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可愛くとも。

 帰り道を歩きながら、先行く子獅子を眺める。


『テンちゃんは、テンちゃんはお利口さんー

 フワフワ、むくむく、可愛いにゃんこー

 毛並みはすべすべ、真っ白よー』


 尻尾をゆらゆら揺らし、即興で作った歌を口ずさんでご機嫌だ。

 隣を行く兄獅子の(みなと)が心配そうに吠える。


天祥(てんしょう)、先に行き過ぎだぞ。』

『大丈夫、大丈夫! テンちゃん迷子になんかならないよ! お利口だもん!』


 注意されても気にした様子はなく、元気よく吠え返し、嬉しそうに左右交互にぴょんぴょん飛び跳ねて進む。

 自分のすぐ側を歩いている瑞宮(みずみや)陸晶(りくしょう)も楽しかったのか、甘えるようにミャアミャア鳴いた。


『じいちゃん、楽しかったね。』

『また、遊びに行けるんだよね?』


 期待を込めた視線を向けられ、苦笑して返す。


「まだ、確定じゃないけど、そうなると良いな。」

『テンちゃん、絶対、行きたいよ!』


 前から天祥が割り込むように吠えた。

 そのままくるくる回るように跳ね回り、くり返し歌う。


『テンちゃんは、テンちゃんは、お利口さんー』


 全く、幸せそうで何よりではあるが、状況はさほど甘くない。



 話のきっかけは外出から戻ってきた護矢(もりや)からだった。


『じいちゃん、また、邪鬼が出てるそうだよ。』


 大地に流れる霊気には種類があって、歪み淀めば瘴気となって魑魅魍魎を生み出す。瘴気があふれる土地は魔境と呼ばれ、夏に活性化し、数多の化け物の発生源となるが、今の時期は結界で封印されるため、魔物が外に出ることはまず有りえない。

 それでも、何処からやってくるのか、何かの弾みで生まれるのか、秋口から春にかけてぽつりぽつりと町中で邪鬼怨霊の目撃情報が出る。

 魔境から生み出される魔物は人と見れば襲いかかってくるもので、巨大で凶暴だが、この時期、人里に出るものは魔力も体格も小さく、影に潜むので見つけにくい。

 大きな被害にも繋がりづらいとは言え、放置して置くわけにはいかず、それっぽい情報が入った時点で赴き、探し出して退治するものだが、今年はなんだか呼び出される回数が多いようだ。

 神域近辺をパトロールしている獅子たちも不穏な空気を感じるのか、なんとなく落ち着きがない。

 成獣、2匹以上、規定の場所、申告の上であれば、神職無しで出かけて良いことになっているのを利用して、よく図書館へ出かける護矢は村の人とも話す機会が多く、余計に不安を感じているようだった。



 また、瑞宮が不満そうに尻尾をピクピクさせながら、耳を頭にくっつけて報告しに来た。


『じいちゃん、なんだか最近、招いても良いことがある気がしない。』


 先日の旅行先で、子獅子たちは福を呼ぶ動きを覚えてきた。

 村の行事で何度か行っては喜ばれ、当人たちもご機嫌で技を披露していたのだが、どうも手応えを感じなくなったらしい。

 福を呼ぶと言っても効果が有るのかは不明瞭なところで、縁起担ぎの域を出ないとは言え、やっている子獅子たちが以前との違いを覚えているのは確かなようだ。


 子獅子たちの訴えを聞きながら、この近隣を守護する者として出来ることを考えて、そもそも、福を招く力に人間の子供が関わっていることを思い出した。

 子獅子たちを村の幼稚園や小学校など、子供のいる施設に赴かせ、交流ついでに周囲を見て回るのはどうだろう。幾ら神社の霊獣と言えど、大きな獅子では村の人を驚かせてしまうかもしれないが、子獅子であればそのような心配も少ない。

 ついでに福を招く力が回復すれば、一石二鳥だ。

 早速、役場に連絡をし、許可を求めれば、夏場と同じように留守番役として人を送ってもらえることになり、自分が無理なく管理できる最大数として子獅子は3匹まで、補佐として大人が1匹以上と獅子たちに伝えれば、ミャアミャア揉めながら自らローテーションを決め、張り切りだした。



 話はトントン拍子にまとまり、まずはお試しとして最も近い幼稚園に伺えば、子供たちと先生総出の大歓迎を受けた。

 湊は主に男の子に囲まれて、かっこいいを連呼され、子獅子の瑞宮と陸晶は女の子に順番に撫でてもらい、天祥は年少組は力加減が出来ないからと先生に抱っこされ、守られる形で構って貰い、無事、其々ご機嫌で初回の触れ合いを完了することが出来た。

 神社の方には夏と同じ役員さんが子獅子のために来てくれており、討伐に行くこともないので、兄獅子たちも揃って留守番をしてくれている。滅多なことはないだろう。

 この分なら問題なく、他の施設も回って歩けそうだ。


 特に天祥は若い先生方に大人しくてお利口だと何度も褒められ、柔らかい毛並みを子供たちに喜ばれて、すっかりその気になっている。

 受けた褒め言葉をそのまま歌詞にして、歌いながら道をゆく子獅子は余計に目立つ。周囲の温かい視線も集めながら燥いで歩き、道路にはみ出そうになったりするので、自分からも注意する。


「天祥、危ないぞ。道路の方へ近寄るな。」

『わかってるよ、大丈夫!』


 ミャアと元気よく返事をして、天祥は嬉しそうにひげをピクピクさせた。


『じいちゃん、次は何処に行くの?

 学校? それとも、別の幼稚園?』

「次は保育園の予定だが、順番だぞ。」


 別の子獅子が行くのだと教えれば、途端に毛を逆立てて文句を言う。


『えー 次もテンちゃんが行きたいよ。

 テンちゃんのが、上手に小さい人の相手が出来るよ。』

「駄目だ。順番だ。」


 少しでも迷う素振りを見せれば、ここぞとばかりに騒ぎ出すに決まっているので、きっぱり却下する。



『つまんないなあ。折角テンちゃん、人気者なのに。

 小さい人や先生たちだって、テンちゃんが行ったほうが喜ぶに決まってるよ。』


 尻尾を左右に振りながら、勝手なことを言う弟を湊が嗜める。


『何、言ってるんだ。お前がちょくちょく出かけることになったら、兄ちゃん、心臓が幾つあっても足りないぞ。』


 今日だって、どれだけヒヤヒヤしたか。耳を頭につけて白毛の若獅子がグルグル唸るのに、天祥はシャッと口を開けて言い返した。


『なんでさ! テンちゃんはとってもお利口だよ!

 先生たちだって褒めてくれたし、小さい人だって喜んでくれたよ!

 毛がすべすべで気持ちが良いって!』


 毛を逆立て丸くなり、カッカッと短く鳴いて怒ってみせる弟獅子に、湊は耳をぺたりとつけたまま頭を低くして、尻尾を不安げに揺らした。


『本当に、先生が抱っこしてくれてよかったよ。

 興奮したまま、跳ね周って子供にぶつかったり、突き飛ばしたりせずにすんだ。』


 その心配は尤もであるが、ここで大っぴらに同意すると天祥がますます怒るので、黙って湊の鬣を撫でるに留める。

 代わりに陸晶がにゃっと笑った。


『すべすべって言えば、瑞宮も喜ばれてたね。

 触り心地がしっとり柔らかくて気持ちが良いって。特に、お腹周りが。』

『ふんっ! ボクは柔軟も頑張ってるからだよ!

 ムツ兄ちゃんが動きはしなやかでなくちゃって言ってたもん。』


 たっぷりしたお肉の触り心地が良かったのではないかと言わんばかりの弟に、瑞宮は鼻を突き上げて、そんなはずはないと否定した。

 そもそも、体は必要なだけの霊気を神域から吸収する。幾ら瑞宮がおやつ大好きな食いしん坊でも、食べた分だけ吸収が悪くなるだけで、何もなければ太ることはないはずだ。

 しかし、その後ろ姿を見て、やはり丸いなと口に出さずに思う。それに重いのだ。もう殆ど抱っこすることのない大きさなので、余り意識することはないものの、見かけ以上に妙に重い。何故なのだろう。

 漠然と不思議に思い、何かが記憶の欠片に引っかかったような気がしたが、思い出せないのでこのまま心の隅に仕舞っておくことにする。



 なんとなくムチムチした子獅子は尻尾をひと降りして、短くガウと鳴いた。


『あと、テンちゃん。順番は守らなきゃ駄目だよ。

 仮に連続で行くことになったとしても、ボクは一緒に行かないからね。

 そのつもりでいてよ。』

『えー なんで? なんでミミ兄は行かないの?』


 仲良しの兄に連続出張を断られ、天祥は悲しげに頭を低くした。それでも瑞宮には珍しく、そっぽを向かれる。


『だって、順番は順番だもん。ミイちゃんやイツだって、自分の番を楽しみにしてるんだよ。

 それに留守番中は星宮のお姉ちゃんが来てくれるんだもん。

 また、ブラッシングして貰うんだから、一緒に行けないよ。』


 夏の間、よくやって貰ったように、役員のお姉さんに毛並みを梳かしてもらうのだと尻尾を揺らす兄獅子に、暑い季節の良い記憶を天祥も思い出したようで、納得した様子でミャーと鳴いた。


『テンちゃんも、お姉ちゃんにブラッシングしてもらうよ!』

『そうしな。』

『うん!』


 元気よく頷いて、天祥は再び歌いながら歩き出した。


『テンちゃんは、テンちゃんはお利口さんー

 フワフワ、むくむく、可愛いにゃんこー

 毛並みはすべすべ、真っ白よー』


 幸せそうに尻尾をゆらゆら揺らして歩く姿は、確かに可愛いらしい。そんな弟を心配そうに眺め、湊が周囲を伺うように鼻を高くして匂いを嗅ぐ。


「湊、なにか感じるか?」

『……いえ、多分、今日は大丈夫そうです。』


 どれだけ、子供たちとの触れ合いが楽しくとも、いや、楽しいからこそ周囲への警戒は怠ってはならない。邪鬼の存在を見落として、万一のことにつながれば、どれだけ悔しい思いをするだろう。

 周囲に気配は感じないとの言葉に安心して歩を進め、前を行く子獅子に眉尻を下げる。

 可愛いのもお利口なのも良いのだが、全く気がつく様子がない。これは一言、言わねばなるまいか。



「なあ、天祥。その歌、変だと思わないか?」

『何で? ちっとも変じゃないよ。』


 天祥は不服そうな顔をしてるけれども、宮司としてはもう一度よく考えてほしい。


「じいちゃんは、変だと思うけどな。

 よく考えて、もう一度歌ってみろ。」


 重ねておかしいと伝えれば、首を傾げながら子獅子はもう一度歌い出した。


『テンちゃんは、テンちゃんは、お利口さんー

 フワフワ、むくむく、可愛いにゃんこー

 毛並みはすべすべ、真っ白よ……?』


 そして、漸く気がついたようだ。ミャッと叫んで飛び上がる。



『じいちゃん! テンちゃん、にゃんこじゃないよ!

 獅子だよ! 立派な若獅子だよ!!』

「いや、まだ子獅子だろ。」


 これを若獅子と認めるのは、色々問題も抵抗も有るが、そういう話じゃない。

 当社の霊獣は獅子であって、猫ではない。同種の存在ではあっても、猫ではないのだ。


『テンちゃん、猫さんほどは小っさかないよ! それに、すぐにもっと大きく立派になるよ!』


 猫には猫の良さが有るように、獅子には獅子であるプライドも有る。別に差別意識はないが、得意科目が違うので同一視されるのは違和感が有るのだ。

 毛を逆立てて、天祥はグルグル回りだす。


『テンちゃん、確かに猫さんみたいに素早いけど、力だって弱かないよ。

 猫さんみたいに木も登れるし、狭いところも入れるけど、ちゃんした獅子だよ。

 ……でも、あの子達、皆、まだ小っさかったもんね。

 赤ちゃんだから分かんないのかもね。仕方がないね。』


 自分は猫のように小柄でなければ非力でもない。

 ふんすふんすと鼻息荒く怒っていたが、話すうちに自己完結したようだ。尻尾を垂らし、諦めたようにミャアと鳴く。


『じいちゃん。次はさ、じいちゃんからもテンちゃんたちは獅子で、猫さんじゃないよって教えてあげて。

 ミイちゃんなんか、ちみっさいから余計に間違われるよ。』

「ああ、わかった。」


 兄弟たちの中で最も小柄な弟を気遣うのは余裕か傲慢か。偉そうに首を傾げながら鳴いてみせる子獅子がどちらか迷う。

 また、彼は気がついていないのだ。

 にゃんこ扱いしていたのは、子供たちだけではなく、大人の先生もであったことを。


 自分が管理している咲零神社には、獅子は居ても猫は居ない。

 まさか村にその事実が伝わっていないとは思わないが、一応、次はきちんと宣言しておこう。

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