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消え行くもの、消せ得ぬもの。(中編)

 大地と同じように人の体にも霊気の流れがある。それが何らかの要因で歪めば体に悪影響を与え、まして瘴気に変わるようであれば生き物としての生存も危うい。

 それにも関わらず体内に相当な量の瘴気を抱え込む加賀見の不健康や睡眠不足は、必要な休憩をとってない辺りから来ているようだ。

 獅子たちと一緒に、折を見て出来るだけ祓ってはいるものの、根本が改善されなければ切りがない。

 何年も会えないのは困るが、冬眠すれば良くなるのかを問えば、「他にも色々要因があるから微妙!」と元気よく答えられた。なんだよ、微妙って。

 もう、考えても分からなければ、どうにも出来ないので任せることにする。大人なんだから、自分でなんとでもするであろう。


「仕様のない奴だな。

 しかし、その知り合いがきいちゃんに吹き込んでるっていう、人だけの世界とはどんなものだったんだ?」


 話題を変えようと聞けば、至極怠そうに顔をしかめられた。


「どんな……いつ頃と比べるかにもよるけど、そんなに変わらないぞ。

 今の陽伴の生活レベルって、昭和後期から平成初期程度まで回復してるし。

 違いって言っても、人外が居なくて魔法がない代わりに科学が発展してる。特に携帯やネットとか情報通信系が便利なくらいじゃないか?」

「うん、その魔法がない辺りや、携帯やネットとやらについて聞きたかったんだが、取り敢えず、余り説明する気がないのは分かった。」


 長く生き過ぎて記憶が混ざっているのか、それとも呆けているのだろうか。服装や習慣一つとっても違いはいくらでもあるはずで、変わらないはずがない。にも関わらず、一般常識以上の回答が出てこないのに聞く気をなくす。

 恐らく年号だと思われる昭和平成だって、どのくらい昔の時代を指すのかも不明だと言うのに。当時の文献はほとんど残っておらず、関東地方で最も大きな都、水都にでも行かなければ、ろくに調べられはしまい。漫然とした疑問だけが残る。

 そう言えば、水都に住む知り合いの龍族である小日向殿も、『制服を衣替えしたら、加賀見から「お前は明治の華族か。」と言われたのですが、これは褒め言葉なんでしょうか、貶されたのでしょうか……?』と悩んでいた。

 この青い目の魔物は大した理由もなく困惑ばかり呼ぶ。


「会話っていうのは、一方的に思っていることだけ口にすればいいってもんじゃないぞ。

 お前にはよく見知ったものでも、こっちはさっぱりわからん。

 己の常識が当たり前に通じると思うのは間違いだ。」

「教員免許をとっても、教師になれるわけじゃないしなあ。

 人に物を伝えたり、教えるのは難しい。」


 失われし時代の希少な情報だけに、断片的でも聞くものが聞けば稀代の価値があるかもしれないが、こちとらその手の専門機関でもない。

 文句を言えば、自分の話し方が良くない自覚は有るのか、ひょうひょうと嘯いて加賀見は話を切った。



「ま、そういうわけで、長生きする生き物には、そういう習性が有るってこと。分かったか?」

『うん、分かった。』


 問われた逸信は納得を示して、ゆらゆらと尻尾を揺らしたが、陸晶は難しい顔をして俯き、わざわざ座り直して前足で床を引っ掻いた。


『……なんか、沢山生きるのって大変だね。

 ねえ、兄ちゃん。もう一個、教えてよ。』

「何を?」


 この話題は終わりだと考えていたらしい加賀見が不思議そうに目を瞬かせ、眉根を寄せた子獅子は気まずそうにミャアと鳴いた。


『なんで、兄ちゃんのお友達は古い記憶に囚われたままなの?』

「ん?」

『その人はずっと昔から沢山冬眠してるんでしょ。

 何故、よくならないの?』


 いつも眠そうなぼんやりとした顔をしているが、陸晶は賢い。対策が改善に繋がっていないのは何故か、思い当たったようで、不安げに尻尾を左右に振り、理由となりそうな要因を口にする。


『どれだけ眠っても忘れられないほど、酷い目にあったの?

 ……そういうの、兄ちゃんにも、あるの?』


 余計なことに足を突っ込んだ自覚はあっても今更引けないのか、頭を低くしたまま、子獅子は青い目の郵便屋をジツと見つめた。尻尾だけが忙しなく小刻みに動く。


『だって、その人、凄い昔からの付き合いなんでしょ?

 その人と一緒に居た兄ちゃんにも、なんかあるんじゃないの?

 だから、冬眠したくても出来ないんじゃないの?』


 再び大きく口を開けた逸信も、陸晶と同じように加賀見の方を向いて、石像のように動きを止めた。

 自分も横から何か挟める状況ではなく、黙って返答を待つ。

 獲物でも狙うように真剣な子獅子達の視線を、海千山千な魔物は鼻先で笑い、軽く受け流した。


「さあな。有るかもしれないし、ないかもしれないなあ。

 ま、子獅子ちゃんが気にすることじゃねえよ。」



 内に抱えたものなど微塵も見せず、どこ吹く風と言った様子の郵便屋に、再びはぐらかされた陸晶たちは怒り出した。


『嘘だ。有るに決まってるんだ。だから兄ちゃんは歪みまくってるんだ。』

『そんなんだから、兄ちゃんは瘴気まみれでドロドロなんだ。早く冬眠して!』


 ガウガウ吠えはしないものの、シャッシャッと牙を向き出すようにして威嚇する。

 本気の心配を片手であしらわれて怒る子獅子たちに、青い目の魔物は肩を落とした。


「人を故障した欠陥品のように言わない。」

『ふんだ。似たようなもんじゃん。』

『兄ちゃんは、いっつもボクらを子供扱いして、ちゃんと話してくんないんだから!』


 はぐらかされたのは、余計な不安を抱えさせないための気遣いととったようだ。

 か弱い子供扱いされた腹立たしさに加え、ごろごろするのにも飽きたのか、グルグル唸りながら2匹揃って立ち上がり、不機嫌そうに身体をブルブル振るわせ毛並みを直す。


『逸信、もう兄ちゃんなんか放っといて、向こうで遊ぼう。』

『ふーんだ! 加賀見の兄ちゃんなんか、ふーんだ!』


 陸晶はわざとらしい無関心を装ってそっぽを向き、逆に逸信は大袈裟に毛を逆立て、カッカッと牙を剥いて威嚇しながら外へ出ていった。


『頑張れば未来は変えられるけど、過去は変えられないんだ。

 兄ちゃんもこだわるのは程々にしておきなよ。』


 縁側を飛び降りた陸晶は、シャッと吐き出すように思念波を叩きつけた。そのまま、振り返りもせずに駆けていってしまった子獅子たちは、青い目の魔物が目を見開き、口角を釣り上げたのも見なかった。



「流石、リク。良いところをつくなあ。」


 クックックと喉を鳴らすようにして、加賀見は実に楽しそうに笑った。


「じいさん、彼奴のことはよく見とけよ。絶対伸びるぞ。」

「知ってる。」


 先の捨て台詞は子供扱いされた悔し紛れで、そこまで深い考えなどなかっただろう。それでも、加賀見を感心させる程、的を得ていたようだ。

 陸晶は賢い。素知らぬ風を装いながら周囲の様子をよく観察し、熟考してから行動する。

 思考能力だけでなく、日々の訓練、ボール遊びや子獅子同士の取っ組み合いでも、動きがどんどん洗練されてきている。

 子獅子の中でも力では瑞宮には勝てないし、足の速さでは逸信や八幡に軍配が上がるが、咄嗟の判断力と瞬発力では、大人の獅子にも負けないかもしれない。

 もう彼方此方で何度か聞いた助言に軽く頷き、一部補足する。


「陸晶に限らず、うちの子獅子は皆、伸びるんだ。」

「毎日、頑張ってるもんな。猫のくせにここの連中は勤勉だよ。猫のくせに。」

「2回言うな。不必要に2回も猫って言うな。うちの霊獣は獅子だ。」


 表面上だけ言い争って、自分も新しいお茶を入れるために立ち上がり、台所へむかう。行きがけに急須に残ったお茶を全部加賀見の湯呑に注いでやった。



「緑茶もいいけど、ほうじ茶や紅茶のが好きだな。コーヒーならミルク必須。」

「コーヒーなんて上等なもんがあるわけ無いだろ。

 渋いお茶の出がらしでも飲んでろ。」

「そう言えば、これも過去との違いの一つだなあ。流通が悪いから輸入品がない。

 コーヒーは沖縄、九州で生産されてるのが多少出回ってるけど。」


 縦に長いから、大概のものが何処かにあるよな。

 そんなことを呟いて加賀美はお茶をすすり、僅かに顔を歪めた。


「ま、長く生きるにつれて変わる時勢に文句を言っても意味がなく、貯まる記憶から生まれる過去への郷愁は、程度に寄っては苦痛に繋がり、歪みの原因にもなる。

 過去は過ぎ去った事象で時間は巻き戻らず、拘ったところで修正もできない。

 物事には程度が有るから全てが駄目とは言わないが、大切な記憶でも忘れなければいけないことも有る。

 故に冬眠が必要なのは事実なんだが。」


 淡々と語る口調と裏腹に、苦々しげなのはお茶のせいか、それとも話の内容故か。


「どれだけ辛かろうが、苦しかろうが、抱えていたい記憶も世の中にはあるよな。」


 静かに目を伏せ、さして上等でもない湯呑を握りしめる。

 手先は器用なくせに、性格が意外と不器用なこの魔物は、必要以上に辛い思いをしてきたはずだ。知った口を叩く代わりに黙ってお湯を沸かし、急須の茶葉を入れ替える。



「コーヒーはないけど、智知の平さんから貰った紅茶ならあるぞ。」

「飲む。砂糖入れてないのに甘いやつだろ。」


 そちらにするかと声をかければ、割としっかりとした返事があった。以前、飲んだ時に美味しかったらしい。

 ここより北西の智知神社の方には他にもメイプルシロップや、蕎麦に地酒など美味しいものが沢山あるので、時折、うちもお相伴に預かる。

 地産地消様様だが、淡々と紅茶の入れる作法を述べられ、閉口する。


「茶葉はお湯150mlにつき、3から5g。ポットは予め温めておきましょう。

 熱湯を注いだ際、中で茶葉が踊るように、ポットは保温性がよく丸くふくらみのある磁器製のものがおすすめです。

 沸かしたてのお湯を注ぎ、1分から3分ほど蒸らします。

 茶葉の種類により、量と蒸らし時間を調整してください。」

「煩い。この舌の肥えた魔物様め。」

「いや、俺は知識だけだ。違いはわからないし、拘りもない。」


 昔、喫茶店にいたことがあるのだと言う。

 だったら寧ろ、何故こだわらないのか。元プロとして、拘って然るべきな気がするが。


「香りや苦味渋みの違いは何となく判別できるんだが、良し悪しが分からなくて何度怒られたか……

 そりゃね、入れ方や焙煎に拘るともっと美味しく飲めるとか、好みはあるでしょうよ。

 でも、そんなの個人の趣味趣向だし、結論、不味くない程度に飲めれば何だって良くない?」

「その店の目指す方向性にもよるのかもしれないが、まずテイスターとして技量より、考え方に致命的な問題がある気がする。」

「俺は食い物にはできるだけ文句を言わない主義です。」


 手先が器用なので、何をやらせてもそれなりに熟すイメージがあるが、出来れば良いと言うものではないようだ。

 魔物の癖に、一体どの様な経緯で飲食店に勤めなどしたのか。淡々と語りながら彼方を見つめる郵便屋は、本当に風変わりな経験を重ねているらしい。

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