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八幡 VS 無比刀 、ブラッシング争奪戦。(前半)

 周囲に影響を与えるほど、霊気が強く流れる場所を神域と言う。その核となる御神体は魔石と呼ばれる霊気を含んだ鉱石や、霊獣を生み出す。神域の霊気や御神体を護り、霊獣たちを補佐するために、近隣から神職が派遣され、神社が建てられる。

 自分が宮司として管理する咲零神社にも霊獣の獅子がいる。白、若しくは青毛の彼らは一見生身に見えるが、砂で作られた器に魂を宿したもの。その生態には不思議なことが多く、時間の経過と成長が一概には繋がらないのも特徴的だ。

 霊獣の成長には精神の影響、日々の心がけや考え方が大事とも言われるが個体差も激しい。


 今、当社にいる子獅子の中で、最年少は青毛の無比刀(むひと)だ。年齢こそ最も幼いが、驚異的なマイペースでどっしり構え、周囲に振り回されず、自分の意思を貫く強さと落ち着きを持っている。

 また、長く子獅子のままであった璃宮(りきゅう)が先日、ついに成獣となったため、最年長の座には八幡(はちまん)が座ることになった。元々、獅子たちの中で最も足が早く、純白の毛並みに短いながら鬣を蓄え、細身でスタイルも良いと評判であったところに、新たなタイトルが加わったとあって、ますます弟たちから羨望の眼差しを集めている。

 尤も、彼にとっては子獅子最年長となった責任よりも、璃宮に置いていかれた不満のほうが大きいようで、もう大人だからと止めた木登りを再開し、不貞腐れた顔をして高い所に寝そべっている姿を見かけるようになった。

 木登りは身体を木の上に持ち上げる筋力や、不安定な足場でバランスを維持し、平衡感覚を養う訓練ではあるが、子獅子が行うものでもある。大人の獅子は昼寝のベッド代わりに登りはしても、高いところへはいかない。

 何故なら、砂で出来た彼らの身体は見た目よりも重いからだ。

 八幡が身軽で木登りが上手いのは事実だが、見ていて心配になる。枝が折れて落ちなければいいが。



 さて、この二匹であるが、現在、自分の目の前で絶賛喧嘩中である。

 理由はどちらが先にブラッシングしてもらうか。実に仕様もない争いだ。


 八幡は自他共に認めるおしゃれ好きで、毛並みにも大層気を配る。舌で舐めたり獅子用の特注ブラシを使い、自分でも手入れをするが、人間に梳かしてもらうのも、とても好きだ。

 特に鬣の生え始めには日に5回もねだりに来た程だ。一ヶ月ほど前、いたずら好きの郵便屋に刈り上げられてしまったが、今も一日一度は必ず、15センチ程度の鬣を梳かして貰いに来る。

 無比刀ものんびりマイペースにではあるが、自分のことは自分でしっかり管理する。毛並みの手入れも自分で行い、ブラッシングは機会があればやってもらう程度であったのだが、事情が変わった。先日、子獅子だけで旅行にやったところ、何が悪かったのかペルシャかポメラニアンのように、首周りどころか全身の毛が伸びて、フワフワになって帰ってきた。

 これが嬉しくて堪らないと、無比刀にしては珍しく何度も周囲に自慢し、もこもこを維持するために、小まめに梳かしてもらいにやってくるようになったのだ。

 今やブラッシングを望む二大勢力となった二匹の衝突は時間の問題であった、と言うほどのことでもないので、適当に折り合いをつけてほしい。

 

 毛を逆立て、不快を示す八幡と裏腹に、無比刀は毛がすでにフワフワに広がっているので、これ以上逆立てられないのもあるが、どんと構えて平然と対峙している。うちの末っ子は肝が座っている。


『なんだよ、無比刀はちっちゃくて、することないんだから、後で良いだろ!

 オレは大人だから他にもやることが沢山ある。

 走り込みもしなくちゃいけないし、ニノ兄たちと模擬戦もするんだからだから、オレが先!』


 忙しい自分が優先だと、八幡は弟を追い払おうとするが、無比刀は一歩も引かず、言い返す。


『でも、ムイのほうが小さいから早く梳かし終わる。

 だから、ちょっとだけ待てばいいのに、ハチ兄は心が狭い。

 それにムイだって、することがある。』


 忙しいのは自分だけと思うな。

 ヒゲをピクピク動かして主張する末っ子に八幡はガアと吠え、それを切っ掛けに二匹は激しい口論を始めた。


『することって、どうせ昼寝だろ!

 訓練のが大事だ! オレは魔境まで討伐にもいくんだから!

 今は魔物は出ない時期だけど、今のうちに沢山、技や連携の練習しておかないといけないんだぞ!』

『お昼寝だってきちんと成長するために大事。

 それにムイはお勉強もいっぱいする。ムイだって、忙しい。』

『そんなの忙しいって言わない!

 本当に生意気だな! 年長者に敬意を払えよ!』

『年長者だったら、弟の面倒を見て、譲ってあげなきゃいけない。

 ハチ兄は口であれこれ言うだけで、ちっともムイたちの面倒みない。』

『煩いなあ! もう、良いからあっちにいけってば!

 無比刀は星宮のお姉ちゃんが来た時に、梳かしてもらえばいいだろ!』

『お姉ちゃんが来てからじゃ遅いもん。

 ムイ、ちゃんと梳かしてフワフワにしてるって、お姉ちゃんに褒めてもらうんだもん。

 ハチ兄だって普段からのお手入れが大事って、いっつも言ってるじゃない。

 それにハチ兄は鬣短いんだから、じいちゃんに梳かしてもらわなくったって自分でやったら良い。

 ムイのフワフワはじいちゃんにやってもらわなくっちゃ。だから、ムイが先!』

「グルルルルルルルッ!」


 気が強く、年上の八幡が圧勝との予想に反して、無比刀が優勢である。言い負かされたと言うほどでもないが、腹立たしさに八幡が牙をむき出し、唸り声を上げた。

 何かと騒がしい子獅子たちの中で、無比刀は物静かな方だと思っていたが、意外と口が達者だったらしい。一歩も引かぬと足を踏ん張り、尻尾を旗のようにピンと立てて吠え返す。


 しかし、まだまだ幼い最年少子獅子であることは変わらず、何回りも小さい弟を力ずくで追い払うのはみっともないと八幡も分かっているのか、手は出さない。

 ただ、悔しげに前脚で地面を何度も引っ掻いている。猫パンチが繰り出されるのも時間の問題であろう。

 それで無比刀が大泣きして終わればまだ良いが、この青毛の末っ子はそんな弱々しい性格ではない。半泣きになっても、負けを覚悟で突っ込んでいくぐらいはやりそうだ。

 どちらにしてもろくな結果にはならないだろう。両手を叩いて止めさせる。



「その辺にしなさい。喧嘩することじゃないだろう。

 ハチ、お前は年上なんだし、いつもやってあげてるんだから、今日は無比刀に譲ってやれ。」

『なんだよ、じいちゃんまで! もういいよ!』


 強制的に順番を決めれば、八幡は怒って逃げていってしまった。

 短いとは言え、鬣が生え始めたとは思えない子供っぽい最年長に肩を落とし、勝利に尻尾を揺らす無比刀も嗜める。


「無比刀も兄さんに生意気言わない。後でちゃんと謝りなさい。」

『えー でも、ムイが梳かしてもらうのは必要だからだもん。

 ハチ兄の鬣はまだ短いんだから、自分でやればいいだけじゃん。

 ハチ兄も悔しかったら、フワフワになればいいんだ。』

「いや、これ以上フワフワが増えたら流石にじいちゃん悩むっていうか、違うだろ、無比刀。

 うちの神社は皆で協力してやっていかないといけない。

 仲良く出来ないなら、じいちゃん、怒らないといけないぞ。」

「ムー……」


 自分をしっかり持っているせいか、注意しても聞こうとせず、素知らぬ顔で尻尾を揺らすのを改めて叱れば、青毛の末っ子は不満そうに低い声で鳴いた。

 そのまま、考え込むように黙ってしまったので、お説教はここまでにして縁側に座れば、のそのそと膝の上に乗ってきた。

 獅子とは思えないモコモコの毛並みは柔らかく、触り心地は良いが、手入れが大変だ。絡んだところがブラシに引っかかり、引っ張らないよう、ゆっくりと丁寧にブラシをかける。



 言い争いは終わったとみて、周りで遠巻きに見ていた子獅子たちも寄ってきた。

 瑞宮(みずみや)がブラッシングされる無比刀を羨ましそうに眺め、少し丸い自分の身体を振り返る。


『良いなあ、ムイちゃんは暖かそうで。

 ボクの毛だって、つやつやしっとりで触り心地が良いって褒められるんだから、ついでにフワフワになればいいのに。』


 末っ子と同じ長毛を欲しがる兄獅子の横っ腹を、陸晶(りくしょう)が前脚で突っついた。


『瑞宮の触り心地が良いのは、どちらかと言えばこの辺のお肉だよ。』

『違うわい! これは筋肉だって言ってるだろ!』


 普通以上に体格が良いのを揶揄われ、フシャッと牙をむき出した瑞宮が繰り出したパンチを陸晶はひょいと避けた。

 そのまま、プロレスを始めて転げまわる兄獅子たちに巻き込まれないよう離れながら、燦馳(さんじ)が興味深そうにひげを動かす。


『でも、ムイムイの毛は温かいし、気持ちがいいよね。ボクもちょっと羨ましい。』

『そうかな? ミイチは、そう思わないけど。』


 長い毛並みを褒める兄弟を胡散臭そうに見やり、巳壱(みいち)は難しい顔で尻尾を左右に動かした。


『確かに今のムイムイは柔らかくて、くっついて寝るのには良いけど、自分がそうなったら、きっと鬱陶しいよ。ミイチ、毛は今のままの長さが良い。』

『そうだね。自分のだとすると、ちょっと暑苦しいね。』


 無比刀がどうこうではなく、自分がそうなるのは嫌だと耳を頭にくっつけるのに、逸信(いつしん)がのんびりと同意する。

 末っ子の風変わりな毛並みについて、羨ましがるもの、そうでもないものと其々な反応を示す中、最後に一番の腕白坊主、天祥(てんしょう)がそろそろと近寄ってきて、無比刀を鼻でつついた。今更ながら、不思議そうに首を傾げる。



『フワフワだね。タンポポみたいにフワフワのもこもこだね。

 じいちゃん、なんでムイムイだけ、こんな風になったのかなあ?』

「何でだろうな。敢えて言うなら、魔石の食べ好きかもな。」


 うちの獅子たちは神域に流れる霊気を糧にしており、肉や魚は必要としない。だが、神域を離れた旅行先では同じように霊気を吸収できないため、代わりに魔石と呼ばれる霊気を含んだ特殊な鉱石を主食にしていた。

 これまで獅子たちの毛が無比刀のようになったことはないから、何かしら要因があったのであろうし、身体に影響しそうなのはやはり食事だろう。

 悩みながら答えれば、天祥は納得いかなさそうに耳をピクピク動かした。


『でも、じいちゃん。カリカリはテンちゃんも沢山食べたよ。

 何でテンちゃんはフワフワにならなかったの?』

「そうなんだよな。」


 旅行先で皆、同じものを与えられた中で、フワフワになったのは無比刀だけだ。

 どうして末っ子だけがこうなったと首を傾げれば、膝の上の当人がミャアーと鳴いた。


『きっと、ムイが暖かくしたいって、思ってたからだよ。

 向こうは楽しかったけど、寒かったから、もっと暖かくしたいなあって、ムイ、ずっと思ってたもん。』


 霊獣の成長は心がけが大事なんでしょ。

 そう言って尻尾を揺らす無比刀に、天祥は目を丸くした。



『暖かくしたいって思ってたら、毛がフワフワになった……

 じゃあ、テンちゃんも、尻尾沢山ほしいって思いながらカリカリ食べれば、新しい尻尾が、』

「生えてこない。」


 皆まで言わせず、途中で叩き切る。

 って言うか、その野望、まだ諦めていなかったのか。最近言わなくなったと安心していたのに、甘かった。

 何処で勘違いしたのか、天祥は尻尾が多いのが良いことだと思っているが、猫又ではあるまいし、獅子の尻尾が増えたことなど一度もない。

 そろそろ、諦めてはくれないものだろうか。

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