不二、三峰来訪。(その6.其々の事情や状況など)
「それで、話の途中だったが、ヒサをそちらにやるのは問題ないか?」
「ああ、願ってもない。」
気を取り直して、ヒサ君の移動について話を戻す。
自分が知っている限り、気難しい兄狼と違い、弟君は人当たりが良く、獅子たちとも仲が良い。
特に五十嵐とは顔を合わせる度に、何方かということもなくちょっかいを掛け、力試しを始める。体長が2mを超す五十嵐と、人型の時でも身長170㎝に足りないヒサ君では遊ぶのも大変だと思うが、パワフルなうちの筆頭獅子に負けず取っ組み合う。
ただ、その元気なところが不安材料なようで、シズは溜息をついた。
「とは言っても、彼奴もまだ子供で、考えも浅ければ無駄に喧嘩っ早いところもある。
よく言い聞かせておくが、迷惑を掛けると思う。」
かもしれない、ではなく、掛けると言い切るのは、心配性故だろうか。
「それはお互い様だろ。」
「水都への使い程度ならまだしも、三峰からほとんど出たことがないから、世間知らずなところもあるしな。」
手伝いにやったは良いが、騒ぎを起こしたでは話にならない。あくまで自分が補佐であることを忘れなければいいが、その場の勢いに任せ、獅子達そっちのけで突っ込んで行きかねない。邪鬼の群れに向かっていくにしても、他所の神社に噛み付くにしても、弟単独のことで済めばいいがと嘆くのに、少し不安になる。
けれども、二前や陸奥もいるし、ヒサ君は良い子だ。喧嘩をするとしてもそれなりの理由があるはず。
無闇やたらと暴れまわったりはするまい。多分、大丈夫だろう。
心配ばかりしていては前に進めない。三峰の兄狼は諦めたように話を続けた。
「何かあれば遠慮なくひっぱたいてくれて構わないが、一緒に暮らすとなれば、獅子たちも言いたいことがあるだろう。
まずは今日の結果をみて貰いたい。」
お互い、なるべく早く打ち解けられるように自己紹介を優先し、その後も好きにやらせたらしい。
打ち合わせ中と分かっている二前が呼び出された辺り、広場は随分白熱しているようだが、それだけ夢中になって遊んでいるのだろう。確かに後で感想を聞いてみなければなるまい。
「問題がないようであれば、今後も定期的にヒサを送る。それでも大丈夫そうなら、年明けだな。」
「ふむ、じゃあ、次は……この辺りでどうだ?」
本格的な活動は来年からと定め、カレンダーを持ち出して、大まかな日取りを決めていく。
大体のスケジュールが決まり、世間話に転じたついでに智知の霊獣の悪口も聞く。
「人手を貸すと言えば、智知でも修行を兼ねて、平が娘と子虎を寄越しても良いと言っていたが、実現可能か以前にあれは駄目だな。」
「そうなのか?」
「ああ、娘の明はまだしも、あそこの武斬では足を引っ張るばかりで役に立たんだろう。
頭でっかちで大したことも出来ないくせに、プライドばかり高い。
どうしてもと言うなら美乃がまだ幾分マシだが、雌な分、あれはあれで面倒だ。
ったく、雪之丞や紫が甘やかすから。」
うざったそうなシズの口ぶりに、そう言えば、智知の子虎は可愛くないと加賀見も言っていたなと思い出す。
あと、平さんの娘さんは明ちゃんというのか。覚えておこう。お父さんそっくりの元気印で花火が大好きな女子高生と聞いているが、やはり、神職を目指すのだろうか。
智知には数名の神職が所属しており、一人、見習いが減ってもなんとかなるのだろう。羨ましいと素直に思う。
続いて、自分の他に新しく神職に付いてくれるような人は、まだ見つからないのかを聞かれた。探してはいるのだが、候補者すら見つかる気配がないと答えれば、此処は特殊だからなと納得される。
何が特殊か。当社は普通の神社です。所属する霊獣が大型な猛獣系で魔物退治が得意な為に、魔境で怨霊怪異と戦うのが主な仕事と、他所よりちょっと危険なだけだ。
神域の大きさを考えれば三峰こそ特殊なはずだが、ただ広い山中を管理のために見て回るだけで、大した事はないと鼻先で笑われた。
一日50km以上、徒歩の移動が基本と聞いているが、これは大したことがないのだろうか。甚だ疑問である。
一通り話が済み、お茶を入れ直そうとするも、そろそろ帰ると言われた。
ミオちゃんの体調を考えれば、あまり長い外出はできず、まだ余裕があるとは言え、電車の時間も決まっているようだ。
それでは引き止めるわけには行かず、ヒサ君と合流もしなければならない。
こたつから立ち上がり、縁側を覗けば、子供たちはいつの間にか背中をくっつけて丸くなっていた。
シズがポツリと呟く。
「すっかり仲良くなったらしいな。」
「ああ、そうみたいだな。」
何の気無しに、相槌を打てば三峰の狼は柳眉を僅かに動かした。
「本当なら、一緒になって走り回りたいだろうに。」
本来であれば狼の子も子獅子と同じく活発に動き回るもの。
折角、新しい友達が出来たと言うのに、ろくに遊べもしない妹が不憫だと、兄狼はやるせなさそうに首を小さく横に振る。
「具合が悪いとは聞いているが、結局、何処が悪いんだ?
原因はわからないのか?」
ずっと気になっていたことを口に出して、少し後悔する。自分が騒いでも何も出来ず、只の興味本位で終わるからだ。
向こうから話してくれるのを、もう少し待つべきであったかもしれない。
ただ、何時までも触れないわけにも行かず、感情のまま、治せないのかとは聞かなかっただけ上等か。その答えは以前より聞いている。
今更ながらの質問に、シズはふんとつまらなさそうに鼻先で笑い、淡々と答えた。
「俺達、三峰の狼は、此処の獅子と同じで御神体から産み出される。
性質はもっと精霊に近く、物理的な身体は殆ど持たないがな。
だから人型に変化しても、獣人のように身体に負担が掛かることはなく、寿命も長い。
だが、代わりに霊体を護る器も弱く不安定で、より多くの霊気を必要とする。
彼奴はその霊体を維持し、核となる魂に罅がはいっているそうだ。
魂が壊れれば霊体を維持できず、存在できなくなる。このままでは長くないだろう。」
魂と霊体の重要性についてなら、つい最近も聞いたなとぼんやり思う。
体の問題であれば、薬剤投与や手術などの方法があるかもしれないが、魂ではおいそれと手が出せないと三峰の神狼は首を横に振った。気休め程度の神術を施すのが精々らしい。
こんな話、聞いても面白くないだろうと言われる。
確かに何も知らないままでいれば、もっと楽観的でいられたかもしれない。だが、知ってしまえば何も思わないわけには行かず、どうしても悲壮な気分を味わうことになる。
自然と俯いてしまい、余計な心配をするなと叱られた。
一番辛いのは自分たちであろうに、そんな様子は微塵も見せず、強気に振る舞ってみせる狼から、分かり辛い気遣いを感じる。
「尤も、今すぐどうにかなる話でもない。
それに上手くすれば、成長に合わせて罅が塞がる可能性もあるらしい。あくまで可能性だな。」
けして楽観視は出来ないが、全く希望がないわけでもないようだ。
出来るだけ負担を掛けないようにして、霊力を回復する薬などを飲ませ、多少は改善してもいるらしい。
大事を取り過ぎ、陰鬱と室内で過ごすよりは外に出て、新しい体験をすることで良い影響が得られればと、思い切って連れ出したが、実際、今日は体調を崩すことも無く、いつもより具合が良さそうだと聞いて安心する。
このまま、良くなってくれるとよいのだが。
うちで良ければ、何時でも遊びに来いと言えば、何か思い出したのか居心地悪そうにシズは整った顔を歪ませた。
「まだ、何かあるのか?」
「……実は今、話したミオの状況は全て加賀見の見立てでな。
彼奴が言うのであれば、まず間違いのない診断結果であろうが、この上なく胡散臭いと改めて思っただけだ。」
物理的に適切であっても、心情的には最悪だと吐き捨てる。
この辺りと言わず、国内は疎か、国境すらも移動魔法で越えて、彼方此方を彷徨いている郵便屋は博識で、余り嘘はつかないが、法螺は吹くし、話も盛る。
場を弁える良識もあるが、全力で無視する気概も持っており、何より普段が普段だけにどうも安心できない。
加賀見の名前が出たのに、また別の話を思い出す。
「そう言えば、彼奴はこの件に関わりたがっていないと聞いたんだが?」
「ああ、俺にも色々事情があるとか言いながら、薬を持ってきて、病状は聞くが、ミオ本人には会わずに遠目から眺めるに留めているな。
きいこが近寄るのは止めないから、時々、小さいの同士で一緒に遊んでるが。」
噂の真偽を尋ねれば、以前聞いた通り、なんだか良く分からない回答が返ってきた。
「治せないから無駄に期待させないよう、一定の距離を置いてるんだよな?」
加賀見は無駄に器用なだけに、過剰な期待を背負わぬよう周囲と距離を置いている。だが、小さい子供が苦しんでいるのを黙ってみていられるような性格でもない。
関わってはならない魔物としての立場より、ありそうな理由を述べれば、不穏な見解を告げられる。
「それもありそうだが、俺の予想では、あれはなんか隠してるな。」
「隠してる?」
「問い詰めても、確実性がないなど曖昧なことを言うばかりで説明せず、実に腹立たしい。」
大体、様子が分かったので、ちっと舌打ちされたところで、この話は終わりにする。
あの郵便屋は意外と頑固だ。
話したければ、相手が理解できずとも好き勝手に喋り、頼めば、国家機密であっても丁寧に説明してくれるが、当人が問題ないと判断した範囲のことであって、駄目だと決めたのならどれだけ些細なことでも、まず口を割らないだろう。
逆に当人が良いと思えば、本当にいらんことでも延々と語っていくのだが。
先日は世界的禁忌とか言いながら、死者の復活と不老不死について説明していった。
三峰では大陸で最強と言われる竜王が、叶わなかった初恋を未だ胸に秘めてるらしいとの見解を語っていったそうだ。
禁忌なら知らないままでいたいし、そんな遠い存在の私事を聞いてどうしろと言うのか。
「彼奴は素知らぬふりして重要なアドバイスを送っていることもあるし、開示する情報を調整して、嘘をつかない程度に相手をコントロールする術にも長けている。
それだけならまだしも、何も考えてなかったり、うっかりも多いから実に質が悪い!」
「そうな。切れ者なのか、抜けてるのか、分かんないんだよな。」
対応と判断が難しい郵便屋に怒るシズを宥める。
怒ってもどうにもならないことで、電車の時間に遅れてもつまらない。
あの魔物は良いやつだが不必要に面倒で、何事にも柔軟なくせに融通がきかないから困ったものだ。




