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疲れてない。(前半)

 此処より西部、海を超えた先にはミッドガルド大陸があり、その形はしばしば竜に例えられる。

 黒悪魔や人狼、ドラゴンなど、その土地ごとに様々な種族が暮らしているが、竜の翼にあたる場所には人間だけで形成された国家がいくつか有ると聞く。

 先日、郵便屋の加賀見から受けた誘いに乗り、少人数で複数回に分かれて旅行してきた子獅子によれば、正体を巧妙に隠した僅かな例外や、家畜や愛玩動物としてならばまだしも、人以外の住民が本当に見受けられなかったそうだ。多種多様の種族が共存している我が国では、あまり考えられないことだ。



 当然、彼の地に霊獣などおらず、周囲への建前としてペットのふりをし、現地の保護者に連れられて回った外国は大変活気に満ちていて面白かった反面、怖かったと帰ってきた子獅子、陸晶(りくしょう)は語った。

『お世話になったところにも、魔狼が居たんだ。

 凄く大事にされてたけど……でも、ボクたちとじいちゃんみたいに「家族や仲間」じゃなくて、「持ち主と家畜」なんだって。

 飼い主の兄ちゃんは本当に優しくて、そんなふうに思ってないみたいだったし、魔狼のおばちゃんもそれは分かっていたけど、公式な立場は違うって。

 あの街は、“人”ではないものは自由に暮らせない。

 人間に従わない獣は殺され、従ってもどんな扱いを受けるかは分からないんだ。

 お家の人は加賀見の兄ちゃんの知り合いだし、いい人ばっかりだったけど、万一はぐれて悪い人に捕まったら、偽装じゃなくて本当に物として扱われるんだ。

 そういうところなんだなって思った。』


 悪い人間は陽伴にもいる。

 国内でも同じ様な心配が皆無ではないが、外国の地という普段と異なる環境には、考えさせられるものがあったようだ。


 しかし、その他は『兎に角、物凄い所に行ってきた』ぐらいの感想しか持たなかったのに、どうしてこの子だけ、このような考察に至ったのか。賢い賢いとは思っていたが、末恐ろしいものを感じる。

 現地での暮らしぶりを見ていた郵便屋も青い顔をして戦慄していた。


『朝、配達された新聞を運ぶのは逸信(いつしん)もやってたけど、陸晶は新聞とチラシを分けてから、それぞれ欲しがるところに持っていくんだ……

 誰も教えていないのに自主的にだぞ。何だ彼奴。お利口すぎて怖い。』


 また、お手伝いする良い子であっただけでなく、弟に何かあっては大変と周囲に気を配り、元々高かった危機察知能力と洞察力を格段に向上させて帰ってきた。

 優れた観察力はときに子供らしからぬ行動を可能にする。

 そう言うことにしておこう。



 それに陸晶も外国が嫌いになったわけではなく、現地で他の子と同じ様に可愛がられ、とても楽しい思い出となったようだ。

 幸いなことに預かり先の方々も子獅子達との生活を楽しんでくださったようで、また何時でも遊びに来いと言ってくれているらしい。

 むしろ、最も面倒を見てくれた方が軽いペットロス状態に陥ったそうで、直属の上司が大層心配しているとかなんとか。

 うちの子獅子はペットじゃないけれども、気持ちはわかる。


 何にしろ、我が国陽伴(やはん)は複数の島が纏まった島嶼国だと誰しも思っているが、実情はいくつかに分かれて統治されており、他国と正式に国交を結んでいない。

 移動に掛かる日程や危険性を踏まえても、今後外国に行けることなど、まずないだろう。

 子獅子たちは実にいい経験をさせてもらったものだ。

 糧となる霊気を吸収するに難が有るとして、別途与えられていた主食が身体に合わなかったのか、無比刀(むひと)が鬣どころか全身フワフワになって帰ってきたが、その衝撃を引いて有り余る有意義な体験であったと思っている。

 あれは刈ったほうがいいのだろうか。無比刀は凄く気に入って温かいとご機嫌だけれども。

 獅子じゃなくてペルシャ猫、若しくはポメラニアンになっているんだけれども。

 古参の兄獅子、陸奥(むつ)が大変羨ましそうに見ている。



 旅行先で散々可愛がられてきた為、人恋しいのか意味もなくひっついて甘えてみたり、夜、自分の寝床に行かず、人の布団に潜り込もうとしたり、不要なはずのおやつを今まで以上に欲しがったりする後遺症が出ているが、直に治まるだろう。

 今も鬣のないのが揃って思い思いに転がっているので、社務所の中が大変狭いが事務仕事に支障はない。

 机の上に手を出すなどの迷惑行為以外は好きにさせておいたのだが、これに兄獅子の八幡(はちまん)が怒った。


『何だよ、皆、揃ってじいちゃんに甘ったれて!

 ちっちゃい赤ちゃんみたいに引っ付いて、恥ずかしいったらありゃしないよ!』

『ボク、甘ったれてなんかないよ!』


 姿を見せると同時に縁側へ一飛びに飛び乗って、尻尾を振り回して怒鳴る八幡に、すぐ瑞宮(みずみや)が言い返したがガウッと吠えて退けられる。


『ミミ太は甘える以前に食べ過ぎだよ!

 丸々太って豚じゃあるまいし!』

『ボク、太ってなんかない!

 これは筋肉! 筋肉だもん!』

『ムイも、太ってない。これはフワフワの毛並み。』


 確かに瑞宮は丸い、丸いと自分も思っていたが、それにしても酷い言い様だ。

 豚呼ばわりされた弟獅子は毛を逆立てて、兄獅子に突っかかっていったが、簡単に避けられた挙げ句に前足で額を叩かれ、フシャッと更に怒鳴られた。


『うるさいよ! 無駄な筋肉なんか、贅肉と一緒だよ!

 無比刀だって、ちゃんと梳かさないとすぐにぺちゃんこで見窄らしくなるよ!』


 文句を言うなら自分を捉えてみろと一蹴し、余計な口を出した末の弟も撥ね退け、八幡はグルルと不機嫌そうに唸った。

 それを見た天祥(てんしょう)が恐れ知らずにもミャッと笑う。



『ハチ兄、ヤキモチ焼いてる。

 丁度鬣生えちゃって、大きい子は駄目って連れて行って貰えなかったから不貞腐れてんだ。』

『違うよ、この甘ったれのダレダレ天祥!

 お前が一番駄目なんだよ!』


 当然、頭からガアッと怒鳴られる。

 一番駄目との侮辱に、天祥も毛を逆立て言い返す。


『テンちゃん、甘ったれじゃないもん!』

『ううん、天祥は甘えん坊。』

『テンちゃんは旅行前から神社一の甘ったれ坊主。』


 反論した側から陸晶と燦馳(さんじ)に否定された。

 別段、彼らは天祥をからかおうとしている訳ではなく、ただ事実を述べただけ。

 誰が一番かは神社共通の認識であるが、当の天祥はますます毛を逆立てて怒った。


『テンちゃん甘えん坊じゃないやい!

 テンちゃんは勇猛な若獅子!

 甘えん坊はミイちゃんやトヨチーだよ!』

『ミイチだって、甘えん坊じゃない!』

『甘えん坊はテンちゃんだよ! 皆、知ってる!』


 事実とは異なる認識による反論と併せて、不名誉を兄弟を擦り付ける。

 これに怒った巳壱(みいち)豊一(とよいち)が揃って天祥に飛びかかり、ぎゃうぎゃう、ガアガア偉い騒ぎが始まるも、嵐の中に八幡が飛び込んで、弟たちを前足で乱暴に払って止めさせた。



『うるさいよ! お前ら全員、大差ないよ!

 みゃあみゃあ大騒ぎして、じいちゃんにべったり張り付いて!

 じいちゃんは忙しいんだよ! お仕事を邪魔しちゃ駄目じゃないか!

 何より、そうやって四六時中ひっついてたら、それだけで疲れちゃうよ!

 じいちゃんが疲れてるの、見て分かんないの!』


 一回り大きい兄獅子に叱られて、子獅子たちは揃って耳を頭に付けた。

 逸信が不安そうにみゃあと鳴く。


『じいちゃん、疲れてるの?

 ボク達うるさかった? 大丈夫?』

『ボクも、邪魔してたらごめんなさい。』

『ボクも、カリカリお強請りしてごめんなさい。』


 陸晶と瑞宮も揃って頭を低くし、前足を揃えてミューと謝ってくる。

 他の子たちも泣きそうな顔で此方を見つめてくるのに、そんな必要はないと否定する。


「大丈夫だ。別に忙しさが変わったり、疲れたりしてないから。」


 心配するなとなだめるも、八幡はどんどん床を叩いて主張を緩めない。


『嘘だね! じいちゃん絶対、何時もより忙しくなってる!

 その証拠にオレのブラッシング、ちょっとしかしてくんなくなった!

 忙しかったら疲れるんだもん! 歳だから!』

「八幡、じいちゃんは正直ちび共の相手より、お前のその言い草に疲れるし腹立たしい。」


 人を労るつもりなら、もっと言い方を選べないものだろうか。

 八幡は毛並みや装いよりも、言動に気を配ったほうがいい。


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