巳壱 VS 天祥、お魚攻防戦。(中編)
巳壱がじいちゃんに魚を背中にくくってもらったら、出かける準備は完了。
まず最初に手水場に行ってお水を飲みにいった。途中で小さい兄ちゃんのミミ兄とリク兄が走ってるのを見つけて、後で遊んでってお願いしておいた。
ボクらは霊獣だから、沢山霊気があれば良いんだけど、ミミ兄がお水を沢山飲むと元気になれるって言うから、真似してる。なんだか、毛艶が良くなったような気もするよ。
飲みすぎるとお腹がゴロゴロするから、適当なところで止めて、ついでに顔も洗い直す。
すっかり綺麗にしてミミ兄たちのところに戻れば、イツ兄も来てたから、木登りは止めて、かけっことプロレスにした。
イツ兄とリク兄は足が速い。競争しても、ちっとも追い抜けない。ミミ兄は足は速くないんだけど、プロレスだと押さえ込まれちゃって動けない。
何でそんなに強いのって聞いたら、『毎日、鍛えてるからだよ。』って、ミミ兄は胸を張った。
『やっぱり、ミミ兄は凄いや!』
巳壱は大興奮で尻尾を振り回してたけど、ボクは悔しくって黙り込んだ。だって、ボクだって毎日鍛えてるんだもん。なのに、ミミ兄みたいに大きく、強くなれないんだ。どうしてかな?
しょんぼりしてたら、ニノ兄ちゃんとイガ兄ちゃんが通りがかって、見に来てくれた。
『どうした、燦馳。』
『ニノ兄ちゃん、ボク、ちっともミミ兄たちに勝てないんだよ。』
つい、泣きついちゃったら、イガ兄に笑われた。
『何、言ってるんだ、お前があっさり勝てちゃったら、ミミ太たちが弱すぎるだろ。
仮にも兄ちゃんなんだから。』
『ボクらも毎日頑張ってるからね。燦馳だって大きくなれば出来るようになるよ。』
イツ兄も尻尾をゆらゆらさせながら言う。
そんなの分かってるんだけど、でも、悔しいんだ。それにボク、ちっとも大きくならないし。
耳が頭にくっついちゃったボクを見て、ニノ兄が頭を舐めてくれた。
『燦馳、焦ったら駄目だ。落ち込む暇があったら、少しでも多く走って、少しでも木に登りなさい。
すぐに結果が出なくても、訓練は絶対にお前を裏切らない。』
『……うん、分かってる。ボク、もっと頑張る。』
当たり前のことを、大好きなニノ兄ちゃんに言わせたのがもっと悔しくなって、ボクはブルブル身体を振るった。
ニノ兄ちゃんも小さいとき、なかなか大きくなれなくて、沢山悔しい思いをしたんだって。
でも、諦めないで頑張ったから、今は一番大きな兄ちゃんとして皆に頼られてるんだ。ボクだって、頑張るしかないんだ。
そのまま、イガ兄ちゃんが稽古を付けてくれた。ボクや巳壱たちは勿論、ミミ兄も、イツ兄も吹っ飛ばされてコロコロ転がった。
イガ兄は神社の代表、筆頭霊獣だから強いんだけど、力加減が下手くそだと思うよ。
あんまり転がされたから、ボクらはすっかり疲れちゃって、社務所に戻ってお昼寝することにした。
『何だ、燦馳たちはもうリタイアか。体力ないなあ!』
もっと鍛えないと駄目だってイガ兄は言うんだけど、もう、動けないもん。瞼がくっついちゃうよ。
豊一や巳壱も蹲って、ぐったりしてる。
『……イガ兄、燦馳たちはまだ、ボクらよりも小さいって分かってる?』
『ん、でも、テン坊と同じだろ。』
『天祥と一緒にしたら駄目だよ。
テンちゃんは成長が早いし、普段から瑞宮と一緒にいるから基礎体力が違うよ。』
『だったら彼奴ら、余計にもっと頑張って、体力付けなきゃ駄目じゃないか。』
『そうだけど、そうじゃないよ。身体の成長が追いついてないんだから。』
ボクらの代わりに、リク兄がイガ兄に文句を言ってくれたみたい。
眠くって顔をこすってたら、イツ兄に鼻で突かれた。
『燦馳、社務所に戻ろう。お昼寝だって、ちゃんとお布団で寝たほうが良いよ。立てる?』
『うーん。』
よろよろ立ち上がったら、隣で巳壱がミャアミャア鳴いた。
『兄ちゃん、ミイチ、もう立てない。』
『もう、しょうがないなあ。お魚持ってあげるから頑張りな。』
イツ兄ちゃんは自分だって疲れているはずなのに、巳壱の魚を持ってくれた。
やっぱり転がりすぎて泥まみれになった豊一が、八つ当たり気味に巳壱を怒る。
『ミイちゃん、だからお魚は持ち歩いたら駄目だよ。』
『でも……ミイチの大事だもん。』
『まあまあ。今日は駄目でも、そのうち持っていられるようになればいいんだよ。
さ、豊一も行こう。』
ますますしょんぼりした巳壱をイツ兄は優しく慰めた。ボクと豊一も励まされて、なんとか揃って社務所に戻る。
じいちゃんがお仕事しながら出迎えてくれた。
「おう、戻ってきたのか。なんだか随分、ヘロヘロだな?」
『イガ兄、手加減してくれないんだもん。
じいちゃん、ミイちゃんたちを運んであげて。』
「はは、五十嵐はあれでちゃんと手加減してるんだけどな。
ミイたちにはまだ早いか。」
イツ兄がお願いしてくれたから、じいちゃんは縁側まで降りてきて、ボクらを一匹ずつ、子供部屋まで運んでくれた。
子供部屋では天祥と無比刀がプロレスしながらドタバタ転がっていた。
無比刀はなんでだか知らないけど、一匹だけ全身フサフサの長い毛が生えてるから、部屋中の埃を引っ掛けて、綿箒みたいになってる。
「お前ら、部屋で暴れるなよ。」
『だって、ムイムイの毛はふかふかなんだよ。触らずにはいられないよ。』
『お外で転がったら、ムイのフサフサ、ホコリまみれになっちゃう。』
「いや、無比刀。お前は外で遊んだほうが良かったかもしれない。」
お部屋で暴れちゃいけないのに、2匹ともじいちゃんに叱られても平気な顔。でも、無比刀は顔にも埃がくっついてた。
ボクもなんか言ってやりたかったけど、眠くってそれどころじゃなかった。
じいちゃんにタオルでゴシゴシこすって綺麗にして貰う。汚れたままでお布団に入るのは、嫌だもんね。
『じいちゃん、ありがと。』
「おう。頑張ったんだもんな。ゆっくり寝ろよ。」
よく覚えてないけど、お礼はちゃんと言えたと思う。
ボクはダンボールに入ったら、すぐにすっかり寝ちゃって夢も見なかった。
『ない! ミイチの魚がないよ!』
どれだけ寝てたんだろう。
巳壱の叫び声で、ボクは飛び起きた。
『サンジ、ミイチの魚がないんだよ! 知らない?』
『知るわけないよ。ボク、すぐ寝ちゃったもん。』
寝起きに叫ばれて、ボクはフシャーッて怒ってやった。それでも巳壱は止まらず、豊一のダンボールを引っかき出す。
『トヨチー! トヨチーは知らない?』
『ボクだって、知らない。ムイムイに聞きなよ。』
『ムイムイ?
ムイムイは……ムイムイ、ダンボールの中で寝なよ。』
豊一が指した無比刀は寝相悪く、ダンボールをひっくり返して、はみ出てた。
巳壱に前足で突かれて、むにゃむにゃ言いながら顔を上げる。
『……ん? なんかあったの?』
『ミイチの魚がないんだよ、知らない?』
『魚は知らないけど、』
弱り果てた様子の巳壱に無比刀は何か言いかけて横を向いた。
つられてボクらも顔を動かすと、天祥が灰色のを前足で抑えながら、咥えて引っ張ってた。
「フッギャァーッ!!」
巳壱が全身の毛を逆立てて叫ぶ。
『テンちゃんじゃん!
テンちゃんがまたミイチの魚、とってんじゃん!
何でとんの! それはミイチのだよ! 返して!!』
『いいじゃん。ちょっと持ってただけだよ。はい、返す返す。』
天祥は魚から口を離すと、ベチっと投げて返した。巳壱が大慌てで飛びつく。
『ああ、良かった。ミイチの魚、あったよ。』
大切そうに巳壱が前足で抑える魚の、どんよりとした灰色の濁った白目と目があっちゃった。
やっぱり、あれ、そんなに大事かなあ?
だけど、巳壱は魚をしっかり咥えるとプンプン怒りながら、子供部屋を出ていった。
『全く、テンちゃんときたら! 全く!
これはミイチの魚だよ!』
そのまま、魚を背中に結わえつけて貰いにじいちゃんのところへ行った。
巳壱をカンカンに怒らせたのは今日で2回目なのに、天祥は全然平気な顔をして耳の後を掻いている。
豊一がミャッと注意した。
『テンちゃん、ミイちゃんの魚、とったら駄目だってば。』
『とってないよ。
箱からはみ出してたから、引っ張ったら抜けたんだよ。
それなのに、ミイちゃんったらあんなに怒って。濡れ衣だよ。』
天祥、前脚でしっかり抑えて咥えてたよね。
抜いても、直ぐに戻せばいいのに。全然反省してないんだから。
ボクもふんと鼻を鳴らして、天祥を怒ってやった。
『テンちゃん、そんな意地悪してたら駄目なんだよ。』
『意地悪じゃないよ。
ミイちゃんを魚離れさせようとしてんの。
ミイちゃんはテンちゃんの家来だから、魚がなくても平気なようにしてやんなくっちゃいけないの。』
魚離れは良いけど、家来って、何時からそうなったんだろう。
ボクと豊一は顔を見合わせたけど、ちっとも分かんなかった。




