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刈り上げる。

 神域と呼ばれる霊気の流れが強い場所には御神体と呼ばれる核が出来る。

 神域はその特性において周囲に繁栄をもたらし、御神体は訪れたものに霊気を振り分け、魔石と呼ばれる霊気を含んだ鉱石や、時には霊獣を生み出す。


 当神社の御神体が安置された内陣には、白い砂が敷き詰められており、砂の中から御神体の分身として雄獅子が生まれる。

 純白、若しくは空色の毛並みを持つ彼らは一見、生身の獣に見えるが無機物に魂が宿った付喪神に近い。

 本来、無機物の身体は変化しないことが強みであるが、当社の獅子達は神域を護り、魔物討伐に特化するために幼体として産まれる。成長に寄って多様性を持たせ、群れの仲間と協力することで其々の特性を活かし、高い戦闘力を発揮するのだ。


 故に足の速いものもいれば、力の強いものもおり、成長の度合いも個体差が大きい。

 産まれた順に成体となるわけではなく、古参の獅子、二前も今でこそ長兄として皆を率いているが、その成長は遅く、先に行く陸奥をずっと追いかける側だった。

 幼い子獅子達の群れを見ても、今、最も身体が大きいのは二番目の天祥であり、最年長の燦馳は身長こそ抜かれていないが四番目の豊一、五番目の無比刀に比べて若干成長が遅い。

 三番目の巳壱に至っては未だ25cm程度の子猫サイズのままで、本人はそれが大層不満のようだ。

 だからといって、巳壱や燦馳が他に劣るかと言えばそんなことはなく、小さいのは小さいなりに努力を重ね、結果を出している。

 巳壱の魚取り技術などは結構なもので、引っ掻いてすくい取るのではなく、前足を水の中にまっすぐ刺し込み、爪に引っ掛けて一気に引き上げるやり方で、既に何十匹も捕えることに成功しており、将来、この技術が何らかの技に繋がらないか期待している。



 大体、身体が早く成長したからと言って、精神の成長が追いつかなければ意味がない。

 望む望まぬを別にして、子供はいつか大人になる。

 そんな中、同い年の翔士や仁護が既に成体として、若獅子に相応しい体格や鬣を備えているにも関わらず、璃宮と八幡は長らく子獅子のままであった。

 特に璃宮は同年代の群れでも上から数えたほうが早いため、若干不安がなくもなかったが、体力も腕力も、けして他に劣ったものではなく、大人の獅子達の中に混ざって討伐に参加しても、殆ど見劣りしない。

 八幡に至っては既に神社最速であり、追いつけるものが居ない。

 変化が早すぎれば身体に掛かる負担も大きいそうで、自然な成長に任せるのがよいと聞いたこともあり、そのうち大きくなるだろうと然程、気にしないことにしていた。


 それが良かったのか、悪かったのか、単にその時期が来たからなのか、彼らは此処数日の内に突如、成長し始めた。

 一回り大きくなったところで、まだ成体の大きさには至らず、大型犬が超大型犬になった程度ではあるが、薄っすらと鬣のようなものも生えてきた。

 通常、鬣は身体が成長しきってから生えだすものなので、『おかしい。』『やっぱり彼奴ら、何かおかしい。』と、周囲に不安のざわめきを呼んでいるが、当人達は大喜びしている。

 弟たちにも羨ましがられ、彼らの尻尾はゆらゆら揺れっぱなしだ。

 まあ、当然であろう。


 うちの霊獣達は幼い歳から、立派な獅子として邪霊討伐に出たいと望み、毎日鍛錬を欠かさない。

 成体と化すのはある意味、その努力が形になるわけであり、嬉しくないはずがない。

 反面、いくら仕方がなくとも子獅子のままであるのは、未だ足らぬと言う重石として終始纏わりつく。

 そのプレッシャーから漸く開放されたのだ。

 自身の成長の遅さに傷ついていた璃宮は勿論、齢自体はまだ子獅子でおかしくなくとも、歳下の仁護に抜かれていた八幡も、此処まで至れたという安心と喜びで一杯のようで、ぐるぐると喉を鳴らし、首を振るっては鬣が生えたことを確認している。

 まあ、それも良い。


 獅子たちにとって鬣が生えるということは特別であり、梳かしてくれと、ブラシを咥えて社務所に押しかけてくるのも、大人になったことを実感したいが故であって、仕方がないかと思う。

 通常、獅子達は自分で毛並みを正すが、鬣は長さや量が有るので難しいのも事実だ。

 神社の霊獣は神域のパトロールや広報などで人前に出ることも少なくなく、今の時期は少ないが突発的な邪鬼怨霊の発生に寄って、出動要請が掛かることも有る。

 あまりにみすぼらしいのは当社の沽券に関わるし、寝癖がついていたりするよりは、多少手が掛かっても、身だしなみに気を配るほうが良いに決まっている。



 けれども、それが日に5回とかになるとどうかと思う。

 璃宮は弟に釣られて来ているだけだが、八幡は黙っていれば5回と言わず、10回でも20回でも来そうだからどうかと思う。

 端的に言ってウザい。

 面倒と言うより、ウザい。



 生えたと言っても10cm有るか無いかであり、然程手間も掛からないが流石に回数が多すぎる。

 『梳かしてぇ〜 じいちゃん、鬣、梳かしてぇ〜』などとゴロゴロ転がって甘える様などは、全く持って子猫も良いところで、何処が大人なのかと問いたくなる。

 正に身体ばかり大きくなっても仕方がない典型的な例だ。

 梳かして貰ったあとご機嫌に、ムフフと鼻息荒く鏡を覗き込むのも、いい加減にしていただきたい。

 本当にウザい。ウザいとか神職にふさわしからぬ言葉遣いだと思うが、これが一番感情表現として近い。

 これだからイケメンならぬ、イケニャンは。

 今だけの執着とも思えぬだけ、余計に仕方のないやつだ。



 仕方のないやつと言えば、思い出したようにフラフラやってくる郵便屋、加賀見の代名詞でもある。

 性質上、触れてはならぬ魔物として畏怖され、この神社を含め関東一帯を治める龍族からも動向を注視されている魔物であるが、子供に甘く、身内にはいい加減で人の良い兄ちゃんである。

 しかし、永き時を渡ってきただけあって、やはり抱えているものは多く、重いことが先日発覚した。

 龍族のご隠居様からの依頼を受け、軽い気持ちで神術を掛けようとしたのだが、うちの獅子達総出でも祓いきれない程の瘴気を抱えていやがった。


 見るに耐えず、祓えるだけ祓ったのだが、全体としては少量で己の力不足を感じた。

 それにも関わらず、後日、ご隠居様から仰々しい御礼状と何か高そうな魔石が届いた。

 加えて、海を超えた先の大陸でも最西端にあるという奴の自宅から使い魔が二匹、態々お礼を言いに来た。

 見慣れない洋犬が訪ねてきたと、門番をしていた護矢が大騒ぎして呼びに来たので何かと思えば、郵便屋に仕える七匹の飼い犬のうちの二匹だった。

 普段より主の伝令役をしていると言う一匹だけならまだしも、もう片方が使い魔の代表格だったらしく、後で事情を知って礼の尽くされ方に青くなった。


 止めて欲しい。たかが一介の神社に世界を股にかける魔物が最も信頼する腹心であり、各地の魔王連がある種、飼い主よりも敬意を払う存在が頭を下げに来るとか、止めて欲しい。

 そもそも、関東を統治する龍族からお礼状が来た時点で、当社としてはキャパシティーオーバーである。

 正確には「Over capacity」で単語の順序が逆らしいが、兎にも角にも大事に過ぎる。

 加賀見の奴は一体どれだけ周囲に心配をかけているのか。

 問い詰めたい。小一時間ぐらい問い詰めたい。



 それでも、多少は具合が良くなったのであれば、それに越したことはなく、あの程度で良ければ幾らでも術は施すし、その他諸々を顧みれば、貸しどころか受けている恩恵のほうが余程大きい。

 獅子たちにしても、加賀見にしても、適切な感情ではないと思うが、孫や息子のようなもので、多少手が掛かっても、元気で幸せに暮らしてくれるのが一番だ。


 だがしかし、元気であれば何をしても良いはずがなく、何故、一寸外出した隙に獅子達が一匹残らず、鬣を刈り上げられるようなことになったのか。


「見ていて、暑苦しかった。」


 そうですね。

 秋も中盤に入りながら未だ残暑厳しく、首周りが鬱陶しく思えることは否定致しません。

 加えて八幡があれだし、他に伸ばし放題、寝癖付き放題のだらしがないのが居ることもあって、この際、大騒ぎするだけの鬣なんか刈り上げてやろうかと、内心考えていたことも認めます。

 けれども、仮にも他所の霊獣に対し、宮司に断らず実行に移すことじゃない。 

 思いもよらぬ惨事に慌てている自分の眼の前且つ、説明そっちのけで追加の刈り上げとか、することじゃない。

 余りに鮮やかな手際過ぎて、止める間もなかったわ。

 陸奥も二前も、抵抗一つ出来なかったわ。気がついたら、スカスカだったわ。

 器用なことで知られる加賀見であるが、もしかしたら時間も止められるのかもしれない。吸血鬼や高校生に出来るなら、彼奴にも出来る気がする。まあ、そういうことじゃないんだけれども。

 後、きいちゃんが「たてがみ、なくなっちゃって、どうちてくれる! どうちてくれんのよ!」と怒った後で、プフーと吹き出していたのは、なんだったのか。

 絵本のマネ? あ、そう。子供のすることは分からんな。



 幾ら、宮司は自分一人しかおらず、忙しいのが当たり前であっても、こうも立て続けにイレギュラーばかり起きれば疲れもする。

 その日は朝からリク兄はテンちゃんとだけ遊んでくれなくて酷いだの、そんなこと言ったらテンちゃんは何時もミミ兄独占して狡いだのと大騒ぎがあり、漸く宥め終わった時には、二前たちと村の役員会に出席する時間と物理的にも忙しく、戻ってくれば刈り上げ被害と若干、捨て鉢な気分でいたのは否めない。

 「こんなの、ちょっと良いもの食べればすぐに戻る。」との言葉通り、加賀見がくれた魔石を食べた側から、新しい鬣が生え始めたのを目の当たりにし、安心して気が緩んでもいた。

 だからと言い訳するつもりもないが、判断を誤ったかと思っている。

 どれだけいい加減でも、締めるところは締める郵便屋のすることだとの油断を反省もしている。


 鬣修復のため、貰った魔石を貪る兄獅子達をみて、当然、子獅子達がずるいと騒いだ。

 彼らにも魔石を与える代わりに、強化訓練を兼ねた外国への観光を提案された。

 これを承諾したのは、間違っていたかもしれない。

 選出された三匹の子獅子達、瑞宮、逸信、天祥が一週間過ぎて未だに帰ってこない。滅多なことはないとは分かっているけれども、戻る気配の欠片すら無い。

 何故、あの日の自分は何時帰ってくるのか、きちんと予定を確認しなかったのだろうか。

 失敗した。ああ、確かに失敗した。陸晶の無言の視線が突き刺さるように痛い。



 さりとて、反省以上に何が出来るわけでもなければ、日々の掃除に手を抜くわけにもいかず、箒を動かしているところに、湊が燦馳を連れてやってきた。


『じいちゃん、ちょっと首周りを掻いてもらっても良い?

 急に生え変わったせいか、なんか痒くて。』


 申し訳なさそうにうなだれる若獅子の足元で、燦馳も耳を横に垂らしてみゃあと鳴く。


『じいちゃん、ミミ兄達、何時帰ってくんの?

 遊んで貰えなくて、つまんないよ。』

「そうだな、そのうち帰ってくるとは思うが。」


 湊の首を掻くついでに燦馳の頭も撫でてやれば、子獅子は俯いて口の周りを舐めた。


『あとさあ、兄ちゃんたちのたてがみ、何時、長くなんの?』


 貰った魔石の効果で、若獅子達の鬣は日に日に伸びているが、まだ元通りには程遠い。

 自慢の兄獅子達が格好悪いのは受け入れ難かろう。

 前足で地面を引っ掻く子獅子の不満は当然だ。


「それも、そのうちにとしか言えないが、やっぱり、兄さんたちに鬣が生えていないのは嫌か。」

『ううん、新しく生えてきた毛、つやつやのぴかぴかだもん。

 きっと、前より格好良くなるよ。でも、』


 気持ちは理解できても対応は難しく、嘆息した自分に燦馳は意外と元気良く鳴いて答えた。

 ただ、やはり思うところは有るようで、困った調子でぐるぐる唸る。


『でも、なんかすーすーして落ち着かないって、トシ兄が首周りにタオル巻いてるの。

 あれ、ダサい。』

「そうか。」



 鬣を失くなったことより、それに対する兄獅子達の対応が燦馳的に今一つらしい。

 座り込み、地面で尻尾を叩く弟を眺める湊にも、不備は無いか聞いてみる。


「湊は大丈夫か?」

『何時もと違うから落ち着かないところは有るし、寒いは寒いけど、タオルを巻くほどじゃない。

 あれはおっさん臭い。』

「そうな。」


 深刻な被害でもなく、鬣が生え揃うまで放っておいても良さそうだが、やはり対策を考えよう。マフラーなど、防寒装備は冬場でも使えるはずだ。

 タオルだって其処まで悪くないかもしれないが、獅子達の美意識は大切にしてやりたい。

 雄ばかりの神社だからこそ、そういうのは大事な気がする。


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