赤ちゃんじゃない。
土地から溢れる霊気には流れがあるが、強い力は良くも悪くも周囲に影響を与える。恩恵を与える場所は神域とよばれ、神社が建てられる。
自分が管理する咲零神社には勇猛果敢な霊獣、獅子がいる。
純白、若しくは空色の毛並を持つ彼等は邪物の討伐に長けており、関東の守護の一角を担う存在として周囲の期待を担いはしても、理由無く爪牙を振るうことなぞなく、理不尽に耐える知能も持っている。
故に子守に最適と郵便屋の魔物が、動くぬいぐるみと一緒に幼い娘を押し付けることがある。
まだ幼く、まん丸のほっぺにパヤパヤの薄い髪の毛しか生えていないきいちゃんは、お気に入りの獅子、陸奥のお腹に背中をくっつけ、小さい子獅子の巳壱を抱えてブラシを掛けている。
目や耳など弱いところはきちんと避けて、優しく何度も撫でられるのは気持ちが良いらしく、巳壱はぐるぐる喉を鳴らしっぱなし。それでも、先日貰った大事な魚はしっかり前足で抱え込んで離さない見事な執着心だ。
隣では豊一が羨ましそうに自分の番を待っており、既に梳かされ終わった無比刀や燦馳はすっかり寛いで床にひっくり返り、居眠りをしている。
比較的大きな子獅子達はきいちゃんのお守りな動く犬のぬいぐるみ、ルーと遊びに行ってしまい、誰に邪魔されることも無く、小さい人はご機嫌で手を動かしていた。
熱心にブラシを動かす娘やだらしなく転がっている子獅子たちを眺め、父親の加賀見は掘りごたつに足を突っ込んで、ぼーっとしている。出したお茶にも手を付けず、うつらうつらしているようだ。
見かけによらず多忙な郵便屋が寝ているのならば邪魔せず、そのまま休ませてほしいと上から言われている。
ここいら一帯を治める龍族、竜堂家の前御台所を始めとして、実家の使い魔、不二神社の神姫と、加賀見の睡眠不足は皆が心配しており、自分も同じ思いこそあっても、無理に起こす理由はない。隣で書き仕事を行い、様子を見ながら掛け布団を持ってくるべきか悩む。
どうせなら、休ませるだけでなく破魔の神術も施してやりたい。一体、どうしてそうなったのか、この魔物は内に瘴気を貯め込んでいる。肉を腐らせ、精神を歪ませる瘴気を抱えて身体に良いはずがなく、多少なりとも減らせる時に減らすべきだ。
それぐらい自分で管理すると言う割に、何時見ても改善した様子がないので、こちらの都合で動くことに決めた。もう知らん。不眠の原因が減ったことで増した睡魔に抗えず、不都合が出ているらしいが、もう知らん。彼奴こそ好き勝手やっているのだから、こちらも好きにさせてもらう。どれだけ文句を言われようと、祓いたい時に祓う。以上です。
今日も今日とて、次の配達先にも行かず船を漕いでいるのだから、それなりに仕事は回っているのだろう。
この間はお弟子さんやら、使い魔ちゃんやらに文句を言いながら一晩泊まって行きもした。子獅子達が大はしゃぎして、かなり遅くまで騒いでいた。
その後、何がどうなったのか、外国人の子供が二人、朝っぱらから悲鳴をあげて、境内を駆け回る事態に繋がったようだが、あれは何だったのか。鉢合わせる度に叫ばれ、逃げられて、獅子達が静かに傷ついていたので、適当な折にきちんと説明してほしいと思う。
みゃあーと甘ったれた声を上げて、巳壱がきいちゃんの膝から転がるように降りた。ブルブルと身体を震わせ、二、三歩動くも、直ぐに魚のぬいぐるみを顎の下へ敷いて伸びてしまう。
きいちゃんが満足げにむふーと頷く。
「みいちゃも、ぜんぶ、とかしたよ。つぎは、とよちーだよ。」
呼ばれた豊一は尻尾をゆらゆら揺らしながらきいちゃんに近寄っていき、膝の上に転がった。
『きいたん、よろしく。』
「まったく、しかたがないねえ。」
遠慮のない幼児の手が怖くて、近寄れなかった時期があったことなど嘘のように、豊一は気の抜け切った様子でブラシを掛けられている。
梳かすと言っても、きいちゃんには櫛で漉き梳かすことは出来ないので、毛の塊に引っかかったり、絡まった部分を引っ張られることもなく、表面を撫でるだけ。言わばブラシを使ったマッサージを受けているようなものだ。
幸せそうに豊一もぐるぐる言い出し、きいちゃんは嬉しそうに自分を褒めた。
「ここんちのにゃんこは、みんな、ぼさぼさだよ。
きいたんは、たくさん、ぶらしをかけなきゃいけなくて、たいへんだよ。がんばって、おりこうだよ。」
『ボク、にゃんこじゃないけど……まあ、いいや。』
名より実を取ったらしい。豊一はにゃぐにゃぐと口を動かしたが、そのままひっくり返って腹まで撫でて貰い始めた。平和な光景に、筆を止めて立ち上がる。
「一寸、本殿まで行ってくる。陸奥、後は宜しくな。」
『はい、おじいさん。』
小さい人を抱えるようにして腹ばいになっていた獅子に声をかけ、サンダルを引っ掛ける。陸奥は勿論、半分意識を飛ばしているが加賀見もいる。滅多なことはないはずだ。今のうちに本殿へ神術に使う道具を取ってこよう。
通りがてら、拝殿前で遊んでいたルーたちにも声をかけ、後で二前たち、大人の獅子を全員社務所に寄越してほしいと伝言を頼んだ。後はどうやって加賀見を抑え、術を掛けるか。大人しく言うことを聞けば良いがと考えつつ、戻ってきたらひと悶着起こっていた。どうしてうちの神社は、ちょっと目を離しただけで、こうも揉めるのか。
カンカンになって怒り、言い争っていたのは小さいきいちゃんと当社一番の弾丸坊主、天祥である。
「きいたん、あかちゃんじゃない!
あかちゃんは、テンちゃん! きいたんは、おねえちゃん!」
『テンちゃんだって、赤ちゃんじゃない!
赤ちゃんはきいたん! テンちゃんは、立派な若獅子!』
鬣も生えていないくせに、何が若獅子か。
聞くだにしょうもない。どっちもどっちと言ってはいけないのだろうかと見やれば、陸奥は困った顔で耳を伏せ、加賀見は無表情に見返してきた。
一体何があったのやら。情けなさに似たものを覚えつつ肩を落とした自分に、困惑気味の子獅子たちがミャウミャウと現状報告を始める。
『テンちゃんが、なでなでの横入りをしようとしたんだよ。
それで、きいたんに甘えん坊の我が儘赤ちゃんって言われたの。』
『そしたら、テンちゃんが赤ちゃんじゃないって。きいたんに赤ちゃんって言われたくないって。』
どうやら、天祥が豊一を押しのけて、先にブラシを掛けてもらおうとしたらしい。言われてみれば、本殿へ行きしに白い塊が社務所に向かったのを見かけたが、あれが天祥であったか。遊び疲れて社務所に戻り、撫でてもらっている兄弟を見て、自分もと深く考えずに突っ込んで叱られたのだろう。
無比刀と燦馳が呆れた様子で尻尾を左右に振り、豊一と巳壱がなんとも言えない顔で床をひっかく。
『ボクたちね、きいたんの味方になってあげたいけど、出来ないの。』
『だって、テンちゃんが赤ちゃんなら、ミイチもだもん。
ミイチ、ちっちゃいけど、赤ちゃんじゃない!』
天祥はこの場にいる五匹の子獅子達の中で最も成長が早い。彼が赤ん坊だと自動的に他の子も同等かそれ以下になってしまい、安易にきいちゃんへ賛同できず、子獅子たちは弱り果てていた。
『天祥、元々、お前が割り込んだのがいけないだろう。それにそうやって怒って、我が儘言ってたら、それこそ小さい赤ちゃんみたいじゃないか。』
『テンちゃん、赤ちゃんじゃない!』
兄獅子の陸奥が嗜めるも、天祥は大声で吠え返した。毛を逆立てて、ふうふう唸りながらぐるぐる周りだす。
『テンちゃん、木登りだって、走るのだってミミ兄より上手だもん! 本殿でだって寝られるし、お泊りでお出かけだって、出来たもん!
でも、きいたんはできない! きいたんは走るのだって遅いし、いつもルー兄や加賀見の兄ちゃんと一緒! だから、きいたんが赤ちゃん!』
もはや、元々の切っ掛けなど、何の意味もないのだろう。
天祥の中で問題は、自分ときいちゃん、何方が年上で何方が赤ん坊かだけになっており、己の行動如何はすっぽり何処かへ行ってしまっている。
そして、それはきいちゃんも同じようで、ドンドコ足を踏み鳴らし、子獅子を指さしてふんすと怒った。
『きいたん、あかちゃんじゃなあい! きいたん、おきがえできる! ごはんも、ひとりでたべれる! きいたん、あかちゃんじゃあ、なあい!
テンちゃんが、あかちゃん! テンちゃん、いつも、はだかんぼ! ひげちゃんと、おんなじ!』
『テンちゃん、獅子だもん! 獅子はお洋服なんか着ない! ヒゲさんと一緒にしないで!』
『ルーはきてる! ルーはおねえちゃんがつくってくれたチョッキ、きてる!』
『テンちゃんところにはお姉ちゃん、いないもん! チョッキもない! 無いのは着られない!』
エスカレートする小さい者らの言い争いに、加賀見がハハハと乾いた忍び笑いを漏らす。
「ルーは着ていると言うより着せられているわけだが、きいこにも天祥にも駄目扱いされているヒゲの立場って一体。」
「何処の何方か存じ上げないが、それで良いのか、その人は。」
多分に駄目なことは答えを聞くまでもなく分かった。
恐らく、先日旅行へ出かけた先での知り合いだろうが、何時も服を着てないと幼児や子獅子に認識されるのが良い状況とは思えない。もし人間であったなら、天祥も平気な顔してパンツ一丁でウロウロしそうだが、今は考えない。
『きいたん、歩けたって足遅い! テンちゃんのが速い!
だからテンちゃんのがお兄ちゃん!』
「でも、テンちゃん、あとらすのぽーずはできない!
きいたんは、できる! だから、きいたんのが、おねえちゃん!」
散々言い争い、ガウと噛み付くように吠え、前足で床を叩いた天祥にきいちゃんはむふーと顔を赤くして言い返した。
足を踏み鳴らし、何かを持ち上げるように両手を高く掲げる。
「おそらをささえる、あとらすは、いだい!
きいたんは、あとらすのぽーず、できる! テンちゃんは、できない!」
天空を支える神と同じだと、小さい人が背伸びをするように両手を上げる、その姿は。
「タカタッタッタッタッタ、タカタッタッタッタッタ……」
「止めなさい。3分で食卓に愛を歌うのは止めなさい。」
軽快な音楽を口ずさむ父親の郵便屋を止める。
一体、誰がきいちゃんに教えたのやら。確かにマヨネーズは偉大な調味料かもしれないが、随分大仰な説明をしたものだ。仮に神のものだとしても、その仕草にどれだけ意味が有るのか等、小さい人に問うてはならんのだろう。
少なくとも「背筋が良い具合に伸びて、固まった凝りがほぐれるのよな。」等と他人事のように呟く加賀見は役に立たず、解決への当てにはならない。
足を交差させるのがポイントだと主張するきいちゃんに、天祥はたたらを踏むように数歩、後ろに下がった。そして悔しげに尻尾を振り回し、グルルと唸る。
『テンちゃんだって、テンちゃんだって、』
言いながら前片足を上げるが、両方の手は持ち上がらない。後ろ足でだけでバランスを取って立てないのは、先日覚えてきた招き猫スタイルで判明済みである。
勝利を確信したのかどんと床を踏み鳴らした小さい人を睨み、天祥はガウと吠えた。
『テンちゃんだって、出来んもん!』
そのまま、たっと何処かへ駆けていく。
逃げていった子獅子を眺め、きいちゃんはむふーと鼻息荒く勝利宣言した。
「まったく、しかたのない、テンちゃんだよ。」
その意見には同意であるが、素直に頷けないのは何故であろう。
負けてしまった兄弟が去った方向を眺め、みゃうみゃう鳴き合う子獅子達の異変にさしたる興味を示さず、きいちゃんは陸奥の側に座り直し、豊一を呼んだ。
「ぶらしの、とちゅうだよ。とよちーの、つづきをやるよ。」
『うん……』
結論、ポーズを取れない自分たちは赤ちゃんなのだろうか?
そんな疑問を拭いきれない子獅子たちは、複雑な表情で思い思いの所へ腹ばいになり、豊一もなんとも言えない様子できいちゃんの膝に戻った。
弟たちの気持ちを代弁するように陸奥がグルルと唸る。
『きいちゃん、アトラスのポーズ、僕も取れないんだけど。』
「むっちゃんは、いいんだよ。」
なんの理由もなく問題ないと言い切り、きいちゃんは思い出したように陸奥の短くなった鬣を撫でた。
お父たんが切っちゃったの、早くのびるといいねえ。お姉ちゃんの編んでるマフラーが早く出来るといいねえ。
そんなことを言いながら自分を撫でる小さい人に、陸奥は黙って頭を押し付ける。
「実にどうでも良い争いであった。」
欠伸混じりに加賀見が感想を述べる。
「そりゃそうだが、お前、もう少し早い段階で止められなかったのか?」
「子供の喧嘩にいちいち口を出してもキリがないし。」
苦情を述べても軽く流され、事実その通りであるような気もする。
やれやれと持ってきた道具を机に置いて、ついでに強く言いつける。
「後、起きたなら神術掛けるから、逃げるなよ。」
「げっ、だから要らないって、そういうのは。」
案の定、顔を歪めて腰を浮かすのを、頭から言葉で押さえつける。
「逃げたら、二度とお茶を出してやらん。」
「うわー困るー 地味に困るー」
脅しと言うには箸にも棒にもかからない制約に、表情無く棒読みして、加賀見はバリバリと頭を掻いた。観念した様子で掘りごたつから立ち上がる。
「これこそ、しょうがねえなあ。
わかった。諦めて受けるから、下の広場に行こうぜ。
社務所の前じゃ獅子共がやりづらいだろ。」
「おう、いい心がけだ。」
祓った濃い瘴気は邪鬼となり、獅子たちに討ち滅ぼしてもらわなければならない。社務所前の狭いスペースでは戦うには狭すぎて、前回の悔いの残りすぎる結果に繋がったとも言える。
そうと決まれば、今、持ってきたような簡易な物ではなく、正式な道具を使って本格的にやろう。早速、巳壱に拝殿前にいるのを含め、兄獅子全員を広場に集めるよう言いつけ、陸奥にはきいちゃんの運搬。残りの子獅子たちには加賀見が逃げ出さないよう見張りを頼む。
加賀見の気が変わらぬうちに少しでも早く術を施すべく、走って本殿から討伐時に使う一式を担いで戻ってくれば、遠い彼方を見るような視線を向けられた。
「何処まで、やるつもりなんだ?」
「祓えるだけ、祓うに決まっているだろ。」
当然のことを言えば、凄く嫌そうに溜息をつかれる。
「やばい。前回と同じぐらいのつもりだったのに、何か、じいさんがやる気になってる。」
「馬鹿言え。あんな不甲斐ない結果で終わってたまるか。」
そもそも瘴気を祓い、邪鬼を討伐するのがうちの神社の特性であり、獅子たちの本業である。こんな瘴気の塊みたいな魔物を放置しておく道理がない。
文句を言うのを無視し、引きずる様してに広場に向かう。
「なんなんー? ここの神社の連中、なんなんー?
ニノもイガも最近、人の顔見る度にバシバシ叩いてくるしよー」
『それは、加賀見さんが瘴気溜め込んだり、鬣刈り上げたりするのが悪いんです。』
「やっぱり?」
表面には出さずとも、鉛のように瘴気を溜め込んでいるのが知れただけに、獅子たちが少しでもなんとかしろ、むしろ祓わせろと加賀見を叩いたり、齧ったりする様になった。子獅子はまだしも大人の獅子の猫パンチは流石に痛く、多少相手をして気が済めばと、前回同様、軽い術を受けて終わりにするつもりだったらしい。此方も当初はその予定であったが、折角大人しく術を受ける気になっているのを逃がす理由もない。
陸奥にも自業自得を指摘されて、加賀見はあっさり自分の非を認めた。
『兄ちゃんが悪い!』
『加賀見の兄ちゃんが、瘴気溜めるのが悪い!』
『後、早くムイ達も旅行連れてってくれないのが悪い。』
「おとうたん、わるい!」
周りを囲んだ子獅子達もブンブン尻尾を振りながらガウガウ吠え立て、陸奥にまたがったきいちゃんが、嬉しそうにププーと笑う。
当然、父親が子供のように叱られたのを面白がっているだけで、何が悪いのかは分かっていない。
施術中は危ないのできいちゃんは何処かへ避難させなければいけない。広場にはルーもいるはずだから、彼に小さい人は任せるとして、まずは村へ万が一にも邪鬼を逃さぬよう結界を二重に張り、施術を何段階に分けるかと算段していると、参道を仁王立ちで塞ぐ子獅子と、全てを諦めた様子の白獅子に出くわした。
兄獅子の湊を従えた天祥はバシバシと前足で地面を叩き、ガウと叫ぶ。
『きいたん! テンちゃん、アトラスのポースが出来る! だから、赤ちゃんじゃない!』
『天祥、まだ、言ってるのか。』
『天祥、止めとけって。』
『ムツ兄ちゃんとミナト兄ちゃんは黙ってて! これはテンちゃんのプライドの問題!
テンちゃんは赤ちゃんじゃない!』
流石にしつこいと鼻に皺を寄せた陸奥や、なんとか窘めようとする湊に噛み付くように吠えて、天祥は前足でもう一度地面を叩いた。
陸奥の背に跨がったきいちゃんがフンと鼻先で笑う。
「できるんなら、やってみなよー」
『だから、今からやるんだよ!』
勝ち誇る小さい人にグルルと唸り、天祥は湊に向かってガアと吠えた。
『兄ちゃん、やってちょうだい!』
『……これでお前の気が済むなら、いいけどさ。』
勇猛で前向きな当社の獅子らしくもなく、溜息をついて湊は天祥の後ろに回り、その首を咥えて持ち上げた。
子猫宜しくぷらーんとぶら下げられ、四肢を垂らした天祥はそのままぐいと頭を持ち上げると、前足をまっすぐ突っ張って吠えた。
『アトラスのポーズ!
ほら、テンちゃん、アトラスのポーズ出来た!』
まあ、出来たと言えなくもないような、言えないような、別の問題が発生しているような。
『赤ちゃんだよ。』
『首根っこ咥えられて、運ばれるのは赤ちゃんだよ。』
『あれはどう見ても、運ばれるのに抵抗する赤ちゃんだよ。』
天空を支えるどころではないと、陸奥の足元で子獅子たちがみゃうみゃう鳴く。
『テンちゃん、アトラスのポーズ出来る!
だから、赤ちゃんじゃない!』
「わかった、天祥。お前は立派な若獅子で赤ん坊じゃない。」
此れはもう、収集が付かぬと判断したのだろう。周囲の評価が全く耳に入らず吠え立てる天祥を、加賀見が湊から受け取り、抱っこしてあやす。
「凄いな。天祥は頑張り屋で凄い、立派な獅子だな。」
『そうだよ! テンちゃんは立派なんだよ! 赤ちゃんじゃない!』
「そうだな。ほら、お前にも瘴気祓わせてやるから広場に行こう。
凄いなあ。天祥は、瘴気祓えて凄い。俺も助かるわー」
後半、棒読みもいいところであったが、褒められて気分を良くしたらしい天祥は加賀見の肩越しからこちらを見て、ムフーと唸った。
『じいちゃんも、わかった?!
テンちゃんは立派な若獅子なの!』
「そうか。」
取り敢えず、相づちだけ打つ。
これを若獅子と認めると、大事な物が色々崩壊するが、今は他にやるべきことが有る。
漸く、皆を納得させたつもりで、ふんすふんすと鼻息荒く郵便屋に仰向けで抱っこされた子獅子の姿は、それこそ抱えられた赤ん坊のようであったが、加賀見の抱き方に何か言っても仕方ない。弟から開放された湊が不安げにガウウと鳴く。
『じいちゃん、これから加賀見さんを祓うんだよね?』
『そう。今から腹を据えておかないと、痛い目見るぞ。』
上手く気持ちを切り替えられない様子の弟獅子へ、陸奥がグルルと低い声で答えた。真剣な兄獅子の忠告に湊は慌てて背筋を伸ばし、子獅子達も一人前に尻尾をピンと立てる。
「さて、やるぞ。」
拳を打ち鳴らして自分も気合を入れ直す。
「はいはい、天祥はお利口、お利口。」
『お腹撫でたら、くすぐったいよー』
加賀見に抱えられて前を行く天祥は、すっかり甘ったれた声になっているが、付き合ってやる余裕はない。




