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帰ってこない。

 土地から溢れる霊気には流れがあるが、強い力は良くも悪くも周囲に影響を与える。

 瘴気溢れ、害悪を及ぼす場合は魔境、周囲に繁栄を齎す場所は神域と呼ばれ、単純な良し悪しだけでなく、場所によって其々特性がある。

 訪れたものに霊気を振り分け、病の治癒や運動能力の向上を促すこともあれば、破邪や守護など瘴気を祓い、魔物を寄せ付けず、防衛に適することもあり、魔石と呼ばれる霊気を含んだ鉱石や、霊獣を生み出すことも有る。


 自分が管理する咲零(えみお)神社でも、純白、若しくは青毛の雄獅子が生まれる。

 神域の霊気を糧とし、無機物の身体を持つ彼らは邪物の討伐に長けており、関東の守護の一角を担う存在して重要な役割を持っているが、どういう訳か雄しか産まれない。

 尤も、神域より生まれる霊獣の性別が偏ることは珍しくなく、特に当社のように魑魅魍魎の討伐を主体とする神社ではよく有ることだ。特別、困ることもないので、気にしたことはない。



 雄しかいないことから、その象徴である鬣はうちの獅子たちにとって大人の印であり、誇りであり、子獅子のあこがれであったのだが、先日、これが綺麗に失われた。

 時々やって来る郵便屋の加賀見が、その場の勢いで全頭刈り上げてくれた。

 隣接する村との打ち合わせのため、自分が外出している間に行われたことであり、戻って状況を把握次第、猛烈に抗議したのだが、思い虚しくどころか、自分と一緒に外出していて被害を逃れた古参の二匹も追加でやられた。

 あの郵便屋は魔物の割に付き合いやすく、何もなければその辺の兄ちゃんと変わらないのだが、割と突発的にこういう悪さをする。

 一応、失った鬣の修復方法は教えてくれ、色々不満を持った子獅子たちへの対策に、強化訓練を兼ねた観光手配までしてくれたのだが、もっと真面目に怒るべきであったかと反省している。

 神職が自分しかいない事もあって外に出る機会は少なく、まして成長に繋がる旅行自体に悪いことはない。問題はその第一弾が行ったは良いけど、何時帰ってくるのかわからないことだ。

 選抜隊の中には当社一番の暴れん坊且つ甘えん坊が含まれていたので、余計に心配である。


 子獅子が減った当社は静かだ。

 旅行に出たのは瑞宮みずみや逸信(いつしん)天祥(てんしょう)のたった三匹だけなのに、それで此処まで違うのかと軽い衝撃を覚えるほど、境内は静まり返っている。

 瑞宮は活発な方であるが、逸信は割と大人しい。そこまで大きな影響もないとすれば、やはり、この静けさは三匹目の子獅子、天祥の不在が大きいだろうか。

 なにせ天祥と言えば神社一番の腕白坊主。

 獅子達の中では最年少組ではあるが、朝早くから瑞宮と駆け回り、木に登っては降りられなくなり、兄獅子を見つければ飛びつき、兄弟たちの分までおやつを食べようとし、昼寝をするとなればダンボールからはみ出す。


 そう言えば先日、何があったのか公園で雄叫び上げて走り回っている小学生の集団を見かけたが、一人、パンツ一丁の子が混ざっていた。天祥が人間だったらあんな風だと思う。

 どうしてそうなったとの疑問を常に感じさせてくれるような子獅子なのだ。

 なんだかんだ子供に甘い加賀見のやることだから、安全等は確保してくれるであろうし、何処に行っても元気でやるだろうが、彼奴が居なくなった神社は静か過ぎて若干落ち着かない。



 そんな折に若獅子の一匹、(みなと)が体調を崩した。

 治療の為、御神体のある内陣に行くほどではなく、一応普通にしてはいるものの、顔色が悪く俯いてばかりいる。

 心配して声を掛ければ、刈り上げられたせいで短い鬣を震わせ、悲しげにガアと鳴いた。


『ねえ、じいちゃん。天祥は大丈夫かな?

 行った先できっと迷惑掛けてるよね。天祥だもん。』


 掛けるかもしれないという可能性ではなく、確定事項で語る。

 普段、天祥の面倒をよくみているだけに心配で仕方がないようだ。

 青い顔で不安を零す若獅子に自分の胃も痛くなる。今までの事例を顧みても、湊の不安を否定する根拠がからきし無い。

 穴に落ちたり、迷子になったりしていなければ良いのだが。

 二人してうーんと唸っていたら、他の獅子達、護矢(もりや)翔士(とし)達が寄ってきて、楽観的にも軽く鼻先で笑い飛ばされた。


『大丈夫だよ。

 天祥も瑞宮も甘え上手だから、行った先でも可愛がって貰えるよ。』

『ちょっとぐらい失敗して叱られたって、それでへこたれる奴らじゃないし、より逞しくなって帰ってくるよ。』


 確かに暴れん坊ではあるが三匹はまだ、幼い子獅子である。

 子猫のように小さくは無いが素直で、無邪気に甘えてくる動作は可愛らしい。

 大丈夫、大丈夫と尻尾を揺らす若獅子達の足元で、留守番組の子獅子達もガウガウ吠えた。


『ミミ兄、立派になって帰ってくるかな? ボクも、早く行きたい!』

『テンちゃん大丈夫なら、ミイチもきっと大丈夫。次、ミイチが行くんだ!』

『外国って、どんなところかなあ? ボクはちょっと怖い。

 でも、ルー兄やティー兄も、普段向こうに住んでるんだよね?』

『ムイは後でも良いや。慌てない方が、きっと良い所に連れて行って貰える。』


 まとめて全員は連れていけないので、数匹ずつ順番にと郵便屋は約束してくれた。

 反応は様々だが、子獅子達はそれぞれ自分の順番が来るのを楽しみにしている。意気込んだり、そわそわしたりしている弟たちを眺め、湊はふうと溜息を付く。



『皆、そんな呑気なこと言ってるけど、外国じゃ、こっちの常識は通用しないんだぞ。

 彼奴ら、怒られたりするだけじゃ済まずに首輪で繋がれたり、檻に入れられたりしてなきゃいいけど。』


 湊の心配は的外れではない。

 妖精や妖怪などの人ではない生き物が身近に居るのが当たり前の我が国と異なり、彼の国は人とそれ以外が未だに争い、その知能に限らず獣は獣として扱われると言う。

 幾ら、人と同じほどに賢く、安全な霊獣だと主張しても良くてペット、悪ければ単なる猛獣として自尊心も意思も認められず、物のように扱われるかもしれない。

 そんな懸念を聞いた子獅子たちは口を開け、少なからず怯えたようだが、護矢と翔士はゲラゲラ笑った。


『あり得る。』

『いたずらし過ぎたり、言うこと聞かなくてやられてそう。』

『笑い事じゃないだろ!』


 無責任な兄弟にシャッと威嚇音をあげて湊は怒ったが、再び溜息を付いた。


『でも、逆にそうなったら、それ以上のいたずらは出来ないだろうし、却って安心のような気がするけど。』

『まあ、加賀見の兄ちゃんが見ていてくれるだろうしね。

 酷いことはされなれないだろうし、悪い人からだって守ってくれるさ。』


 ぐるぐると不安げに唸る湊の横で、呑気に翔士が大あくびする。

 加賀見はその器用さから不可能を可能にするとまで言われる魔物。確かにあれが安全を保証してくれているのは大きい。

 しかし、何処に連れて行ったのだろうか。

 普通に考えれば自宅であろうが、彼奴の家には娘のきいちゃんだけでなく、身寄りがなかったり、虐待された幼い子供が保護されていると聞いている。

 ある程度落ち着けば、きちんとした施設や里親に引き渡すそうだが、毎日暴れる子供たちに振り回されている使い魔ちゃん達の手を、これ以上煩わせるようなことはしないと思う。

 それならば、お弟子さんのところだろうか。

 何年か前に幼い養子共々拾い、生活の基盤が保てるまで鍛えた娘さんがいるそうで、その職場に入り浸り、寮に部屋まで貰ったらしい。

 職場とは所謂、冒険者の集まりであって、集団生活に二、三人違うのが紛れ込んだところで差し障りはないそうだが、子獅子まで持ち込む隙があるのだろうか。いや、ないと思う。

 他にも黒悪魔や人狼、吸血鬼などはちょっと問題有るにしても、エルフ、ドワーフにハーフフットなど亜人の知り合いが幾らでも居るらしいので、その辺か。

 魔王と呼ばれる有力者とも付き合いがあるらしいが、其処は流石にないだろう。

 考えるだに分からなくなってきた。

 観光と強化訓練は良いが、うちの子獅子達は一体、何処で何をさせられているのやら。常識として候補から除いた内に居そうなのが困る。



「そうだな。何処に行ったにしても、加賀見の知り合いだからな。

 滅多なことはないだろう。」


 甚だ不安ではあるが、何方にしても翔士の言う通りであろう。

 青毛の獅子に同意すれば、湊はバリバリと前足で床を引っ掻いた。


『違うよ、じいちゃん。そうじゃないよ。』

「ん?」

『加賀見さんの紹介先なら安全どころか、色々配慮してもらえるのは勿論、可愛がって貰えると思うよ。』


 そこは何も心配していないと吠える彼の懸念は別にあった。


『でも、それでも怒らざるを得ないような事をやらかさないかって話だよ!

 だって、天祥だよ!』

『確かに。』

『お前、それはちょっと言い過ぎだろー』


 見知らぬ外国や他人の家と、慣れない環境によって借りてきた猫になるような繊細さを、あの弟は持ち合わせていない。

 常識知らずも加わって、とんでもないことを引き起こしかねない。少なくとも絶対に何かはやらかすと吠える湊に翔士が同意し、過剰な心配だと護矢が耳を伏せる。


『いくら天祥でも、其処までお馬鹿じゃないってー

 他所ん家に居るときぐらい、お利口にするだろ。』

『お前は何も分かっていないんだ。彼奴に他所なんて概念はない。』

『駄目だって分かりきっている所に、迷いなく飛び掛かってくる奴だぞ。顔だろうが弱い横っ腹だろうが。』

『御免。ワシが悪かった。』


 一旦は弟を庇うも湊と翔士の言に、すぐ護矢は自身の認識が誤っていることを認めた。

 本当に現場の方に迷惑を掛けていないと良いのだが。

 行き先と併せて、大変不安である。


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