線路沿いで。(後半)
見学の子供たちに咆哮を浴びせる五十嵐のファンサービスには賛否両論ある。始めた当初は誤解もあって子連れの親御さん、特にお母さんからドン引きされた。
別に子供が嫌いで吠えているわけではなく、寧ろ喜ばせようとして始めたことを説明し、なんとか理解を経て、現在はある種の厄払いとして認識されている。犬ほどではなくとも、獅子の咆哮にも除災の効果があるので嘘ではない。
ただ、昨今は女性の見学者が増えたことから一時的に中止されており、この機会に止めさせた方が良いような気はしている。
じゃれ合っている間に駅のホームが見えてきた。陸晶がまた、ひょいひょい前に出て柵に前足を掛けると、首を伸ばしてホーム内を探る。
『いつもの駅員さん、いないかな?』
『おじちゃん、いるの?』
『わかんない。いるかもよ?』
陸晶が探しているのは参道前の通りを通勤路にしており、偶に参拝にも来てくれる駅員さんだろう。やはり安全上、顔を合わせた際に挨拶をする程度だが、見知ったおじさんを探して、天祥も一緒になって首を伸ばす。
この時間帯に乗客は殆どいないのか、ホームには数名の人しか見当たらず、駅員さんはいないようだった。それでも、こちらに気がついた乗客の若い女性がくすくす笑い、小さく手を振ってくれ、子獅子たちも尻尾を揺らし、前足を招くように動かして返す。
『ねえ、もう帰ろうよ。』
瑞宮だけが愛想無く座り込んで首を傾げているが、声を掛けても弟たちは動かない。
そればかりか天祥が不可思議なものを見つけてしまった。
『あっ、ぴよこちゃんだ!』
黒い尾羽の親鳥が飛んでいき、カップ麺の器を貼り付けたと思しき半椀状の巣から、顔を出した雛がジッと鳴き声を上げた。弟が前足で示した方向を見上げた陸晶が、ビャアと否定する。
『違うよ、天祥。あれ、もうひよこじゃないよ。フワフワじゃないもん。』
『本当だ。』
つられて瑞宮もノタノタと線路沿いに寄っていく。
『燕かな?』
『燕だねえ。』
『燕のぴよこちゃん!』
不思議そうに首を傾げる陸晶たちを無視するように、天祥が頑固にひよこだと尻尾を揺らした。子獅子たちの見立て通り、軒先や駅のホームに巣を作る鳥と言えば、最もポピュラーな燕であろう。だか、しかし。
「まだ、越冬していないのか?」
燕の子育てシーズンは春から夏だが、既に木枯らしが吹き始めている。
温かい時期を狙って移動する渡り鳥である燕がいる季節ではない。一体、どうしたのだろう。
子獅子たちと一緒になって首を傾げていたら、湊が鼻先で手をつついてきた。
『じいちゃん、なんかこの辺り、おかしくないですか?』
引率として気張っているせいで敬語混じりの若獅子に言われ、周囲の霊気の流れを探ってみる。村の中を流れる霊気は神域と違い、薄く広がっているので辿り辛い。四苦八苦しながらたどって見れば、確かに不自然にホームに向かって流れているようだ。
「悪いものではなさそうだが、霊気の流れを細工した後のようなものも残っているな。」
『それにこの辺りから、別の嫌な気配がします。』
なんだこれと湊と一緒に探っている間に、子獅子たちは燕へ向かって吠え始めた。
『何で、飛んでいかないの? 燕は夏だけなんでしょ?』
『もう大きいんじゃないの? 何で巣に引きこもってるの?』
『駄目だよ、ミミ兄もリク兄も! ぴよこちゃんをいじめちゃ!』
何故、越冬せず、巣にいるのかと雛に問いかける兄獅子たちを天祥が叱る。
『あのこはちっちゃい、ぴよこちゃんなんだよ! だから飛べないの!
ぴよこちゃんに飛んで見せろなんて、可哀想だよ!
出来っこないのに!』
『でも、テンちゃん、あのこ小さくないよ。』
『そうだよ、頭も黒いし、羽根も生え揃ってるもん。』
雛をかばう弟に、まず、雛ではないと瑞宮たちは説明するが、天祥は全く話を聞こうとしない。
『嘘だよ! あれはぴよこちゃん!
ちっちゃい、ちっちゃい、ぴよこちゃんだよ!
だから巣の中にいるんだよ!
ぴよこちゃんだから、いじめたら駄目!』
ぴょんぴょん飛び回って、小さい雛だと騒ぐ。
「天祥、少し静かにしなさい。」
流石に煩いので止めようと子獅子を押さえれば、ジッと怒ったような鳴き声が聞こえた。
見上げれば雛が巣から半分以上身体を出して、羽根を動かしている。そして見ている間にバサッと音を立てて巣からから飛び出し、そしてバサバサと不格好に落ちた。
『あ、落ちちゃった。』
『あーあ。』
『ほら、ぴよこちゃんだよ! 飛べないじゃん!』
がっかりする瑞宮たちを自分が正しかったと天祥が吠えたてる。
飛び上がれないのか羽根を動かして藻掻く雛に、同じホームで子獅子たちに手を振ってくれた女性が、思わずと言った体で駆け寄り、すくい上げようとした。
その時、さっと黒い影が線路から伸びて、雛をつかみ取り、合わせて女性も線路下へ引っ張った。
「きゃあああぁぁっ!!」
絹を裂くような悲鳴が上がり、自分たちも駆け寄って柵にしがみつく。
「大丈夫ですか!?」
声を掛けるも、女性は立ち上がれないどころか、返事も出来ないようだった。
蠢く影がさざ波のように波打ちながら女性を取り囲み、飲み込むようにじわじわ地面の中に引きずり込んでいる。クリーム色のコートの一部が黒く染まる。妖魔だ。
ガオオォウッ
湊が咆哮を上げた。
吠え声にも破邪の霊気を乗せて叩きつければ、影の動きが止まり、陸晶が叫ぶ。
『じいちゃん、電車! 電車がこないようにして!』
「分かった!」
この駅は終点だから、来る側だけを止めればなんとかなる。懐に手を差し込み、術符を四枚引っ張り出し、順番に霊力を流し込む。
一の式、絡手。ニから四の式は物理防御結界。三枚重ねて線路沿いに張り付ける。
対象を絡めとり押さえつける術で電車の速度を落としつつ、結界にぶつけて止める作戦だ。ただ、結界を張るだけでは、今度は電車が衝突して事故になってしまう。一枚目と二枚目は強度を敢えて弱めてクッションとし、三枚目で確実に止まるように調整する。
術が展開され、結界が張られたのを見て、すぐに柵の隙間から天祥が飛び込んでいく。
「あ、こらっ、天祥!」
止める暇もなく続けて陸晶が隙間に潜り込む。その間に天祥は黒い影に飛びつき、思い切り叩いた。
『エイッ! こいつめ!』
子獅子は力いっぱい爪を振るって黒い影に叩きつけた。影はネバネバと粘体生物のように蠢き、天祥の攻撃から逃れようとする。
続いて線路内に潜り込んだ陸晶が加勢に入ると思いきや、勢いつけてホームに飛び上がる。
子獅子が飛び乗るには少し高すぎたが、なんとか上半身を引っ掛けた。後ろ足を使ってホームの上までよじ登り、頭をきょろきょろ振って、何かを探す。
『ボクも!』
瑞宮が弟達の後を追おうと猛然と柵の隙間に飛びかかった。少し狭いのを無理して頭を突っ込み、前足を動かして下半身を引き出そうとするが。
『あれ、抜けない? 抜けない! 抜けないよぅ!
じいちゃん、引っかかった!!』
『何やってるんだ、瑞宮ーッ!!』
後ろ足が引き抜けず、ジタバタする弟の姿に湊が悲鳴を上げる。
大急ぎで白毛の若獅子は弟獅子に駆け寄り、その背中を咥えて後ろに引っ張る。
『引っかかったーッ! なんで?!
頭通ったら抜けれるはずなのに、何で引っかかったーッ!?』
『分かったから暴れるな、瑞宮!』
「瑞宮、一旦、バックバック!」
なんとか大柄な子獅子を柵から引き擦りだし、矢継ぎ早に湊が指示を出す。
『ミミ太、兄ちゃんを踏み台に使え!』
『分かった!』
腰を下ろした兄獅子に、言われたことをすぐに理解して、瑞宮は湊の背中を駆け上ると柵を飛び越え、そのまま黒い影に飛びかかった。
『こいつめ! こいつめ!
お前のせいで余計な恥かいた!!』
空腹で元々機嫌が悪かったのも加わって、怒り狂う子獅子の攻撃が炸裂し、黒い影が水たまりのように飛び散る。
ビリリリリリリリーと耳をつく、サイレン音が辺りに鳴り響いた。
陸晶が非常ボタンを見つけて押したらしい。ガオウガオウと大声で吠えて、駅員さんも呼んでいる。
『待ってろ、俺も行く!』
瑞宮を送り込んだ湊もすぐに立ち上がり、少し下がって助走をつけ、華麗に柵を乗り越えた。逃げようと流れてきた影に一撃をかまし、倒れた女性に声を掛ける。
『大丈夫ですか? 立てますか?
立てるなら俺に捕まって、早くホームへ上がってください!』
影の相手は弟たちに任せ、自分は被害者の女性に鬣を押し付けるようにして立たせると、そのままホームへ押し上げる。陸晶が呼んできた駅員さんが駆けつけ、引き上げるのを手伝った。
「電車は!?」
人間の自分が柵を飛び越えるには時間がかかり、しがみつくようにして叫ぶ。
結界は張ったが、適切な安全装置ではない。電車に与える衝撃が避けられない以上、出来るだけ当たる前に電車本体のブレーキで止めたい。
「大丈夫です! 非常ボタンの停止信号で今、止まった連絡が来ています!」
答えた駅員さんのトランシーバーがガアガアと音を立て、状況の報告を要望している。
安心して電車が来る方向を見やれば、まだその影は見えず、かなり前で停止させることが出来たらしい。
『こいつめ! こいつめ!』
弱って動きを止めた後も、バシバシと執拗に爪を叩きつける瑞宮によって、黒い影はサラサラと砂のように消えていった。子獅子の爪撃であっても瑞宮の一撃は重い。あれを何度も喰らわせられれば、消滅は免れまい。
他にもいないか探知用の術式を発動して探すも、網に引っかからない。
どうやら一先ず、片付いたようだ。
やれやれと一安心し、周囲に探索結果を伝える。
それでも執拗に黒い影を探して爪を叩きつけようとする瑞宮を尻目に、天祥が何かを咥えあげた。
ものを咥えたままではホームには上がれないと判断したのか、こちらに戻ってきて柵の隙間をノソノソ越える。
『じいちゃん、これ。』
両手を出させてぺっと吐き出したのは燕の雛、ではなく、もうすっかり成長した様子の燕であった。羽根を痛めでもしたのかブルブル震え、飛んで逃げようとしない。
天祥が鼻をひこひこ動かし、偉そうにミャアと鳴く。
『可哀想なぴよこちゃん!
こんなにちっちゃいのに、巣から落っこっちゃった挙げ句、お化けに襲われるなんて。
なんて可哀想なんだろう!
助けてあげられて、本当によかったよ。』
ジッジッと手の中で燕が身動ぎし、短く何度か鳴く。見た感じ、大きな怪我もしていないようではあるが、震えが大きくなったようだ。
なんだか不穏な違和感を覚えていたら、子獅子が匂いをかごうと鼻を燕に寄せた。
その黒い鼻を、燕が思い切り突く。
『痛い! 何すんのっ?!』
柔らかい鼻を突かれ、天祥は両手で顔を覆うようにしながら後ろに飛び跳ね、そのまま転がった。コロンコロンと転がって、ミャアミャア大袈裟に泣きわめく子獅子に、肩を怒らすように燕は翼を動かし、バサバサ羽ばたき始めた。
そのまましばらく待ってやれば、不格好にだが飛んでいき、何処からか現れた親鳥に支えられるようにしながら、東の空へ飛んでいってしまった。
『あー 行っちゃった。』
「ついに飛んでいったなあ。」
騒ぎが一段落して気が抜けたのか、ぼんやりと口を開けた陸晶の横で、駅員さんが感慨深げに頷く。
夏場に巣立ちに失敗したのを見つけて、巣に戻したものの、そのまま何時までも飛んでいかないので心配していたのだと言う。
無事に巣立ててよかったが、今から越冬して間に合うのだろうか。
天祥が憤懣やるかたないとガアガア吠えた。
『何でテンちゃんつつかれたの!
あのぴよこちゃん、何でテンちゃんをつついたの!
助けてあげたのに酷いよ!!』
怒りで尻尾を振り回しながら、その場でグルグル回る弟に、陸晶が呆れた様子でミャアと無く。
『だから、あの燕、ひよこじゃないんだよ。』
『羽も生え変わって、もう大人だったよ。』
暴れまわって余計に腹が減ったのか、不貞腐れた顔の瑞宮も同意し、湊がグルルと唸って纏めた。
『立派な成鳥に向かって何度も飛べないとか、小さいとか、弱いひよこ扱いしたから怒られたんじゃないのか?
お前、もう少しよく見ないと駄目だぞ。』
『あんなちっちゃいのに! テンちゃん、ぴよこと思ったよ!』
失礼だったと叱られて、天祥はフシャーと毛を逆立てた。
ただ、怪我がなかったから飛んでいったのであろうし、燕のことはもう考えまい。
幸いにして、被害者の女性も大きな被害は無く、軽い打撲ですんだとのことだ。お礼を言いたいと言うのを固辞して駅員さんに後を任せ、帰宅の途につく。
今回のことは神社で待機中の獅子たちに早く伝えねばならず、今後の対応について打ち合わせなければならない。
それに何より、一刻も早く戻らねばならない理由がある。
『じいちゃん、ボク、腹減った!
何で、カリカリ持ってないの!』
噛みつかんばかりに瑞宮がガアガア吠え、天祥と陸晶がみゃあみゃあ鳴く。
『ミミ兄、おデブで引っかかったのにまだ食べるの?』
『瑞宮、少しダイエットしたら?』
『煩い! 煩いったら、煩い!』
『よしなさい、瑞宮! 天祥も陸晶も!』
燕に突かれ、やはり機嫌の悪い天祥がブンブン尻尾を振るい、陸晶も呆れた様子でヒゲを動かす。散々な言われように怒る瑞宮が振るう爪は鋭く、手加減されておらず、湊が抑えようと慌てている。
瑞宮は普段おおらかで、余り怒ることもないのだが、空腹時だけは別だ。
重いので座りこまれれば移動させられず、力持ちなので暴れられれば抑えるのも難しい。出来ることは兎に角迅速に神域に戻り、霊気を吸わせることだけ。自然に足早になるのを抑えつつ、後悔する。
まさか、隣接する村の中で兵糧が必要になるとは思ってなかった。
せめておやつだけでも、次から必ず持ち歩こう。




