してからチョロチョロ周囲をうろつくのに、この新人さんには尻尾の毛一本見せようとしない。余程最初の出会いが悪かったようだ。

 偶に参拝客があった時もこの辺りの事情は変わらず、参道の前を通ると楽しそうな子獅子の声が聞こえるのに、拝殿まで参拝に行っても生き物の気配が皆無でちょっとしたホラー。加えて、門番の獅子のチェックが恐怖と言われていることが先日発覚した。

 門番役は同じ台座に長時間、座っていなければならないので、身体を石に変え、意識だけで地脈の流れや来訪者を感知しているのだが、参拝客からすれば、突然、石像が動き出した挙げ句に、巨大な獅子からフガフガやられる訳で、予め分かっていても逃げ出したい衝動に駆られるらしい。


 尤も、霊獣の存在は周知された事であり、村の一員として忌避感なく受け入れられている。

 獅子たちだけで一部の公共施設を使用することもあるし、自分が一緒であれば子獅子も町中も歩く。広場で討伐の訓練を行ったり、純粋に遊んでいるときなど、見学客がくれば尻尾を揺らして挨拶もする。全く露出がないわけではない。

 元々の出没範囲が少ないので、偶然、姿を見ることができれば、運が良いと言うことにもなっているらしい。



 先より始めた、子獅子による学校訪問兼パトロールも大変好評だった。

 年末が近いことや、連携している他の神社との打ち合わせが忙しくなったので一時中断しているが、来年は医療施設にも行ってくれないかと打診を受けている。

 病院は具合の悪い人が集まるせいか、魔境の瘴気とまではいかなくとも霊気の流れが滞り、淀む傾向があるので注意が必要な場所であるし、患者さんを元気づけられるのであれば、訪問するのは吝かではない。

 ただ、病院に獅子を連れて行ったことはないので、勝手が分からないところがある。他と一緒で良いのだろうかと知見の広い郵便屋の加賀見に相談すれば、「服を着て行った方がいいんじゃないの。」とアドバイスを受けた。


「霊獣とは言え、獣だからなあ。

 犬、猫と違ってアレルギーに繋がり辛いとは言え、毛も抜ける。

 双方の衛生的に白衣とは言わないまでも、着衣である程度の効果が得られると思う。」

「なるほど。」

「あと、何故か分からないけれど人間と同じ格好をした動物と、動物の格好をした幼児は、非情に可愛らしく思える傾向があるので受けもいいと思う。」

「そうか?」

「そうだ。間違いない。」


 衣装が有効な実例として、きいちゃんが耳の着いた帽子をかぶった写真を何枚か見せられた。確かに可愛らしかった。

 この郵便屋は思い出したように「うちの娘可愛い教」の信者として布教を行う。


 そう言えば、春先のひな祭りイベントで、獅子たちに幻影で服を着せたことがあったが、あれも非常に好評だった。他にも時期外れのハロウィンで子獅子の逸信と陸晶が働く人コスプレをしたこともある。

 予定外の事だったので当時は慌ててしまったが、あれも今思えば、可愛いと言えなくもなかった。

 動物に服を着せるのは着衣によるストレスや、肌荒れや汗疹などの皮膚病などに繋がることもあるので、気をつけないといけないが、子供であっても獅子は獅子なので、少しでも怖がらせないようにするのは悪くないし、病気を持ち込むことは流石にないと思うが、衛生に気をつけるに越したこともないだろう。


「ただ、防護としての服なら幻影じゃちょっとな。

 壱から作るとなると寸法やらデザインやらと時間がかかるから、作るなら早めに依頼を出したほうが良い……ちょっと、知り合いに頼んどいてやるよ。」

「いつも済まないな。助かる。」

「それは言わない約束だろ、おとっつあんってか。まあ、それはそれとして。」


 顔の広さは相変わらずで、霊獣用の服を作成してくれる心当たりもあるらしい。小芝居を交えながら、加賀見は自分も聞きたいことがあると首を傾げた。


「それで、あの標語は何だよ。」


 視線で指した先の壁には、自分が書いたメモ帳がある。


『加賀見が来たら聞くこと。一、巳壱の砂。二、病院訪問。』


 序があったので、半紙に墨で書いた。先日の反省を繰り返さぬよう、目立つ所に大きく貼った。


「分かりやすくていいだろ。」

「いや、まあ、否定はしないけど……ちょっと大きすぎるような。」


 年寄り臭いと眉尻を下げられて、大きなお世話だと言い返す。

 大事なのはきちんと忘れないことだ。



「それで病院については今、話したが、巳壱の砂って?」

「そうそう、これなんだ。」


 長く棚の上に放置してしまった、当社最小の子獅子の寝床から採取した白い砂の瓶を持ってくる。博識な郵便屋に手渡せば、不審そうに眉を顰められた。


「……なんだ、これ。いや、何かはわかるけど、どうしたんだ、これ?」


 砂そのものより、入手方法について問われる。事情を説明すれば、加賀見はますます顔をしかめた。


「それで巳壱の箱からは、まだ同じのが取れるのか?」

「ああ。」


 思い出してより、改めて件の子獅子の寝床を調べれば、やはり結構な量の白い砂が取れた。当社本殿の奥にある御神体の周囲に敷き詰められた、獅子たちの身体を形成する砂と同じに思えるものが、寝床から取れるのと、巳壱の成長が遅いことを考えれば、余り良い予感がしない。

 案の定、加賀見も難しい顔で首を傾げた。


「取り敢えず、この砂が何かって言うのはじいさんが考えているとおり、獅子たちの身体を形成するものと同じだな。

 細かい粒子になっている分、加工しやすいから良い値段で売れる。

 が、そういう話じゃないよな。」


 これがあれば、きいこのシャツを作る時に楽だったと、聞き捨てならないことを呟く。



 先日、彼は獅子達全員の鬣を刈り上げて、子供たちのシャツの材料にしてくれた。素材が欲しかったのであれば相談してくれれば良かったのにとも言えるが、まず、いたずらが前提なので、腹立たしさを煽る要因にしかならなかった。

 もう過ぎた話であるし、怒ったところで何も変わらないので諦めて話を進める。


「つまり、巳壱の体から出たってものってことだよな。

 彼奴の成長が遅いのは、そのせいか?」

「これだけの量が出ている以上は、全くの無関係とは考え難いな。」


 常々考えていた予想と違わない見解に、肩を落とす。

 一応、霊気の流れなど自分に出来る範囲で調べてみたが、取り立てて問題は見つからず、成長が遅い以外、巳壱はとても元気なようだった。しかし、もし通常の方法では分からない病気などであったら、どうしたら良いのか。

 瓶の中の砂は白く、キラキラと輝いて美しいが、その白さが返って恨めしい。


「それで、これはどうしたら良い?」

「要らんなら、俺にくれ。若しくは売っぱらって金に変えて、設備の修繕費を稼げ。

 そういうつもりがないなら、御神体の側に戻しておくのが適切だと思う。」

「うーん。」


 御神体の周囲に敷き詰められた砂は、獅子たちの墓場であり産屋ともなる大切なもの。

 加賀見も本気で欲しいと、少なくとも今は思っていないようであるし、これで金銭を得ようとは思わないから、戻すしかないだろうが、砂はそれでいいとしても、問題は生産者だ。


「巳壱の身体に戻してやるわけにはいかないんだろうか?」

「いや、それはちょっと難しいんじゃないか。定着しなかったからにはそれなりの理由があるだろうし。」


 抜けた髪の毛を植え直そうとしても無理なのと同じで、まぶしてくっつけるわけにもいかないだろうと首を横に振られる。

 そして、それが出来たらそれはそれで面白いなと言われ、砂で雪だるまのようになった巳壱を想像し、不謹慎にも吹き出してしまう。


「なんにしても詳しく見てみないことにはなんとも。」

「見ればわかるのか?」

「んー 多分。」


 医者のようなことを言うので腰を浮かせば、曖昧な回答が返ってきた。それでも動いてみなければ解決するものも解決しない。縁側で小さい人と遊んでいる子獅子を呼び戻す。



『何、兄ちゃん? ミイチは忙しいんだよ。きいたんのお世話、しなくっちゃいけないんだから。』

「お前、言うことがルーに似てきたな。」


 遊んでいるところを呼び出されて、偉そうに不貞腐れる当社最小の子獅子が尻尾を振り回すのを、加賀見は鼻先で笑った。


「ミイ、そんなこと言わずにちょっと診て貰え。

 お前がちっちゃい理由がわかるかもしれないから。」

『えっ?』


 自分からも大事なことだと伝えれば、寝耳に水と巳壱は後退ったが、早く大きくなりたい子獅子は朗報ととったらしい。尻尾を振り回しながら大はしゃぎで飛び跳ね始めた。


『加賀見の兄ちゃん、ミイチ、おっきくしてくれんの?

 ミイチ、兄ちゃんたちみたいに、おっきくなれんの?

 鬣は? 鬣は生やしてもらえる?』

「うん、ごめん、その辺はノーコメントで。」


 巳壱が望む形か否かは別として、中途半端に出来てしまうがために、回答を拒否したらしい。

 加賀見は話を端折って子獅子を捕まえ、両脇を抑えて抱き上げた。

 そのまま左目を瞑り、右目だけで子獅子を眺める。冬の空のような青い瞳が鬼火のような光を宿す。



「うーん……贅沢な奴め。」


 近眼の人がするように何度も目を眇めたり、巳壱を寄せたり離したりしながら、郵便屋は口の端を歪めた。


「ま、病気やなんかじゃないから良いか。」


 暫く眺め透かした後、気が抜けた様子で子獅子を膝に下ろす。


『どういうこと? ねえ、兄ちゃん、どういうこと?』


 巳壱は膝から降りずに加賀見に両前足を掛け、交互に撫で擦って答えをねだった。


『ミイチ、おっきくなれるの? それともやっぱり、ちっちゃいままなの?』

「結論からすれば、暫くちっちゃいままかもな。」

『そんなぁ……』


 診断結果を聞いた子獅子は半べそをかいて、此方に逃げてきた。


『じいちゃん、ミイチ、ちっちゃいままだって! 嫌だよぅ!』


 人間であったら、わあと両手で顔を抑えたところであろう。子獅子は自分の腹に顔を押し付け、爪を立ててしがみついてくる。


「それでどういうことだったんだ?」


 自分にはその背中を撫でてやることしか出来ないが、結果が出たならそれを受け入れねばならない。

 詳しい説明を求めれば、軽い調子で郵便屋はそう固くなるなと片手を振った。


「俺は医者でも専門家でもないから、経験からの予測でしかないけど、他の連中に比べて、巳壱の身体を作る砂や流れる霊力は非常に細かい。」

「細かい……?」

「ああ。」


 言われた言葉を繰り返せば、深く首肯される。


「一見どれも同じに見える砂だが、細かく分別すれば粒の大小は勿論、霊気を通しやすいもの、そうでもないものと微妙な質の差がある。

 その中で普通の獅子が10のうち6か5ぐらいまでの良質な部分を選り分け、器の材料としているなら、巳壱の身体は3か2ぐらいまで絞っているっぽいな。」

「つまり、本当に質の良い材料だけを選んでるってことか?」

「そうだ。

 多分、一旦取り込んだ後で、いらないのをどんどん出しちゃってるから、寝床に砂が貯まるんだろう。

 逆に言えばそれ以外におかしなところは何もなかったし、時間が掛かっても、他と同じように成長すると思う。

 質の良い材料を集めたからと言って、より強くなるかは別の話だけどな。」

「そうなのか。」


 本当に病気でなくて何よりだ。成長が多少遅くとも元気で健康ならば、まずはそれでいい。一安心して、巳壱の背中を何度も撫でる。

 場の雰囲気が柔らかくなったのに気がついて、子獅子はそっと顔をあげた。



『じいちゃん、ミイチ、ちっちゃいまま?』

「ああ、でも何時か必ず大きくなれるそうだ。良かったな。」

『うーん。』


 安心しろと言われて、子獅子は複雑そうに耳を動かし、口の周りをぺろりと舐めた。


『でも、ミイチ、早くおっきくなりたいよ。ちっさいのは嫌だ。

 加賀見の兄ちゃん、なんか方法ないの?』

「人に頼る前に自分の特徴を理解して活かせ。小さいのはステイタスとなりうるんだ。

 大きいものにしか出来ないことがあるのと同じように、小さい生き物でなければ駄目なことも多いんだからな。」


 みゃあと情けない声で鳴くのを、視野が狭いと郵便屋は鼻先で笑った。


「どうしても威圧を与えてしまう獅子や狼よりも、猫や狐など見た目が小さく、可愛らしいほうが周囲が安心したり、油断するので優位に働くこともある。

 純粋な戦闘能力が劣ったとしても、他の面でカバーを……っていうか、もし、獅子の力を持ちながら今のサイズと外見を保てるのであれば、多方面で非常に優秀。

 引く手数多で邪鬼の討伐より余程、有益に働けるかもしれない。

 巳壱、神社は辞めて、近衛兵の子獅子さんをやるつもりはないか?」

『ミイチ、そんな事、考えたこともないよー』


 説明しているうちに、利便性に気がついたらしい。もし、その気があるなら、やんごとない方々が御わす旧都まで連れて行ってやると真顔で言う加賀見に、巳壱は困惑の表情を浮かべ、耳を頭にくっつけた。

 ただ、警護対象が女性や幼い子供でも、子獅子であれば怯えさせることもなく、可愛らしいので、自ずと常日から側に置きたいと望むだろう。大人の獅子のように場所も取らないし、高貴な方々の警護をするのに最適かもしれない。

 警護服に身を包み、きりりと職務にあたる巳壱の姿が目に浮かぶ。

 悪くない。悪くはないが。


「取り敢えず、ウチの神社の獅子をスカウトするなら、俺にも相談してくれ。」

「おっと、ごめん。そうだった。」


 もしかしたら兄弟とは違った道もあるかもしれないが、巳壱はまだ幼い。

 保護者の意見を聞かずに勝手に進めないでほしい。

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