巳壱 VS 天祥、お魚攻防戦。(前編)
大地を流れる霊気には凄い力が有って、周りに沢山の影響を与え、時には霊獣を生み出す。
ボクも霊気の流れに生み出された獅子の霊獣だ。
この国には他にも魔物や妖怪、精霊、妖精とか、数え切れないほど色んな種族がいる。
一口に霊獣と言ったって、姿も生活も食べるものも違えば、大きさや力の強さも違うから、一括りにするのは難しい。ただ、霊気を沢山必要とするのは変わらないって教わった。
そもそも霊気の流れだって地脈とか、龍脈とか色んな呼ばれ方をするし、場所やどんな状態にあるのかでも名前が変わって、霊力って呼んだり、魔力や瘴気って呼んだりするから、時々なんだか分からなくなる。
澄んだ霊気が沢山集まると、精霊やボクみたいな霊獣になったりするけど、淀んで歪めば瘴気になって、怖い怨霊や意地悪な邪鬼に変わる。
やっつけなきゃいけない怨霊の生まれ方が、ボクらと同じだって知ったときは吃驚した。一歩間違ったら彼奴らと同じ化け物だったのかなって思ったら、ちょっと怖かった。でも、瘴気から生まれたものは、ボクらみたいに自我を持たないんだって。
自我って難しい言葉を使われちゃうとよく分かんないけど、ボクがボクだって思ってるからには、彼奴らはと違うんだ。
ボクの望みは、神社付きの霊獣として神域や皆を守ること。
燦馳って名付けられたからには、燦いて見えるぐらい立派な獅子になりたい。
ボクみたいな霊獣を生み出すほど霊気が強い場所は神域って呼ばれる。神域には神社が建てられて、神職って呼ばれる人が一緒に住むもんで、うちにの神社にもじいちゃんがいる。
じいちゃんは人間だから、四足のボクらと違って両手を扱うのがとっても上手。それに凄く働きもの。
境内の掃除とか、村の人との話し合いもするし、ボクらのお世話もしてくれて、夏になったら大きい獅子の兄ちゃん達と一緒に魍魎退治にも行く。ボクら小さい子獅子にもブラシをかけてくれたり、撫でてくれたりするんだ。
本当はもっと沢山の神職がいると良いんだけど、うちにはじいちゃんしか居ない。だから、迷惑かけないようにしなくちゃいけない。
ボクはまだ子供の霊獣だから、じいちゃんと一緒に社務所に住んでる。でも、大きくなったら、兄ちゃんたちと一緒に本殿で暮らすようになる。本殿のほうが霊気の流れが強いし、お部屋も広い。だけど、自分で自分の管理が出来ないと皆に迷惑を掛ける。
知らない間に具合が悪くなったり、怪我をした時、じいちゃんがすぐ気がつけるように、小さい子供は社務所で暮らすって決まってるんだ。
早く本殿に行けるぐらい大きくなって、じいちゃんを安心させてあげたいなあ。
でも、ボクはあんまり成長が早いほうじゃないみたい。もしかしたら、弟の無比刀や豊一に抜かれちゃうかもしれない。
天祥にはもう、抜かれた。テンちゃんは成長が早くて、小さい兄ちゃんのミミ兄やイツ兄といつも一緒に遊んでる。だから、ずっと年上だって思ってたのに、本当はボクのがちょっとだけお兄ちゃんだった。
霊獣は身体の成長差が大きくて、早く生まれても、先に大きくなれるわけじゃないから仕方ないけど、やっぱり、凄く悔しい。
小さい巳壱には、流石に抜かれないと思うけど……でも、ミイちゃんも頑張ってるしなあ。
せめて、行動だけでもしっかりしようと思う。
天祥は身体だけは立派でも、甘ったれで我儘ばっかり言うから、困っちゃうんだ。本当はもう本殿で暮らせるのに、社務所に戻ってきて居座ってる。
本殿に行っていいよって、長兄のニノ兄ちゃんに言われたときは一日中大騒ぎして、郵便屋の兄ちゃんにまで、呆れられるぐらい燥いだのにね。
なんか、行ってみたら思ったより面白くなかったんだって。
無比刀がしたり顔で『やっぱり。社務所が一番だと思った。』って言ってた。
そう言えば、郵便屋の加賀見の兄ちゃんは、次、何時来てくれるんだろう?
兄ちゃんは大事なお手紙を運ぶだけじゃなくて、時々、小さい人のきいたんや、ぬいぐるみのルー兄やティー兄も連れてきてくれる。
美味しいおやつもくれるし、気が向けば遊びにも連れてってくれるんだ。
きいたんはちっちゃくって、暖かくって、良い匂いがして、くっついてると凄く幸せな気持ちになれる。
特に巳壱はきいたんが大好きで、いつも自分がお兄ちゃんだって威張ってお世話しようとする。でも、ボクだってきいたんが好きだ。
小さい赤ちゃんだから、かけっこしたり、木登りは一緒に出来ないけど、ブラシをかけて貰ったり、一緒にお昼寝したり、お散歩したりするんだ。初めは尻尾を引っ張られるんじゃないかって、ちょっと怖かったのは内緒だよ。
最近、きいたんは豊一をトヨチー、無比刀のことをムイムイって呼ぶようになった。天祥や巳壱は元々、テンちゃん、みいちゃって呼ばれてたし……なんでボクだけ、ただのサンジなんだろう。
渾名はそのまま兄弟の中でも使われるようになったんだけど、じいちゃんはきいたんが付けたのを知らないらしくって、時折不思議そうにしてる。
ルー兄とティー兄は小さいのに、とんでもなく強くて、一緒にいるだけでボクも強くなった気がするぐらい。
おんなじお客さんで、勇のおじちゃんや小日向のお兄ちゃんも遊んでくれるけど、ボク、ルー兄達に鍛えてもらうのは特別だって思ってる。
だって、ボクとそんなに大きさは変わらないのに、本当に凄く強いんだ。
あんなふうになれたら良いのに。そしたら、兄ちゃんたちも吃驚するし、じいちゃんがとっても喜ぶよ。
加賀見の兄ちゃんは、いつもきいたんたちを連れてきてくれるわけじゃないけど、早く、来てくれないかなあ。次は、何時来るんだろう。
そんなことを考えながらお布団のタオルにくるまっていたら、巳壱がやってきて、ボクのダンボールの中まで入ってきた。
『サンジはまだ寝てるの?
ミイチはもう、沢山寝たよ! もう、朝だよ!』
ボク達の朝はあんまり早くない。だって、沢山寝ないと大きくなれないもん。
起きてもすぐにお布団から出ないで、ゴロゴロしてるのは巳壱だって同じなのに、今日は先に目が覚めたみたい。
ダンボールはボク専用でいくら巳壱が小さいからって、2匹入ったら狭い。押されるし、踏まれるしで鬱陶しいから、前足で押し出してやった。
『踏まないでよ。豊一やムイのところに行きなよ。』
『トヨチーはもう起きてるよ。ムイムイはムイムイだもん。起こしたって起きないよ。』
あっちへ行ってって言ったら、巳壱は不満そうにミャッて短く鳴いて、ヒゲをピクピクさせた。
それに応えるみたいに豊一の青い頭が横からニュッて出てきて、天祥の声も聞こえた。
『おはよう、サンジ!』
『皆、お寝坊だよ。朝が早いお利口はテンちゃんだけだよ。』
そのまま、豊一までボクのダンボールに入ってこようとするから、前足で叩いてやった。
騒がしくて仕方がないので身体を起こし、ぐるっと子供部屋を見渡す。
天祥はいつも一番にお外へ行っちゃうのに、まだ部屋にいるなんて珍しい。無比刀はやっぱりまだ寝てるみたい。ダンボールから尻尾だけがはみ出て、時々ピクピクしてる。
マイペースな無比刀は別としても、皆が起きたんなら、ボクもそろそろ起きようかな。んーって身体を伸ばして大きく欠伸をする。
『サンジ、お外に遊びに行こうよ。そんで、お水を飲んでから、木登りしよう。』
『今日はミイチが一番早く登るよ!』
『ふん。ミイちゃんになんか、負けないぞ。』
豊一と巳壱に誘われて、ボクは尻尾をぶんと振った。
ボクは身体がまだ小さい分、身軽で木登りが得意だ。それは巳壱だって同じことだけど、だからって負ける理由にはならないよ。天祥は出かける気がないのか、ダンボールに潜ってしらばっくれているし、無比刀は放っておけば勝手に起きる。今日はボクらだけで遊ぼう。
そうと決まれば、大急ぎで顔を拭って、出かける準備を済ます。
『よし、じゃあ、行こう!』
『あ、ちょっと待って。魚、持っていかなきゃ。』
ミャッと宣言したら、豊一は尻尾をくねらせて頷いたけど、巳壱が大急ぎで自分のダンボールに戻った。
巳壱はきいたんから魚のぬいぐるみを貰ってから、ずっと“ご執心”っていうのになってる。何処に行くにも、持っていこうとするんだ。
豊一が呆れた様子で尻尾を揺らした。
『ミイちゃん、お魚は置いて行きないよ。』
『駄目だよ! ミイチの大事な魚だもん。』
魚を抱えてたら遊ぶのに邪魔。ボクも置いていったほうが良いと思うんだけど、巳壱は片時も魚を手離そうとしない。
ボクも一緒にボンって名前の毛糸玉を貰ったけど、遊びに連れて行こうとは思わないよ。
だって、汚れちゃうもん。
ミイちゃんはきいたんが大好きだから、仕方がないのかな。
『ミイちゃん、早くしてよ。』
『まってね! さっかっなー さっかっなー ミイチの、さっかっなー』
急かしても、巳壱は絶対魚を連れていくつもり。
変な歌を歌いながら取り出そうとしてダンボールをガサガサ、ゴソゴソしてたけど、なんだか様子がおかしくなった。
『あれ? あれ? ないよ?』
慌てた様子でダンボールをひっくり返して、タオルやら中身を引っかき出し始める。
最後には大きな声でフギャッって鳴いた。
『ない! ミイチの魚が、ない!』
大事な魚がなくなった巳壱は、毛を逆立てて部屋中を駆け回り始めた。
『ないよ! ミイチの大事な魚がない! サンジ、知ってる?』
『知らないよ。ボクが知ってるわけ無いじゃん。』
問い詰められるように聞かれて、ムッとしたボクは尻尾で床を叩いた。
きいたんには悪いけど、あの魚は可愛くない。目が虚ろで、明後日の方向を向いてるんだもん。それになんか、無駄に長い。じいちゃんが時々食べているサンマってやつに似てる。
誰も、あんなもん、盗りゃしないと思うんだけど。
『じゃあ、トヨチーは? 豊一は知ってる?』
『ボクだって、知らないよー』
豊一も困った様子で耳を頭にくっつけた。
巳壱はよっぽど慌ててるみたいで、無比刀のダンボールにも頭を突っ込んだ。
『ムイムイは? ムイムイ、ミイチの魚、知らない!?』
『……むぎゃ。』
返事なんかない。だって、寝てるんだもん。
『ミイちゃん、止めなよ。ムイムイが知ってるわけないよ。寝てんだから。』
『ええっ!? 何で? 何でミイチの魚、なくなったの?
テンちゃん、知らない?』
豊一が止めるのを無視するみたいに、巳壱はオロオロ部屋中を駆け回り、天祥にも聞いた。
しらばっくれてた天祥はうるさそうに耳を動かした。
『煩いなあ。テンちゃん、そんなの、知らにゃあよ。』
重そうに頭を持ち上げて、不機嫌そうにフギャーと鳴く。
でも、その前足の下には長くてクタッとした奴が居た。
ミッギャーと巳壱が悲鳴を上げる。
『テンちゃんじゃん!
テンちゃんがミイチの魚、とってんじゃん!
何でとんの! それはミイチのだよ! 返して!!』
『いいじゃん。ちょっと借りただけだよ。はい、返す返す。』
ペイッと投げ捨てるみたいに、天祥が魚をダンボールの外に放り出せば、巳壱は大慌てで飛びついた。
『ああ、良かった。ミイチの魚、あったよ。』
後生大事に前足で抑えて抱え込むのを見て、ボクと豊一は顔を見合わせた。
あれ、そんなに大事かなあ?
だけど、巳壱は魚をしっかり咥えるとプンプン怒りながら、子供部屋を出ていった。
『全く、テンちゃんときたら! 全く!
これはミイチの魚だよ!』
そのまま、魚を背中に結わえつけて貰いにじいちゃんのところへ行った。
あれだけ巳壱がカンカンになって怒っていたのに、天祥は全然平気な顔をして前足を舐めている。
豊一がミャッと注意した。
『テンちゃん、ミイちゃんの魚、とったら駄目だよ。』
『とってないよ。借りただけだよ。
それなのに、ミイちゃんったらあんなに怒って。心が狭いよ。』
きいたんから預かった魚を巳壱に渡したのは天祥だ。その時、重々しく大事にしろって言ったのは自分なのに。
それにさ、やっぱりきいたんが天祥にくれた毛糸のひよこをボクらが同じように持っていったら、もの凄く怒るに決まってるんだ。
それなのにミイちゃんの大事な魚を取るなんて、テンちゃんと来たら我が侭の自分勝手なんだから。
ボクはふんと鼻を鳴らして、巳壱の後を追っかけた。




