教える。
大地から溢れる霊気には流れがあって、良い影響を与えれば神域、邪鬼や怨霊の発生など悪い影響をもたらす場合は魔境と呼ばれる。
魔境から生まれる魔物は神域を蝕み、他を傷つけるため、協力して神域を護る基盤として神社が建てられる。
自分が所属する咲零神社も眷属である純白、若しくは青毛の獅子達がここ一帯を守っている。
獅子達の戦い方は爪や牙を使った白兵戦が基本であるが、火球や防御結界など神術も扱う。中でも青毛の獅子は術の扱いが得意な傾向が有る。
しかし、白毛が全く術を扱えないわけではなく、連携のためにも術の知識、理解は必要だ。加えて、場の流れに合わせた戦術なども学ばねばならない。
天気が悪い日などは本殿の個室に集まって兄獅子に教鞭を執ってもらい、真面目くさった顔をして勉強している子獅子の姿が見受けられる。
尤も、勉強が面白いかは別の話だ。
大きいのも小さいのも、討伐のための努力は惜しまず、貪欲に成長を求める傾向がある獅子たちであっても、座学に限らず、得手不得手は存在する。
直ぐに授業内容を理解できるものもいれば、ついていけずに首を傾げてばかりなのもいるし、途中で飽きてしまって隣にちょっかいを掛けるもの、寝てしまうものもいる。
今日は青毛の子獅子、豊一の首根っこを咥え、同じく青毛の獅子、仁護が呆れ顔でやってきた。
赤ん坊のように運ばれて情けなさそうな弟をペイと自分の前に放り、前足で床を引っ掻いて怒る。
『じいちゃん、豊一を一寸叱ってやって。授業中に居眠りするんだよ。』
『だって、わかんないんだもん。』
豊一はけして頭の悪い子ではないのだが、座学が嫌いだ。
机に座って知識を蓄えるよりも実践で覚えていくタイプらしく、勉強に対して苦手意識がついてしまっている。にゃぐにゃぐと不満そうに鳴きながら、自分の足にまとわりついて甘えてくる。
『じいちゃん、ボク、お勉強より訓練がいいよ。
術や魔石の扱い方だって、実際に使ってみるほうが分かるもん。』
『そんなこといって、中途半端な知識で使ったら危ないだろ。
この間だって勝手に練習して、地脈を乱したじゃないか。』
無許可の監督なしに練習することと、知識不足なままでいることは、また別の問題かと思うが、兄獅子に叱られて豊一はしょんぼりと肩を落とした。
『だって、やってみたかったんだもん。』
『しょうがない奴だなあ。』
尻尾を左右に振って言い訳する弟を、仁護は困った様子で鼻でつついた。
『だったら尚更、頑張って覚えなきゃ。寝てたら駄目だろう。』
『だって、寝ちゃうんだもん。』
勉強が必要なことは理解しており、豊一も自ら寝ようとしているわけではないが、頭と身体は別らしい。
すっかりやる気を失っているようで、丸く蹲ってしまった。
揉めているのに気がついた他の獅子達も集まり、大体の状況を理解するとガウガウ好き勝手言い始めた。
『お前の授業がつまんないんじゃないの。』
『ただ、言葉で説明されるだけじゃ、教科書読むのと変わらないからね。』
五十嵐が前足で仁護を突っつき、陸奥が控えめに同意する。
もっと子獅子の興味を引くような説明をしろとの意見は尤もであるが、簡単にできるものでもない。
不貞腐れるように仁護が反論する。
『そんな事言ったって、術式の組み方を面白く説明しろって言われても、それこそわからないよ。』
『つまらなくても、覚えないと次に進めないもんな。』
同じ青毛として理解できるところが有るのか、翔士も尻尾を揺らしながら仁護に同意し、護矢がバリバリと後ろ足で耳の後ろを掻く。
『言葉が駄目なら絵とか、視覚で攻められないの?
じゃなきゃ、身近なものに例えて説明するとかさ。
加賀見の兄ちゃんがいれば、そういうの上手いんだけどなあ。』
小さい頃、郵便屋の魔物にねだって、わからないところを教えてもらったことがある。
そう言って懐かしそうに耳をピコピコ動かす弟に、二前が首をひねる。
『そうは言っても、見たもの、知っているものしか分からないのでは、本当の理解力が育たないだろう?』
「そうだな。難しくても説明を聞いて、自分の頭の中で想像する力がないと打ち合わせする時に困るしな。」
視覚からの情報は大きいが、常にそれを用意できるとも限らない。
長兄の獅子の心配は、適切だと自分も思う。
自分や兄獅子達が揉めるのを見上げ、豊一はますます情けなくなってしまったようだ。
丸く蹲ったまま、ミュウと弱々しく鳴く。
『ボク、もっとお利口だったら良かったなあ。
ムイちゃんは分かるのに、ボクはなんで出来ないんだろう。』
やはり青毛の子獅子である無比刀は、同じ授業を受けていても特段不備無く付いていけているらしい。
僅かであっても歳は自分のほうが上なのにと落ち込む豊一を、それまで黙っていた湊が静かに舐めて慰める。
『無比刀は良く巳壱と一緒に本を読んだり、護矢の話を聞いたりしているせいかもしれないな。
お前はジンや俺と外に居ることが多いから、身体を動かすほうが得意なんだろう。』
『うん……』
不安げに自分を見上げる弟から視線をずらし、湊は仁護を振り返った。
『同じ青毛でも得意な物や性格が違うんだから、ちゃんと其々に沿った教え方をしないと駄目だ。
豊一は素直なのに上手く教えられないのはやり方が悪いと思う。
ジン、もっと工夫しろよ。』
『ちゃんと細かく説明してるんだけどなあ。』
面と向かって責められたのは流石に不快だったのか、仁護が不満げに鼻にシワを寄せるが、湊は怯むこと無く耳をピンと立てて更に言った。
『細ければいいってもんじゃない。
ちゃんと豊一が理解してるか確かめながら一緒にやって、必要なら何度でも繰り返してやらなきゃ。
言いっぱなしじゃ駄目だ。』
『けどさあ、』
ガアと不満げな声を上げる仁護に皆まで言わさず、シャッと湊が威嚇する。
『じゃあ、豊一は俺が見るから、お前が天祥の担当するか?』
『……嫌だ。』
湊が主に担当している当社一番のやんちゃ坊主の名前が出たのに、仁護はピッタリと耳を頭につけて後ずさりした。
既に悟りの局地に至っているのか、湊は顔色一つ変えず、淡々と言う。
『天祥はすぐに飽きて暴れだすぞ。隣にちょっかい掛けるのなんか、まだ良いほうだ。
勝手に好きなこと始めるし、注意しても文句を言い返してくるぞ。
そして大人しいと思ったら寝てる。9.9割方寝てる。』
『上手く嵌ると凄く熱心に質問してくるんだけどな。』
一応、不真面目なばかりではないので、翔士が横からフォローを入れるが余り効果はない。
話題の子獅子は飽きっぽい割に頑固なところが有るので、一度引っかかると中々納得せず、理解させるのも一苦労するのだ。
何時でも変わってやるぞと吠えられて、首を竦めて無言になってしまった仁護にぐるりと喉を鳴らし、陸奥が鬣を揺らした。
『でも、担当を変えるのは一つの手かもしれないね。』
気分が変わって良いかもしれない。
そう提案する相方の言葉に頷き、二前もがうと鳴いた。
『じゃあ、豊一は暫く俺が受け持つか。ジン、お前は陸晶の相手をしてやってくれ。』
『陸晶?』
教える弟の交換を仁護が了承する前に、五十嵐がグギャと情けない声で鳴き、護矢も耳を横に伏せる。
『リクは賢いからなあ。
ツッコミもきつくて、しっかり下準備しておかないと、思わぬカウンターパンチを喰らうんだよな。』
生徒の出来が良ければ、教師は楽が出来るわけでもない。それこそ、子獅子毎に性格も得意不得意も異なるので、教える側は其々苦労が有るのだ。
改めてそれを思い出したのか仁護は耳を頭につけたまま、足元でしょんぼりしている豊一を見遣った。
そのまま暫く考えたあと、ぐるぐると喉を鳴らす。
『俺、もう少し頑張って、教え方を工夫してみるよ。
でも豊一、居眠りはしたら駄目だぞ。
眠くなったら先に何処がつまらないのか言いな。』
『うん、兄ちゃん。』
結局、どの子を担当しても一筋縄ではいかない。
尻尾をひと振りすると仁護は真剣な表情で豊一に向き直り、首筋を舐めた。
兄獅子から事実上の謝罪を受け、子獅子も安心したようにミャッと鳴いて応え、頭をこすり付け返す。
『さあ、そうと決まったら部屋に戻るぞ。
豊一、付いておいで。』
『うん。ボクももっかい、頑張る!』
嬉しそうに尻尾をくねらすように揺らし、吠える子獅子の頭を撫でてやる。
「ああ、頑張ってこい。」
結論がでたからには、後は行動するまで。
迅速に部屋を出ていく二匹の青毛の獅子達を眺め、五十嵐がフッと鼻を鳴らす。
『ジンの奴、逃げたな。』
例え本心がどうであろうと、きちんと結果が出ればそれでいい。
多分、良いはずだ。
ぐるぐると喉を鳴らして獅子達は笑う。
その真ん中に、白い塊が前触れもなく突っ込んできた。
『ミナト兄ちゃん、ここにいたの!』
慌てて避ける周囲に全く気を払うことなく、目当ての兄獅子めがけて迷いなく飛び込んできたのは子獅子の天祥。
当社一番の暴れん坊主だ。
『兄ちゃん、兄ちゃん! テンちゃんね、木登りで勝ったよ!
ミミ兄とイツ兄より、早く登れたんだよ! 凄い?』
『ああ、凄い。凄いな。
凄いけど、この前、教えた魔石の種類は覚えたのか?』
体当りするように飛びついてきて、頭をゴリゴリ押し付けてくる弟を否定はせず、与えた課題の進行状況を湊が確認すれば、直ぐ様返事は帰ってきた。
『ううん、全部はまだ! でも、一個、覚えたよ!』
『そうか。じゃあ、残りの二つに付いて、もう一度おさらいするか?』
『嫌だ! だって、テンちゃん、まだミミ兄と遊ぶんだもん!
今は報告しに来ただけ!』
勉強の気配にさっと身を反らし、天祥は瞬く間に逃げていった。
嵐のような弟に若獅子たちはブルブルと鬣を振るい、困ったものだと耳を動かした。
「色々、苦労するだろうが、下に教えるのはお前の力にもなるから頑張れ。
でも、無理はせず、困ったら相談しろよ。」
『そうだぞ、湊。』
『何時でも、変わるから。』
無言で俯く湊の鬣をワシワシと撫でてやる。
二前と陸奥も一緒になって弟を励ますように鳴いた。
『ありがとう、じいちゃん、兄ちゃん。でも、大丈夫だから。』
気を取り直すように鬣をブルブル振るい、湊は力強く頷き、その様子に皆、安心してその場は解散となる。
どことなく疲れた様子の湊にじゃれつくように護矢が前足を乗せる。
『元気出せって! 何か、手伝えることあれば手伝うよ!』
『じゃあ、1週間掛けても魔石の種類を3つ、覚えられないのはどうしたら良いと思う?』
『……わかんない。』
『結局、やる気がないんだろうなー』
がうがうと話しながら去っていく若獅子の背中に哀愁が漂っていたのは、見間違いにしてもいいだろうか。
兎にも角にも、誰かに物を教えるというのは大変だ。




