大きくなった。
社とは神を祭る建物を示し、神が降臨する場所や土地を清めて祭壇を設けた場所を。また、神社と言えば信仰に基づいた祭祀施設のことであったそうだ。
しかし、1000年前の大戦により、多くの文化や知識が失われ、多種多様な種族が入り混じった現在では、地脈や龍脈と呼ばれる大地の霊気が強力な場所、神域を管理する施設として認識されている。
信仰対象となる神々、産土神、天津神、祖神などは居ないが、神域に流れる強い霊気は周囲に影響を与え、その核となる御神体は魔石と呼ばれる霊気を含んだ鉱石や、霊獣を生み出す。
畏れ敬うのとは少し違うかもしれないが、周囲の人々は神域を重要視し、眷属として住み着いた霊獣や精霊にも敬意を持って接している。
また、眷属の中にはそれ自体が神のようなものもいる。
此処より南西部に有る不二神社にも精霊では収まりきらず、神霊と呼ばれる姫が存在する。
御神体とほぼ同一の存在として地脈の霊気を直接操り、妖魔を退け魍魎を封じる彼女は、嘘か真か古代の神話に関係しているとも言われている。
自分が神職として管理する咲零神社にそんな大層な存在はいないが、代わりに霊獣の獅子がいる。
砂で作られた器に魂を宿し、生まれてくる獅子たちは、一見、生身の獣に見えても無機物に魂が宿った付喪神に近いとされる。
ただ、体が変化しない付喪神と異なり、彼らは幼体で産まれ、日々の訓練を経て成獣へと成長していく。その生態には不思議なことが多く、時間の経過と成長が一概には繋がらないのも、特徴的だ。
霊獣の成長には精神の影響、日々の心がけや考え方が大事とされるも個体差が激しく、早いものはあっという間に成体となり、遅いものは何時までも子獅子のまま。
また、変化のタイミングも様々で、時間を掛けて少しずつ大きくなっていくものもいれば、ある日突然、目に見えるほど短い期間で変わるものもいる。
変化が出やすいのは月に一度、御神体の側で身体を休めた後だ。巣籠りと呼ばれる大切な行事で、御神体の分身である彼らにとって、体の不備不調を癒やし、万全に保つ、ある種のメンテナンスのような意味合いを持っている。
丹念に身を清めた後、産屋であり墓場でもある内陣ヘ向かい、敷き詰められた白い砂の上で獅子たちは御神体と共に眠る。
御神体のある内陣は宮司であろうと安易に足を踏み入れることの許されない神聖な場所だが、この日は獅子たちと一緒に自分も籠もる。
日々の成長は普通の生き物と同じで違いが分かり辛いが、内陣に篭もった翌日にはたった一晩で一回り大きくなったり、鬣が生えることもあって、これには毎回驚かされる。
今月は璃宮にそれが起こった。
子獅子の中では最年長で、同年代の獅子たちが成体となった後も、長く幼体のままであった璃宮だが、ここ数週間、急激に体が成長し、今回の巣籠りで更に大きく変わった。
先日、生えた側からいたずら好きな郵便屋に刈り上げられた鬣も30cmほどに伸び、体長も大体1.5mから2m近くになった。それでもまだ、節々に子供っぽいところが残っているので、もしかすればもっと大きくなるかもしれない。
皆の注目を浴びながら、璃宮は本当に嬉しそうにぐるぐる喉を鳴らしている。
『リキュウ兄ちゃんの鬣、ふさふさ!』
『キュウ兄ちゃん、格好いい!』
子獅子の逸信と燦馳が歓声を上げて、兄獅子にまとわりついている。
自分たちも早くこうなりたいと羨ましがる弟に胸を張って見せながら、璃宮はブルブルと鬣を奮った。
『やっと、大きくなれたよ。これからもっと頑張って、見た目だけじゃないようにしなきゃ。』
成長が遅かった分を取り戻すと意気込むのを、先んじて大人となった翔士と護矢が前足で突きながらからかう。
『本当だよ、これからだよ。』
『油断すると、下から突き上げ食らうぞ。成長したそばから、抜かれないように気をつけろよ。』
『分かってるよー』
一安心する暇もなく脅かされ、首をすくめる璃宮はそれでも嬉しそうだが、それどころじゃない奴が隣にいるのを忘れたのは失敗だった。
『なんだよ! ちょっと大きくなったぐらいで大騒ぎすんなよな!』
『大騒ぎはしてないじゃん。そっちこそ八つ当たりするなよー』
朝からご機嫌斜めの八幡に引っかかれそうになり、慌てて避ける。
八幡はそのままフシャッと声でも周囲を牽制して、不機嫌も顕に文句を言った。
『じいちゃん、なんでオレは大きくなんないの!
キュウは大きくなったのに、なんでオレはなんなかったの!』
「まあ、そのへんは個人差だからなあ。」
今までずっと隣にいた璃宮が成体となってしまい、置いていかれた焦りや寂しさで一杯なのだろう。
毛を逆立ててカッカッと牙をむき出して短く声を出し、怒る弟を筆頭獅子の五十嵐が窘めた。
『じいちゃんに怒ったって仕方ないだろ。
それにお前はまだ子供ってことだよ。諦めな。』
『なんでだよ! オレだってもう、大人だよ!
訓練だって毎日頑張ってるし!』
子供扱いされてますます怒る八幡を、前足を上げて牽制しながらも、五十嵐はそれ見たことかと言わんばかりにグルグル唸る。
『ほら、そうやってすぐ怒る。
いくら体だけ大きくなったって、中身が子供じゃ仕方ないだろ。
俺たち霊獣の成長は精神の影響を受けるって言うじゃないか。心の成長が足らないんだよ。』
「グルルルルルッ!」
痛いところを突かれた八幡は歯を食いしばり、唸り声を上げた。
『なんだよ! イガ兄なんか、ちょぼちょぼ鬣のくせに!
鬣もちゃんと生えてないイガ兄に、そんなこと言われたくない!』
『なんだと!』
生意気な口を叩いて反発する八幡に、五十嵐はガオウと怒鳴ったが、見ていた湊と仁護がぐるりと鳴いた。
『そうだね。なんでイガ兄、鬣、伸びなかったの。』
『皆、元通りに生え揃ったのに変だね。』
先日、郵便屋が纏めて刈り上げてしまった獅子たちの鬣は、おやつを食べて栄養補給をしたことなどもあって、今回の巣籠りで皆、元通りになった。だが、五十嵐だけは籠もる前と同じ20cm程度のまま。
これはどうしたことかと眇めを向けられて、筆頭獅子は居心地悪そうに首をすくめた。
『いや、なんでと言われても。』
『精神の影響を受けるって自分で言ったじゃん。』
『心当たり、あるんじゃないの。』
白を切ろうとするのを更に追求されて、五十嵐は視線をそらした。
『……まあ、そのうち元に戻るだろ。そんなに気にしなくてもいいじゃないか。』
『やっぱり。まだ寒くないし、短いままでもいいやとか思ってたんでしょ。』
『駄目だよ。鬣ぐらい、ちゃんとしてよ。』
先程自身が八幡へ向けたのと同じように、弟たちから冷たい視線を向けられ、淡々と叱られた五十嵐はふてくされるようにグルルと唸った。
ただ、どちらにしろ成長の変化は一概に言えず、いつまでも揉めても仕方がないので、両手を叩いてやめさせる。
「はいはい、そのへんにしとけ。」
『でも、よかったね、キュウ兄。鬣、立派だよ。』
『いいなあ。ミイチは何時、鬣が生えてくるかなあ?』
寝起きらしい、のったりとした調子で陸晶が璃宮に頭を押し付けて祝い、一番体の小さな巳壱がその周りをグルグル回る。
挨拶が済むと陸晶は、そのまま八幡にも体を押し付けた。
『ハチ兄もそう、怒らないでよ。
ボクが追いつくまで、待ってるんだと思えばいいじゃん。』
『ふん! そんなに待ってられないよ。オレだってすぐに大きくなるんだから。』
『ミイチもすぐに大きくなってみせる!』
仲良しの弟に、一緒に大きくなろうと言われた八幡はふんすふんすと鼻を鳴らし、巳壱もこのままでいるものかと息巻いた。
その横を通り抜け、無比刀と天祥がミャウミャウこちらに寄ってくる。
『じいちゃん、ムイの毛、もっとフワフワになった!』
『テンちゃんのはムイムイみたいにならなかった。なんでかな?』
「そうか、良かったな無比刀。天祥も今のままで十分立派だぞ。
それに少し大きくなったんじゃないか。」
おやつの食べ過ぎか、ペルシャ猫やポメラニアンのようになった無比刀が、ますます暖かくなったとご機嫌なのを、天祥は不可解そうに首を傾げて鼻で突っつく。
確かに長い毛並みは可愛いのだが、獅子としてはどうなのか判断に悩むところなので、これ以上、フワフワが増えても困る。
双方褒めてやれば、嬉しげにビャアと揃って吠えた。
『ムイの毛並み、フワフワで温かい。じいちゃん、また後でブラッシングして。』
『じいちゃん、テンちゃんも。』
「ああ、わかったよ。」
グルグル喉を鳴らして体をこすりつけ、甘えるのを撫でてやる。
他の子も大なり小なり、背が伸びたようだ。
ただ、尤も大きな変化が有ったのは、やはり璃宮だろう。
兄弟たちを見回して同じことを思ったらしい。古参の兄獅子、二前がぐるりと喉を鳴らした。
『しかし、璃宮も立派になった。』
『そうだね。』
相方の陸奥も感慨深そうに尻尾を揺らす。
『鬣も立派だし、毛並みもすっかり真っ白だ。』
『真っ白?』
陸奥の足元にいた瑞宮が不思議な感想だと首を傾げる。
『ムツ兄ちゃん、どういう事? キュウ兄は元々真っ白だよ?』
『今はね。でも、昔は青かったんだよ。』
大きな目をぱちくりさせる弟に、グルグルと喉を鳴らして陸奥は答えた。
『うちの神社の獅子は時折、毛の色が変わることがあるって聞いたことがあるだろう。
璃宮も生まれたばかりのときは青毛だったんだよ。でも、成長するにつれて白くなった。』
『キュウ兄、青かったの?』
『リキュウ兄ちゃん、ボクと同じだったの?』
初耳だと瑞宮は大きく口を開け、青毛の豊一が興奮してミャアミャア鳴く。
『リキュウ兄ちゃん、ボクと同じ青毛だったって!
ムツ兄ちゃん、本当?
イガ兄ちゃんもリキュウ兄ちゃんが青かったの見た?』
『どうだったかなあ。そう言われてみれば、そうだったかもしれない。』
当時の様子を一生懸命聞いても、五十嵐は不可解そうに首を傾げるばかり。
いい加減な反応に、豊一よりも二前が肩を落として唸る。
『五十嵐、弟のことぐらい、ちゃんと覚えておきなさい。』
偶に有ることだとしても、毛色が変わるのは珍しい。群れの仲間の大きな変化ぐらい覚えておいても良いはずだ。
いくら大雑把な性格にしても程が有る。呆れた様子で尻尾を動かし、ピシピシと音をたてる長兄を見つめ、仁護がボソリと呟いた。
『俺、覚えてる。』
『ジン兄ちゃん、本当?』
頼りにしている兄獅子の証言に豊一は大興奮で尻尾を振り回した。詳しく話してくれと鳴く弟に、仁護は尻尾を一度だけ大きく振った。
『俺がお前や巳壱ぐらいのときだよ。
キュウちゃんの毛並みが日に日に白くなっていったんだ。
偶に有ることだって大きい兄ちゃんたちは落ち着いてたけど、トシ兄が凄い慌ててた。
「どうしよう。キュウが白くなったら、青毛がボクだけになっちゃう。」って。
自分だけで結界貼らなきゃいけなくなるかもって毎日オロオロしてるんだ。
小さい兄ちゃんがこれだけ慌てるんだから大変なことなんだ。
自分も早く大きくなって手伝わなきゃって思った覚えが有る。』
まだ、年の差が大きかった時期を思い出したのか、幼い頃の呼び名を口にした青毛の若獅子は眇めになり、顔を動かした。
視線の先で翔士が耳を頭にくっつけて後退りする。
『えー そうだっけ? 全然覚えてないー』
『だろうね! 知ってた!』
幼心に支えようとした肝心の兄弟が、当時のことを全く覚えていない。
これは目指したとおり、不安を消せたからなのかもしれないが、素直に喜ぶ気にもなれないようで仁護はガオウと怒ったように吠えた。
そのまま言い争いを始めた2匹の兄獅子を豊一と瑞宮は口を開けてみていたが、思い直したように璃宮の所に行って、成長した兄獅子に体を押し付けた。
『ボクは大きくなっても忘れないで、ちゃんと覚えておくよ。キュウ兄がたくさん遊んでくれたこととか。』
『ボクも、ちゃんと覚えとく!』
改めて成長した祝いと、自分たちも追いつけるように頑張ると頭をこすりつけてくる弟たちに、璃宮は嬉しそうにグルグル喉を鳴らした。
『ありがとう。でも、これからだって一緒に遊ぶから、忘れる暇はないよ。』
成体になったからと言って、兄弟の絆や関係が変わるわけではない。ずっと仲良しのままだとお互いに頭を押し付け合う。
見ていた自分の足元で、天祥が不安そうにミャアと鳴いた。
『じいちゃんは、大丈夫? キュウ兄が青かったの、ちゃんと覚えてた?』
「……覚えてたよ。忘れてない。」
本当は言われて思い出した。でも、思い出せたのだから良いだろう。
若干、怪しい返事になってしまったが、子獅子はふーんとどうでも良さそうに頷いて、グルグル鳴きながら頭を押し付けてきた。
『じいちゃん、テンちゃんのことも覚えておいてね。
テンちゃんが、お利口で可愛かったことを覚えておいて。』
「ああ、分かったよ。」
自分で自分を可愛いと言っちゃう子獅子に苦笑し、頭を撫でて返す。
この子もそのうち大きくなるだろうが、やんちゃ坊主なのは恐らく変わるまい。




