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疲れてない。(後半)

「結局、自分が手入れをしてもらう回数が減ったのが気に入らないんじゃないか。」

『違うよ! 気がついた切っ掛けがそれだっただけ!』


 梳かす側としては特段手入れを減らしたつもりはなく、元々が多すぎただけだと思っている。

 天祥が1番の甘ったれの我が儘坊主なら、2番目は八幡だ。

 すぐに都合の悪いことを忘れる弟と違って、見栄っ張りな八幡にそんなことを言ったら、酷い騒ぎになるに決まっているので口には出さずに留める。

 身体ばかり大きな子供には困ったものだが、一応それっぽい理由を上げるだけ、弟たちとは違うことにしておこうか。

 やれやれと肩を落とすも、八幡は更に床を叩いた。


『じいちゃんは疲れてる!

 疲れると物忘れが酷くなるんだ!

 だから、今日はまだ本殿のお掃除してない!

 このままにしてたらもっと色々、忘れちゃうに決まってるんだ!』

「そんな大袈裟な。ちょっと遅れただけだろー」


 そう言えば、先に片付けたい机仕事があったので、後回しにして忘れていた。

 ただ、それだけだと言うのに疲労しているのだと頭から決めつけ、八幡はガウガウ吠え立てる。

 余りに騒ぐので、二前(にのまえ)やなど他の獅子達も集まってしまった。



『何を騒いでんの。』


 当社の筆頭獅子、五十嵐(いがらし)がグルリと鳴くのに事情を説明する。


「ハチがな、俺を年寄り扱いするんだよ。」

『事実、年寄りじゃん。』


 聞いた側から、生意気な口を叩く筆頭獅子の鼻をつまんでやる。


「五十嵐、お前は正直者で思ったままを口にするが、正直であればいいと思うか?」

『ごめんなさい! 言い過ぎました!』


 うちの獅子達は一部不必要に正直過ぎる。

 特に五十嵐は神社の代表として発言には気をつけてもらわなければ困る。

 失言を理解したようなので手を放してやれば、五十嵐はブルブル首を振り、何度もくしゃみをした。

 その間に小うるさい弟から事情を聞いた二前が、難しい顔をして陸奥に向かって耳を動かす。

 人の言葉を発せない代わりに使う思念波ではなく、仕草によって何らかの会話を交わした古参の獅子たちは、真面目な顔でグルウと唸った。


『そういうことなら、仕事に支障がなければ少し休んだほうが良いんじゃないですか。』

『今日は魔物の発生もないし、掃除も一日ぐらいしなくても平気でしょう。

 急ぎでやらなきゃいけない仕事もないはず。』


 今日はこのまま休日にしろと勧めてくる。

 大した根拠のない大袈裟な扱いに眉尻が自然と下がった。


「別に疲れてなんか、」

『気づいていないだけで、夏の疲れが溜まっているかも知れません。』

『これからどんどん寒くなる。風邪など引かないよう体力を蓄えておいても損はないでしょう。』


 断ろうするのを遮るようにして、重ねて強く休むよう言われる。

 古参の兄獅子まで八幡の意見に同意した為、子獅子たちはますます不安になったのかみゃうみゃう鳴きだした。


『じいちゃん、お休みして!』

『じいちゃん、ちゃんと身体は休めないといけないんだよ!』


 鬣のないのが下手に全員揃っていたがために、大合唱になってしまった。

 大音量で騒ぎ立てられたせいか、それとも暗示に掛かってしまったのか、疲れたような気もしてきた。

 机の上に広げた資料を眺める。気になった点は確認し終わったので、此処で止めても問題はない。

 ここは獅子たちを安心させるためにも大人しく従うが良策か。やれやれと肩を落とし、了承する。



「分かった。それじゃあ、少し休ませてもらうかな。」

『そうしてください。

 皆、本殿に移動するぞ。此処に居たらおじいさんがゆっくり休めないからな。』


 安心したように二前が尻尾を揺らし、早速弟たちを連れて移動を始めようとするが、八幡が再びバシバシ床を叩いた。


『その前にじいちゃんは布団に入って!

 でなきゃ本当の休憩にならない!

 起きてるとあれこれ始めるんだから、今すぐ布団に入って!』


 舌打ちしそうになったのをぐっと抑える。

 適当にごまかそうと思ったのに、余計なことに気がつく子だ。

 陸晶と同じ様に八幡も観察力が高い。細い差異に気が付き、場の流れを掴む抜群のセンスを持っている。

 討伐中でも相手の一瞬の隙をつき、生き馬の目を抜くような攻撃をするが、その能力が日常では余り良い結果に繋がっていない気がする。

 兄弟たちの毛並みや鬣の手入れの手抜きを見つけては、『今日の瑞宮、30点だな!』などと評価して、嫌がれる暇があったら、もっと喜ばれることに気がついてほしい。

 あと、五十嵐は五十嵐で弟に注意されることを気にしてほしい。

 毎日のように八幡から吠えられても、全く動じてない。



 しかし、此処で逆らっても八幡は引かないだろうし、二前たちも彼の味方をするだろう。

 子獅子たちは既に兄獅子の言葉に納得して、布団を出せと騒ぎ出している。


『じいちゃん、お布団入って!』

『ハチ兄が言った通り、ちゃんとお布団入ってお昼寝して!』


 前足でしがみつくようにして督促する彼らをわかったからと追いやって、書類を片付け、軽く掃除機をかけて布団を敷いてみせれば、獅子たちは満足げに尻尾を揺らした。


『窓とカーテンも締めたほうが良いでしょう。

 休んでいることは他の連中にも伝えておきます。

 暖かくしてゆっくり休んでください。』

「まだ明るいのに、こんな早くから寝られないぞ。」

『横になるのが大事です。』


 まるで病人のように扱う二前に文句を言うが、古参の獅子は頑固に寝ろと繰り返した。

 この分だと本を読むのも駄目そうだ。『眼が疲れる』と言われるに決まっている。

 面倒なことになってしまったが、獅子たちが居なくなればどうにでも出来るだろう。



「じゃあ、後はよろしくな。」

『はい、おじいさん。』


 子獅子たちのことを二前に頼み、戸を閉めようとしたら、隙間からひょいと八幡が縁側に上がってきた。


「何だ、ハチ。忘れ物のか?」

『オレは見張りだよ!

 見張っとかないと、じいちゃん、こっそり起きてくるでしょ!

 駄目なんだからね、ちゃんとお昼寝しないと!』


 ……本当に、余計なことに気がつく奴だ。

 子獅子達が目と口を大きく開けて、気が付かなかったと言わんばかりの顔をしている。



『テンちゃんも! テンちゃんもじいちゃん見張る!』

『ミイチも!』

『ボクもじいちゃん見張る!

 じいちゃん、ちゃんと休んで元気にならないと困るから!』


 気がついてほしくなかった可能性を知り、みゃあみゃあ騒ぐ弟たちにピシャリと八幡は言い放った。


『駄目だよ、全員で見張ったって。順番!

 本殿に待機して、順番に交代して見張るんだ。だから、後でおいで。』


 前足をあげて偉そうに言いつけるのに、弟たちは真剣な顔で頷いた。

 これはもう、逃げられそうにない。


『じいちゃん、早くお布団に入って!』

「はいよ。」


 ガウガウ吠える、子獅子と若獅子の中間な奴に追い立てられて、布団に足を突っ込む。

 八幡はその隣に満足げに丸くなった。


『駄目なんだからね。じいちゃんは何時までも元気で居てくれなくっちゃ。

 それでちゃんと生え揃ったオレの鬣、梳かしてくれなくっちゃ。

 魍魎を沢山やっつけて、また来年も御前試合に連れてってあげるから、ちゃんと元気で居てよ。』


 気恥ずかしいのかそっぽを向いて、そんなことを言う1.5m有るかないかの白いもふもふを撫でてやる。

 先日、漸く生えてきた鬣を刈られてから、また身体の成長が留まってしまったが、それでも随分大きくなった。


「御前試合ねえ。それまでには流石にお前も完全な成体になってるかね?」

『なってるよ!

 そんな当たり前のことより、じいちゃん早く寝て!』


 揶揄えばフシャッと警戒音をあげて、前足で布団を叩く。

 観念して大人しく布団に入れば、満足げにゴロゴロと喉を鳴らすのが聞こえてきた。

 これに心配されるようでは当社の宮司は務まらない。言われずとも元気でいられるよう頑張ろう。




 しかし、普段は仕事をしている時間に惰眠を貪るというのは背徳的な喜びとお得感があるが、それはきちんと寝られることが前提である。

 獅子たちの強い求めに従って布団に潜り、眼を閉じてみたが全く寝られる気配がない。

 こうなると只々退屈なだけである。

 だから、疲れてないんだって、元々。

 まだ、明るい時間なんだって。3時にもなってない。

 それでも横になっていれば何時かは眠りに落ちているかも知れないが、10分置きごとにゴソゴソコソコソ耳元でやられるので、目が冴えてしまう。


『じいちゃん、寝た?』

『大丈夫。ちゃんとお布団に入ってる。』


 子獅子達が入れ代わり立ち代わりやってきて、自分がきちんと寝ているか確認するのだ。

 本人たちは密やかにやっているつもりらしいのだが、通るのに掃出し窓を広げようと引っ掻いたり、枕元に来てフガフガ匂いを嗅いだりするので、うとうとするどころではない。

 ネコ科は隠密行動が得意ではなかったのか。

 寧ろ、わざとやってるんじゃないのか。

 それに今、気がついたけれども、下手に昼寝なんかしたら、夜に寝られなくなるんじゃなかろうか。

 生活リズムが崩れたらどうしてくれる。


 休憩しているはずなのに返ってストレスが増した。

 溜息を付いて体の位置を変えれば、すぐに八幡に怒られる。


『じいちゃん、ちゃんと寝てって言ってるでしょ!』


 お前のそれも、安眠妨害なんだが。

 霊獣は人ほどに賢いものであるが、今日は若干ずれていると言わざるを得ない。

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