線路沿いで。(前半)
土地から溢れる霊気の流れが、周囲に恩恵を与える場所は神域、邪鬼を生み、瘴気溢れる箇所は魔境と呼ばれる。この地脈と呼ばれる霊気の流れが乱れたり、神域の核となる御神体を不用意に傷つけると大きな災害に繋がるため、管理施設として神社が建てられる。
自分が管理する咲零神社も関東全域にある神社のうちの一つ。御神体から生まれる霊獣、純白、若しくは空色の毛並を持つ獅子達とともに、近隣の平和と関東の守護の一角を担っている。
当社の獅子たちは百獣の王と呼ばれるに相応しく、戦闘力に優れ、他者に害を為す魑魅魍魎の討伐を主な仕事としている。
ここより西部にある魔境、過負盆地は毎年大量の瘴気を吐き出し、邪鬼怨霊を生み出すので、活性化する夏場は毎日討伐に赴かねばならないが、休眠期に入った今は再封印が施されており、獅子たちの生活も落ち着いて、体の調整や技の訓練をしながら、ゆったり過ごしている。
しかし、何処からやってくるのか、秋口から春にかけて、今度は町中にぽつりぽつりと小鬼など低級の妖魔が出る。そういう奴等は魔力も体格も小さい上に、影に潜むので見つけにくい。大きな事故にも繋がりづらいが、目立たないだけに発見が遅れてしまい、被害が長引く事もある。
神域のお陰で他の地域より格段に発生数は少ないのだが、今年は妖魔の目撃情報が、心持ち多いようだ。
ただの偶然ならば仕方ないけれども、もし、要因があるなら改善したい。
可能であれば町中を探って歩きたいが、いくら賢く、存在を知られた霊獣とは言え、大きな獅子が複数で村の中を歩き回れば、流石に住民の方々を驚かせる。更に理由が魔物探しと知れれば、無闇に心配を煽ってしまう。
さて、どうしたものかと考えて、子獅子をメインにした触れ合い兼パトロールを始めた。
獅子はあくまで獅子であって猫ではないが、当社の子獅子は可愛らしく、人懐っこい。子供たちにも早いうちから神社の霊獣がどういうものか勉強し、親しみを持ってもらうのは悪いことではない。
保育園や幼稚園、小学校を訪問し、ついでに村の中を見回ることにして、数週間。原因は未だ特定できないものの、子獅子たちは機嫌よく任に付いており、魔物への牽制にはなっているのか、目撃情報もピタリとやんだ。
それに子供たちが大変喜んでくれている。良い試みを始めたと思っており、この機会に例年の行事とすることも検討中だ。
しかし先日、他所の神社を回るついでに当社にも立ち寄った、龍族の貴賓には眉を顰められた。
「え、それで移動中に本当に妖魔や、そういうのが集まる要因に出くわしたら、どうするつもりなんだよ?」
関東一帯を収める龍族、竜堂家の勇殿は話を聞いて、抱えていた子獅子の瑞宮を抱きしめ、びゃあと悲鳴をあげさせた。
『おじちゃん、苦しいよ!』
「ごめん、ミミ太。ごめんな。」
いじめるなら抱っこされてやらないと子獅子に怒られて、勇殿はすぐに謝り、情けなさそうな顔のまま此方をみやった。
「確かに若干、村の様子がおかしいようだから、パトロールは有効だと思うけどよ。
大人の獅子ならまだしも、子獅子に何かあったら、どうするんだよ。」
言いながら抱えた瑞宮のお腹を撫で回し、再びフシャッと文句を言われた。
『失礼だね、おじちゃん! ボクら、そんなに弱くないよ!』
自分たちだって、毎日身体を鍛え、何時でも戦えるようにしているのだと子獅子は前足を振るうが、抱っこされてひっくり返っている格好では当たらないばかりか、あまり強そうでもない。
しかし、瑞宮も随分大きくなったのに、勇殿はよく抱える気になるものだ。
あの子、見た目以上に重い獅子たちの中でも、特に重いんだけど。
「そりゃそうだろうけど、お前はまだ子獅子だろ。
それどころか、もっと小さい巳壱や無比刀も行くんだろ?」
『ミイちゃんやムイだって立派な咲零の獅子だよ! ちゃんと戦えるよ!』
「そう言われると兄ちゃん、なんにも言えないけどよ。」
心配する勇殿に瑞宮は強く言い返し、竜堂家のご三男殿はますます眉尻を下げた。
「戦えるって、魚を背負ったままで大丈夫なのかよ。
あんな大きな綿毛みたいな成りで、平気なのかよ。」
ここ数ヶ月の間に始まった、巳壱が貰った魚を背負って歩く習性と、無比刀のポメラニアンみたいな全身フワフワの毛並みは定着しつつある。
目立つ上に可愛らしいと村の中でも評判だ。特に女子に。
パトロール中に役場から派遣される留守番役のお姉さん達も、つい可愛い可愛いと連呼してしまい、他の子獅子が拗ねて大変だったそうだ。全員、同じように可愛いといつも以上にブラッシングをして、許してもらったとの報告を受けている。
ただ、いくら可愛くとも子獅子は獅子の子であって、愛玩動物ではない。
巳壱も無比刀も今回の発端はよく理解しており、自分こそが魔物を見つけて退治するのだと、他の子獅子たちと一緒に毎日一生懸命、爪を研ぎ、担当の日は鼻息荒く出かけていく。
ふれあいで気が抜けて、帰りは只の子猫っぽくなっちゃうけども。
勿論、勇殿が心配するように、魑魅魍魎に対してのパトロールである以上、遭遇する可能性も、戦闘になったときのことも考えていないわけではない。
「一応、大人の獅子も同行させていますし、子獅子も無理無く護りきれる3匹までと決めています。
それに魔境から湧き出るようなのはまだしも、町中を徘徊する程度のものなら、そろそろ対応出来ないといけませんから良い訓練です。」
自分も神術補助の魔石や術符を持って行く。
逃してはつまらないので拿捕系も用意はするが、最悪の場合、神社に救援を頼んで、待機中の獅子たちが到着するまで保たせることを考えて、防御系をメインに準備している。術の強度を上げるには結界の範囲を狭めなければいけないが、子獅子三匹ぐらいなら、最大出力でも問題ない。
ちなみ術符とは神術に必要な式を紙などに予め書いたもので、神術発動の簡略化に使う。
霊気を大量に含み、補助動力として使える魔石と違って、全て自分の霊力で賄わなければならない反面、魔石には刻みきれない複雑な術の発動時間を短縮し、式の誤りによる失敗を回避できる。
どちらも消耗品であまり多用したくはないが、ケチって間に合わない方が困る。きちんと準備をしていれば、滅多なことはないだろうし、うちの獅子達が魔物の討伐を仕事にしている以上、子獅子もいつかは戦わなければいけない。怪我や万一の事故を恐れていては、何時までも戦えるようにならない。いわば前座戦として丁度良い。
心配無用と断れば、分かってはいたのか勇殿は肩を落とすだけで、強いて止めようとはされなかった。
只、随分落ち込んで帰られた。
勇殿は武人であるだけに、まだ守られるべき子供が戦場に立つのを好まない。優しい方でもあるので、簡単に割り切れるものでもないのだろう。それを時には統率者として、非情にならねばならない立場に相応しからぬ弱さとするつもりは、自分もない。
また、彼は知らないのだ。確かに巳壱は子獅子のなかで最も小さく、方向性が見定めきれずにもたつく事もあるが、一度進むべき道を見つければ果敢に攻める。無比刀もおっとりマイペースなだけでなく、肝が座っており、必要な際には怯まず堂々と戦う。
……どちらかと言えば、同い年の子獅子の中で怪しいのは豊一だ。あの子は攻撃センスは良いし、技の覚えも早いのだけれども、どうも落ち着きがない。不必要に慌てて、転ばなくて良いところで転ぶところがある。
だか、運動神経の良さは誰もが認めるほど。安定すれば群れの代表的霊獣になれるはずだ。焦らず成長を待ってやらねばなるまい。
幸いにして、本日のパトロールも無事に終わりそうだ。
前回、順番が一周したので、今日のメンバーは瑞宮と陸晶、天祥に引率が湊。
電車を見たいと言う陸晶の希望に沿って、帰り道を一本、横にずらし、線路沿いに帰ることにした。自分のすぐ前を行く3匹の子獅子たちは、天祥を先頭に三角形になって歩いていく。
沢山子供達に遊んでもらった天祥は、いつも通り機嫌よく、お気に入りの手洗い歌をフガフガ口ずさみながら、尻尾を揺らしている。
ガタンガタンと音を立てて電車が脇を通った。
自分たちを追い越していく電車の後を、追い掛けるように陸晶が走り出て、柵に前足を駆けて立ち上がる。子獅子に気がついた乗客が驚いて目を見張るのが、あっという間に流れて見えなくなっていく。
『リク、危ないぞ。』
湊がガウと吠えて、弟を注意する。
道のど真ん中を通るのもまた危ないが、できるだけ線路に近寄らないようにしなければいけないのは、勿論理解していて、陸晶は直ぐ柵に掛けた足を降ろして戻ってきた。
恥ずかしげにぺろりと口の周りを舐める弟に、湊が重ねて注意する。
『線路に近寄ったら駄目だ。天祥も瑞宮も、そんなに先をいかないで、こっちに来なさい。』
真剣な顔で弟たちを諌める湊は真面目だが、少し厳しすぎるかとも思う。勿論、柵の中に入らなければ良いと言うものではないが、陸晶は身を乗り出したわけでもない。
それでも神経質に尻尾を振り回し、油断無く周囲を見渡す湊に声を掛ける。
「どうした、湊。」
何か、見つけたのか。
問えば、純白の若獅子は少し不安げに眉根を寄せて、俯いた。
『いえ、どうもしません。しませんけど……』
「わかった。」
まだ、形になるようなものを見つけたわけではないようだ。しかし、漠然としたものであっても、勇猛な獅子が不安を感じているようならば、気をつけるに越したことはない。
只の気のせいである可能性もあるが、彼らの直感は往々にして当たる。
また、今度は前から電車が来る。一本奥の線路を黄色い車体が通り過ぎていく。
みゃあと天祥が首を伸ばして鳴いた。
『今度の電車は黄色だね。テンちゃん、黄色の電車が好きだよ。』
『そうかな? ボクは銀色のが好きだな。青い線が入ったやつ。』
『そっちも好きだよ。かっこいいもん。』
ミャーと受け答えた陸晶に天祥はブンと尻尾を振った。
『でも、テンちゃん、黄色が好きなんだよ。ぴよこちゃんみたいだから。』
『電車は黄色いだけで、フワフワじゃないじゃん。
天祥は本当にひよこが好きだね。』
貰った毛糸のひよこを独占したりする、鳥の雛が大好きな弟を陸晶は鼻でフーと息を吐くように笑い、つまらなそうに瑞宮がヒゲを動かす。
『電車もいいけどさ、早く帰ろうよ。』
不機嫌そうなその物言いに、弟獅子たちは笑い出した。
『また、ミミ兄の機嫌が悪いよ。
きっと、お腹が減ったんだ!
ミミ兄はお腹が減ると、直ぐ機嫌が悪くなるよ!』
『瑞宮、お腹のお肉を食べると良いよ。』
『うるさいなあ。良いだろ、別に。
後、ボク、太ってないよ!』
からかうように跳ねる弟たちを、瑞宮は飛びかかるようにして追い払う。
「ほら、喧嘩しない。」
『ミミ太は、本当に燃費が悪いな。』
キャッキャッとじゃれ合う子獅子たちは声を掛けても、なかなか止まらない。無邪気な弟たちに湊も苦笑して耳を動かす。
神域から出ているので霊気を吸収できないとは言え、そんなに長い時間、神社を離れているわけでもないのだが。
それでも、お腹を空かせたままにしておくのは可哀想なので、早めに神社に帰ったほうが良さそうだ。ただ、もう少しすると人通りの多い駅前に入るので、どの道を選ぶべきか考える。
人目については行けないと言うこともないのだが、お互いの安全上、決まったところ以外での接触は避けたい。流石に村の人全員を覚えているわけではないので、邪な考えを持った人間が近寄って来てもわからないし、獅子たちに悪意はなくとも、尻尾で叩いたり、ぶつかって怪我をさせてもつまらないからだ。
その点、村の人は心得ていて、町中ですれ違っても近寄ってこないばかりか、寧ろ避けていく。神社へ参拝にも滅多にこない。
そして、偶発的に遭遇した場合には非常に驚かれ、ダッシュで逃げられたりする。
だから、大人の獅子達を規定のコースや施設以外は村の中で歩かせられないのだ。
受ける視線は好意的なものばかりであり、本日のような触れ合いイベントを行えば沢山の人が集まるので、嫌われているわけではないと思うが、時折、複雑なものを感じる。
……嫌われてないよな? ちゃんと村の役に立っているし、役場との関係も良好だし、大丈夫なはずだ。
筆頭獅子がサービスと称して、訓練の終わりに見物客へ咆哮を浴びせたりしているけども。
若干、不安要素はあるが、今日の訪問先でも喜ばれたし、問題ないと言い切りたい。




