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不二、三峰来訪。(その4.状況確認と言う名の苦情とか)

 参拝を済ませ、社務所に移動する。幸いにして掃除した後に事務仕事もしておらず、綺麗なまま。客をあげてもそんなに恥ずかしくない。

 むしろ、此方にあげる客が多すぎる気もする。

 思えば、加賀見も勇殿も本殿には行きたがらない。何故か。寒いからか。

 向こうは暖房設備がなく、板張りの床が冷たい。うちの設備は全体的に古い。


 社務所だって、掃き出し窓を開け放しているから寒いけども、此方には一応、掘りごたつがある。それに日当たりが良い。

 今日は風は冷たいが天気が良く、縁側はとても暖かそうだ。シズが懐からミオちゃんを取り出し、床に降ろす。

 小さな子狼はブルブルと身体を震って毛並みを直し、不思議そうにクンクンと鼻を鳴らした。


「待ってろ、いま、子供部屋に暖房を入れるから。」


 口に出して、考える。

 幼い子獅子たちが寝起きしている子供部屋には暖房が有って、掘りごたつだけの事務所より良いと思ったのだが、お客を招けるような状態であろうか。巳壱や燦馳はそれほど部屋を汚さないが、フワフワ無比刀の抜け毛が凄いし、天祥や豊一がおもちゃやボール、タオルを片付けずに放り出していたりする。

 はて、どうであろうと顎を撫でて考えれば、シズが首を横に振った。


「いや、ミオもここで良い。こいつは大人しいから邪魔はしない。

 天気もいいし、大丈夫だろう。」

『お構いなく。』


 ミオちゃんもパサパサ尻尾を振って、平気だと言う。

 それならば、せめてもと掃き出し窓を閉めて、風が入ってこないようにする。何かの弾みに子獅子が激突しかねないので、いつもは開け放しているのだが、全員広場に行っているから、閉めても平気だろう。

 普段、縁側止まりの二前も、今日は部屋の中に上がり、こたつの横にどっさりと横たわる。

 久しぶりの社務所にグルグルと喉を鳴らす長兄の頭を撫でてから、シズにこたつを勧め、お茶の準備をする。



『お兄ちゃん、このおこた、穴が空いてるの?』

「ああ。中に火鉢がはいっているんだ。危ないから落っこちるなよ。」


 早速、狼の子はこたつの中に頭を突っ込んだようだ。振り返れば、布団からはみ出た尻尾がブンブン振り回されているのが見えた。きゃっきゃと思念波も弾んでいる。外出に燥いでいるのだろう。

 評判の良かった貰い物の紅茶を入れて事務所部分に戻れば、ミオちゃんはこたつに出入りするのを止めて、兄の膝の上で周囲を観察中だった。他所の家をジロジロ見るのは失礼だと教えられているようで、あからさまに好奇心をむき出しにはせず、それとない様子で首を動かしている。

 彼女ら霊獣達の中で、直接、視線を合わせるのは無礼となり、近寄る度胸もないようだが、二前のこともやはり気になるらしく、チラチラと視線を送っていた。

 獅子の方も子狼が気になるようだが、素知らぬ風を装い、耳だけ向けている。


「それで、話っていうのは?」

「ああ、過負盆地の様子が少し、おかしくてな。

 封印を破るほどではないが、この時期にしては妙な気配を感じる。

 ま、偶にあることで、仮に邪鬼共が湧いたとしても、夏までは何をさせるつもりもないがな。

 ただ、結界の外も少し騒がしくなっているようだから、注意だけはしておいてくれ。」

「分かった。」


 確かに隣接する村で、いつもより妙な気配を感じてはいた。地脈の操作した痕跡も見つけた話も、加賀見の口から三峰の耳に入ったとして、その後の様子も聞かれる。

 詳しく調べてみれば、下位の妖怪か何かが餌を捕まえようと下手糞な罠を張っただけのようで、魑魅魍魎の発生とは関係ないと見立てを伝えれば、それなら良いと返された。

 正直、手紙で済む程度の話で、わざわざ来るようなものでもなかったが、ミオちゃんとの顔合わせがメインであるから、こんなものであろう。

 そう思って油断していたら、爆弾が残っていた。


「それで、最後になんだが。」


 眉間にわずかにシワを寄せ、シズは深く溜息をついた。


「他所の神社に来てまでなんだと思うが、言わずにはいられん。

 山口の、二前、あの親善試合の結果は何だ。」


 口調は穏やかなものだが、部屋の空気がピキリと凍ったのを感じた。恐る恐るシズの顔を見上げれば、こめかみに血管が浮いている。

 その膝で、ミオちゃんが困った様子で耳を動かした。



 毎年、関東の中心である水都では、瘴気を払い、邪鬼を討伐する神社の中で、成績が良かったところを呼んで御前試合を行う。

 今年、出場した当社が不甲斐ない結果を残したのは事実だが、夏の終わりの話だ。数カ月たった今、これを言われるとは思わなかった。


「いや、あれはだな、」

「咲零が攻撃偏重なのは分かっているから、防御はどうしたとは言わんが、だからこそ打たれた分、打ち返さなければならんだろう。それが手も足も出ないとはどういうことだ。

 そもそも、使う結界の質自体は悪くはないし、回避率も高い。それで何故、あそこまで一方的に攻撃を受ける!

 確かに竈門は霊鳥の質が良く、数も多い。入れ替える霊獣がおらず、連戦となる咲零とちがって、毎回、異なる顔ぶれで攻めてくる分、不利なのもわかる。

 だが、個々の質では勝っても負けてないだろう! 何より、竈門に勝てなくて尾雲に勝てるか!

 彼奴らをなんとかしなければ、来年も優勝を持っていかれるぞ!」


 言い訳する間もなく、途切れなく責られる。

 話すほどに堪えきれなくなったのか、声はだんだん大きくなり、最終的に机を叩かれた。

 毎年、優勝する神社は代わり映えしない。彼奴らの顔は見飽きたと言う。


「いや、それはそうなんだが、」

「ここ数年、ずっと調子が悪くて、漸く試合に出られたと喜んでいたら、あの結果だぞ。

 何で俺が智知(ちしる)の泣き言まで聞かされなきゃならないんだ!」


 なんとか抑えようとするも、更に噛みつかれた。

 連携先の智知神社は当社より、三峰のほうが近い。顔を合わせる機会も多く、向こうの宮司の平さんに散々泣かれたそうだ。


「平さんはお祭りごとが好きで、親善試合も毎年楽しみにしているからなあ……」

「何故、楽しみにしているのが智知だけだと思った?

 齋登(さと)御武(みたけ)も忘れていないか?」


 よく知る相手だけに想像が付き、相槌を打てば、口の端を歪められた。

 智知だけでなく、他所の神社も大体同じくらい楽しみにしているらしい。

 勿論、応援はしてくれているだろうが、試合の後に各社と交わした手紙では、残念だったと軽く智知から言われたぐらいで、他はどこも触れてこなかったのだが。

 盛り上がっているのは自分たちだけかと思っていた。


『しかし、シズ君達は親善試合にはそんなに興味がないのかと……』

「うちの神域の規模になると関係が深くとも、一つの神社に肩入れするのはあまり褒められたことではないから、口に出さなかっただけだ。他所も似たようなものだ。」


 自分と似たような認識を二前が述べれば、これも一息にはね除けられた。よく息が続くものだと思ってはいけないのであろう。


「誰が悔しいと言えば、当事者が一番悔しかろうとこれまで黙っていたが、流石にストレート負けはない。」

「すまん……」

『面目ない。』


 御前試合はその年、魔境を封印し終わった祝いとして行われる余興に過ぎず、多くの瘴気を祓い、魔物を討伐した者が呼ばれるため、参加出来るだけでも十分栄誉である。

 しかし、敗北は敗北である。負けるにしても、せめて一矢報いろと叱られ、返す言葉もない。

 此方を慮り、表立っては何も言わなかったが、応援してくれているだけに、各神社とも不満が溜まっていたらしい。

 これ以上は度を過ぎているとシズは自らを抑え、口調も元に戻してくれたが、眉間のシワは深く刻まれたまま。


「あまり責めるようなことは言いたくないが、来年こそ、なんとかしてくれ。

 これはうちと智知、齋登、御武共通の希望だと思って欲しい。

 咲零が努力を重ねているのは良く、分かっている。だが、俺達にも感情というものがある。」


 愚痴は以上だと言い渡されて、二前と揃って頭を下げる。



「ただ、後で吠えるだけでなく何かとは思うのだが、俺たちもけして数が多いわけではないからな。」


 如何に霊気豊富な神域を司ると行っても、一つの神社では出来ることは限られており、物資の援助や情報の収集、結界の維持と神社は其々のやり方で神域を護り、お互いを補佐しあっている。

 その中で直接、邪鬼怨霊をなんとかするのが当社の担当だ。

 地形も含めた適材適所で合理的な役割分担であるが、シズたちも全く戦えないわけではないので、受け持ち業務に余裕がなく、共に戦場に立てないことを不概なく感じてくれているらしい。

 ぎりりと奥歯を噛みしめる音が聞こえるようだ。


「故に移管というわけには行かないが、そちらさえ良ければ、うちのヒサを貸し出す用意がある。

 此方の状況によっては何時、呼び戻さなければならないかもしれないので戦力としては貸せないが、神職補佐程度であれば役に立つだろう。」


 現状への不満だけかと思えば、思いもよらぬ申し出に目を見張る。

 当社よりも眷属が少ない三峰が、更に数を減らすようなことをして大丈夫なのだろうか。

 だが、此方には大変有益な提案である。二前も身を乗り出し、思念波を忘れてグルルと鳴く。


「いいのか?」

「悪かったら、初めから言わん。」


 気難しく柳眉を動かす兄狼を見上げ、大人しく黙っていたミオちゃんがポツリと呟く。


『私がもっとちゃんとしてたら、ヒサお兄ちゃんも安心して移動できるのに。』

「お前が丈夫でも、彼奴を外に出す気はない。」


 妹がキュンと鼻を鳴らしたのを、兄狼はびしりと切り捨てた。

 子供が余計な気を使うなと怒るのは、過保護なんだか違うんだか。もっと優しく言えばいいのに。

 しかし、ヒサ君が来てくれるのであれば、出来ることが大きく増える。主に討伐面の強化を求められていることを念頭に置きつつ、二前と話し合う。


「ヒサ君がいたら子獅子を任せるられるだろうし、遠征に行く余裕が出来るかな?」

『それに使用できる術式や戦法の追加で、普段の練習から質を上げられそうです。』


 現在、練習内容は獅子たちに任せてしまっているが、本来、神職が側について監督するものだ。

 技や術式の種類が増えれば出来ることも増える。

 留守を気にせずともよければ、魔境とまでは行かずとも瘴気の溜まりがちな悪所へ遠征に赴くことも、他の神社と練習試合を組むことも出来るかもしれない。

 願ってもないと話し合う自分たちに、シズは満足げに頷いた。



「それで、具体的に何時頃にするかなんだが。」

『ニノ兄ちゃんー』


 打ち合わせの邪魔をするように、ばしんと掃き出し窓が乱暴に叩かれた。

 何があったのか天祥が戻ってきて、ガアガア吠えている。呼ばれた長兄が立ち上がった。


『どうした、天祥。』


 二前が前脚で窓をがらがら開けると、当社一番の弾丸坊主はぴょんと縁側に飛び込んできて、偉そうに尻尾をひと振りした。


『駄目だよ。皆、張り切りすぎちゃって。

 紅白戦を始めたのは良いけど、ミミ兄は勿論、サンジやミイちゃんたちも一人前扱いされたもんだから、興奮しちゃって誰も引かないの。

 本気になりすぎて、乱闘一歩手前だよ。ミナト兄ちゃんがニノ兄ちゃん呼んでこいって。』

『何をやっているんだ、彼奴らは。』


 早く行って、止めてほしいとの弟の訴えを聞いて、二前はブルブルと鬣を振るい、此方を振り返った。

 どれだけ興奮したとしても身内同士の模擬試合。血を見ることにはならないだろうが、あまり騒ぎすぎて村に迷惑が掛かってもいけない。

 しかし、まだ打ち合わせの途中でもある。天祥が言うとおり、自分が行かずとも長兄の二前が一喝すれば、冷静になるだろう。


「すまない、ニノ、行ってきてもらえるか?」

『はい、おじいさん。

 真剣なのは良いが、打ち合わせの邪魔になるほど騒ぐとは。

 これだったら、五十嵐を此方にやるんだった。』


 筆頭のくせに頼りにならないとぼやき、頼れる長兄は窓の隙間をこじ開けるようにして縁側に降りた。


『では、行ってきます。』

「ああ、宜しく頼む。」


 今の話はまだ、留めておくように。詳しい日程も、実現するかも決まっていない。

 それだけ頼めば、白い獅子は大きく頷いて、瞬く間に走り去っていった。これで広場の方は大丈夫だろう。



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