噂になってる。
『じいちゃん、じいちゃん、どうしよう。』
子獅子は自分か代理人と一緒でなければ神社の外には出さないが、大人の獅子は申告の上、決まった場所へ二匹以上であれば、霊獣だけでの行動を許可している。
湊と図書館に行った護矢が戻ってきたと思う間もなく、がうがう吠えた。情けなさそうな顔をして尻尾を振り回すのに、なんだか知らんが大げさなと思う。
他の獅子たちもワラワラ集まってくる中で、グルグル回る小柄な獅子をなだめる。
「落ち着け、護矢。どうしたんだ、湊?」
『じいちゃん、こないだのテン坊の歌、村で評判になってるらしいよ。』
耳を頭につけた湊の報告を聞いて、目眩がした。
最近、村に邪鬼怨霊の目撃例が多発している。
神域を護り、邪物を討伐する神社の霊獣に宮司として、被害が出る前に見つけ出し、退治しなければならないが、大きな獅子を見回りにやるのは、かえって村の人の不安を煽るかもしれない。そこで子獅子をメインにパトロール、ついでに親睦を兼ねて、小学校や幼稚園、保育園を回ることにした。
子供たちには大層喜ばれ、子獅子たちも遊んで貰って機嫌が良い。
良い試みを始めたと思っているが、帰りがけに調子に乗った天祥が尻尾を振り回しながら変な歌を歌った。これが噂になっているらしい。
『それで図書館の司書さんに、可愛い弟さんねって言われたんだけど。』
『歌詞の内容があれだし、猫とか言っちゃってるし、もう恥ずかしいったら。』
そうなのだ。
褒められた言葉をそのまま歌詞に使ったがために、自分で自分をお利口だの、フワフワだの、挙げ句の果ににゃんこなどと歌っているのだ。
最終的には自分でもおかしいと気がついて勝手に怒っていたが、そこに至るまで結構時間が掛かった。
当神社に獅子は居ても、猫は居ない。誤解を自ら招く言動は如何なものか。あまりに仕様もない歌詞だったので、ちょっと触れたくなくて、すぐに注意しなかったのは失敗だったかもしれない。
交互に説明する護矢と湊が困って尻尾を左右に揺らしている反面、聞いていた仁護はどうでも良さそうに、ブフーと鼻を鳴らした。
『大したことじゃないじゃん。放っておけば?』
言葉通り、くだらないと思っているのか、見るからに興味がなさそうだ。
隣で翔士が怪訝な顔をしてグルルと鳴く。
『なんでそんなに評判になってんだ?
天祥が歌って帰ったのって一回だけだろ。』
これには訳知り顔で璃宮が尻尾を大きく振って答えた。
『うちの弟たち、小学校訪問を始める前から結構注目浴びてたもん。噂になりやすいんじゃない?』
『そうなの?』
『そうだよ。巳壱が魚を背負ったり、無比刀がフワフワのポメラニアンになったりしてるから。
可愛いって、女の子たちが騒いでるらしいよ。
広場の観客も増えたのも、それが原因だって。』
『それでかぁ。なんか最近、騒がしかったの。
イガ兄もファンサービス止めたし、なんでかなって思ってた。』
『そりゃ、女子に咆哮浴びせたら、ブーイング続出だよ。』
時期が悪かったと2匹がガウガウ話すのを、片耳だけピクピクさせて聞き流し、仁護は気がなさそうに欠伸をした。
『ま、何でもいいけどさ。フワフワや魚が可愛いって言われてるなら、変な歌だって可愛いんじゃないの。
いいじゃん。にゃんこのテンちゃんでも。』
『駄目だよ! 他人事だと思って!』
所詮、子獅子のやることだと、まともに取り合わず、適当な対応を取ろうとするのに湊が怒る。
『村中に広がっちゃってるんだぞ。それに誰が“テンちゃん”かまでは認識されてない。
天祥はまだ仕方ないけど、白毛の子獅子ってだけで瑞宮や陸晶とかも纏めてそういう目で見られるじゃないか!』
いくら周囲の目が微笑ましいものであっても、揃っておかしな歌を歌うにゃんこ扱いになるのは可哀想だと弟を心配する。護矢もグルグル唸って青毛の兄弟を窘めた。
『そうだよ。お前だって嫌だろ。
いくら本当でも「タオル大好きジンちゃん」とか言われたら。』
『それは確かに嫌だっていうか、別に大好きじゃない。』
『フカフカが良いからって、あれだけ溜め込んで、よく言うよ。』
『溜め込んでないし、ちゃんと今朝も洗濯に出した。』
事実であっても獅子らしくないところを突かれた仁護が憮然とし、尻尾をムチのように動かして不満を示す。
ここはお陰で今朝の洗濯は大変だったとは言わないでおくべきだろうか。
どちらにしろ仁護が言うように、まだ鬣の生えていない子獅子がやったことで、大事にするのはおかしく、否定して回ったりなどすれば、かえって騒ぎになってしまうかもしれない。
ただ、湊が心配するように他の子獅子が巻き込まれて、喧嘩のもとになっても困る。
さて、どうしたものか。
『でも、なんで噂になったのかな?』
その内容よりも、翔士は噂になった経緯の方が気になるようだ。何度も首を傾げ、耳を動かして不思議がる。
『歌ったって、たった一回だけだろ?
聞いていた人も少ないだろうし、村中にってのはちょっと広がり過ぎじゃないか?』
確かに天祥が変な歌を歌ったのは、幼稚園からの帰り道だけだ。人が集まっている真ん前で歌ったわけではなく、すれ違った人が十数名いた程度だろう。いくら注目を浴びていたとしても、村中に広がるには要因が少なすぎる。言われて見ればおかしなことだ。
獅子たちと一緒に不思議だと悩んでいたら、一体どこにいたのか、近くにいたとすれば奇跡なほど大人しかった天祥がやってきて、ガアと鳴いた。
『テンちゃん、こないだも歌った。』
『は?』
トコトコ現れた弟がサラリと何でもないことのように言うのが返って飲み込めなかったようだ。
眉間にシワを寄せ、口を開けた翔士に鼻先でふんと返事をして天祥は続けた。
『テンちゃん、こないだ歌いながら参道下の広場行った。
途中で小さい人の群れとすれ違った。』
『一度じゃなかったのかよ! しかも群れって!』
その場にいた獅子たち、全員が悲鳴混じりにガオウと吠えた。
小さい人の群れと言うが、幼稚園や保育園児が単独でウロウロしているとは考え難いから、小学生の集団であろうか。歌う天祥を見かけた子供たちが学校で話し、学校中に広がり、家庭に持ち帰られ、村のあちこちに拡散されたものと考えられる。
『なんで? なんで歌いながら人前を彷徨いてるんだ!?』
『だって、ミナト兄ちゃん、訓練終わったかなって思って。
でも、まだだったから直ぐ戻った。』
『そういう問題じゃない! あんな変な歌、あちこちで歌ってるのか!?』
『うん。』
『うん、じゃない!!』
子獅子は小さい分、悪いものにも狙われやすい。
安全上、親が子供に知らない人と話さないようにさせるのと同じように、子獅子たちには見知らぬ相手には近寄らない、思念波も出来れば使わないように言いつけている。
それがどうしてこうなったと慌てる湊に、答える天祥はどちらが歳上なのかわからないほど落ち着いていた。
『でも、ミナト兄ちゃん。テンちゃんが毛並みすべすべでお利口なのは本当でしょ?
それとも幼稚園の皆が、テンちゃんに嘘ついたの?』
『そりゃ、そうじゃないけど……! でも、そういうことじゃない!』
弟に何がまずいのか自覚させられない己の不甲斐なさに唸る兄獅子を眺め、天祥は肩をすくめてミャッと鳴いた。
『諦めよう、ミナト兄ちゃん。
だってテンちゃん、可愛いんだもん。噂にぐらい、なっちゃうよ。』
あ、こいつ、なんか勘違いしてるな。
『天祥、お前、自分で自分を褒めるなんて、傲慢だぞ。
それに、にゃんこのところはどうしたんだ? まさかそのまま歌ったんじゃないだろうな?』
『嫌だなあ、ジン兄ちゃん。そこはちゃんと直したよ。
それに、もう歌うなって言うなら歌わない。約束する。
人がいるところで歌ったのは2回だけだし、噂なんか直ぐ消えるよ。』
仁護にも叱られた天祥は興味をなくしたようにそっぽをむき、群れから少し離れて座った。尻尾がゆらゆらと風に吹かれたように揺れる。
『そっかあ。テンちゃん、可愛いもんね。注目も浴びるし、噂にもなるよね。ププッ。』
くすくす笑うその背中から、やはりなんか勘違いしているのが伝わってくる。
あれはひとまず、放っておこう。
視線から追いやって、耳も尻尾もくにゃりと萎れた湊を撫でる。
「大丈夫だ、湊。人の噂も七十五日って言うだろ。
いつまでも話題にはならない。それにうちの子獅子は其々特徴あるし、一緒くたにはされないさ。」
『……瑞宮や逸信は天祥より大きいし、巳壱は逆に小さい。
豊一と無比刀は青毛だから大丈夫かもしれないけど、陸晶と燦馳が……リクは一番賢いのに。』
大袈裟に捉えぬよう声をかけるも、かえって心配を煽ってしまったようだ。確かにあれと一緒にされたら、陸晶はまだしも燦馳が怒るであろうことは目に見えている。これは面倒なことになってしまったかもしれない。
喧嘩は駄目だと言いきかせれば、表面上は大人しく仲直りするだろう。
けれでも、折角の子供たちとの触れ合いを、笑われるのは嫌だと拒否するようになるかもしれないし、実際に行った先で揶揄われれば、良い気はしまい。
対策を思いつけずに悩む中、ワンワン吠える声が聞こえ、動くぬいぐるみを従えた郵便屋の加賀見がやってきた。
「何、集まってるんだ?」
不思議そうに青い目を瞬かせるのに状況を説明すれば、こともなげに言われた。
「噂なんか、別ので消せばいいだろ。」
なんの疑問も感じていない様子に、かえって不審を感じてしまう。
「簡単に言うな。どうやって打ち消すんだ。」
「もっと話題性のある何かを提供すればいい。」
「そう言われても、何をしろっていうんだ。変なことは出来ないぞ。」
確かにより魅力的で興味を引くことを別途行えば、優先順位的に歌の噂は消えてなくなるかもしれない。しかし、打ち消すからにはそれなりに話題性がなければいけないし、その方向によっては、かえって悪いことになりかねない。
否定的に対応すれば、肩をすくめられた。
「じゃあ、噂の中身を改ざんするとか。」
「改ざん?」
「うん。噂を消すのは難しくても、中身をちょっと変えるぐらいならいけるだろ。」
「変えるって言われてもなあ。」
「天祥、お前が歌ったのって、どんなのだ?」
別案を提示されるも、やはりしっくりこず、首を傾げていたら、話すだけ無駄だと判断されたようだ。
直接、天祥に歌詞の内容を聞いた加賀見は少し考えたあと、足元のぬいぐるみたちに一言二言指示を出す。
「分かった! そんなの簡単!」
「分かった! しっかり仕込んどく!」
ぬいぐるみのルーとティーが揃って吠えて了承し、あっという間に天祥と並んで何処かへ駆けていってしまった。
宮司の自分の了承も得ず、勝手に話を進める彼らに湊が不満げにグルグル唸る。
『一体、何をさせるつもりですか、加賀見さん。』
「まあ、任せとけ。いざとなったら村人全員の記憶を飛ばしてでも、責任は俺が取る。」
『うわあ、乱暴。』
実に良い笑顔を浮かべて、無茶苦茶を言うのに獅子たちから表情が消える。
勿論、自分も同様である。
『っていうかさ、そんな事出来るの?』
不信も顕に前脚で護矢が突っ付けば、加賀見は軽く首を傾げた。
「出来るっていうか、やろうと思えばやれると思うっていうか。
事後のダメージが計り知れないけど、多分行けるだろ。」
『駄目じゃん! 直ぐ、そうやって無計画に行動するんだから! だから瘴気が貯まるんだよ!』
「お前ら最近、俺の顔見れば二言目にはそれ言うけど、言ったところで何も変わらんぞ。」
『改善して! 指摘を受けることを反省して改善して!』
ガアガアとコントのように言い合う彼らに鬣をブルリと振るい、諦めたように翔士がグゥと鳴いた。
『加賀見の兄ちゃんは嘘はつかなくても、法螺は吹くし、話も盛るからなあ。
多分、言うほど大事にはしないんだろうけど、心配だよ。』
「本当にな。」
その鬣を撫でながら同意を示せば、仁護も似たような感想らしく、軽く尻尾を振るった。
『取り敢えず、お手並み拝見と行こうよ。
駄目で元々だし、ニノ兄に齧られる程度で済ませるだろうし。』
長兄の獅子が怒るかもしれないが、本当に駄目ことはしないはずと、信頼と言うには残念なものを郵便屋に寄せる青毛の獅子たちに、白毛の3匹も仕方なさげに頷いた。
「じゃあ、そういうわけで本日の郵便物な。
他を回ってくるから、サインしといて。」
目の前で獅子たちから手酷い評価を受けたと言うのに、特段気にした様子もなく要件を済ませると、加賀見は後でぬいぐるみを回収しに来ると言いつつ、出ていってしまった。
あれは本当に安易に触れてはいけない魔物であろうか。関わってはいけない理由の方向性が日に日にずれていくのが止まらない。
「ま、なるようになるか。駄目なら、ニノに齧らせよう。」
無闇に騒いでも仕方がない。ここは郵便屋を信じることにして腹を据える。
だが、何をやるかは把握しておくべきだろう。ひいては、駆けていったぬいぐるみと子獅子を探すべく、獅子たちに探索を頼む。
一体、何処で何を始めているのやら。せめて早めに見つけたいものだ。
数日後の訪問先からの帰り道、先をゆく子獅子達を眺める。
『お家に帰ったら、手を洗おうー
手洗い子獅子は、お利口さんー
フワフワ、むくむく、泡立ててー
洗えば毛並みも、真っ白よー』
尻尾をゆらゆら揺らし、仲良く合唱してご機嫌だ。
天祥の作詞を若干手直しした歌を、ぬいぐるみは子獅子たちに教えていた。
歌だけでなく、見回りから戻ると手水場に前脚を突っ込んで、洗うような素振りをするようにもなった。
村の中を歩くだけであれば瘴気で汚れることもないが、別に悪いことではなく、長兄の二前などは『手首まで忘れず、しっかり洗えよ!』と機嫌よく尻尾を揺らしている。
“子獅子が歌を歌う”という点では変わりなかったせいか、狙ったとおり、先の噂を補填する形で村の中にもすぐに浸透し、子供たちが自主的に手を洗うようにもなったそうだ。
「これから、風邪とかが流行る季節だからな。
うがい手洗いは大事だ。」
ぬいぐるみたちの教育結果をみながら、そんなことを加賀見は言っていた。
確かに病気の蔓延を防ぐのに、清潔殺菌は重要だ。
始まりはどうあれ、皆の役に立てて何よりだと思う。思うが。
ただ、詳しい事情はやはり、そっと封印してしまいたい。




