巳壱 VS 天祥、お魚攻防戦。(後編)
考えてもわからないから諦めて、その後は皆でお外に行って遊んだ。朝、やらなかった木登りをしてたらイガ兄ちゃんが来て、今度は沢山走らされた。
『走れ、走れ! 体力がないなら、走るのが一番だ!』
イガ兄は厳しいけど、自分の訓練をしないでボクらを見てくれてるんだもん。昼間みたいにならないよう、ボクは一生懸命走った。
境内を走り回って、足らないから参道も駆け下りて、兄ちゃんたちが使ってる広場まで行った。グルグル広場を走ってたら、何度かハチ兄が練習を抜けて来て、『遅い、遅い!』って言いながら、追い抜いていった。
ハチ兄は本当に足が早い。ボクもあんなふうに足が長かったらなあ。
お終いの時間に、見学の小さい人が集まったから、ボクたち子獅子は揃って「があっ!」って吠えてみせた。皆、きゃあきゃあ言って喜んでくれたよ。
最近、小学校や保育園まで、じいちゃんと一緒にパトロールに行ってるせいか、小さい人が沢山集まってくれるようになって、凄く嬉しい。
危ないから一緒には遊べないけど、サービスしなくっちゃね。
だけど、迎えに来てくれたじいちゃんは、吠えてるボクらを見て、なんだかとっても難しい顔をしてたよ。何でだろう。
今日は本当に頑張ったよ。これで、強くなれるかな?
日が暮れたらお風呂に入る。普段は水だけど、もう寒くなってきたから、じいちゃんがお湯を沸かしてくれる。
ボク、この時期だけ入れる、温かいお風呂大好き。ネコ科は水が嫌いだってことになってるし、確かに水風呂はそんなに好きじゃないけど、お湯のお風呂は別だよ。
お湯のお風呂は兄ちゃんたちも皆、好きみたい。冷たいより、温かいほうが良いに決まっているもんね。
でも、巳壱は冷たいお風呂も嫌いじゃないんだって。
『なんで? 冷たいのは、嫌じゃん。』
『んー でも、ミイチは熱っちいほうが、嫌かな。
温かいのは良いけど、熱っちいのは好きじゃないんだよ。』
『そりゃ熱いのは、確かに嫌だけどさ。』
兄ちゃんたちは尻尾で使うブラシで身体を洗えるけど、ボクらは下手くそだから、じいちゃんが洗ってくれる。
モクモク泡立てて貰って、綺麗に流してから湯船じゃなくて盥に入る。だって、湯船は兄ちゃん用で、足が着かないんだもん。
温かいお湯に浸かって巳壱とお喋りしてたら、隣で豊一と天祥がお互いにちょっかいをかけ始めて、お湯がぴしゃぴしゃ掛かる。鬱陶しいったらありゃしない。折角のお風呂が台無しだよ。
『やめてよ! お風呂は静かに入りなよ!』
『だって、こんなちっちゃい盥に入ってられないよ!
テンちゃんは、もう湯船に入るよ!』
『ボクもー』
フシャッて怒ったら、天祥は盥からぴょんと飛び出ると、兄ちゃん用の湯船に向かっていった。釣られて豊一も付いていく。
『止めなよ、足、着かないんだから。』
『お湯を汚したら、兄ちゃんに叱られるぞ。』
『平気、平気!』
巳壱と一緒に止めたのに、天祥はちっとも聞かなくて、湯船にザブンと飛び込んだ。そのまま足を上手に動かして、ザブザブお湯をかき分けて泳ぐ。
『テンちゃん、もう泳げんもん! ああ、良い気持ち!』
『ボクもー』
今度は豊一が飛び込んだ。バシャンと大きな水しぶきが上がる。
「あ、こら、お前たち、何をやってるんだ。」
漸く無比刀を洗い終わったじいちゃんが見に来た。無比刀は毛が長いから、洗うの大変なんだ。
湯船の中をグルグル回りながら、天祥がガウガウ吠える。
『じいちゃん、テンちゃん泳げるよ!』
「泳げるのは良いけど、お風呂で暴れちゃ駄目だろって……あれ、豊一?」
『ガボガボ……じいちゃんー……ボク、上手く泳げな……』
「豊一ーッ!
お前、泳げないのに、なんで飛び込んだ!!」
豊一は溺れるほどじゃないけど、思ったよりは泳げなかったらしくて、じいちゃんを凄く驚かせた。
直ぐに湯船から引っ張り出されて、うんと叱られる。
『豊一はだらしがないよ。泳げないなんて。』
無比刀がビショビショのままやってきて、フシッと鼻を鳴らした。
濡れ細ぼった無比刀は毛がぺしゃんこになって、長い毛が顔にも張り付いちゃってる。巳壱が心配そうに臭いを嗅ぐ。
『ムイムイ、そんなんで前、見えてるの?』
『あんまり見えないけど、匂いでなんとなくわかるから平気。』
言いながら、無比刀はブルブルと身体を振るわせて、そのまま出ていこうとする。
『ムイムイ、お湯、浸からないの?』
『んー ムイ、温かいのが好きだけど、お湯に浸かるのはそんなに好きじゃない。
沢山流してもらったから、いいや。』
温かいのが良いのに、お湯に浸かるのが嫌なんて変なの。無比刀はボクらの中では一番寒がりなのに。
でも、お風呂は順番だから、そろそろ出なくちゃいけないのは変わらない。兄ちゃんたちが待ってるからね。
ボクと巳壱も身体を振るってお湯を落としてから、無比刀の後を追った。
天祥と豊一も来ようとしたけど、ちゃんとブルブルしてからにしろって、じいちゃんに怒られた。
お風呂から出たら、タオルで身体を拭いてもらう。
もふもふ無比刀と違って、ボクらは毛が短いから、すぐ乾く。使ったタオルはちゃんと洗濯かごに入れる。
お風呂に入ったら後はだいたい寝るだけ。大きい兄ちゃんたちは作戦会議したり、まだ、遊んだりするみたいだけど、ボクらは小さいから、早く寝ないと身体が育たないし、それにもう眠い。今日は特にイガ兄と頑張ったもん。
あくびしながら、ボクと巳壱はお風呂が空いたって、兄ちゃんを呼びに行った。
途中で巳壱が立ち止まる。
『あっ、ミイチ、お魚おいてきちゃったよ!』
『なんで忘れちゃうのさ。大事なら、忘れないようにしなよ。』
兄ちゃんを呼ぶのが先だし、魚は誰も取らないと思ったんだけど、巳壱があんまり騒ぐから、お風呂場に大急ぎで戻った。
それなのに、もう魚がなくなってるんだ。
『ない! ミイチの魚がないよ!』
魚は一人で歩いて何処か行ったりしないのに、何でないんだろう。無比刀をゴシゴシ拭いてたじいちゃんも驚いた。
「どうした、巳壱? 魚がないのか?」
『じいちゃん、ここに置いといたミイチの魚がないんだよ!
なくなっちゃった!』
「じいちゃんは無比刀を拭いてたから、気が付かなかったなあ。
でも、誰も来てないぞ。豊一、お前、知らないか?」
じいちゃんが床に転がってた豊一に聞く。
身体を拭いてもらったところで安心しちゃったのか、お風呂場で居眠りしてた豊一が「んにゃ?」って返事をした。
でも、聞かなくてもすぐに分かった。豊一じゃなかった。
じいちゃんの後に隠れてたから見えなかったよ。天祥が魚をブンブン振り回してた。
「フンギャーッ!!」
巳壱が飛び上がって悲鳴をあげる。
『テンちゃんじゃん!
テンちゃんがまたミイチの魚、とってんじゃん!
何でとんの! それはミイチのだよ! 返して!!』
『いいじゃん。ちょっと振ってただけだよ。』
『とんないで! ミイチの魚、とんないで!』
巳壱が怒って天祥の周りを跳ね回る。
テンちゃんったら、返すって言いながら、咥えたまま離そうとしないんだ。
「天祥。巳壱の魚、とったら駄目だろ。返してあげなさい。」
『とってないよ。ちょっと借りてるだけだよ。』
じいちゃんに叱られても、天祥は不貞腐れたようにグルグル唸るだけで、魚を離さない。そればかりか、取り返そうとする巳壱に前足を振るって追い払う。
『返して! ミイチの魚、返して!』
『そんな大騒ぎしなくったって、良いじゃんー』
「こら、喧嘩するんじゃない!」
じいちゃんを挟んで2匹はグルグル回り始めた。巻き込まれないように無比刀がトコトコ歩いて離れる。
そうこうしている間に、小さい兄ちゃんたちが入ってきた。
『ねえ、もう入ってもいい?』
『何を騒いでるの?』
『イツ兄、リク兄、テンちゃんが、ミイちゃんの魚をとるんだよ。』
不思議そうに耳を動かす兄ちゃんに、早速、豊一が言いつける。話を聞いたイツ兄は耳を頭にくっつけた。
『テンちゃんは、何でそんな事してんの。』
『しょうがないね、天祥は。
でも、取られちゃう巳壱も巳壱だと思うよ。
大事ならしっかり守るし、取られたら取り返さないと。』
呆れたのか、リク兄はシッと短く鳴いて、ブルブルと身体を振るった。
『ミイちゃん、じいちゃんに頼らないで自分で取り返しなよ。
でないと、また取られるよ。』
『またどころじゃないよ! 今日で3回目だよ!』
駄目なのは自分でも分かっているみたいで、リク兄に向かって巳壱はフシャッと短く叫んだ。
そんなに取られてるとは思っていなかったらしくて、イツ兄が驚いて目を見開いた。
『3回目? 何でそんなに取られてるの?』
『ミイチが寝てる間に、テンちゃんがとっちゃうんだよ!
返して! テンちゃん、ミイチの魚、返して!』
一生懸命、巳壱は天祥を追い掛けるけど、天祥は全然平気。素知らぬ顔で逃げ回る。
『何でテンちゃんは、ミイちゃんの魚、取るのかな?』
豊一が首をすくめてミャアって鳴いた。
何でって聞かれても、あんな可愛くない魚、ボク欲しくないもん。わかんないよ。
リク兄もイツ兄もわからないらしくって、耳を頭にくっつけた。
『まあ、お風呂が空いてるなら、ボク、入るよ。
早く入らないと順番、詰まっちゃうもん。』
呆れて頭を低くしながら、リク兄がお風呂の戸をガリガリ開けた。その間にも巳壱の声がますます甲高く、ヒステリックになる。
『返して! ミイチの魚、返して!』
「天祥、もう、止めなさい。」
『もー 分かったよ。返す返す。』
じいちゃんにも叱られるし、流石に飽きたのか、天祥が魚を放り投げた。
『あっ、』
でも方向が悪くて、リク兄が開けたを戸の隙間を、魚はスポーンと通り抜けていった。
びちゃんと水が跳ねる、嫌な音がする。
「ビッ!!」
『あー ミイちゃんの魚が。』
ショックだったのか、変な声を出して固まった巳壱の代わりに、直ぐにイツ兄が取りに行ってくれた。
でも、戻ってきたイツ兄が咥えてきた魚はびしょ濡れになってた。
『ミイちゃん、魚、湯桶に突っ込んじゃってたよ。』
『あーあ。びしょびしょじゃん。』
「これじゃあ、もう背負えないな。仕方ない。
ミイ、洗濯かごに入れなさい。明日洗濯だ。」
濡れてしっとりした魚を見て、リク兄は嫌そうにますます頭を低くして、じいちゃんも困ったように言った。
飛んでった魚を見て、固まってた巳壱がブルブル震え、叫んだ。
「ミッギャアーッ!!」
もう、鼓膜が破けるんじゃないかってぐらい大きな声で、ボクまで動けなくなった。
『何でミイチの魚をとった! 何でミイチの魚を投げた!
びしょびしょになっちゃったじゃん!
どうしてくれる! どうしてくれるのよ!』
『わざとじゃないよー
いいじゃん。明日洗濯して干してもらえば。』
巳壱があんまり怒るので、天祥も吃驚したみたいだけど、すぐに鼻先でフンと笑ってそっぽを向いた。その態度に巳壱はますます毛を逆立てて怒鳴った。
『もう、怒った! ミイチは、もう怒った!
テンちゃんなんか、やっつけてやる!』
毛を逆立て、丸く膨らんで巳壱は怒ったけど、天祥はボクら5匹の中で、一番大きい。反面、巳壱は身体の成長が遅くて、年下の無比刀よりも小さい。
ミイちゃんがどれだけ怒ったって、ちっちゃいんだもん。テンちゃんに勝てるわけない。
喧嘩したって、返り討ちにあっちゃうよ。
「こら、天祥! 巳壱に謝りなさい!」
『許さぬ! 謝ったって、許さぬ!』
『ふん! ミイちゃんが怒ったって、ちっとも怖くないよ!』
じいちゃんが慌てて止めたけど、巳壱は全速力で天祥に突っ込んでいって、天祥は仁王立ちして、それを待ち構えた。
『駄目だよ、ミイちゃん!』
ボクは巳壱が天祥にふっとばされると思った。
でも、天祥のパンチが届く前に、巳壱は前足を突き出して、天祥の頬っぺたを思いっきり突いた。
ボクらが普段使うパンチは、結局引っ掻く感じだから、人間で言うならフックって呼ばれる横から曲線上の攻撃になる。
でも、巳壱は直線上に前足を突き出して、ストレートを繰り出したんだ。
前足をあげてから振り下ろすより、まっすぐ突っ込んだほうが速いに決まってる。
『テイテイッ! テンちゃんめ、許さぬ!
テンちゃんめ! テイテイッ!』
『いてて!』
そのまま巳壱はバリッて大きく引っ掻くんじゃなくて、弱いけど細かいパンチを何度も繰り出した。
肩の付け根とか鼻の先とか、天祥が動こうとするのを邪魔するみたいに、同じところを素早く何回も叩く。
一撃一撃は弱くても、こんなに当てられたら堪らない。天祥が後に逃げる。
『いてて! やったな!』
『許さぬ! テンちゃんめ、許さぬ!
テイテイテイッ! テンちゃんめ!』
天祥は距離を開けて、何度か攻撃の隙を作ろうとしたけど、その度に巳壱はすかさず前に出て、素早く動き回りながら叩き続けた。
負けると思ったミイちゃんがテンちゃんをやっつけてるのを見て、ボクも豊一も驚いて口が開いたままになった。
じいちゃんも吃驚してたけど、すぐに巳壱を捕まえて持ち上げた。
「こら、巳壱! よしなさい!」
『どうしてミイチの魚をとった!
どうしてミイチの魚をいじめた!
これ以上やるならテンちゃんのひよこも、ブチッてしてやる!』
『テンちゃんのぴよこちゃんをいじめるなんて、駄目だよ!
そんなの、許さないよ!』
じいちゃんに持ち上げられても巳壱は止まらない。前足をブンブン振るって天祥に向かっていこうとする。
大事な毛糸のひよこを壊すって言われて、防戦一方だった天祥も怒って吠えた。そのまま、じいちゃんを駆け上って、抱きあげられたミイチを攻撃しようとするのに、じいちゃんが怒る。
「天祥! 止めなさい、天祥!」
『駄目だよ、テンちゃん!』
『止めなってば!』
『何を風呂場で大騒ぎしてるんだ!』
イツ兄とリク兄が大急ぎで天祥の背中や尻尾を咥えて、引っ張って止めた。大騒ぎしているのを聞きつけて、イガ兄とニノ兄もすっ飛んできた。
それでも巳壱も天祥も大暴れを止めない。そのまま大きい兄ちゃんたちに首根っこを咥えられて、別々の方向に連れて行かれた。
ボクと豊一はあんまり吃驚したから、暫くぼんやりしてたけど、他の兄ちゃんたちがお風呂に入りに来て、じいちゃんや無比刀と一緒に追い出された。
一先ず、外陣まで戻ってきたところで、豊一がミャアミャア騒ぎ出す。
『ミイちゃん、すごかったね!
ボク、負けちゃうと思ったよ!』
『ボクも。ミイちゃん、あんな技、何時覚えたんだろう?』
あれ、ボクも出来るのかな?
ボクは前足をあげて手のひらを見てみたけど、ちっとも出来る気がしない。
只々驚いてるボク達を、無比刀がミャアーッと笑った。
『ミイちゃんは夏に魚獲りに集中して、凄く頑張ったからだよ。
魚に逃げる隙を与えず、素早く確実に急所をつくんだよ。』
『素早く、確実に……』
確かに無比刀が言うとおり、巳壱は夏の間はずっと川で魚を追いかけてた。何度も何度も魚に向かってパンチを繰り出して、気がついたら当たり前のように捕まえるようになった。
魚とりなんて、遊び以外に役に立たないと思ってたけど、そうじゃなかったんだ。
納得したボクらに、無比刀は偉そうにムーと鳴いた。
『大振りだけがパンチじゃないよ。
ジャブを制するものは、世界を制すんだよ。』
『世界を制する……』
何それ、凄く格好いい!!
『ボクも、世界を制せるよう、もっと頑張るよ!』
ボクはずっと何処かで、頑張っても小さいままじゃ駄目なんだって思ってた。
でも、やっぱり、訓練は大事なんだ。頑張れば小さくても、自分より大きいものに勝てるんだ。
『ボクも! ボクも頑張る!』
『ムイは、ずっと頑張ってるよ。』
ミャアッて宣言したら、豊一も同じことを考えてたみたいで、飛び跳ね始めた。無比刀は『最初っから分かってたよ。』って顔をして、尻尾を揺らした。
興奮して騒ぐボクらに、じいちゃんはなんだか疲れた顔をして笑った。
「強くなれるように頑張るのは良いけど、お前ら、その矛先だけは間違えてくれるなよ?」
何を言われたのか、よく分からなかったけど、ボクらは揃ってミャッと鳴いて、じいちゃんに返事をした。
その夜、天祥も巳壱も社務所に戻ってこなかった。兄ちゃんたちにうんと叱られたんだ。
怒ったニノ兄もイガ兄も、物凄く怖かったって。
ボク、強くなるよう頑張るは頑張るけど、喧嘩は絶対しないようにしようと思う。




