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不二、三峰来訪。(その1.ダブルブッキング)

 土地から溢れる霊気には流れがあるが、強い力は良くも悪くも周囲に影響を与える。恩恵を与える場所は神域、邪鬼を生み、瘴気溢れる箇所は魔境と呼ばれる。

 核となる御神体を不用意に傷つけるなど扱いを謝れば、地脈の暴走からの地崩れや旱魃など大きな災害に繋がるため、管理施設として神社が建てられる。

 関東地方には大小併せて260余りの神社や部族が存在し、祀られる御神体の恩恵や所属する霊獣も様々で、病の治癒や運動能力の向上、破邪や守護と其々得意とすることが異なるが、自分が管理する咲零(えみお)神社には勇猛果敢な獅子がいる。

 純白、若しくは空色の毛並を持つ彼等は邪物の討伐に長けており、関東の守護の一角を担う存在と周囲の期待を担っている。



 ただ、この近辺で最も重要で大きな神社と言えば此処より北西部を護る三峰(みつみね)と、南部を護る不二(ふじ)であろう。

 近辺といっても70km程度と距離は大きく隔たれており、合間には魔境、過負(かふ)盆地が存在する。

 指でVサインを作り、中指の爪が三峰、人差し指の爪が不二、その中間に過負盆地、指の付け根あたりにうちの神社が有ると考えれば、大体の距離感が把握できる。ついでに指は双方の神社が作っている結界だと考えてくれれば尚近い。

 過負盆地から関東地方に流れてくる魑魅魍魎の多くを退治しているのは、確かにうちの獅子達であり、他の神社も少なからず関わっているが、魔境から溢れる大量の瘴気を押さえ、邪鬼の勢力を削っているのは三峰と不二だ。


 三峰と不二がなくなれば関東地方の平安は保てない。

 特に不二は関東と言わず、陽伴(やはん)全体でみても一、二を争う霊山の一角で、ここが崩れれば相当な被害が出るだろう。かと言って、三峰がそれに特別劣るわけでもなく、どちらも広大で強力な守護壁として非常に重要な神社なのだが、管理者がこれまた異常なほど少ないことでも共通している。

 双方、近隣に関係の深い有力な神社が複数あり、協力して神域を管理していること、流れる霊気が良質で豊富な上に非常に管理しやすく、守護に向いていると好条件が揃っているのは勿論だが、所属する者たちが飛び抜けて優秀なのだ。

 三峰には霊獣として三匹の狼と他所から迎えられた犬が一匹、不二には数多くの精霊が住むが、神社へ正式に所属しているのは神姫一人とその数名のお付きだけ。

 何でこんなに少ないんだと、時々神社同士の寄り合いで話題になるが、居ないもんは居ないし、きちんと仕事は出来ているんだ文句があるかで終わる。

 ついでに他所から口を挟ませないほど、双方の頭がこれまた色々難しい。

 美醜で物を判別してはいけないが、その点だけは両極端なので余計に面倒である。



 その面倒なのの片方、三峰の霊獣頭が近々、此方に来るつもりであることは聞いていた。

 半年以上前、新たに生まれた霊獣について、様子伺いの手紙を出したところ、向こうから顔を見せに来ると返事は来ていたのだが、そのまま魔境が活性する夏に入ってしまい、なんやかやと、後回しになっていた。

 今や夏どころか秋が終わり、年末も近い。これ以上先に伸ばせば、別の不備が生じるのでと先の手紙に記載があったが、本当に来るとなると少し緊張する。

 貴賓と言うなら、時折、現場監督と言いながら遊びに来る龍族の御三男の方が余程であり、実力派と言うなら、手紙の配達に来る郵便屋の右に出るものは居ないのだが、いい加減なこの二人と違って、三峰の霊獣頭は何かと手厳しい。


 近々、来客があると伝えれば獅子たちも背筋を伸ばした。

 長兄の二前(にのまえ)は頼もしい相棒である三峰に恥ずかしい真似は見せられないと気合を入れ、筆頭獅子の五十嵐(いがらし)も、きっと出来るであろう手合わせが楽しみだと尻尾を振り回した。陸奥(むつ)は何時もと変わらず、どんと構えていればいいと落ち着いているが、仁護(じんご)(みなと)など、他の獅子達は特に意味もなく、自分の部屋を掃除してみたり、おかしな所がないか、境内を見て回ったりしていた。

 昨今始めたパトロールの影響で人目に出ることが多かったこともあり、留守番に来てくれる役員の方に頼んで毛並みを梳かしてもらったり、身なりにも気を配ってもいた。そういう意味では、何時も以上に来客に対し、準備済みであったと言える。

 だが、しかし。


 何故、三峰ばかりか不二の神姫まで同日にやってきて、当社でにらみ合いを始めるのか。

 助けてください。誰か、助けてください。

 門番役として案内してきた護矢(もりや)や境内に居た獅子たちは勿論、頼れる長兄、二前ですら及び腰になっているこの状況を誰が改善できるであろうか。

 誰も無理だなと、達観せざるを得ないが故に、乾いた笑いが止まらない。



 ほんの10分も前は木枯らしに季節の訪れを感じながら、のんびりと平和な午後を過ごしていたと言うのに。

 社務所まで護矢がお客さんだと駆け込んできたので、対応しようと境内まで出てみれば、不二の姫君が豪奢な神輿より降りて、拝殿に詣でんとしていたところであった。

 初対面というわけではないが、知流(ちる)姫は自身の所属する神域から滅多に出ないことで有名な方である。故に今まで数えるほどしか会ったことがなく、それも御簾越しで、会話もお付きの眷属を通したものばかり。

 お互いの関係性を考えればもっと親密であっても良いような気もするが、結界が優秀すぎて特段、話し合うことがなく、不二神社のある日位(かい)県は雄大な霊山で占められ、関東地方を統治する水都(すいと)の龍族の管理下からも外れていることもあって、微妙に付き合いがない。

 三峰とは行政区間が同じ(さい)なので、定期的に連絡をとっているが、不二とは魔境が活性化する夏場だけ、向こうの眷属である精霊と討伐現場で打ち合わせする程度のものだ。


 だが、いらしたからには歓迎せねばならず、一先ず、本殿へ案内しようとしていた所に、今度は湊が駆け込んできた。護矢と一緒に門番をしていた彼の後には、もう少し見知った顔が二人、着いてきていた。

 それが三峰の宮司兼霊獣頭のシズと弟のヒサ君である。

 思いもよらぬバッティングで急遽発生した緊急事態であるが、何故に協力体制をとっている神社同士緊迫せねばならんのか。

 魑魅魍魎との対戦中も斯くやと思える緊張感が哀しい。



「なんで、あんたまで来るのよ。」


 拝殿前で双方の連れと当社の獅子達が見守る中、先に口を開いたのは不二神社の神姫であった。

 自分達のような人の神職や霊獣などはまた違った存在、例えるなら御神体が意思を持って動き始めたのに近いだろうか。

 大地を流れる地脈に密接し、神霊とも呼ばれる精霊の一種である彼女たちは、古来より存在し、時には古代の神話に関係しているともされる。それが事実か単なる噂かは不明瞭だが、彼女も高位の竜や鳳凰と同じく、最上位に属する身分であることは間違いない。

 その割に、らしからぬ口調であるが、今どき上方言葉などと呼ばれる止事無い方々独特の方言を使う方が珍しい。

 そんな言葉遣いなどしなくとも、それなりの地位に居れば言わずとも周知され、身にまとった気品と流れ出る霊気にて、知らずとも只者ではないのは分かる。

 手入れの行き届いた長く艷やかな黒髪を結い上げ、ふんと鼻先で笑うようにして僅かに首を傾げて顎を引き、切れ上がった瞳で下から睨めつける様は、粋ですらあって、おしとやかな姫と言うよりは下町の気風の良い姉御を思わせる。ただ、身にまとう金糸をあしらった豪奢な衣装や品の良さそうな小物は見るからに高そうで、霊具としても高い効果を持っていると見受けられる。


 そして、醜女である。こういう言い方は大変失礼であり、自分としても本意ではないがブスである。


 でっぷりとした下膨れの頬にあばたの跡が残り、整えて尚、太い眉は寧ろ男らしい。特別に太ってはいないが、けして痩せてはおらず、着物という服の性質上もあって寸胴である。

 これだけで十分失礼にあたるので言いたくないが、麗しい妹と共に嫁に出されたものの、突き返されたと言う神話の女神を彷彿とさせるブサイク。

 それが不二神社の神姫、知流姫様である。

 もとは木や岩の精霊と思わしきお付きの子供もオロオロしているので、その逞しく組んだ腕はおろして戴きたい。是非とも。



「それは此方の台詞なのだが。

 前もって書で知らせ、問題がある旨、連絡がなかったので了承と取ったのだが此れはどういうことだ。」


 柳眉を顰めて返したのは、女神も恥じて顔を隠すと言われる眉目秀麗の美青年。

 月から滴り落ちた雫が人の形を取ったかのような儚さと麗しさでありながら、他を寄せ付けぬ強靭な刀の如し冷徹さを併せ持ち、その毛並みは黒曜石の様と、男の美醜を語る趣味はないのでこの辺りにさせていただくが、耳も尻尾も綺麗に隠し、20歳前後の人型に身を変えた三峰の神狼。

 霊獣頭と宮司を兼任してなんら不備を起こさない文武両道の霊獣、シズだ。

 自分と同じ神職の装束であるのに、こうも違って見えるのかとつい眇めになってしまう美貌に、冷たい笑みを浮かべ、僅かに牙を覗かせる。


「別途、予定があったのならば、何故知らせない、山口の。」

「確かに前触れもなく、急に訪問したのはこっちだけども。」


 問われたのは自分なのだが、答える前に知流姫が遮るようにして非を認め、その上で牽制するように語尾を強め、強い非難を送る。


「あからさまに迷惑がることはないでしょうが。

 なにか打ち合わせをする予定だったにしたって過負盆地のことなら、うちだって無関係じゃないんだし。

 それとも何? 私が居たらそんなに困るようなことがあるのかしら?」

「誰も迷惑がってなぞ居ない。痛くもない腹を探らんでもらおうか。」


 言葉とは裏腹に、シズの眉間のシワが深くなる。


「なんだってそう、不必要に喧嘩を売って回るんだ。

 愛想を振りまけとは言わんが、それでは忌避されて当然だろう。

 鏡を見てみたらどうだ。その顔では誰も寄り付かん。」

「なんですって!」


 自分より格上の神社の姫に対して、良い度胸では済まされない。

 冷淡なだけでなくコンプレックスを叩くような物言いに、一歩踏み出した知流姫にお付きの子供たちしがみついて止める。一部の精霊がそうであるように、音に聞こえる声を発していないのに、必死さがひしひしと伝わってくる。


『シズ君、顔のことをあれこれ言うのは、良くないと思うぞ。』

「何を言っている? では、あの鬼面が良いとでも言うのか?

 あの様では、ろくに会話もできん。それこそ鬼も逃げ出すぞ。」

『其れにしたって、言い方ってもんが……』


 いくら事実であっても女性に向かって言うことではない。二前が非難するが、軽く跳ね除けれられたばかりか、火に油を注いだ気がする。

 ここは見かけだけでも年長者として、なんとかせねば。しかし、どうすれば良いのか。

 どうやって場を取りなせば良いか判断が着かないままに、更に横から口出しが入った。



「ったく、仕方ないなあ。

 兄ちゃん、発言許可を求めます。」

「認める。」


 手をあげたのはシズに同伴していた弟、ヒサ君。

 同じく人の姿に化けて装束を纏ったその様は、一瞬、双子と間違えるほど兄狼と瓜二つの顔立ちでありながら、受ける印象はかなり異なる。

 人であれば15、6歳の見かけに相応しく、シズからは感じられない子供っぽさと合わせて、若干の気の強さを感じさせる少年は、兄の許可を得るが早いか神姫に向き直り、断言した。


「あのさ、姉ちゃん、誤解だから。」

「はぁ?」


 何が誤解なのか、仮に誤解であってもこの言い草は何なのか。

 そう口端を歪めた知流姫に冷たく睨まれるも、ヒサ君は全く怯まず、淡々と説明を続けた。


「兄ちゃん、マジで姉ちゃんのこと嫌がってないから。

 顔のことも、初めからそんな怖い顔で怒ってたら話できないじゃんって以上の意味ないから。

 今日の案件でちょっと神経質になってるところはあるし、機嫌も悪いけど怒ってるのは別のことだから。

 寧ろ、姉ちゃんに会えたこと自体は喜んでるから。」

「はあっ!? これで?」

「これで。別件の怒りボルケージがMAXなせいで、とてもそうは見えないけど、これで。」


 当社と違って、不二と三峰はそれなりの繋がりを持っているのだろうか。ヒサ君は随分砕けた話し方をする。

 姉ちゃんと気安く呼ばれたことには反応しなかったが、納得行くような説明ではないと、疑念まみれの問いをぶつける知流姫に、神狼の弟は何度もこくこくと首を縦に動かした。


「ついでに取ってつけたようにだけど、オレも嬉しい。姉ちゃん、元気だった?」

「元気は元気だけど、何よ。

 だったら何で、顔を合わせた側から嫌な顔されなきゃいけないっていうの?」

「だから、それ別件だから。

 姉ちゃんが怒り出したことには多少うんざりしてるかもしれないけど、怒っているのは別件だから。」


 本来、久しぶりの再開を喜ぶべきところだったとヒサ君が言うのに、知流姫も僅かに鉾を治めるが、先程より、シズがとてもそうは思えない態度をとっていることは自分たちにも明白である。

 だが、三峰の筆頭霊獣は当然と言わんばかりに深い溜息をついた。


「何をうだうだと。そもそも、何で俺がお前を嫌がらねばならん?

 勘違いも甚だしい。」

「いや、するでしょ!

 人の顔を見るなり横向いて舌打ちすれば、誰だってするでしょ!」


 呆れ果てたと言わんばかりの顔をされ、知流姫の怒声が再び境内に響く。

 むきゃーと怒る神姫は今や他所の神社の筆頭霊獣の首に掴み掛からんばかりであり、お付きの精霊たちに止められながら、ヒステリックに叫ぶ。


「じゃあ、何なの? 誰に対する舌打ちだって言うのよ!」

「それは山口のじいちゃんに。」

「俺か!?」


 ヒサ君は冷静に言うが、突然の飛び火に飛び上がる。自分が何をやったというのか。

 顔を青くする此方の様子に慌てることもなく、三峰の弟狼はバリバリと耳の後を掻いた。



「正確にはじいちゃんが俺らが来るのを知らなかったっぽいことから、情報がきちんと伝達されてないことを察して。

 じいちゃん、兄ちゃんからの手紙、受け取ってないでしょ?」

「え、手紙か? いや、加賀見なら先日来たばかりだが、特に何も……」


 今日のことは予め連絡したと彼らは言いたいらしい。

 改めて思い返せば、いつもの郵便屋は一昨日、小さい娘を連れて遊びに来るようにやってきて、余計な知識をばらまいていった。その際、多少の手紙は預かったが、その中に三峰からのものはなかったはずだ。

 見落としたのだろうかと首を傾げる自分に、眇となったヒサ君は溜息を付き、シズがもう一度舌打ちする。


「違う。加賀見の兄ちゃんじゃないよ。

 (いさみ)のおっさんだよ。一、二週間ぐらい前に来なかった?」

「勇殿か? 確かにいらしたが……」


 水都を治める龍族の一人、勇殿も確かに先日いらしたが、いつものように子獅子の瑞宮のお腹をムニムニ揉みながら、三峰の子狼が可愛いのと、当たり障りのない世間話をして帰られた。

 やはり、言伝などは受け取っていない。


「やっぱし。」


 全て言わずとも心当たりがなさそうなのを察したヒサ君が肩を落とし、シズが吐き捨てるように言う。


「この間、おっさんが咲零にも行くって言うから、今日行っていいか、日程調整の手紙を預けたんだけど。」

「手紙一つ満足に配達できず、何が『任せておけ』だ。あのゴリラが。」


 ぐるるると美しい顔を歪ませて怒る三峰の兄狼も、知流姫の般若顔に劣らず怖い。


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