教える。(後日談)
数日後、豊一が無比刀を携え、胸を張って駆けてきた。
『じいちゃん、じいちゃん、ボク、上手に火球を飛ばせるようになったよ!
見に来て!』
「はいよ。」
他の兄弟たちを参道下の広場に追いやって、境内を占領したらしい。
それなりの準備を整えて拝殿前に向かえば、いつもの藁を巻き付けた木の棒が準備してあった。
練習用の的となる藁が水をたっぷり吸っているのを確認し、仁護と自分が見守る中、獲物に飛びかかるように頭を低く、尻尾をブンブン振り回して豊一は吠えた。
『見ててね! ……エイッ!』
掛け声に合わせて、小さな青白い火球が空中に浮かぶ。
神術による火球の発現。うちの獅子達が最も得意とする攻撃技の起点。
発現させるだけでなく的にあてる技術も必要であるが、まだ他の鬣のない子獅子には出来ない技だ。流石、術の扱いが得意な青毛といったところであろうか。
だが、これだけなら豊一は以前より成功している。
見に来いというからには進歩が有って、子獅子はそのまま、的に向かってブンと前足を振るった。
前足で打ち込まれた火の玉は風圧で消えること無く高速で飛んでいき、的の真ん中に見事当たった。
「おお、凄いな!」
素直に歓声を上げれば、豊一は得意げに尻尾を揺らし、前足で地面を引っ掻いた。
『まだまだ!』
一人前にガオウと咆哮をあげ、次々に火球を作り出し、飛ばす。
『ムイもー!』
我慢できなくなったのか、隣で無比刀も同じように火球を作り出した。
『えいっ!』
無比刀はまだ術の発動まで至っていないと思っていたので、此方にも驚く。
豊一よりも少し大きな火球は真っ直ぐに飛んでいき、綺麗に的に当たった。
「凄いじゃないか、無比刀も!」
『うーん……』
感嘆の声を上げた自分に、一応は嬉しそうに尻尾を揺らして無比刀は応えたが、何処か不満げに首を横に振る。
その間に豊一がまた三つ、四つと続けて飛ばした。
そろそろ頃合いと仁護が吠えて、二匹を止める。
『よし、もうお終いだ! 戻っておいで!』
兄獅子に呼ばれて豊一は意気揚々と、無比刀は俯きがちに戻ってくる。
『じいちゃん、凄い?
ジン兄ちゃんがね、実際にやりながらお勉強することにしてくれたの!
だからボク、凄く上手になったでしょ!?』
座学で学んだことを直ぐに実践で試すようにした結果、豊一の技術が飛躍的に伸びたらしい。
嬉しくてたまらないと言わんばかりに、ぴょんぴょん飛び跳ねる豊一の隣で、無比刀はちょんと座り込み、悔しそうに尻尾で地面を叩いた。
『ムイは、豊一みたいに、どんどん火の玉、作れないんだよ。』
『ボクのほうがムイちゃんより、術式組むの、早いんだ!』
胸を張ってがうと吠え、豊一は無比刀を挑発するように再び術を展開し、どんどん的に向かって火球を投げつけた。
「豊一、そんなに何度も投げたら疲れるだろ。」
『大丈夫、大丈夫!』
『ムイだって、平気だもん!』
止めても豊一は手を止めず、無比刀も怒ったように再び火の玉を打ち込み始めた。
今のところ、発動までの時間や球速は豊一が勝っているようだが、無比刀のほうが的の中心にあたり、火の勢いが強く攻撃力は高そうだ。
一長一短との感想のもとに見ている横で、仁護が困ったように尻尾を揺らす。
『全く、調子にのって。知らないぞ。』
「出来ることが増えたのが嬉しいのは当然だ。」
青毛の獅子は他にも防御結界など複数の術を扱わねばならず、たった一つで喜び過ぎであると兄獅子は心配そうだが、
この年でこれだけ出来れば大したものだ。
ただ、術は使いすぎれば反動もあり、このまま行けば良い結果には終わるまい。
「豊一も無比刀も、もうお終いにしなさい。」
『ムー……』
『もう一発! もう一回だけ!』
自分からも制止の声を掛ければ、無比刀はしぶしぶと言わんばかりに手を止めたが、豊一は言うことを聞かず、三連団を叩き込んだ。
やはり、無比刀に比べると小さく、コントロールが若干悪いものの、素晴らしいスピードで三つの火の玉が的にぽすぽすと当たる。
水が蒸発するジュッという音が聞こえる代わりに白い煙が上がり、物が焦げる嫌な匂いがし始めた。
そしてボッと音を立てて、藁からメラメラと小さな火が燃え始める。
「ニギャーッ!?」
『あ、やっぱり。』
突然、的がパチパチと音を立てて燃えだしたのに、あーあと言わんばかりに仁護が口を開け、豊一は毛を逆立てて飛び上がった。
『あわわわ、どうしよう! どうしよう!』
『兄ちゃん、じいちゃん、どうしたらいいの?』
「どうしようと言われても。」
いくら藁に水を吸わせていても、何度も火の玉をあてれば蒸発して乾いてしまう。
其処へ更に火球を当てれば燃え出さないはずがなく、炎が上がるのは自明の理と言えた。
若干怯えた顔で耳を頭につけ、座り込みながらも無比刀が此方に指示を仰ぐ横で、豊一はパニックを起こして意味もなく周囲を駆け回り始めた。
『燃えちゃう! 境内や本殿が燃えちゃうよう!!』
「ジン、お前だったらどうする?」
『状況にもよるけど、風で消し飛ばすかなあ。』
どうせなので、これも経験と似たような状況に陥った場合の対処方を、青毛の獅子に答えさせてみれば仁護は軽く首を傾げ、ガアと答えた。
『封魔結界で閉じ込めるのも手間が掛かるし、これぐらいなら吹き消したほうが早い。』
『でも、兄ちゃん、』
『そっか、吹き消しちゃえば良いんだ!』
爪撃に併せて神術で風を巻き起こし、ろうそくの炎を吹き消すように根本から掻き消すとの兄獅子に、不安そうに無比刀が首を傾げ、豊一は大きな声で吠えた。
『風を起こすには、火球を飛ばすのに近い術をやれば良いんだ!
火じゃなくて、風を飛ばせば良いんだ! ボク、出来る!』
ガウガウッとはしゃぐように吠えて、豊一は再び大きく爪を振り上げた。
『エイッ!』
ブンと子獅子が振り降ろした爪の勢いだけでは起こり得ない風の渦が、燃える木の的に飛んでいく。
ブワッと空気が動いた影響で自分の顔にも突風があたり、的はバシッと音を立てた。
そして炎は更に大きく燃え盛る。
「ニギャーッ!?」
『やっぱりー』
狙ったのと真逆の結果に豊一は悲鳴をあげ、無比刀が悲しげにみゃあと鳴く。
『火は、空気を吸い込むと大きくなるんだよ。
ちょっとだけの風じゃ、消えるどころかもっと燃えちゃうよ。』
『じいちゃん、兄ちゃん、どうしよう!?
どうしたら良いの!? ねえ、どうしたら良いの!? 境内が燃えちゃうよう!!』
「どうするって、お前。」
芯になる柱にも火が付いたのか、煙をあげて燃え始めた的から熱が此方にも伝わってくる。
思わぬ火災を発生させてしまい、みゃあみゃあと泣き叫ぶ豊一にため息を付いて、燃える的を眺める。
的が置かれたのは拝殿前の広場中心で、建物とは大分距離が有るが火は火である。
火の粉が翔ぶなど思わぬ事故に繋がる可能性は皆無ではない。
ここはさっさと消すが宜しかろう。足元の取っ手を握る。
「どうするも、こうするも、火には水だろ。」
『まあ、それが一番だよね。』
隣で青い獅子がぐるりと喉を鳴らした。
用意した水桶の中身を叩きつければ、ジュワーッとも、シャーッとも聞こえる大きな音を立てて、炎は見る間に弱まった。
此処で手を止めず、二杯、三杯と追加を叩きつけ、完全に消えたのを確認し、支えとなる移動式の土台から的の棒を引っこ抜いてバケツに頭から突っ込む。
術で発現した炎や風、氷などは霊気を使い切ると一気に弱まる性質があるが、用心に越したことはない。
『俺は水の神術と相性悪いからなあ。』
「何でも出来るわけじゃないから、仕方ない。」
みゃぐみゃぐと難しい顔で口を動かす仁護に答えながら、座り込んだ豊一の頭を撫でてやる。
「大丈夫か、豊一。もう、火は消えたから。」
『じいちゃん、ボク、怖かった! 凄く、凄く怖かった!!』
ミャグーと悲鳴に近い咆哮をあげ、顔をクシャクシャにして豊一が抱きついてくる。
「だから、もうお終いにしろって言っただろ。」
『もう、しない! ボク、もう勝手に術使わない!!』
腕の中で暴れるのを何度も撫でてやるが、なかなか豊一は落ち着かない。
無比刀もしょぼしょぼと寄ってきて、ムーと鳴きながら頭をこすり付けてくる。
『ムイも、怖かったよ。何もなくて、良かったよ。』
『そうだな。だから術の扱いには気をつけろって再三言ってるだろ。』
此処ぞとばかりに仁護がガウと吠え、子獅子たちは素直に頷いた。
身を持って怖い思いをしたからこそ、彼らは術の扱いを誤らぬように気をつけ、より上手くやろうと努力を重ねることだろう。やはり、実践に勝る訓練はない。
ただ、出来れば座学で済むものは済ませてほしいとも思う。
あたりには焦げた匂いが広がっている。火事の通報を受けなければいいが。




