マフラー。
自分が神職として管理する咲零神社には、御神体の分身として砂から生まれる霊獣の獅子がいる。
純白、若しくは空色の毛並みを持つ彼らは一見、生身の獣に見えるが無機物に魂が宿った付喪神に近く、勇猛果敢で魔物討伐を得意とし、群れの仲間と共に此処の特性を活かして高い戦闘力を発揮する。
無機物の身体に本来性別はないが、外見上は揃って雄であり、当人達もそのつもりでいる。
そんな彼らの大事な成獣の証であり、誇りでもある鬣が、先日、揃って刈り上げられてしまった。
やったのは主要都市や他の神社からの重要書類を運ぶ、郵便屋の魔物である。
奴は移動魔法を特に得意とするだけあって、彼方此方に知り合いがいるようだが、そのうちの一人が当社の話を聞いて、獅子たちにマフラーを編んでくれた。
顔の広い郵便屋の知り合いの中でも、一、二を争う妙齢の美女の作品であり、現地の男どもが揃って羨ましがる垂涎の品であるから心して使えとの謳い文句は兎に角、細く柔らかい毛糸で丁寧に編まれており、とても軽くて温かい。
思いもよらぬ贈り物に獅子達は尻尾を揺らして大喜びした。
ただ、その反応はそれぞれである。
古参の獅子、陸奥は鬣が短くなったことを差し置いても、マフラーがとても気に入ったようだ。
子獅子の巳壱が大事な魚のぬいぐるみを背中に括り付けて貰いにくるのと同じ様に、毎朝起きるとマフラーを咥え、自分のところにやって来る。
細く畳んで首に巻きつけるのではなく、広げてマントのように掛けるのが好きらしい。
『暖かくて、本当に気持ちがいいよ。』
そんな言葉を何度も繰り返しながら、ぐるぐる喉を鳴らしている。
反面、相方の二前は貰ったマフラーを大事に仕舞い込んで、まだ使おうとしない。
『なんで、使わないの? 暖かいのに。』
『これは他所行きだから。次に村の会議に行くときに付ける。
普段使いにするのはそれからでも良いと思う。』
『でも、使わなかったら意味無いじゃん。』
『使わないんじゃない。使うに適切な期を待ってるの。』
二前としては、折角貰ったので大切に使いたいらしいが、陸奥の価値観とは合わないようで、時々言い争っている。
他の獅子達は一日おき位の頻度で思い出したように持ってきて、巻いてほしいと頼んでくる。
それは良いのだが、お洒落好きな八幡ときたら拘りが多くてあれこれ煩い。
『じいちゃん、もっと丁寧に巻いて! あと、縛り目は斜めになるようにして!』
何度調整してやっても中々納得しないので実に面倒だ。
それに比べると璃宮は手間がかからない。
『ボクは落ちなければいいや。』
何度か首に巻きつけて、落ちないように縛ってやればそれで満足する。
ただ、璃宮はもう少し、自己主張してもいいのではないか。巻いている自分が言うのも何だが、ちょっと地味すぎるのだ。
せめて、縛り方を毎回変えてほしいと言うぐらいになった方が良い気がする。
それはそれとして、一度巻いてしまえば問題なく終わるかと言えば、そうでもない。
何度巻いても落としてしまう奴がいるからだ。
『じいちゃん、俺のマフラー知らない?』
「またか、五十嵐。何時から失くなったんだ?」
『分かんない。気がついたらなかった。』
きちんと縛っているはずなのに、どういうわけか五十嵐は毎回マフラーを何処かに失くしてくる。
大概、他の獅子や子獅子が見つけて拾って帰ってくるのだが、天祥が拾うと自分のものにしてしまい、離さないので大変だ。
『これは暖かいからテンちゃんの。テンちゃんが拾ったからテンちゃんの。』
『そんな訳、有るかい。返せよ!』
全身に巻きつけてご機嫌の弟から取り返すのに、四苦八苦することになる。
しかし、天祥も気がつくと落としてしまう口なので、その隙に取り返したり、また取られたりしている。
恐らく、うちの獅子達は運動量が多いので、走ったりなんだりしている間に解けてしまうのだろう。
失くしはしないが湊なども、一日に何度か縛り直して貰いにやって来る。
『ごめんね、じいちゃん。手間掛けちゃって。』
「これくらい、気にするな。」
注文の多い八幡はさておき、マフラーを巻くぐらい大した手間でもないのだが、面倒を掛けていると申し訳なさそうだ。
ただ、翔士の様に解けたままにしているのも嫌らしい。
『翔士のは肩に引っ掛けてるだけじゃん。
ズルズルしてだらしがないし、何か、おっさん臭いよ。』
『なんだよー 良いだろ、別に。』
『いいや、ダサい。絶対ダサい。僕も自分で巻ければいいんだけど。』
マフラーが解けても気にしない青毛の兄弟に向かい、シャッと威嚇音を上げながら、自力でなんとかならないかマフラーの端を叩いている。
その点、護矢は器用なもので、前足を器用に使い、自分一人で巻き付けている。
『見てよ、じいちゃん。上手に巻けた!』
騒ぐので見てみれば、首どころか頭にも巻き付け、頬っ被りにしていた。
『上杉謙信みたいでしょ! 格好いいー!』
武将、武将と古代の大名の名前を出し、一人でウケていたので、おばさんが頭にストール巻いてるみたいだと思ったのは黙っておいた。
美意識とはそれぞれであり、逐一他人が口を出すものではない。それに多分、湊が見つけ次第、止めるだろう。
しかし、マフラー一つとっても個性が出るのが面白いと思う。
選んだ色も様々で、同じ神社で産まれ、同じ様に暮らしている獅子達であるのに、意外と好みが分かれるものだ。
そんなことを考えていると、目の前を仁護が通った。
彼の首には何も巻かれておらず、思えばマフラーを巻いてほしいと言ってきたことがない。
「ジン、マフラーはどうした? 使ってないのか?」
声を掛ければ、仁護はグルウと何でもなさげに鳴いた。
『ううん、使ってるよ。』
「そうか? 巻いているのを見た覚えがないが。」
仁護はしっかり者で自分のことは自分できちんとこなそうとするが、護矢ほど器用ではない。一人でマフラーを巻いたりは出来ないだろう。誰かが巻くのを手伝っているのだろうか。
それにしても付けているのを見た記憶がなく、そのまま疑問を口にすれば、青毛の若獅子は困ったように首を傾げた。
『うん。夜に使ってるからね。』
「夜?」
夜は門番役を除き、獅子達は本殿に引っ込む。
マフラーは部屋の中で使うものでは有るまいに。
不可解なことを言うと思っていたら、仁護は言い訳するように短い鬣をブルブル震わせた。
『あれはね、肌触りが良くて温かいから、タオルよりもいいんだよ。』
「……なんでもいいが、ちゃんと洗濯には出すんだぞ。」
全く、獅子の数だけ個性が有る。
マフラーの使い方は様々であるが、寝る時の毛布代わりにされるとは送り主も思わなかったであろう。




