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ケセランパサラン。

 境内の白い砂利の上を、柴犬ほどの青い毛玉がトコトコ元気よく歩いているのを見た。

 ケセランパサランが歩いているな。只、そう思うていた。

 しかし、その毛玉は子獅子の無比刀むひとが、いつも以上にフワフワになっているだけだということが直ぐに分かった。

 子獅子に欺かれたのが淋しいのではない。

 そんなおかしな毛並みを平気で受け入れ得た自分自身の自棄が淋しかったのだ。



 などと、某短編集風にしたことに意味はない。

 何故、ああなったのかと幾ら考えたところで分かりはしないが、ある日突然、全身の毛並みが長毛種の猫のようになってから、無比刀は未だフサフサのままである。

 本人は至ってご機嫌であるが、当社の獅子として前例がないだけに、漠然とした不安が拭いきれない。

 昨今、村絡みで外出が多く、留守番に来てくれる係の方が小まめに梳かしてくれるお陰で、ますます柔らかく、綿毛のようになっており、ぬいぐるみの如し愛らしさではあっても、獅子らしい勇ましさの欠片もない。


『いいじゃん、別に。

 ボサボサにしてるより、よっぽど良いよ。』


 そう申すのはこれまた艶々すべすべを誇る、当社のイケメンならぬイケニャン八幡(はちまん)である。

 こっちはこっちで毛並みの手入れに抜かり無く、同じく留守番中にしっかり梳かして貰っているらしい。


『それよりじいちゃん、もうすぐ役場の人との打ち合わせの時間でしょ。』


 予定に不備がないか、仲の良い弟の陸晶(りくしょう)を連れ、社務所までわざわざ覗きに来た最年長の子獅子に急かされて、時計を見てみれば約束の30分前。確かにそろそろ、出かける準備をしたほうが良かろう。

 やり掛けの机仕事を片付けて立ち上がれば、横から八幡がガウガウ吠える。


『ちゃんと新しいスケジュール表を持った?

 水曜日の予定、イガ兄とムツ兄が入れ替わったの、伝え忘れちゃ駄目だからね。

 あと、星宮のお姉ちゃんと元町のお姉ちゃんが来てくれることにも、忘れずにもう一度お礼を言って。

 皆、本当に助かってるんだから。』


 本日の注意点を次々とあげる様は、まるで秘書のようだ。

 忙しい夏場と違って、気持ちに余裕があるのも大きいのだろうが、元々八幡は約束を忘れることもなければ、誰にも言われずともきっちり日々の訓練をこなす。目端も効き、細かい所にも気がつく。


「そうだよな。お前はしっかり者だよな。」


 然しながら、思うところありて溜息を付けば、白毛の子獅子は不機嫌そうに尻尾で床を叩いた。


『何それ。どういう意味?』

「いや、その割に子供っぽく、日に5回もブラッシングをねだって床を転げまわったり、末っ子の無比刀と喧嘩して、負けて不貞腐れたりするなと思って。」


 毛並みに気を配りたいのはわかるが、問題行動に繋がっていないかと指摘すれば、八幡は尻尾を振り回して言い訳した。


『しょうがないじゃん。こだわりはそう簡単に譲れないよ。

 後、無比刀には負けてないし! 譲ってやっただけだし!』

「あれは譲ってやったって言わん。」


 他のことならばいざ知らず、毛並みと鬣のことは別だと吠えるのを受け流す。

 見ていた陸晶がおかしそうにぐるぐる喉を鳴らした。


『ハチ兄はスイッチ切り替え型だよね。トシ兄と同じだよ。』


 その時の状況で考え方や気合の入り方が違うと笑う。



 言われてみれば青毛の翔士(とし)も、訓練中や討伐中は切れるような気迫を放つのに、神社に戻ると気が抜けるのか、何となく緩い。

 ただ、常日頃から一切の緩みもなく気を張りっぱなしでは疲れてしまい、肝心のところで集中力が切れても困る。完璧な存在など居ない以上、波があるのも仕方のないことだ。

 他の獅子達、例えば仁護(じんご)だって、時に年上にまで兄貴呼ばわりされるほど頼れる獅子だが、タオルを洗濯に出さずに溜め込む癖があるし、反面、甘えん坊主の天祥(てんしょう)だって誰にも起こされずに朝早く起き、年上の瑞宮(みずみや)と同じ訓練についていったりしている。

 言ってしまえば当社の獅子は皆、頑張り屋のしっかり者ばかり。彼らに迷惑をかけぬよう、自分も宮司として業務を不備無くこなさなければならない。


 差し当たって打ち合わせの時間に遅れること無く、役場まで向かうとしよう。

 長兄の二前(にのまえ)や、筆頭獅子の五十嵐(いがらし)は獅子同士の打ち合わせ中のため、付添に(みなと)を連れて行く。

 この若獅子は自分のことをさておいても、弟たちの面倒を見てくれる。鬣の生えてない連中と一緒に居たのを呼び寄せれば、天祥が自分も一緒に行くと言い張って地面を転がった。最終的に八幡が咥えて本殿に連れて行ったものの、思わぬ時間を食ってしまった。早めに準備をして正解。声をかけてくれた八幡に感謝である。

 あと天祥は、やっぱりただの甘ったれ我が侭坊主でいいわ。



 他の子獅子たちは参道まで付いてきて、見送りついでに門番の護矢(もりや)と翔士にちょっかいを掛ける。


「じゃあ、行ってくるよ。」

『いってらっしゃい!』

『何時頃帰ってくるの?』

『湊、じいちゃんを宜しくな。』

『じいちゃん、気をつけてね。』


 ミャウミャウと騒ぐ子獅子と獅子たちに応え、足元までやってきて頭を擦りつけるフワフワな奴も撫でてやる。


『じいちゃん、早く帰ってきてね。』

「ああ、分かってるよ、無比刀。」


 ゆらゆらと尻尾を揺らしながらニーと鳴く青毛の子獅子の毛は、見た目通りモフモフで大変柔らかい。触り心地は抜群なのだが、やはり何とも言い難いものを覚え、苦笑してしまう。



 見送りに手を振って出発し、てくてく歩道を歩く。神社から離れた頃合いを見計らって、湊が心配そうにグルルと鳴いた。


『じいちゃん、無比刀がどうかしましたか?』


 公的な役目に付いているときだけ敬語になる若獅子に、片手を振ってなんでもないと返す。


「いや、どうもしない。」

『あの長い毛並みのことですか?』


 大したことではないと言えば、湊は更に深く追求してきた。


『やはり、気になりますか?』

「うーん、まあな。別に良いんだけどな。」


 只でさえ、無比刀は数の少ない青毛の上に、一匹だけ、鬣どころか全身の毛が長く伸びているのだ。

 どうやっても目立つし、気になる。


『……別にだらしなくしているわけでもないし、俺は特に悪いとは思わないけど。』

「そうな。可愛いしな。」


 どちらかと言えば、天祥が以前から欲しがっている『沢山の尻尾』の方が困ると低い声で唸るのに、笑ってしまう。

 港が言う通り、無比刀の長毛は悪とするほどの事ではない。問題と言えば周囲の埃を巻き込み、毛が絡むので、小まめに梳かしてやらなければならない程度のもの。毛が伸びる前と変わらず、無比刀は元気よく走り回っており、兄弟たちも一緒に居て温かく、気持ちが良いのか、今まで以上にくっついて仲良くしている。見た目が可愛らしいので近接する村での評判も良く、お気に入りの魚のぬいぐるみを背負っている巳壱とセットで、ちょっとしたアイドルのような扱いを受けている。

 成長に不備なく、周囲に受け入れられているのであれば、騒ぐことではないとは思う。だが、可能であれば元に戻したい。そんな気持ちが消えないのも、また事実である。



『何が、気に入りませんか? 珍しいからですか?』

「そうな、純粋に見慣れないっていうのはあるな。」

『でも、無比刀がああなって、もう一ヶ月以上経ちます。

 それでも未だに気になるからには、何かあるんじゃないですか?』


 理由がはっきりすれば、違和感を解決することも出来るのではと、白毛の若獅子はスンスンと鼻を鳴らした。


『どうしても駄目だとなれば刈ってしまえばいいし、無比刀も諦めるでしょう。

 そこまですることでもないと分かれば、気にならなくなるんじゃないですか?』

「そうだな。」


 何故、自分は無比刀の変わり種な毛並みが気になるのか。

 少し考えてみる。



「あれかな。可愛いし、珍しいから、悪いやつに狙われないかって思うな。」

『防犯的なことですか。』


 余り考えたくないことだが、霊獣は金になる。

 見つかれば厳しく罰せられる以前に、同じ人として恥ずべき行為だと思うが、人と同じ程に賢い分、飼いやすいとペットのように扱いたがる輩がどうしても一定数存在する。また、その毛や牙など、特殊な素材として高値で取引される。

 うちの獅子は生身に見えて、砂で出来た器に魂が宿った付喪神に近い存在なので、肉や毛皮は取れないが、この砂が防具や薬剤の良い素材として便利に使えるらしい。先日、此方の意思を無視して全員の鬣を刈り上げた無駄に知識の豊富な郵便屋が、幼い娘に着せる衣類の材料として丁度良かったと話していた。

 小さいきいちゃんは何も知らずに新しいシャツを喜んでいたので、怒るに怒れなかったが、思い出すだに腹立たしい。


 舌打ちしたくなったのを押さえ、顔を歪めるに止めれば、何か勘違いしたらしい湊も難しい顔で耳を動かした。


『確かに珍しいものほど価値が付きますからね。

 でも、狙われやすいのは無比刀だけじゃなく、小さいの全員で、皆、気をつけています。珍しいだけに無比刀がうちの獅子だって言うことはすぐに分かりますし、うちの近隣は理解が有るから異変があればすぐに教えてくれもします。

 それに無比刀はマイペースですが落ち着いた子です。安易に知らない人に近寄ることもないし、余り神経質になりすぎるのも、良くないのでは?』

「そうだな。」


 勿論、一部の知り合いや役場の係の人は別だが、大人の獅子はまだしも、子獅子は自分が居ないところで人前に出ないようにさせている。うちの神社は神職が自分しか居ないので管理しきれないのだ。

 また、此方の事情は村の中に浸透しており、黙っていてもイベントなど複数の人と関わる際には警備に気を配ってくれ、何かの用事で境内の外を歩いている際には、お互いの邪魔にならないよう一定の距離を保ってくれる。うっかり至近距離に入ってしまったときは、ダッシュで逃げられるほどと少しやりすぎなくらいだ。

 尚、過剰なほどの距離感には、訓練を見学する子供達へ咆哮サービスによる影響はないものと考えたい。筆頭獅子の五十嵐が初めたこのサービスは、女性客の増加に合わせて休止となったので安心していたら、子獅子達が真似していてどうしようかと思った。


 兎に角、そんな環境で子獅子が自分以外の誰かと一緒にいれば、直ぐに騒ぎになり、状況如何に関わらず、すぐに報告が入るはずだ。また、子獅子が攫われたとなれば、関東一帯を治める竜堂家が動いてくれるはずであり、本当はあてにしてはいけないが、子供好きの郵便屋も手を貸してくれるだろう。

 触れてはいけない魔物に対して、この思考こそが駄目なことを含め、あれこれ考えてみたが、毛がなければ安心と言う訳でもない以上、毛を刈り上げるほどの理由にはならないと思う。

 必要以上に警戒して、人への不信感を煽ってもいけない。



「ま、安全面では問題ないかもしれないな。」


 結論に頷けば、グルルと湊が相槌を打つように鳴いた。


『じゃあ、他に気になる事はありますか?』

「うーん、ブラッシングを強請るようになったことかなあ。」


 部屋中の埃を巻き込むので、放って置くとすぐ汚くなるのはまだしも、無比刀は元々毛並みに拘るタイプではなかった。しかし、長毛になってからフワフワを維持しようと、小マメにブラッシングをしてもらいに来るようになった。そして先日、ブラッシングの順番を取り合って八幡と喧嘩した。


「でも、これも大したことじゃないよな。」


 ただ、趣味趣向が変わっただけのこと。

 喧嘩も強く叱ったので双方、お互いに譲り合うようになり、最近は、役場の方が留守番ついでに梳かしてくれるので、自分のところまで言いに来なくなった。

 そもそも、ブラッシングは強請られずともしてやらねばならないことであり、喧嘩さえ起きなければ、話題にもならなかったであろう。



『じゃあ、何が引っかかるんでしょうか?』

「そうだな。」


 白い獅子と話しながら、いつもの歩道を進む。ふと、季節外れのタンポポが目に入った。綿毛の殆どが飛んでいってしまい、裸になった頭が寂しそうに揺れている。

 ああ、そうかと自然に声が漏れた。


「あれだな。あんまりフワフワだから、風に乗って何処か飛んで行ってしまいそうで怖いんだ。」


 柔らかく軽い、綿毛のような毛並みなだけに、簡単に風に乗ってフワフワと飛んでいけそうな気がする。のんびりマイペースな分、自分をしっかり持っている無比刀だけに落ち着いて、慌てることもなく、『じいちゃん、バイバイー』などと言いながら、新天地へ旅立ってしまうような気がする。

 当社で生まれた獅子と言えど、より良い環境や強さなどを求めて出ていくこともあるので、何時か起こりうる未来かもしれないと思えば、余計に不安になる。

 獅子たちの望みは叶えてやるべきであり、そのときは腹を据えて笑顔で送り出さねばならないが、無比刀はまだ幼い子獅子。幾らなんでもまだ早いのではないか。

 そんな、まだ起こってもいない心配が入り混じって、落ち着かない気分になってしまうのだ。



 それに彼奴には前科がある。

 前科っていうか事故だけれども。

 何時だったか、空を飛びたいとの願いに応えた龍族の青年が施した術により、フワフワ飛んでいきそうになったことがあった。あれは本当に吃驚した。大事に至らなくて良かった。



 色々思い出して無言になってしまった自分を見上げ、湊がピスピスと鼻を鳴らす。


『確かに無比刀の毛並みは、フワフワと風に乗れそうですね。』


 納得した様子でブルリと鬣を震わせ、白毛の獅子は首を傾げた。そのまま少し、何か考えていたようであったが、落ち着いた口調でぐるりと鳴く。


『でも、それなら大丈夫です。

 じいちゃん、彼奴は飛べません。だから飛んでいけません。』

「そりゃまあ、そうだろうけどな。」


 うちの獅子たちは空を飛ぶ技術を備えていない。杞憂だとは分かっている。だが、感情と理解は別物で、落ち着かないのは否めない。何となく気落ちした自分を、安心させようとしたつもりはないようだが、湊は確信を込めてグルルと鳴いた。


『だって、俺達は見た目よりずっと重いんです。

 特に無比刀は子獅子の中で瑞宮の次ぐらいに重い。風になんか乗れるはずない。』


 思っていたのとちょっと違う理由が来た。



「……そうか。無比刀だと風に乗るには重すぎるか。」

『ええ。もし、飛んでいくとしてもフワフワの毛だけで、彼奴はその場に残ります。それこそタンポポみたいに。』


 強い風が吹くとタンポポの綿毛は飛んでいき、頭だけが残る。それと同じようにフワフワの綿毛だけが飛んでいき、無比刀はその場に残ると湊は言う。

 想像の中の青い子獅子が悲しげに鳴いた。


『じいちゃん、ムイのフワフワ、飛んでっちゃった。』


 元通りの短い毛に戻った無比刀が、しょんぼりと肩を落とす様がありありと目に浮かぶ。



「……もし、そうなったら無比刀、泣くだろうな。」

『そうですね。そのときは励ましてやらないと。』


 独り言のように呟けば、当然と言わんばかりに湊がぐるりと鳴く。

 季節は冬に入ったところで毛の生え変わる時期ではない。それこそ刈り上げでもしない限り、無比刀のフワフワがなくなるなどありえなかろうし、子獅子が悲しむことに対して不謹慎だと思うが。

 想像できてしまうだけに、ちょっと可笑しい。

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