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対空訓練。

 大地から溢れる霊気には流れがあって、強い力は良くも悪くも周囲に影響を与える。

 場の浄化や動植物の繁栄など良い影響を与えれば神域、霊気の滞りにより穢れや病を招き寄せ、邪鬼や怨霊を産むようなところは魔境と呼ばれる。

 神域の中心には御神体があり、霊力を糧とする霊獣が住み着く。自分が神職として所属する咲零神社にも純白、もしくは空色の獅子がいる。


 関東近辺は水都、昔は東京と呼ばれた地域を中心に龍族が統制者として国の形を取っているが、西や北はまた別の管理下にある。尤も、誰を頭とするかが異なるだけで状況は殆ど変わらず、神域の管理や魔境の封印も同じ様にその地域の神社が執り行っている。

 東北に有る竈門神社もその一つ。当社に獅子がいるように眷属として複数の霊鳥が所属し、邪鬼怨霊の討伐を行っている。

 環境が許すかは別として、複種類の霊獣がいれば其々の特性が活かす事が出来るため、神社間で霊獣の移動は珍しくない。竈門にもうちで生まれ育った獅子が数匹に、鷲型の霊鳥、三葉が所属している。

 併せて最近、子獅子の瑞宮が見つけて保護した霊鳥の雛を引き取ってもらった。



 竈門を信用していないわけではないが、瑞宮との約束で雛が元気に暮らしていることが分かるように、毎月報告をもらう約束になっている。今日はその定期報告と里帰りを兼ねて、朝から三葉がやってきた。

 子獅子たちは勿論大喜びで、早速、遊んでもらおうと大騒ぎを始めた。

 当社には神職が自分しか居ないので外出することは少なく、他所の霊獣と遊ぶ機会は多くない。まして、遠くに行った兄鷲が久しぶりに帰ってきたとあって、構って欲しくて仕方がないようだ。


『兄ちゃん、遊んで! 遊んでよ!』

『ボール遊びしようよ! ボク、前よりもっと上手になったよ!』

『ミイチも! ミイチも!』


 鬣のはえていないのが全員揃い、三葉を囲んでガオガオミャアミャア吠え立ており、兄獅子達が苦笑しながらその様を眺めている。



 子獅子と言っても年齢や成長の差があり、プロレスなど体格差が大きく響く遊びはどうしても混ざれない子が出るが、ボールであれば投げる力具合や緩急にさえ気をつければ、一緒に遊べる。

 無口な兄鷲は良いとも言わないが悪いとも言わず、断られないのを良いことに子獅子たちは半ば強制的に三葉めがけてボールを投げつけ始めた。

 当然、瑞宮もその中に加わりたいのだが大事な雛の近況も気になると、なんとも言えない顔でウロウロと行ったり来たりしている。


『どうしようかな。ボク、どうしようかな。

 じいちゃん、ピーコは元気なんだよね? 写真も入ってるよね?

 でも、手紙は後でも読めるし、ミツバ兄ちゃんとは今しか遊べないし、』

「行ってこい、ミミ太。あとでゆっくり読んでやるから。」


 魔境の活性化などで何かと忙しい夏場と違い昨今は時間の余裕が有るが、一日で往復するには竈門は遠く、三葉が当社にいられる時間は長くない。

 今のうちの遊んで来いと背中を押してやれば、子獅子は踏ん切りがついたようで、ガウと元気よく吠えた。


「じゃあ、じいちゃんは手紙を確認して返事を書いてくるから。」

『はい、じいちゃん。』


 陸晶がみゃうっと返事をしたので後は任せて大丈夫だろう。陸晶は子獅子の中では真ん中より少し下程度だが、とても賢く落ち着いている。甘ったれでやんちゃ坊主な天祥のことは瑞宮に任せっきりだが、小まめに弟の面倒もみてくれる。

 彼と仲の良い兄獅子の八幡などより、余程頼りになるとつい思ってしまい、頭を掻く。

 ハチはハチでしっかり者の頑張り屋だがスイッチの入れ替えが激しく、集中すると他のことに無愛想になったり、弟のことなどそっちのけになる。

 もう少し、状況に振り回されない落ち着きがあると良いのだが。


 尤も、場に応じた落差はその上の翔士ほどでもないかと思い直す。

 翔士も討伐や訓練のときは非常に真面目なのだが、プライベートが緩い。昨今は時間に余裕が有る分、却って鬣の手入れが疎かになり、当社を代表する獅子であると同時に、ボサボサ代表でもある五十嵐とは別の方向でだらしない。

 五十嵐はその結果を顧みないとはいえ、ちゃんと櫛を入れはしている。しかし、翔士は梳かしもせず、伸び放題にしているのだ。

 実にだらしがないので、刈り上げてやろうかと最近考えている。



 取り急ぎ、手紙の内容を確認しなければ、返事を持ち帰らねばならない三葉を困らせてしまうので、そちらに集中することにする。

 足の通信筒一杯に詰められた手紙は無理に取り出せば破けてしまう。

 写真も数枚入っていたが、きっちり折り畳まれ線が入ってしまっていた。

 それでも、雛が大きな口を開けて餌を食べさせてもらったり、仲間の羽の下に入れて貰い、眼を細めて嬉しそうにしている微笑ましい内容に変わりはない。

 手紙によれば、宮司の妹で巫女頭の少女が特に可愛がっているそうで、新しく「風呼(ふうこ)」と名前をつけてもらったとのことだ。

 瑞宮は雛を「ピーコ」と呼んでいたので、然程変わらない響きを選んでくれたのだろう。

 皆に可愛がられ、幸せに暮らしているようで何よりであるが、少し、成長が遅いのが心配らしい。

 確かにそろそろ羽がはえても良い時期にも関わらず、写真を見る限りではまだフワフワの産毛のままで、未だ性別もわからないようだ。身体は随分大きくなったようなのに、何故であろう。

 手紙の最後にも『結局、この子は何の鳥なんでしょうか……?』と記されてあったが、そこは見なかったことにした。

 いや、うちは鳥に詳しくないし、専門なのはそっちだし、聞かれても困るし。


 確かに成長が遅いと言うのは気になるが、最近聞いた所によれば、早ければいいと言うものでもないらしい。

 特段具合の悪いところも見受けられない以上、静かに見守るのがよかろう。

 当社の子獅子も早く大きくなりたいと騒ぐが、特効薬になるようなものはない。

 毎日、元気よく遊んで、きちんと休み、霊気を必要なだけしっかり摂って心身ともに健康でいること。これに勝るものはないはずだ。


『ああーっ……』


 そんな情けない声を上げて、嘆いたところでどうしようもない。



 悲しげな鳴き声が聞こえた気がしたので顔を上げれば、一番小さな子獅子の巳壱が、同じく燦馳や豊一など幼い兄弟と一緒に駆けてきた。


『じいちゃん、カリカリ! カリカリ頂戴!』

『ボク、早く大きくなりたい!』

『やっぱり、ちっちゃいのは駄目なんだよ!』


 揃って半泣きでミャウミャウと鳴き立て、おやつを要求するのは一体どうしたことか。


「落ち着きなさい。カリカリを食べても大きくなれないって、何時も言ってるだろう。」

『でも、ちっちゃいと運ばれちゃうもん!』

『ボク、さらわれるの、嫌だよ!』


 宥め賺しても効果がなく、巳壱も豊一も必死の形相で前足で地面をひっかき、燦馳が悲しげに長々と鳴いた。


『ちっちゃいのは、やっぱり駄目なんだよ! 

 ちっちゃいのは弱っちいから、ぽいぽいって捨てられちゃうよ!』

「何を言ってるんだ。そんなはず、無いだろう!」


 先程まで楽しく遊んでいたはずなのに、なんとしたことか。

 まるで自身が役立たずであるかのように子獅子は嘆くが、いくら成長が遅くとも、身体が小さくとも、それだけで霊獣を捨てたことなど一度もない。

 あまりに身体が弱いなど、当社でやっていけないと判断した獅子を余所に移したことが皆無とは言わないが、それも勿論、きちんとした受け入れ先にやったのであって、疚しい事など一つもない。全く、人聞きの悪い。



 つい、大きな声を出してしまったことを反省し、一先ず、安心するよう子獅子達を撫でてやる。


「大丈夫だ、小さいからって捨てたりしないから。」

『でも、じいちゃん、』


 落ち着くよう言い聞かせれば、燦馳が眼を潤ませてみゃあと鳴き、その背後からミューと再び悲しげな鳴き声が響いた。


『ああーっ……』

『ああ、ムイちゃんが!』


 悲鳴に巳壱が振り返って叫び、豊一はその場で蹲ってしまった。


『駄目だよ! ムイちゃんが駄目なら、ボクなんかもっと駄目だよ!』


 顔を向けた先では確かに最年少の子獅子、無比刀がひっ捕まえられ、遠くへ放り出されたところだった。

 誰にと言えば、遊び相手の兄鷲にである。



 そうこうしている間に今度は天祥が捕まり、持ち上げられる。


『嫌だーッ!!』


 当社一の暴れん坊主も背中をしっかり捕まれては逃れるすべはなく、ペイと離れた所に落とされ、無比刀と一緒になって怒りながら駆けてきた。


『じいちゃん、カリカリ! カリカリ頂戴! テンちゃん、悔しい!

 カリカリ食べて、早く大きくなる!』

『食べても、大きくはなれないよー』


 天祥が毛を逆立てて、怒り狂っているのはまだ何時ものこととしても、珍しく無比刀も泣きべそをかいて戻ってくる。


『じいちゃん、酷いよ。ミツバ兄ちゃんが、ムイのことを捨てるんだよ。』

「ああ、そうだなあ。」


 捨てると言っても、境内の中。

 何方かと言えば身体の割に重たい子獅子をよく持ち上げて飛べるものだと感心してしまうのだが、それを口にすれば彼らはますます怒って収集がつかなくなるだろう。

 幼い赤ん坊が首根っこを咥えられ、運ばれるのに近い扱いで、屈辱だと騒ぐのを宥める。


「まあ、大きくなったら、怨霊など空から攻撃してくる奴らとも戦わないといけない。

 それに対抗する訓練だと思えば……」

『じいちゃん、兄ちゃんと同じ事言う!』

『ぽいってされるの嫌だ! ボク、赤ちゃんじゃない!』


 対空戦の練習など滅多に出来ず、良い機会なのではと言いくるめようとしたが、駄目だった。

 傷ついた自分達の気持ちを分かってくれないのかと喚かれ、仕方がないので腰を上げる。



 未だ三葉は他の子獅子達を相手に空を舞っており、豪速球がビュンビュン飛んでくるのに華麗に対応していた。

 決定打こそ生み出せないものの子獅子達の連携は見事なもので、竈門で鍛えた三葉と言えど苦戦しているようだ。

 弟たちの成長が嬉しそうでも、まだ負けるわけにはいかないと意気込んでいるようにも見える若鷲に手を振って、一旦中止するよう声を掛ける。


『じいちゃん、どうしたの?』


 息を切らせて、子獅子達もみゃうみゃう集まってきて、幼い弟たちが揃って膨れ顔をしているのに首を傾げる。

 バサバサとおりてきた三葉に止まり木代わりに左腕を貸し、遊びを中断させられて不満そうな子獅子たちにも説明する。


「巳壱たちがな、掴んで運ばれるのは嫌だって、」

『もう! そんなの、言ったって仕方ないよ! 怨霊は嫌だって言っても、聞いてくんないよ!』


 話している側から八幡が怒って吠え、前足で地面を引っ掻いた。

 陸晶や瑞宮も一緒になって、弟を叱る。


『魔境では色んな邪鬼がいるんだよ。上からの攻撃も対抗できるようにならなきゃ。』

『ミツバ兄ちゃんとは、滅多に練習できないんだよ。

 文句言ってる暇は無いよ。』


 思い通りにならないからと言って、我が儘を言うな。

 そんな兄からのお説教に幼い子獅子たちは揃って頬を膨らませた。


『でも、運ばれるのは嫌だ!』

『ミイチ、赤ちゃんじゃない!』

『上からボールくんのも、バサバサされるのも仕方ないけど、ぽいぽいされるのは嫌だよ!』


 幼い子らも魑魅魍魎に自分達の言い分が伝わるとは思っておらず、慣れない上空からの攻撃が不満なのではない。

 赤ん坊のように扱われるが嫌なのだ。

 他の方法を訴えるのに兄獅子達は首を傾げ、自分の左腕に留まった三葉を見遣った。


「三葉、何とかならないか?」


 自分からも頼めば、キュエッと若鷲は短く鳴き、羽毛をブワッと膨らませて首を傾げた。



『でも、一箇所に纏まり過ぎると危ない。

 ぶつからないよう、ある程度は広がらないと。』

「いや、お前、それは口でも言いなさい。」


 単に攻撃していただけではなく、子獅子達の間隔が狭すぎるので調整していたらしい。

 語るより行動で示す三葉のやり方に異存はないが、時には言葉も必要である。


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